上 下
62 / 105
第二章 新たなメンバーは黄

第62話 『信頼』

しおりを挟む
「あれ、剣がないな」

 立ち上がった千紘がふと右手を見て、ぽつりと呟く。念のため左手も確認してみるが、やはり長剣の姿はない。

 攻撃を受けて飛ばされた時に落としたのだろうか、と辺りをぐるりと見回して、秋斗の少し後方の地面に突き刺さっているのを見つけた。

 長剣を取りに行こうと、千紘が歩き出し、同じように立ち上がっていた秋斗とすれ違う。
 すれ違いざま、秋斗はうつむきがちに、小さく言葉を絞り出した。

「……そろそろ変身して戦うべきじゃないか? 千紘は怪我してるし、りっちゃんだって辛そうだ」
「……できればしたくないんだけどな」

 困ったようにそう答えながら、千紘が足を止める。秋斗の顔は見ずに、わざとらしく苦笑してみせた。

「それはわかってるけど、今はそんなこと言ってられないだろ?」

 千紘の返事に、秋斗が声を硬くする。

 今の自分たちの戦況で、もはやわがままを言えないことは、千紘にも嫌というほどわかっていた。

 それでも何とか変身せずに、この場を切り抜けられないかと考えていたのである。
 だが、どうやらここが限界らしい。

「確かに、もうなりふり構ってられないか……」

 千紘は静かにまぶたを伏せ、自身に言い聞かせるかのようにひとちると、顔を上げ、再び歩き出す。

 まっすぐ前を見据えたまま、砂浜に刺さった長剣の元へと向かうと、斜めに傾いたそれのつかを握った。
 ただ砂に刺さっているだけの長剣だ。千紘は難なく抜くと、一振りして剣の全身から砂を落とす。

 その時、後ろの方から潮風に乗って、秋斗の声が聞こえてきた。

「本当はおれも前に出て戦えればいいんだけど……」

 あの大物には護身用のダガーじゃ何もできないしな、と零した声音は、心底残念そうだった。

 千紘も秋斗も互いに背を向け、顔は合わせない。また風が吹き抜けていき、二人の髪を揺らした。

「魔法使いはおとなしく後ろで守られてろ。……何か考えてること、あるんだろ?」

 言いながら、千紘が振り返る。次には、秋斗も振り返った。
 二人の視線がぶつかる。

「……」

 わずかに目を見張った秋斗は無言で、けれどしっかりと頷いた。

「ならいい」

 しばし秋斗を見つめた後、千紘は満足したように少しだけ口元を緩め、長剣を握り直す。
 そして、それ以上は何も言わず、ダイオウイカと戦っている律の方へと駆け出した。

 秋斗が具体的に何を考えているのかは、今の千紘にはわからない。
 ただ漠然と、何か考えがあるのではないかと思っただけだ。

 秋斗はその『何か』を実行するタイミングを見計らっている。

 なぜか、そんな確信めいたものを感じていたのである。

 これは『信頼』という言葉がふさわしいのかもしれない、などと考えながら、千紘はさらに口角を上げた。


  ※※※


「律!」

 律の元に駆けつけた千紘が、すぐさま声を掛ける。
 すると、律は一瞬だけ千紘に視線を投げ、ほっとした表情を浮かべた後、

「はい!」

 と、声を振り絞って大きく返事をした。

「遅くなって悪い」
「千紘さん、無理しないでください」

 律の心配する言葉に、千紘は左腕の痛みを我慢しながら笑顔を作り、隣に並ぶ。

「もう平気だから気にするな。で、核の場所はわかったか?」
「いえ、まだです。さすがにそこまでの余裕がなくて」

 千紘が状況を聞くと、律は息を切らせながら、申し訳なさそうにそう答えた。

 これまでずっとダイオウイカを引きつけるだけで精一杯で、核を探す余裕なんてなかったのだろう。
 そんなことは千紘にもすぐわかる。

 律の顔は、先ほどよりも疲れの色が濃く見えた。その頬には幾筋もの汗が伝っている。今まで一人で相手をしていたのだから当然だ。

 対してダイオウイカは、まだまだ元気そうに見える。律の攻撃でところどころ傷を負って薄青色うすあおいろの血は流しているものの、動きは先ほどまでとそれほど変わっていないようだった。

 それでも、ここまで頑張っていてくれた律には、感謝してもしきれない。

「秋斗にも言われたし、やっぱりこのままじゃダメだ。変身するぞ!」
「……わかりました!」

 千紘が意を決したように、表情を引き締める。律はダイオウイカに向けていた視線を千紘に戻し、素直に頷いた。
 二人は天に向かって右手を掲げると、声を揃えて変身の台詞を口にする。

『スターチェンジ!』

 次の瞬間、二人の姿はそれぞれ、赤と黄のまばゆい光の粒子に包まれたのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

底辺ダンチューバーさん、お嬢様系アイドル配信者を助けたら大バズりしてしまう ~人類未踏の最難関ダンジョンも楽々攻略しちゃいます〜

サイダーボウイ
ファンタジー
日常にダンジョンが溶け込んで15年。 冥層を目指すガチ勢は消え去り、浅層階を周回しながらスパチャで小銭を稼ぐダンチューバーがトレンドとなった現在。 ひとりの新人配信者が注目されつつあった。

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

竜焔の騎士

時雨青葉
ファンタジー
―――竜血剣《焔乱舞》。それは、ドラゴンと人間にかつてあった絆の証…… これは、人間とドラゴンの二種族が栄える世界で起こった一つの物語――― 田舎町の孤児院で暮らすキリハはある日、しゃべるぬいぐるみのフールと出会う。 会うなり目を輝かせたフールが取り出したのは―――サイコロ? マイペースな彼についていけないキリハだったが、彼との出会いがキリハの人生を大きく変える。 「フールに、選ばれたのでしょう?」 突然訪ねてきた彼女が告げた言葉の意味とは――!? この世にたった一つの剣を手にした少年が、ドラゴンにも人間にも体当たりで向き合っていく波瀾万丈ストーリー! 天然無自覚の最強剣士が、今ここに爆誕します!!

ゲームの悪役に転生した俺が、影の英雄ムーブを楽しんでたら、俺のことが大嫌いな許嫁にバレてしまった

木嶋隆太
ファンタジー
ブラック企業の社畜だった俺は気が付けば異世界に転生していた。それも大好きだったゲームの悪役に……。このままでは将来主人公に殺されるという破滅の未来を迎えてしまうため、全力で強くなるための行動を開始する。ゲーム内知識を活かしながら、とにかく、筋トレ! 領民に嫌われたままも嫌なので、優しく! そんなことをしていると、俺の評価がどんどん上がっていっていき、気づけばどこに行っても褒められるような人間へとなっていた。そして、正体隠してあちこちで魔物を狩っていたら、俺のことが大嫌いな許嫁にバレてしまい……おや? 様子がおかしいぞ?

音楽とともに行く、異世界の旅~だけどこいつと一緒だなんて聞いてない~

市瀬瑛理
ファンタジー
いきなり異世界転移させられた小田桐蒼真(おだぎりそうま)と永瀬弘祈(ながせひろき)。 所属する市民オーケストラの指揮者である蒼真とコンサートマスターの弘祈は正反対の性格で、音楽に対する意見が合うこともほとんどない。当然、練習日には毎回のように互いの主張が対立していた。 しかし、転移先にいたオリジンの巫女ティアナはそんな二人に『オリジンの卵』と呼ばれるものを託そうとする。 『オリジンの卵』は弘祈を親と認め、また蒼真を自分と弘祈を守るための騎士として選んだのだ。 地球に帰るためには『帰還の魔法陣』のある神殿に行かなければならないが、『オリジンの卵』を届ける先も同じ場所だった。 仕方なしに『オリジンの卵』を預かった蒼真と弘祈はティアナから『指揮棒が剣になる』能力などを授かり、『帰還の魔法陣』を目指す。 たまにぶつかり合い、時には協力して『オリジンの卵』を守りながら異世界を行く二人にいつか友情は生まれるのか? そして無事に地球に帰ることはできるのか――。 指揮者とヴァイオリン奏者の二人が織りなす、異世界ファンタジー。 ※この作品は他の小説投稿サイトにも掲載しています。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

処理中です...