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第三章 消えた卵の行方を追え
第16話 卵と犯人の追跡
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犯人が森の中に逃げたと踏んだ蒼真と弘祈は、ただひたすらに犯人とオリジンの卵の行方を追う。
証拠の足跡を残しているくらいなのだから、おそらく計画的な犯行ではない。逆にわざと残している可能性も考えたが、それはないと信じることにした。
他に証拠もなく、そう信じなければやっていられないのである。
まだ森の中にいるのであれば追いつけるかもしれない。だが、森から出てしまったらどの方角に逃げたのか、きっと見当もつかなくなるだろう。
何としても森から出る前に捕まえなければ。
そう考えて、二人は必死に森を駆ける。
「卵はそんな簡単には割れないはずだから、落ち着いて探すぞ!」
蒼真が隣を走る弘祈に声を掛けた。『落ち着いて』、それは自分自身にも言い聞かせる言葉である。
「うん、わかってる!」
弘祈が蒼真にちらりと視線だけを向けて答えた時だった。
目の前に分かれ道が立ちはだかり、二人は一緒に足を止める。
道は左右、二つに分かれていた。
両方の道を交互に見やった蒼真が腕を組む。
「困ったな……。これ、どっちだ? この二択を外すとやばいぞ。間違った時に引き返してる余裕なんてないからな」
「だったら二手に分かれる?」
「でも、もし犯人が手強いやつだったら、武器を持ってない弘祈の手には負えないだろ?」
「それは確かにそうかも……」
どうしよう、と弘祈が考え込んだ時、蒼真はふと何かを思い出したように口を開いた。
「なあ、弘祈」
「何?」
すぐに顔を上げた弘祈が、不思議そうな表情で蒼真の顔を見つめる。
「親だったら卵の気配とかわからないのか? ほら、集中したりしてさ」
「あ、そうか。僕は卵とリンクしてるんだもんね。ちょっとやってみるよ」
そう言うなり、弘祈は目を閉じた。
じっと集中して卵の気配を感じ取ろうとしているようだ。
そんな弘祈の姿を、蒼真は祈るような気持ちで黙って見守る。
しばらくして、弘祈がゆっくりと瞼を開いた。
「どうだ?」
「……多分だけど、あっちに気配があると思う」
弘祈は正直に答えると、右を指差す。
やはり気配を感じることができるようだ。ならば、これまでよりもずっと卵の行方を追いやすい。
そのことに蒼真はほっとしながら、弘祈に声を掛ける。
「気配があるってことはまだ割れてないはずだ。よし、追うぞ!」
「わかった!」
二人は同時に頷き合うと、改めて右側の道へと駆け出した。
自身の斜め後ろを走る弘祈の様子を窺うようにして、蒼真がわずかに振り返る。
(弘祈の身体も今のところは異常ないみたいだし、きっと卵は無事だ)
あくまでも『今は』の話だが、蒼真はそう自分に言い聞かせた。
※※※
弘祈が示した右側の道をしばらく走って行くと、何者かの背中が見えてきた。
自分たちの先を走っているその姿は、どうやら人間の男のようである。
「あ、いた! 多分あいつだと思う!」
「よし、ならさっさと捕まえるぞ! もし間違ってたらその時はその時だ!」
二人がそれぞれそう言って、スピードを上げた時だった。
蒼真たちの気配に気づいたらしく、男がちらりと振り返る。
とうとう諦めたのか、そのまま立ち止まり、こちらに向き直った。大柄な中年の男である。その足元は裸足だった。
なぜ裸足なのかはわからないが、そんなことはどうでもいい。とにかく状況などから察するに、目の前の男がオリジンの卵を盗んだ犯人と見て間違いなさそうだ。
男は手に何かを持っている。指の隙間からわずかではあるが、布が覗いていた。おそらくあれが卵だろう。
少し距離を置いて、蒼真と弘祈も足を止める。
「おい! その手の中にあるやつ、すぐに返せ!」
蒼真が男をきつく睨みつけ、怒鳴った。
しかし、男も負けじと睨み返してくる。
「……断る、と言ったら?」
「だったら力づくで取り返すだけだ!」
「ふん、やれるもんならやってみな」
男が鼻で笑うと、途端にその身体が大きく膨れ上がった。
服が弾けるように破け、黒っぽい毛で覆われた全身が現れる。
その姿はまるで熊のようだった。しかも、普通の熊よりもずっと大きい。
「まさか魔物……っ!?」
「人間じゃなかったの!?」
てっきり人間だと思い込んでいた二人が揃って瞠目すると、男――魔物は卵を持っていない方の腕を大きく振り上げた。
その時、取扱説明書に『また、魔物はオリジンの卵を忌むべきものとして、破壊または奪おうとする可能性が高い』と書いてあったことを思い出す。
きっと、この魔物は本能で卵の存在に気づいて奪ったのだ。だから、足跡を消そうとも考えなかったのだろう。
「これでも取り返せると思ってるのか!」
魔物が腕を上げたまま、勢いよくこちらに迫ってくる。
蒼真は咄嗟にその攻撃から守るように、弘祈を突き飛ばした。
「お前はそこでおとなしくしてろ! 俺が戦う!」
すぐさま右手に剣を出現させると、魔物が振り下ろした腕をその剣で受け止める。
それから押し返すようにして斬り上げると、魔物はすかさず後ろに飛びすさった。
「蒼真!」
地面に倒れ込んでいた弘祈が、起き上がりながら声を掛ける。
そんな弘祈をちらりと見やってから、蒼真はぐっと親指を立ててみせた。
「任せとけ!」
「うん!」
二人の様子を少し離れたところで眺めていた魔物が、にやにやと嫌な笑みを浮かべる。
顔は熊そのものなのだから、かなり不気味だ。
しかし、今はそんなことを気にしている場合ではないだろう。
魔物の表情に構うことなく、蒼真はその顔をまっすぐに見据える。
(大型の魔物だし、あまり動きは速くないはず。さっきの攻撃も少し重たい程度で、そこまで速くはなかった)
そう考え、口元を緩めた。
こちらから先に仕掛けて、相手に攻撃する余裕を与えなければいい。
これまで出会った魔物もあっさり倒してきたのだから、今回もさっさと倒してしまおう。
蒼真は剣の柄を握り込みながら、タン、タン、と足元を軽く弾ませる。
(ここは『レッジェーロ』。軽く、軽やかに)
準備運動のように数回踏み鳴らすと、勢いよく地面を蹴った。
余計なことは考えず、まっすぐに魔物の心臓を狙う。
だが、蒼真の攻撃を迎え撃とうというのか、魔物がその場で両腕を上げた。
(そんな格好だと心臓を狙ってくださいって言ってるようなもんだ!)
剣に左手も添える。そのまま少し後ろに引き、突き出そうとした時だった。
このまま行けば、確実に心臓を貫けるはず。
そう確信していた蒼真だが、残念ながらその作戦は失敗に終わった。
魔物が思った以上にずっと速い動きで前へと飛び出してきて、右腕を大きく薙いだのである。
当然、そんな攻撃が来るとは蒼真に予想できるはずもない。相手は動きが速くないと、高を括っていたのだから。
蒼真はかわすことができずに、そのまま横へと思い切り殴り飛ばされた。地面に叩きつけられ、顔が苦痛に歪む。
不幸中の幸いか、反射的に剣で攻撃を受け止めることができていたので、身体への直撃は避けられていた。
「蒼真!」
近くから弘祈の声が聞こえる。
どうやら、飛ばされた先は弘祈の傍だったらしい。
(ちょっと調子に乗りすぎたか……。こいつは今までのやつらよりも強い)
そう考えながら顔を上げて、弘祈に「大丈夫だ」と返事をしようとした時だ。
すごいスピードで魔物がこちらへと走ってくるのを視界に捉える。
(やばい!)
蒼真は目を見開いた。
今から立ち上がって攻撃をかわすのは無理だ、などと考える余裕すらなく、魔物の太い腕が蒼真に迫る。
思わず両腕で庇うようにして顔を覆い、きつく目を閉じた。
それから数拍置いて、一向に攻撃が来ないことに気づく。
不思議に思いながら恐る恐る瞼を開けると、弘祈が魔物の腕にぶら下がるようにしてしがみついていた。
「弘祈っ!」
「今のうちに早く!」
懸命に腕にしがみついている弘祈は今にも振り落とされそうである。
「貴様、邪魔をするな!」
どうにかして弘祈を振り払おうとする魔物は、でたらめに両腕を振り回していた。
蒼真は慌てて立ち上がりつつ、すぐ横に落ちていた剣を拾う。
その時だ。
「うわぁぁーっ!」
弘祈の声が森に響く。蒼真ははっとして、声の方へと顔を向けた。
とうとう弘祈が魔物の腕から振り落とされ、その身体は放物線を描くように勢いよく遠くに放られる。
「弘祈……っ!」
蒼真の口から漏れたのは、ただ悲痛な声だけだった。
証拠の足跡を残しているくらいなのだから、おそらく計画的な犯行ではない。逆にわざと残している可能性も考えたが、それはないと信じることにした。
他に証拠もなく、そう信じなければやっていられないのである。
まだ森の中にいるのであれば追いつけるかもしれない。だが、森から出てしまったらどの方角に逃げたのか、きっと見当もつかなくなるだろう。
何としても森から出る前に捕まえなければ。
そう考えて、二人は必死に森を駆ける。
「卵はそんな簡単には割れないはずだから、落ち着いて探すぞ!」
蒼真が隣を走る弘祈に声を掛けた。『落ち着いて』、それは自分自身にも言い聞かせる言葉である。
「うん、わかってる!」
弘祈が蒼真にちらりと視線だけを向けて答えた時だった。
目の前に分かれ道が立ちはだかり、二人は一緒に足を止める。
道は左右、二つに分かれていた。
両方の道を交互に見やった蒼真が腕を組む。
「困ったな……。これ、どっちだ? この二択を外すとやばいぞ。間違った時に引き返してる余裕なんてないからな」
「だったら二手に分かれる?」
「でも、もし犯人が手強いやつだったら、武器を持ってない弘祈の手には負えないだろ?」
「それは確かにそうかも……」
どうしよう、と弘祈が考え込んだ時、蒼真はふと何かを思い出したように口を開いた。
「なあ、弘祈」
「何?」
すぐに顔を上げた弘祈が、不思議そうな表情で蒼真の顔を見つめる。
「親だったら卵の気配とかわからないのか? ほら、集中したりしてさ」
「あ、そうか。僕は卵とリンクしてるんだもんね。ちょっとやってみるよ」
そう言うなり、弘祈は目を閉じた。
じっと集中して卵の気配を感じ取ろうとしているようだ。
そんな弘祈の姿を、蒼真は祈るような気持ちで黙って見守る。
しばらくして、弘祈がゆっくりと瞼を開いた。
「どうだ?」
「……多分だけど、あっちに気配があると思う」
弘祈は正直に答えると、右を指差す。
やはり気配を感じることができるようだ。ならば、これまでよりもずっと卵の行方を追いやすい。
そのことに蒼真はほっとしながら、弘祈に声を掛ける。
「気配があるってことはまだ割れてないはずだ。よし、追うぞ!」
「わかった!」
二人は同時に頷き合うと、改めて右側の道へと駆け出した。
自身の斜め後ろを走る弘祈の様子を窺うようにして、蒼真がわずかに振り返る。
(弘祈の身体も今のところは異常ないみたいだし、きっと卵は無事だ)
あくまでも『今は』の話だが、蒼真はそう自分に言い聞かせた。
※※※
弘祈が示した右側の道をしばらく走って行くと、何者かの背中が見えてきた。
自分たちの先を走っているその姿は、どうやら人間の男のようである。
「あ、いた! 多分あいつだと思う!」
「よし、ならさっさと捕まえるぞ! もし間違ってたらその時はその時だ!」
二人がそれぞれそう言って、スピードを上げた時だった。
蒼真たちの気配に気づいたらしく、男がちらりと振り返る。
とうとう諦めたのか、そのまま立ち止まり、こちらに向き直った。大柄な中年の男である。その足元は裸足だった。
なぜ裸足なのかはわからないが、そんなことはどうでもいい。とにかく状況などから察するに、目の前の男がオリジンの卵を盗んだ犯人と見て間違いなさそうだ。
男は手に何かを持っている。指の隙間からわずかではあるが、布が覗いていた。おそらくあれが卵だろう。
少し距離を置いて、蒼真と弘祈も足を止める。
「おい! その手の中にあるやつ、すぐに返せ!」
蒼真が男をきつく睨みつけ、怒鳴った。
しかし、男も負けじと睨み返してくる。
「……断る、と言ったら?」
「だったら力づくで取り返すだけだ!」
「ふん、やれるもんならやってみな」
男が鼻で笑うと、途端にその身体が大きく膨れ上がった。
服が弾けるように破け、黒っぽい毛で覆われた全身が現れる。
その姿はまるで熊のようだった。しかも、普通の熊よりもずっと大きい。
「まさか魔物……っ!?」
「人間じゃなかったの!?」
てっきり人間だと思い込んでいた二人が揃って瞠目すると、男――魔物は卵を持っていない方の腕を大きく振り上げた。
その時、取扱説明書に『また、魔物はオリジンの卵を忌むべきものとして、破壊または奪おうとする可能性が高い』と書いてあったことを思い出す。
きっと、この魔物は本能で卵の存在に気づいて奪ったのだ。だから、足跡を消そうとも考えなかったのだろう。
「これでも取り返せると思ってるのか!」
魔物が腕を上げたまま、勢いよくこちらに迫ってくる。
蒼真は咄嗟にその攻撃から守るように、弘祈を突き飛ばした。
「お前はそこでおとなしくしてろ! 俺が戦う!」
すぐさま右手に剣を出現させると、魔物が振り下ろした腕をその剣で受け止める。
それから押し返すようにして斬り上げると、魔物はすかさず後ろに飛びすさった。
「蒼真!」
地面に倒れ込んでいた弘祈が、起き上がりながら声を掛ける。
そんな弘祈をちらりと見やってから、蒼真はぐっと親指を立ててみせた。
「任せとけ!」
「うん!」
二人の様子を少し離れたところで眺めていた魔物が、にやにやと嫌な笑みを浮かべる。
顔は熊そのものなのだから、かなり不気味だ。
しかし、今はそんなことを気にしている場合ではないだろう。
魔物の表情に構うことなく、蒼真はその顔をまっすぐに見据える。
(大型の魔物だし、あまり動きは速くないはず。さっきの攻撃も少し重たい程度で、そこまで速くはなかった)
そう考え、口元を緩めた。
こちらから先に仕掛けて、相手に攻撃する余裕を与えなければいい。
これまで出会った魔物もあっさり倒してきたのだから、今回もさっさと倒してしまおう。
蒼真は剣の柄を握り込みながら、タン、タン、と足元を軽く弾ませる。
(ここは『レッジェーロ』。軽く、軽やかに)
準備運動のように数回踏み鳴らすと、勢いよく地面を蹴った。
余計なことは考えず、まっすぐに魔物の心臓を狙う。
だが、蒼真の攻撃を迎え撃とうというのか、魔物がその場で両腕を上げた。
(そんな格好だと心臓を狙ってくださいって言ってるようなもんだ!)
剣に左手も添える。そのまま少し後ろに引き、突き出そうとした時だった。
このまま行けば、確実に心臓を貫けるはず。
そう確信していた蒼真だが、残念ながらその作戦は失敗に終わった。
魔物が思った以上にずっと速い動きで前へと飛び出してきて、右腕を大きく薙いだのである。
当然、そんな攻撃が来るとは蒼真に予想できるはずもない。相手は動きが速くないと、高を括っていたのだから。
蒼真はかわすことができずに、そのまま横へと思い切り殴り飛ばされた。地面に叩きつけられ、顔が苦痛に歪む。
不幸中の幸いか、反射的に剣で攻撃を受け止めることができていたので、身体への直撃は避けられていた。
「蒼真!」
近くから弘祈の声が聞こえる。
どうやら、飛ばされた先は弘祈の傍だったらしい。
(ちょっと調子に乗りすぎたか……。こいつは今までのやつらよりも強い)
そう考えながら顔を上げて、弘祈に「大丈夫だ」と返事をしようとした時だ。
すごいスピードで魔物がこちらへと走ってくるのを視界に捉える。
(やばい!)
蒼真は目を見開いた。
今から立ち上がって攻撃をかわすのは無理だ、などと考える余裕すらなく、魔物の太い腕が蒼真に迫る。
思わず両腕で庇うようにして顔を覆い、きつく目を閉じた。
それから数拍置いて、一向に攻撃が来ないことに気づく。
不思議に思いながら恐る恐る瞼を開けると、弘祈が魔物の腕にぶら下がるようにしてしがみついていた。
「弘祈っ!」
「今のうちに早く!」
懸命に腕にしがみついている弘祈は今にも振り落とされそうである。
「貴様、邪魔をするな!」
どうにかして弘祈を振り払おうとする魔物は、でたらめに両腕を振り回していた。
蒼真は慌てて立ち上がりつつ、すぐ横に落ちていた剣を拾う。
その時だ。
「うわぁぁーっ!」
弘祈の声が森に響く。蒼真ははっとして、声の方へと顔を向けた。
とうとう弘祈が魔物の腕から振り落とされ、その身体は放物線を描くように勢いよく遠くに放られる。
「弘祈……っ!」
蒼真の口から漏れたのは、ただ悲痛な声だけだった。
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