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第三章 緑と黒――そして集まる五人

第103話 潰えた野望

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 ギウスデスの傷口から黒い霧――暗黒霧あんこくむが噴き出す。

「……どう、して……。この、わたしが、まけるはずは……」

 かすかなうめき声を漏らすギウスデスの全身が炎に包まれた。そのまま、ゆっくり床に倒れる。
 倒れた後は、もう何も言葉を発さなかった。

 少しずつ、けれど確実に小さくなっていくギウスデスを見下ろしながら、千紘は静かに言葉を紡ぐ。

「そのおごりがお前の敗因だよ」

 ただそれだけを告げ、唇を引き結んだ。

『世界を支配する』、そんな馬鹿げた、途方もない野望がようやくここでついえる。
 千紘はどこか感傷的な気持ちで、徐々に消えていくギウスデスの姿を黙って眺めていた。

 しばらくしてギウスデスの存在が完全に消滅すると、すでに炎の消えていた刀が千紘の手から滑り落ち、乾いた音を立てる。
 次には千紘の身体がぐらりと大きく傾いた。気が抜けた途端に、安心や疲れ、怪我の痛みなどが一気に押し寄せたのである。

「千紘!」

 どうにか倒れることはなかったが、その場に座り込んだのを見て、秋斗たち四人が慌てて駆けてくる。

「……はは、悪い。何だかどっと疲れたな……」

 千紘が汗をかいたままの青白い顔を上げ、皆を心配させまいとあえて笑顔を作ると、

「おれも疲れたよ」
「うん、オレも」

 秋斗とノアも一緒になって、膝から崩れ落ちた。
 そんな三人の姿に、律が心配そうな表情を浮かべる。

「みんな無茶しすぎなんですよ」
「確かに結構無茶したけど、今からはりっちゃんに少しだけ無茶してもらわないと。千紘の怪我が大変そうだからさ」

 秋斗はそう言って苦笑しながら、自身を支えようとしてくれている律の顔を見上げた。

 そう、ここからは回復役の出番である。
 香介の治療はもう終わっていたが、この後は千紘の治療があった。
 千紘の怪我は全身にわたって、擦り傷や切り傷だらけだ。出血はそれほど酷くないものの、怪我の数が多く、深さは様々である。

「律、悪いけど治療頼むな」

 千紘が額の汗を手で拭いながら再度顔を上げると、

「わかってます。任せてください!」

 律は自信満々に答え、どん、と自分の胸を叩いた。


  ※※※


 すでに元気になっていた香介に膝枕をしてもらいながら、仰向けで目を閉じた千紘が律の治癒魔法を受けている。

 幸い、怪我がなく疲労だけだった秋斗とノアには治癒魔法は使わず、薬草を食べてもらっていた。
 先ほど千紘が『二度と食べたくない』と思った、あの薬草である。

「だいぶよくなってきたかな……。あまり痛みも感じなくなった気がする」

 ゆっくりまぶたを持ち上げた千紘が大きく息を吐くと、横で治癒魔法を使っている律は頬を膨らませた。

「変身してたからこのくらいで済んでますけど、そうじゃなかったらもっと大変なことになってたと思いますよ。治療が終わるまで変身解いちゃダメですからね」

 まったく、と怒った口調の律だが、その表情は全員が無事だったことにほっとしているように見える。

 その時だ。
 香介が千紘の頭を膝に乗せたまま、口を開いた。

「これで全部終わったのよね?」
「ラスボスも倒したし、さすがにこれで終わりだろうな」

 いかにも不味まずいと言いたげな表情でまだ薬草を咀嚼そしゃくしていた秋斗が、顔を上げて答えると、

「これ以上はもう戦えないし、今回は終わりじゃないかな、っていうか終わりだと思いたいな」

 ノアも同意して頷きながら、苦笑を浮かべる。
 そんなノアの言葉にすぐさま反応した千紘が、額に手を当てて唸るような低い声を漏らした。

「『今回は』って言うのはやめてくれ。次回があったらマジで困るから……」

 うんざりした様子の千紘とは対照的に、四人は揃って笑みを零す。
 そこで、秋斗がぽつりと思い出したように呟いた。

「それにしても、ノアは意外と不幸体質かもしれないよなぁ」
「ああ、それは自分でも何かわかる気がする……」

 納得して苦笑いを浮かべるノアを眺めながら、千紘も口を開く。

かおりに巻き込まれてこの世界に召喚されただけじゃなくて、一人だけはぐれてたり、洗脳されて教祖になったりもしてるしな。一人だけ被害が酷すぎだって」
「あら、あたしだって今回たまたま召喚されただけなんだから被害者みたいなものよ」
「そうなると、みんな被害者のような気もしますけどね……」

 香介の言葉に律がそう付け足すと、五人は互いに顔を見合わせる。
 毎回リリアの都合でこちらに呼ばれているのだから、確かに全員が被害者だ。
 そんなことに、千紘は何だかおかしくなってしまう。どうやら他の四人も同じだったらしく、一斉に破顔する。

 しばらく全員で笑い合い、それが少し収まってきたところで、千紘はようやく上半身を起こした。

「さて、もうここに用はないんだし、さっさと帰るか」

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