上 下
22 / 105
第一章 赤と青

第22話 決着の時

しおりを挟む
「──聖なる水よ、今ここに水流となりて顕現けんげんし、我が眼前の敵を打ち滅ぼさん──」

 まさか魔法の詠唱か、と千紘が息を呑んだのとほぼ同時に、秋斗は目を見開く。

「────クリスタル・フラッド!」

 声高に叫んだ次の瞬間、両手に乗っていた水の塊が消える。

(これが、秋斗の魔法……)

 千紘はその様子を嬉しいような、羨ましいような、何とも不思議な気持ちで見守るのが精一杯だった。
 そこにまた秋斗の声が響く。

「千紘、下がれ!」

 千紘は我に返ると、声に従って数メートルほど後ろに下がる。すると、ラオムとの間にできた空間に先ほどの水の塊が現れた。そして瞬く間に大きな音を立てて破裂する。

「わ、っ!」

 驚いた千紘が思わず声を上げ、水しぶきを避けようと腕で顔を覆う。しかしそれには構わず、秋斗はさらに続けた。

「今のうちだ!」

 腕を避けて見てみれば、ラオムの足元にピンポイントで大きな水溜まりができていた。膝近くまで高さのある立体的なものだ。ここでも色々な法則を無視している。
 秋斗の魔法で先ほど破裂した水が集まってできたものだと、千紘にはすぐに理解できた。

「な、何ですか、これは……!?」

 突然のことにラオムが狼狽うろたえる。これまでの余裕がまるで嘘のようだった。

 秋斗のことをまったく警戒していなかったわけではないだろう、と千紘は考える。
 しかし、ずっと自分が攻撃して秋斗に目を行かせないようにしていたから、そこまで注意を払えなかったはずだし、注意していたところで離れた場所にいる秋斗がどんなことをしてくるのかまでは予想できなかったのだろう。

 ここまでは秋斗の作戦が上手くいったようだ。

 秋斗が指を一つ鳴らした。

 すると、ラオムの足元を飲み込んだ大きな水の塊は、波のようにその場で揺れる。そしてそのまま足をすくうと、体勢を崩させた。

『今に足を掬われても知らないからな』

 まさに先ほどの千紘の言葉通りだった。

(今だ!)

 千紘は直感した。
 体勢が崩れたこのタイミングなら間違いなく一撃が入るはずだ、と。

 誰に向けるでもなく不敵な笑みを浮かべた千紘は、腹の痛みも忘れて、勢いよく地面を蹴る。

 一気にラオムまでの距離を詰めたところで、秋斗の作った水溜まりが消えた。きっと状況を見た秋斗が、咄嗟に水を引かせたのだ。ラオムの体勢はまだ崩れたまま、いや、突如水が消えたことでさらに大きく崩れようとしていた。

 千紘は両手で長剣を強く握りしめると、高く掲げる。それを力いっぱい、全身全霊でラオムめがけて振り下ろした。

「────スター・バースト・スラーッシュ!!」

 そして訪れる静寂。

 わずかな沈黙の後、

「そ、そん、な……馬鹿……な……」

 ラオムが仰向けに倒れ込む。その左肩から右の脇腹にかけてできた大きな傷からは、やはり黒い霧が噴き出した。
 何も言わなくなったラオムの身体は、徐々に蒸発するように消えていく。

「……」

 千紘は緊張した面持ちで、黙ってラオムを見つめていた。それからややあって大きな息を一つ吐くと、崩れ落ちるように膝をつく。肩が激しく上下していた。

「千紘、大丈夫か!?」
「……ああ」

 秋斗が慌てた様子で千紘の元へと駆け寄ると、前髪を汗で額に張り付かせたままの千紘が静かに頷いた。

「やっぱり暗黒霧あんこくむだったんだな」

 ほとんど形のなくなったラオムを見やりながら、秋斗が呟き、千紘の隣にしゃがみ込む。秋斗の額にも同様に、前髪が張り付いていた。

 そのまま二人並んで、無言でラオムの最期を見届ける。

 すべてが消えてなくなったところで、ようやく秋斗が口を開いた。

「……ところでさ、千紘」
「……何だよ?」

 千紘が怪訝けげんそうな顔を向けると、秋斗は意味ありげににやりと笑う。

「いや、さっきの必殺技さ、いかにもヒーローって感じですげーかっこよかったよ!」
「あ、あれはいつもの癖で! 何で俺、あんなダサい必殺技の名前を……っ!」

 途端に、千紘が両手で顔を覆ってもだえ始める。

 ドラマの撮影では毎回ラストに必殺技で敵にとどめを刺すシーンがあった。そのせいでつい口走ってしまったことを今になって後悔する。顔が紅潮しているのがはっきりと自覚できた。

 その様子に、秋斗がクスクスと小さな笑みを零す。

 今すぐにでもこの流れを変えなければ、と千紘は慌てて話題を逸らした。

「そ、そうだ、秋斗!」

 声が少し上ずってしまうが、今はそんなことはどうでもいい。
 一瞬きょとんとした秋斗だったが、千紘はそれには一切構わず口早に続けた。

「アンタ、何でわざわざ戻ってきたんだよ? 俺のことなんて放っておけばよかったのに、やっぱ自分勝手だな」
「そうだよ、おれは自分勝手なんだよ。だから自分のやりたいようにやる。ただそれだけ」

 ダメか? と秋斗はまっすぐに千紘の目を見て、微笑む。

「別にダメじゃないけど……」

 ダメだ、なんて言えるはずもない。そんなのは本人が決めることだ。自分が口を挟む権利なんてどこにもないことはよくわかっている。
 それに、今回は秋斗の『自分勝手』に助けられた。文句を言うわけにはいかない。

 千紘は不愛想に顔を背けるが、心の中では何となくくすぐったいような気持ちになっていた。

 そんな心中を察したらしい秋斗が声を上げる。

「千紘!」

 突然の明るい呼びかけに思わず千紘が振り向くと、そこには右手を高く上げた秋斗の姿がある。
 秋斗が何を言いたいのか、これまでだったらわからなかっただろう。だが、今ならわかる。

 千紘は同じように右手を上げると、少しはにかむような笑みで秋斗とハイタッチを交わしたのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

勇者パーティーを追い出された大魔法導士、辺境の地でスローライフを満喫します ~特Aランクの最強魔法使い~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
クロード・ディスタンスは最強の魔法使い。しかしある日勇者パーティーを追放されてしまう。 勇者パーティーの一員として魔王退治をしてくると大口叩いて故郷を出てきた手前帰ることも出来ない俺は自分のことを誰も知らない辺境の地でひっそりと生きていくことを決めたのだった。

異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。 異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。 せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。 そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。 これは天啓か。 俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ) 安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると めちゃめちゃ強かった! 気軽に読めるので、暇つぶしに是非! 涙あり、笑いあり シリアスなおとぼけ冒険譚! 異世界ラブ冒険ファンタジー!

【完結】魔力・魔法が無いと家族に虐げられてきた俺は殺して殺して強くなります

ルナ
ファンタジー
「見てくれ父上!俺の立派な炎魔法!」 「お母様、私の氷魔法。綺麗でしょ?」 「僕らのも見てくださいよ〜」 「ほら、鮮やかな風と雷の調和です」 『それに比べて"キョウ・お兄さん"は…』 代々から強い魔力の血筋だと恐れられていたクライス家の五兄弟。 兄と姉、そして二人の弟は立派な魔道士になれたというのに、次男のキョウだけは魔法が一切使えなかった。 家族に蔑まれる毎日 与えられるストレスとプレッシャー そして遂に… 「これが…俺の…能力…素晴らしい!」 悲劇を生んだあの日。 俺は力を理解した。 9/12作品名それっぽく変更 前作品名『亡骸からの餞戦士』

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...