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第三章 緑と黒――そして集まる五人
第99話 闇の底へと引きずり込まれる意識
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秋斗とノアによって運ばれてきた香介が、仰向けになってぐったりと床に横たわっている。
「香さん、大丈夫ですか!?」
律は急いで香介の横にしゃがみ込むと、顔を覗き込みながら声を掛けた。しかし香介からの返事はない。どうやら返事をする気力も体力もないようだ。
苦しそうにきつく目を閉じたその顔は蒼白で、呼吸も荒い。肩からの出血も酷く、床には血だまりができていた。軽傷ではないことは誰が見ても明らかである。
「りっちゃん、頼む」
秋斗の促す声に、律は無言で大きく頷くと、両手を香介の右肩にかざした。
「――我が身に宿るは静穏導く白き光、今こそ傷つきし者に柔らかなる癒しを与える時――ヒール!」
※※※
(香は何とか無事に律のところまで運ばれたみたいだな)
千紘はギウスデスの攻撃を両手で持った長剣で受け止めながら、香介の治療が始まったのを視界の端に捉える。
秋斗とノアが香介を回収するまでの時間稼ぎにギウスデスを引きつけていた千紘だが、ここからはさらに真剣に戦わなくてはならない。
香介の回復にはそれなりの時間がかかるだろう。
秋斗とノアは律と香介の二人を守らなければならないから、その間、千紘はほぼ一人でギウスデスと戦うことになる。
「まずは一人脱落だね」
「うるせーよ! 勝手に決めんな!」
ギウスデスの愉快そうな声音とは対照的に、千紘は声を荒げると、一歩下がりざまに長剣を一息で横に振り抜いた。
「甘い」
だが、ギウスデスはそれを軽く受け流し、千紘のバランスを崩させる。
「くそっ!」
千紘は懸命に体勢を立て直しながら、悔しそうに歯嚙みした。
ギウスデスにとって、千紘の攻撃をいなすのは赤子の手を捻るよりも簡単なことらしい。
そのことに、千紘が苛立ち始めた時だった。
「そろそろ君にも退場してもらおうか」
そう呟いて口角を上げたギウスデスが、一瞬で千紘の視界から消える。
「……え?」
気づいた時にはもう遅かった。
目にも留まらぬ速さで腰を落としたギウスデスは、その速さのまま、千紘が気づくよりも早く足払いをかけていた。
訳もわからぬままに、千紘の足元がふわりと浮く。
次の瞬間だ。
息つく間もなく、横からギウスデスの大剣が迫ってきていることにかろうじて気づく。
「ちっ!」
金属同士がぶつかり合う、大きな音が響き渡った。
反射的にどうにか長剣で受け止めることに成功した千紘だったが、宙に浮いていてはそれ以上どうすることもできない。
身体への直撃こそ免れたが、ほぼ無防備な状態ではその攻撃の重さに抗えるはずもなく、あっという間に遠くまで飛ばされた。
「――っ!」
身体がまたも強く壁に叩きつけられる。先ほど以上の衝撃に襲われた千紘は、そのまま崩れ落ちるようにして床に倒れた。
「千紘!」
遠くから誰かに名前を呼ばれたような気がしたが、それもすぐに聞こえなくなる。
全身が真っ暗な闇の底へと引きずり込まれていくのを感じながら、千紘は意識を手放したのだった。
※※※
少しして、
「う……っ」
千紘の意識が静かに浮上してくる。
まだぼんやりしたまま、自分がうつ伏せで床に倒れていることを知る。そのままの状態でゆっくり視線だけを巡らせると、傍にはいつの間にか手から離れていた長剣が落ちていた。
そこで、ようやくギウスデスの攻撃を受けたことを思い出す。先ほどの攻撃の早さと重さに、思わず千紘の背筋が凍り、身体をきつく抱きしめたくなった。
全身で感じる床の冷たさと身体の痛みに顔を歪めながら、
(……このまま死んだ方が楽かもしれないな……)
ふと、そんなことを考える。
(……そういや、ラオムと戦った時にも死を覚悟したな……)
遠くからまた自分を呼ぶ声が聞こえた気もしたが、それすらもうどうでもいいような気持ちになっていた。
ギウスデスの圧倒的な力によって、千紘は身体だけでなく心も徐々に折れてきていたのである。
※※※
「……律ちゃん、あたしは大丈夫だから千紘ちゃんのところに行ってあげて」
律の治癒魔法を受けていた香介が、ゆっくり瞼を開いて律を見上げる。
その声はまだ弱々しい。
「でも、香さんもまだ……」
「律ちゃんが頑張ってくれたから、話せる程度には回復してるのよ。ね、だから今は千紘ちゃんをお願い」
懸命に千紘の回復に向かわせようとする香介に、
「……わかりました。千紘さん、今行きます!」
律はようやく納得したように首を縦に振り、すぐさま立ち上がった。
千紘は香介と律のやり取りをぼんやりと耳にしながら、律がこちらを見ている姿を薄く開いた瞳で捉える。
(……そうだ。せめて律だけでも無事に地球に帰さないと……)
自分にはまだやることがある。そう気づいた千紘は、傷だらけの両腕を支えにしてどうにか上半身を起こそうとした。
だが、なかなか上手くいかず、何度も同じような動作を繰り返しては、その場に崩れ落ちる。
「千紘さん、動かないで!」
その様子に気づいた律が焦った声を上げ、千紘の方へと駆け出そうとした。
まだ床に伏している千紘はそんな律に向け、片手をわずかに上げて制止する。それから低く唸るような声で言った。
「……危険だからこっちには来るな。それにまだ香の回復終わってないんだろ」
「そうですけど、でも香さんは千紘さんの方に行けって……!」
どうしたらいいのか、とでも言いたげに、律が逡巡するように千紘と香介を交互に見やる。
その時だった。
香介が勢いよく起き上がり、怒声を上げる。
「だからオレは大丈夫だって言ってんだろーが!」
しかし必死に声を張り上げた直後、香介は怪我の痛みに顔をしかめながら、ふらりと後ろに倒れそうになった。
香介の怪我は律の魔法で出血も止まり、かなり良くなってはいたが、まだ治りきってはいないのだ。それに失われた血液が戻ったわけでもない。
「香!」
そんな香介をすぐさまノアが支える。
次に静かに口を開いたのは、これまで黙って成り行きを見守っていた秋斗だった。
「千紘のとこにはおれが行ってくるから、りっちゃんは引き続き香ちゃんの回復を頼む」
そう言って秋斗は律と香介を宥めると、まっすぐに千紘の方へと向かったのである。
「香さん、大丈夫ですか!?」
律は急いで香介の横にしゃがみ込むと、顔を覗き込みながら声を掛けた。しかし香介からの返事はない。どうやら返事をする気力も体力もないようだ。
苦しそうにきつく目を閉じたその顔は蒼白で、呼吸も荒い。肩からの出血も酷く、床には血だまりができていた。軽傷ではないことは誰が見ても明らかである。
「りっちゃん、頼む」
秋斗の促す声に、律は無言で大きく頷くと、両手を香介の右肩にかざした。
「――我が身に宿るは静穏導く白き光、今こそ傷つきし者に柔らかなる癒しを与える時――ヒール!」
※※※
(香は何とか無事に律のところまで運ばれたみたいだな)
千紘はギウスデスの攻撃を両手で持った長剣で受け止めながら、香介の治療が始まったのを視界の端に捉える。
秋斗とノアが香介を回収するまでの時間稼ぎにギウスデスを引きつけていた千紘だが、ここからはさらに真剣に戦わなくてはならない。
香介の回復にはそれなりの時間がかかるだろう。
秋斗とノアは律と香介の二人を守らなければならないから、その間、千紘はほぼ一人でギウスデスと戦うことになる。
「まずは一人脱落だね」
「うるせーよ! 勝手に決めんな!」
ギウスデスの愉快そうな声音とは対照的に、千紘は声を荒げると、一歩下がりざまに長剣を一息で横に振り抜いた。
「甘い」
だが、ギウスデスはそれを軽く受け流し、千紘のバランスを崩させる。
「くそっ!」
千紘は懸命に体勢を立て直しながら、悔しそうに歯嚙みした。
ギウスデスにとって、千紘の攻撃をいなすのは赤子の手を捻るよりも簡単なことらしい。
そのことに、千紘が苛立ち始めた時だった。
「そろそろ君にも退場してもらおうか」
そう呟いて口角を上げたギウスデスが、一瞬で千紘の視界から消える。
「……え?」
気づいた時にはもう遅かった。
目にも留まらぬ速さで腰を落としたギウスデスは、その速さのまま、千紘が気づくよりも早く足払いをかけていた。
訳もわからぬままに、千紘の足元がふわりと浮く。
次の瞬間だ。
息つく間もなく、横からギウスデスの大剣が迫ってきていることにかろうじて気づく。
「ちっ!」
金属同士がぶつかり合う、大きな音が響き渡った。
反射的にどうにか長剣で受け止めることに成功した千紘だったが、宙に浮いていてはそれ以上どうすることもできない。
身体への直撃こそ免れたが、ほぼ無防備な状態ではその攻撃の重さに抗えるはずもなく、あっという間に遠くまで飛ばされた。
「――っ!」
身体がまたも強く壁に叩きつけられる。先ほど以上の衝撃に襲われた千紘は、そのまま崩れ落ちるようにして床に倒れた。
「千紘!」
遠くから誰かに名前を呼ばれたような気がしたが、それもすぐに聞こえなくなる。
全身が真っ暗な闇の底へと引きずり込まれていくのを感じながら、千紘は意識を手放したのだった。
※※※
少しして、
「う……っ」
千紘の意識が静かに浮上してくる。
まだぼんやりしたまま、自分がうつ伏せで床に倒れていることを知る。そのままの状態でゆっくり視線だけを巡らせると、傍にはいつの間にか手から離れていた長剣が落ちていた。
そこで、ようやくギウスデスの攻撃を受けたことを思い出す。先ほどの攻撃の早さと重さに、思わず千紘の背筋が凍り、身体をきつく抱きしめたくなった。
全身で感じる床の冷たさと身体の痛みに顔を歪めながら、
(……このまま死んだ方が楽かもしれないな……)
ふと、そんなことを考える。
(……そういや、ラオムと戦った時にも死を覚悟したな……)
遠くからまた自分を呼ぶ声が聞こえた気もしたが、それすらもうどうでもいいような気持ちになっていた。
ギウスデスの圧倒的な力によって、千紘は身体だけでなく心も徐々に折れてきていたのである。
※※※
「……律ちゃん、あたしは大丈夫だから千紘ちゃんのところに行ってあげて」
律の治癒魔法を受けていた香介が、ゆっくり瞼を開いて律を見上げる。
その声はまだ弱々しい。
「でも、香さんもまだ……」
「律ちゃんが頑張ってくれたから、話せる程度には回復してるのよ。ね、だから今は千紘ちゃんをお願い」
懸命に千紘の回復に向かわせようとする香介に、
「……わかりました。千紘さん、今行きます!」
律はようやく納得したように首を縦に振り、すぐさま立ち上がった。
千紘は香介と律のやり取りをぼんやりと耳にしながら、律がこちらを見ている姿を薄く開いた瞳で捉える。
(……そうだ。せめて律だけでも無事に地球に帰さないと……)
自分にはまだやることがある。そう気づいた千紘は、傷だらけの両腕を支えにしてどうにか上半身を起こそうとした。
だが、なかなか上手くいかず、何度も同じような動作を繰り返しては、その場に崩れ落ちる。
「千紘さん、動かないで!」
その様子に気づいた律が焦った声を上げ、千紘の方へと駆け出そうとした。
まだ床に伏している千紘はそんな律に向け、片手をわずかに上げて制止する。それから低く唸るような声で言った。
「……危険だからこっちには来るな。それにまだ香の回復終わってないんだろ」
「そうですけど、でも香さんは千紘さんの方に行けって……!」
どうしたらいいのか、とでも言いたげに、律が逡巡するように千紘と香介を交互に見やる。
その時だった。
香介が勢いよく起き上がり、怒声を上げる。
「だからオレは大丈夫だって言ってんだろーが!」
しかし必死に声を張り上げた直後、香介は怪我の痛みに顔をしかめながら、ふらりと後ろに倒れそうになった。
香介の怪我は律の魔法で出血も止まり、かなり良くなってはいたが、まだ治りきってはいないのだ。それに失われた血液が戻ったわけでもない。
「香!」
そんな香介をすぐさまノアが支える。
次に静かに口を開いたのは、これまで黙って成り行きを見守っていた秋斗だった。
「千紘のとこにはおれが行ってくるから、りっちゃんは引き続き香ちゃんの回復を頼む」
そう言って秋斗は律と香介を宥めると、まっすぐに千紘の方へと向かったのである。
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