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第二章 新たなメンバーは黄

第49話 出口の前で待つもの

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 ようやく塔の一階まで下りてきた千紘たち。

 これまでのパターンからして、もっとスライムが増えていることを警戒していたのだが、それは杞憂きゆうに終わった。

 しかし、ほっとしたのも束の間。

「何か見たことのないやつがいるな……」

 千紘が小声で唸るように言う。

 視線の先は塔の出口を捉えていて、そこからは外の明るい日差しが差し込んでいるのがわかる。
 もちろん、秋斗と律の目にも同じ光景が映っていた。

 三人とも今すぐにでもまっすぐ出口へと走っていって、そのまま外へ出たいところだが、非常に残念なことに、途中で厄介なものが邪魔をしているのである。

「あれってキメラってやつかなぁ」

 顎に手を当てた秋斗が、同じく小声で分析した。

 邪魔をしている魔物は一体だけだったが、これまでのスライムと比べてもかなり大きい。
 ダチョウくらいの茶色い大きな鳥の身体に、首から上は狼の頭部をくっつけたような魔物だ。
 秋斗の言う通り、おそらくキメラと呼んでもいいだろう。それが出口の前に立ちふさがるように飛んでいるのである。

「何か今までで一番めんどくさそうなのが出てきたな……」

 階段を数段上がって壁の陰に隠れた千紘が眉をひそめ、小さく舌打ちする。

 幸いなことに、キメラにはまだ気づかれていない。
 三人は隠れながら、コソコソと作戦会議を始めた。

「見た感じだと、狼と大きな鳥のキメラってとこかな」

 地球でいうところの、と付け加えながら、秋斗が冷静に言う。
 その言葉に、千紘が呆れたように肩をすくめた。

「まったく、こんなのまでいるのかよ。やれやれだな」
「でも、このキメラも倒していかないといけないですよね?」
「そうなんだよな……」

 律に問われ、千紘は大げさに溜息をついてみせた。

 塔から出ようとするならば、出口の前を塞ぐ形で陣取っているキメラがどうしても邪魔になってしまう。
 それだけではない。塔の魔物退治を請け負ったからには、こいつも倒しておかなければならないのだ。そんなことは嫌というほど理解している。

「放置すると、さっきまでのスライムよりこのキメラの方がきっと厄介だろうなぁ」
「まあそうだろうな」
「ですよね」

 三人は揃って同じことを考え、互いに頷き合う。
 そこで千紘が思いついたように顔を上げた。

「あ、今回こそ秋斗の水魔法で外まで押し流しておけばいいんじゃないか? 何ならずっと遠くまで流せば、倒さなくても似たような感じになるだろ?」
「いや、まず飛んでるし、けられるのがオチだろ」

 簡単そうに言う千紘だが、秋斗は苦笑しながらその意見を速攻で却下する。

 却下された千紘は、残念そうに「そうか……」と呟いた。そして少し考え込んでから、再度何かを思いついたように顔を上げる。

「じゃあ、こう、上から大波みたいにやれば? それなら避けられないと思うし、できるだろ?」

 両手を上げながら、ジェスチャーを交えて説明する千紘に、

「うーん、それはできなくはないだろうけど、おれたちも飲まれる可能性があるぞ?」

 秋斗はそう言って、困ったような表情を見せた。

「ラオムの時は、ちゃんとピンポイントで足元だけ狙ってたじゃねーか」
「あれは狭い範囲だったから何とかできたんであって、今のおれじゃ大波なんてきっと制御しきれないよ。あれをやるだけでも結構疲れたんだぞ」
「つまり、自分たちを守りながらあのキメラだけを押し流すのは無理だ、と」
「ん、そういうこと」

 最終的に千紘が簡潔にまとめると、秋斗は正直に頷く。

「魔法もそう簡単には使いこなせないってことか。ホントにどっかのゲームみたいだな」

 まあそれなら仕方ない、と千紘は納得することにした。
 実際に魔法を使う本人が「無理だ」と言うのだ。これ以上は魔法の使えない自分があれこれ言うわけにはいかないだろう。

「悪いな。今度ちゃんと練習しとくからさ」
「『今度』はない方が嬉しいけどな」

 千紘はわざとらしく大きな溜息をつきながら、苦笑いを浮かべる。

(こんなことが何度もあってたまるか。冗談じゃないぞ……)

 うんざりしながらそんなことを思っていると、これまで千紘と秋斗のやり取りを黙って見守っていた律が、ようやく声を掛けてきた。

「じゃあどうしますか?」
「そうだな……。今のところはまだ気づかれてないみたいだし、少し近づいて攻撃してみるか。秋斗、律、何があるかわかんねーから気をつけろよ」

 千紘はそう答えると、これまで片手でぶら下げていた長剣を改めて構え直す。
 秋斗と律はその言葉に、真剣な表情でしっかりと頷いた。

「僕もダガーの準備しておきますね」
「ああ、頼む」
「はい!」

 律はまた頷くと、両手に一本ずつダガーを持ち、構える。

「よし、行くか」

 一つ深呼吸をした千紘はそう言うと、足音を立てないよう階段を静かに下りた。そのままキメラの様子をうかがいながら、じりじりとにじり寄っていく。
 その後に続くのが律で、最後尾は秋斗だ。

 キメラはちょうど背中を向けていて、まだ千紘たちには気づいていないようである。

 キメラまでの距離は、約五メートルといったところだろうか。
 そろそろ攻撃を仕掛けてもいい頃か、と千紘が思った時だった。

「あっ!」

 後ろからついてきていた律の大きな声と、小石の転がるような軽い音が、それほど広くないフロアに響く。

 おそらく、律がうっかり石につまづいたのだろうが、今はそれどころではない。
 律の声と音に反応したキメラが、弾かれたように振り返り、その勢いのまま律に向かって襲い掛かってきたのだ。

 一直線に飛んできたキメラが、頭上から容赦なく大きな爪を振りかぶってくる。

「律!」
「千紘さん!?」

 千紘が咄嗟とっさに前に出て、床に手をついてしまっている律を庇う。律は目を見開き、そんな千紘を見上げた。

「くっ!」

 キメラの上からの攻撃をどうにか長剣で受け止めた千紘は、弾いた勢いでそのまま斬りつける。

 身体が大きいから攻撃は当たりやすそうなものだが、今回は紙一重でかわされてしまった。当然、ひるんでいる様子も見られない。

(やっぱり空を飛ぶ魔物は戦いにくそうだな……)

 千紘は心の中で舌打ちした。

 律も体勢を立て直し、すぐさまダガーで追撃するが、そのダガーもあっさり大きな羽で叩き落されてしまう。
 律の『ダガーを扱う能力』のおかげで、落とされたダガーはすぐに律の手元に戻せるが、攻撃が効かなかったのは少々痛い。

「ちょっとくらいはひるんでくれてもいいだろうに」

 千紘の口からは思わず恨めしげな声が出た。

「千紘、りっちゃん、大丈夫か!?」

 慌てた様子で、秋斗が駆け寄ってくる。

「ああ、大丈夫」
「千紘さんのおかげで平気です」
「ならよかったけど」

 千紘と律の返答に、秋斗は安堵したように息を吐いた。

 全員が無傷なのは不幸中の幸いだったが、やはり飛ばれていると攻撃がかわされやすい。
 どうしたものか、と千紘が考え込もうとした時である。

「もしかして、こいつも核とかあるのかな」

 スライムだってあったんだし、と秋斗がキメラに視線を投げた。
 そして「どこかにあるんじゃないかなぁ」などと言いながら、核のありそうな場所を目視で探し始める。

「……そうか、核がある可能性が高いよな。もしあるんだったら、早いとこ見つけてくれよ! 少しくらいなら時間稼ぐから」
「わかった。じゃあ少しの間頼むな!」

 明るい表情になった千紘が、秋斗を守るように前に出た。長剣を構え直すと、後ろからはハキハキとした声が返ってくる。

 何があっても、秋斗を守りながら、時間を稼ぐ。

 律も同じように前に進み出て、千紘の隣に並んだ。考えていることは千紘と同じようだ。

「律、少しでも長く時間稼ぐぞ」
「はい!」

 千紘と律はしっかりと頷き合ったのである。

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