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第四章 帰還の魔法陣
第21話 光るヴァイオリンと蒼真の剣
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魔物に叩きつけられた衝撃で、地面が地震のように大きく揺れる。
蒼真は魔物からの攻撃をどうにか剣で受け止めて、身体への直撃は免れた。
しかし、背中を強く地面に打ってしまい、わずかに息が止まる。同時に気を失いそうになった。
「蒼真!」
そんな蒼真の意識を引き戻したのは、遠くから聞こえてきた弘祈の声だ。
蒼真は緩慢な動作で上体を起こすと、頬についた水と土を腕で軽く拭う。それから黙って立ち上がり、弘祈を振り返った。
「……大丈夫だ」
心配そうな表情を浮かべる弘祈に、低い声音でそれだけを答える。もちろん背中は酷く痛んでいたが、表情には出さない。
蒼真の答えに少しは安心したのか、弘祈は無言で大きく頷くと、鞄を抱える両腕に力を込めた。
蒼真はすぐに顔を戻し、正面の魔物をきつく睨みつける。
「フム、少シ手加減シスギタカ」
「あんな攻撃、やる気なさすぎだろ」
少々残念そうな魔物に、蒼真は挑発するかのように言ってのけた。
正直、内心ではあの程度の攻撃でほっとしている。
(あれ以上の攻撃が来たらやばいけど、今は俺が引きつけておかないと。でも武器がない……!)
さてどうする、と心の中で悔しげに唇を噛んだ。
自分には剣しか武器がない。
しかしその攻撃も効かず、簡単に折られてしまった。今は武器どころか、攻撃手段すらない。
格闘技などの経験があればまだ少し戦えたのかもしれないが、残念ながらそんな経験はほとんどなかった。高校生の時に体育の授業で柔道を少しやった程度である。
(最悪、俺が囮になって弘祈だけを先に行かせるか。でもこいつの狙いはオリジンの卵だからな……)
まさに絶望的とも呼べる状況に、蒼真が逡巡していた時だ。
後ろから不意にヴァイオリンの音色が聞こえてきて、はっとする。それは、蒼真の一番好きな『パッヘルベルのカノン』だった。
(ヴァイオリン!? まさか弘祈か!)
蒼真がちらりと視線だけを後ろに向けると、思った通り弘祈がヴァイオリンを構えていた。
音楽で蒼真を応援しようというのか、それとも別の思惑があるのか。それはわからない。
だが、いつにも増して真剣な表情でヴァイオリンを弾く弘祈に、蒼真は普段と異なる雰囲気を感じる。
思わず息を呑んだ時、ふと気づいた。
(ヴァイオリンが光ってる……?)
これもなぜかはわからないが、弘祈の持っているヴァイオリンからは淡く優しい光が発せられていたのである。
しかし、あまりじっくりと見入っているわけにもいかず、すぐに顔を正面に戻すと、今度は弘祈の凛とした声が蒼真の耳に届く。
「蒼真! 剣!」
「え、剣?」
あまりにも端的すぎる言葉だったが、蒼真は反射的に手に持った剣に視線を落とした。と同時に驚愕する。
「……剣も、光ってる……?」
折れたはずの剣が元通りの形になって、しかもヴァイオリンと同じように光っていたのだ。
しかし、折れた部分が直ったわけではない。正確には、剣を包み込んだ光が刃の形を成して、なくなった部分を補っているのである。
それだけではない。
剣を握った蒼真の手のひらは、確かに温かい力を感じていた。
ティアナから授かった『巫女の寵愛』の魔法陣を通じて、弘祈から力を送られているような、そんな気がしたのだ。
そして、その力は間違いなく剣へと流れている。今もずっと光っている剣が、それをはっきりと証明していたのである。
(今なら行ける!)
そう確信した蒼真は、思い切って地面を蹴った。
まっすぐに前だけを見据えて駆ける。
(ここは『テンポ・ルバート』、自由な速さで。そして『スピリトーソ』。精神を込めて、全力で行く!)
奥歯をぐっと噛み締めながら、しっかり剣を握り込んだ。
勢いよく魔物に迫ると、魔物はまたも大きく横に回転する。
「ソンナ剣ガ光ッタトコロデ、私ニ勝テルハズもナイダロウニ」
呆れたようにそう言って、尾びれを横から叩きつけてきた。
しかし蒼真は即座に足を止めて、剣を構える。
「甘いな!」
弘祈のヴァイオリンで強化された剣。それは魔物の攻撃を軽々と受け止めた。蒼真はそのまま切り返して、尾びれを弾き返す。
「何ダト!?」
まさか効かないとは思いもしなかったのだろう。魔物が大きな目玉をさらに見開いた。
それから何度も尾びれを使って蒼真に攻撃を試みるが、蒼真はすべての攻撃を剣で受け流す。
「だから甘いって言ってんだろーが!」
蒼真が声を張り上げて、また地を蹴った。
あと少しで剣の届く距離だ。
しかし、そこで魔物は弘祈の方に顔を向ける。
「コウナッタラ……ッ」
唸るようにそう言うと、尾びれを水面に叩きつけ、水の中から大きく飛び出した。
空を飛んでいるようにも見える魔物は、そのまま蒼真の頭上を飛び越えて弘祈へと向かっていく。
きっと、魔物は蒼真に攻撃をしても無駄だと考えたのだろう。そこでターゲットを変更したのだ。
「ジャンプなんてできんのかよ!」
蒼真は大量の水しぶきを浴びながら、慌てて振り返った。
その視線の先には空を泳ぐ魔物と、まだ懸命にヴァイオリンを弾いている弘祈の姿がある。
弘祈はあまりにも真剣になりすぎているのか、自身に魔物が迫っていることに気づいていないようだ。
「くそっ! 間に合え!」
すぐに方向転換した蒼真は、湖に背中を向けて魔物を追う。
空に放物線を描いた魔物が弘祈を目がけて下降してきていた。このまま体当たりするつもりらしい。
弘祈が攻撃を受けると、弘祈本人だけでなくオリジンの卵も危険である。
蒼真は懸命に駆けた。
「くっ!」
間一髪で弘祈と魔物の間に滑り込んだ蒼真が、剣で魔物の攻撃を受け止める。
そこでようやく気づいたらしい弘祈が驚いた声を上げた。
「蒼真!?」
「今のうちにここから早く離れろ……っ!」
「わかった!」
攻撃を受け止めたままの蒼真が苦しげな声を漏らすと、弘祈は急いでその場から離れる。
地面に着地した魔物は、蒼真の剣を受けても大きなダメージは負っていないようだ。これも硬い鱗のせいだろう。
「魚の形した魔物のくせに、陸に上がってくんじゃねーよ!」
「デハ、コレナライイダロウ?」
魔物がそう言って目を細めると、突如大きな身体からは太い足が二本生えてくる。
「げっ、足なんてあったのかよ! ホントにこの世界は何でもありだな!」
正直に言ってかなり気持ちの悪いその姿に、蒼真は思わず顔をしかめた。
見たところ腕はないようだが、これならば地上でも動けて、戦うこともできるのだろう。
そう判断した蒼真が自身の剣に目を落とすと、いつの間にか剣からは光が消えていた。今は『パッヘルベルのカノン』も聞こえない。
(弘祈がヴァイオリンを弾いてる間だけ有効なのか)
瞬時に考えを巡らせた蒼真が、今は遠くに離れた弘祈の方に顔を向ける。
「弘祈! またヴァイオリン弾いてくれ!」
「任せて!」
弘祈も蒼真の言いたいことがすぐにわかったのだろう。しっかり頷くと、ヴァイオリンを構えて『パッヘルベルのカノン』を弾き始めた。
すると、やはりまた剣が光を帯びる。
それを確認して、蒼真は改めて魔物をまっすぐに見据えた。
(『騎士』の俺がしっかり弘祈と卵を守らねーと……っ!)
背後から聞こえる『パッヘルベルのカノン』に応えるべく、蒼真は大きく深呼吸をする。
(今は『マエストーソ』、堂々と。そして『アニモーソ』。勇敢に、正面から戦って倒す! きっとどこかに弱点があるはずなんだ)
そう考えた時、蒼真はふとあることに気づき口元を緩ませた。
蒼真は魔物からの攻撃をどうにか剣で受け止めて、身体への直撃は免れた。
しかし、背中を強く地面に打ってしまい、わずかに息が止まる。同時に気を失いそうになった。
「蒼真!」
そんな蒼真の意識を引き戻したのは、遠くから聞こえてきた弘祈の声だ。
蒼真は緩慢な動作で上体を起こすと、頬についた水と土を腕で軽く拭う。それから黙って立ち上がり、弘祈を振り返った。
「……大丈夫だ」
心配そうな表情を浮かべる弘祈に、低い声音でそれだけを答える。もちろん背中は酷く痛んでいたが、表情には出さない。
蒼真の答えに少しは安心したのか、弘祈は無言で大きく頷くと、鞄を抱える両腕に力を込めた。
蒼真はすぐに顔を戻し、正面の魔物をきつく睨みつける。
「フム、少シ手加減シスギタカ」
「あんな攻撃、やる気なさすぎだろ」
少々残念そうな魔物に、蒼真は挑発するかのように言ってのけた。
正直、内心ではあの程度の攻撃でほっとしている。
(あれ以上の攻撃が来たらやばいけど、今は俺が引きつけておかないと。でも武器がない……!)
さてどうする、と心の中で悔しげに唇を噛んだ。
自分には剣しか武器がない。
しかしその攻撃も効かず、簡単に折られてしまった。今は武器どころか、攻撃手段すらない。
格闘技などの経験があればまだ少し戦えたのかもしれないが、残念ながらそんな経験はほとんどなかった。高校生の時に体育の授業で柔道を少しやった程度である。
(最悪、俺が囮になって弘祈だけを先に行かせるか。でもこいつの狙いはオリジンの卵だからな……)
まさに絶望的とも呼べる状況に、蒼真が逡巡していた時だ。
後ろから不意にヴァイオリンの音色が聞こえてきて、はっとする。それは、蒼真の一番好きな『パッヘルベルのカノン』だった。
(ヴァイオリン!? まさか弘祈か!)
蒼真がちらりと視線だけを後ろに向けると、思った通り弘祈がヴァイオリンを構えていた。
音楽で蒼真を応援しようというのか、それとも別の思惑があるのか。それはわからない。
だが、いつにも増して真剣な表情でヴァイオリンを弾く弘祈に、蒼真は普段と異なる雰囲気を感じる。
思わず息を呑んだ時、ふと気づいた。
(ヴァイオリンが光ってる……?)
これもなぜかはわからないが、弘祈の持っているヴァイオリンからは淡く優しい光が発せられていたのである。
しかし、あまりじっくりと見入っているわけにもいかず、すぐに顔を正面に戻すと、今度は弘祈の凛とした声が蒼真の耳に届く。
「蒼真! 剣!」
「え、剣?」
あまりにも端的すぎる言葉だったが、蒼真は反射的に手に持った剣に視線を落とした。と同時に驚愕する。
「……剣も、光ってる……?」
折れたはずの剣が元通りの形になって、しかもヴァイオリンと同じように光っていたのだ。
しかし、折れた部分が直ったわけではない。正確には、剣を包み込んだ光が刃の形を成して、なくなった部分を補っているのである。
それだけではない。
剣を握った蒼真の手のひらは、確かに温かい力を感じていた。
ティアナから授かった『巫女の寵愛』の魔法陣を通じて、弘祈から力を送られているような、そんな気がしたのだ。
そして、その力は間違いなく剣へと流れている。今もずっと光っている剣が、それをはっきりと証明していたのである。
(今なら行ける!)
そう確信した蒼真は、思い切って地面を蹴った。
まっすぐに前だけを見据えて駆ける。
(ここは『テンポ・ルバート』、自由な速さで。そして『スピリトーソ』。精神を込めて、全力で行く!)
奥歯をぐっと噛み締めながら、しっかり剣を握り込んだ。
勢いよく魔物に迫ると、魔物はまたも大きく横に回転する。
「ソンナ剣ガ光ッタトコロデ、私ニ勝テルハズもナイダロウニ」
呆れたようにそう言って、尾びれを横から叩きつけてきた。
しかし蒼真は即座に足を止めて、剣を構える。
「甘いな!」
弘祈のヴァイオリンで強化された剣。それは魔物の攻撃を軽々と受け止めた。蒼真はそのまま切り返して、尾びれを弾き返す。
「何ダト!?」
まさか効かないとは思いもしなかったのだろう。魔物が大きな目玉をさらに見開いた。
それから何度も尾びれを使って蒼真に攻撃を試みるが、蒼真はすべての攻撃を剣で受け流す。
「だから甘いって言ってんだろーが!」
蒼真が声を張り上げて、また地を蹴った。
あと少しで剣の届く距離だ。
しかし、そこで魔物は弘祈の方に顔を向ける。
「コウナッタラ……ッ」
唸るようにそう言うと、尾びれを水面に叩きつけ、水の中から大きく飛び出した。
空を飛んでいるようにも見える魔物は、そのまま蒼真の頭上を飛び越えて弘祈へと向かっていく。
きっと、魔物は蒼真に攻撃をしても無駄だと考えたのだろう。そこでターゲットを変更したのだ。
「ジャンプなんてできんのかよ!」
蒼真は大量の水しぶきを浴びながら、慌てて振り返った。
その視線の先には空を泳ぐ魔物と、まだ懸命にヴァイオリンを弾いている弘祈の姿がある。
弘祈はあまりにも真剣になりすぎているのか、自身に魔物が迫っていることに気づいていないようだ。
「くそっ! 間に合え!」
すぐに方向転換した蒼真は、湖に背中を向けて魔物を追う。
空に放物線を描いた魔物が弘祈を目がけて下降してきていた。このまま体当たりするつもりらしい。
弘祈が攻撃を受けると、弘祈本人だけでなくオリジンの卵も危険である。
蒼真は懸命に駆けた。
「くっ!」
間一髪で弘祈と魔物の間に滑り込んだ蒼真が、剣で魔物の攻撃を受け止める。
そこでようやく気づいたらしい弘祈が驚いた声を上げた。
「蒼真!?」
「今のうちにここから早く離れろ……っ!」
「わかった!」
攻撃を受け止めたままの蒼真が苦しげな声を漏らすと、弘祈は急いでその場から離れる。
地面に着地した魔物は、蒼真の剣を受けても大きなダメージは負っていないようだ。これも硬い鱗のせいだろう。
「魚の形した魔物のくせに、陸に上がってくんじゃねーよ!」
「デハ、コレナライイダロウ?」
魔物がそう言って目を細めると、突如大きな身体からは太い足が二本生えてくる。
「げっ、足なんてあったのかよ! ホントにこの世界は何でもありだな!」
正直に言ってかなり気持ちの悪いその姿に、蒼真は思わず顔をしかめた。
見たところ腕はないようだが、これならば地上でも動けて、戦うこともできるのだろう。
そう判断した蒼真が自身の剣に目を落とすと、いつの間にか剣からは光が消えていた。今は『パッヘルベルのカノン』も聞こえない。
(弘祈がヴァイオリンを弾いてる間だけ有効なのか)
瞬時に考えを巡らせた蒼真が、今は遠くに離れた弘祈の方に顔を向ける。
「弘祈! またヴァイオリン弾いてくれ!」
「任せて!」
弘祈も蒼真の言いたいことがすぐにわかったのだろう。しっかり頷くと、ヴァイオリンを構えて『パッヘルベルのカノン』を弾き始めた。
すると、やはりまた剣が光を帯びる。
それを確認して、蒼真は改めて魔物をまっすぐに見据えた。
(『騎士』の俺がしっかり弘祈と卵を守らねーと……っ!)
背後から聞こえる『パッヘルベルのカノン』に応えるべく、蒼真は大きく深呼吸をする。
(今は『マエストーソ』、堂々と。そして『アニモーソ』。勇敢に、正面から戦って倒す! きっとどこかに弱点があるはずなんだ)
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