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第二章 新たなメンバーは黄

第47話 おかしな秋斗

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 それから少しして。
 いつの間にかリュックに入れられていたクッキーは、綺麗さっぱり姿を消していた。

 空腹が満たされた三人は、到底魔物がいる塔の中とは思えない程のんびりとした雰囲気の中で、「もう少しだけゆっくりしていこう」と雑談をしていた。

「何かさ、秋斗だけ戦ってないんじゃないか……?」

 そんな中で千紘が発したのがこれだ。

 これまで的確な指示は出しているが、実際に肉体労働するのは千紘や律で、秋斗はまったく戦っていない。
 五階で岩を退ける時に少し働いたくらいで、それ以降はほぼ何もしていないのだ。

 千紘はそれを疑問に思い始め、ようやく指摘したのだが、

「あ、水飲むか?」

 秋斗のこの一言で、全部台無しになった。
 後ろに花でも背負っていそうな満面の笑みで言われてしまい、つい反射的に千紘も頷いてしまったのである。

「飲む」

 秋斗のことだから、わざと話題を変えたとは考えにくい。おそらく素で、「水飲むか」と聞いたのがたまたまこのタイミングだったのだろう。

(まあリリアの言った通り、水筒代わりにはなってるし、荷物も持ってもらってるからな。魔物も別に強くないし、今のとこはいいか)

 きっと深く考えてはいけないのだ。
 そう自分に言い聞かせながら、千紘は秋斗がリュックから取り出した小さなコップを受け取った。

「りっちゃんも飲むだろ?」
「はい、お願いします」

 同じように、律も秋斗からコップを受け取る。

「よし、じゃあちょっと待っててな」

 秋斗は一つ咳払いをすると、両手のひらを上に向けて、何やら集中し始めた。

「――聖なる水よ、今ここに水流となりて顕現けんげんせよ」

 前回ラオムに対して使った魔法の時よりも、呪文の詠唱が少し異なっていて、短い。

(ふーん、その時によって違うものなのかね。あ、ラオムを倒した後に使った水を出した時は今と同じ詠唱だったかもな)

 千紘が秋斗の様子を眺めながら、そんなどうでもよさそうなことを考えていると、秋斗の手の上に立方体の形をした水の塊が現れた。

「わあ、すごいです!」

 それを見た律が、両手を床について前のめりになり、歓声を上げる。

 秋斗は律に褒められ、少し照れ臭そうにしながらも、

「はい、できた。ここからすくって飲んでくれ」

 そう言って、水の塊を床に置いた。

 ぽんと床に置かれた立方体の水の塊がゆらゆらと波打っている様は、どこかシュールに見えなくもない。
 しかもそこから『掬って飲め』、ときた。
 だが、飲み水にできるくらいの新鮮で綺麗な水だ。誰も文句は言わないし、わざわざツッコミも入れない。

 秋斗の言う通りに、それぞれ水の塊からコップで掬って飲むことにしたのである。


  ※※※


「うーん……」

 全員で新鮮な水を飲みながら一息ついていると、突然低く唸るような声が聞こえてきた。

 千紘が声のした方へと顔を向ければ、真剣な表情で腕を組み、じっと水の塊を見つめている秋斗の姿がある。

「どうした?」
「ああ、いや別に。水だなーと思って」
「……確かに水、だな」

 秋斗の言葉に、千紘が改めて水の塊に視線を落とす。

 目の前にあるのは、ただの水の塊であって、それ以上でも以下でもない。
 いや、『水の塊』という存在そのものは少しおかしく思えなくもないが、この世界は魔法が存在している時点で、すでに何でもありだ。

 今さら何を言っているのかと、千紘が水の塊を指先でいたずらにつつきながら、不思議に思っていると、

「秋斗さん、かっこいいです!」

 今度は律の明るい声が響いた。

 両手で大事そうにコップを持っている律は、どうやら秋斗の水魔法に感動しているようで、大きく開いた瞳をキラキラと輝かせている。

「俺も初めて見た時はびっくりしたよ。ホントに魔法なんてあるんだな、って思ってさ」
「やっぱりそうですよね!」

 千紘が素直に当時の感想を口にすると、律の瞳の輝きがさらに増した。

「千紘もりっちゃんも、もっと褒めてくれていいぞ!」
「自分から催促さいそくすんな!」

 秋斗は先ほどまでのおとなしかった態度を一変させ、自慢げにふんぞり返る。しかし、その次の瞬間には千紘にどつかれた。

 そんな二人のやり取りに目を細めていた律が、ふと口を開く。

「僕もこんな風に魔法使えるんですかね?」

 律の発した素朴な疑問に、千紘と秋斗は互いに顔を見合わせた。

 まだ誰も怪我をしていないから、今のところは実際に使えるか試しようがない。
 きっと千紘だけでなく、秋斗も同じことを考えたはずである。

「……秋斗。今、俺の剣に斬られてみたい気分じゃないか?」
「ちょ、待て千紘! おれ怪我なんてしたくないって!」

 千紘が横に置いていた長剣のさやに手を伸ばし、にやりと口端を上げると、秋斗は途端に狼狽うろたえだした。
 しかし不穏な空気を感じたらしい律が、慌てて止めに入る。

「千紘さん! 秋斗さん! 今は確かめなくても大丈夫ですから!」
「律がそう言うならやめておくかー」
「千紘は何で棒読みなんだよ!」
「ん? 気のせい、気のせい」

 長剣やダガーで指先をちょっとだけ斬ってみて、治癒魔法が使えるか試すということもできなくはないが、誰もそこまではしたくないだろう。

 そんなことは千紘だってわかっている。ただ、ちょっと秋斗で遊びたかっただけである。

 それに、リリアが『治癒魔法の能力がある』と言ったのだ。あの少女はマイペースで態度も大きいが、きっと嘘はつかないはずである。

「さすがに今のは冗談だけど、律だってリリアからターパイトの欠片かけらもらってきてるんだから、多分大丈夫だろ」
「ホントに今のって冗談だったか? 目が笑ってなくて、めちゃくちゃ怖かったんだけど……。まあ千紘の言う通り、りっちゃんならちゃんと魔法使えると思うよ」
「律の魔法を使うような状況にならないのが一番だけどな」

 千紘と秋斗がそれぞれそう言って笑うと、律も「そうですよね!」と、安心したように笑みを浮かべたのだった。

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