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第三章 消えた卵の行方を追え

第15話 消えたオリジンの卵と足跡

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 この異世界に来て三日。
 二人での旅にも大分慣れてきていたからか、蒼真と弘祈はぐっすりと眠ることができた。

 しかし、その翌朝のことである。

「……ない!」

 宿屋の一室で、弘祈が珍しく大声を上げた。

「何がないって?」

 まだ眠そうに目を擦っていた蒼真がそう答えると、弘祈は慌てた様子ですぐさま振り返る。顔は蒼白になっていた。

 そんな弘祈のベッドの上には、取扱説明書や携帯用の食料などが無造作に放られている。
 なぜかはわからないが、かばんの中身をすべて出したらしい。

 蒼真はどうにかそこまでは理解するが、いまいちまだ何が起こっているのか、詳しい内容までは把握できないでいた。

 弘祈はベッドから下りて蒼真の前まで来ると、その両肩に手を置いて激しく揺さぶる。

「だから、オリジンの卵がないんだよ!」
「……え、ちょ、マジで!?」

 弘祈の放った衝撃的な言葉に、蒼真の意識が一気に覚醒した。

「ほら、見てよ!」

 弘祈が空っぽになった鞄を大きく開けて中身を見せる。
 もちろん中には何も入っていない。

 蒼真はベッドの上に広げられた鞄の中身に目をやるが、そこにも卵の姿はなかった。

「……どういうことだよ」

 蒼真の口からは思わず唸るような声が漏れる。今はそれしか言えなかった。

「僕にもわかんないよ。さっき卵を出そうと思って鞄を開けたらなくなってて」
「あれほど『なくすな』って言ったろ!」

 次に蒼真の口から出たのは、怒りの言葉だ。

 そばの机に拳を激しく叩きつける蒼真に、弘祈が一瞬びくりと肩を跳ねさせる。

「そんなこと言われても、気づいたらなくなってたんだからどうしようもないじゃない!」

 だが、すぐに悲痛な面持ちで声を上げた。

 その叫びにも似た声に蒼真は思わず息を呑み、わずかではあるが冷静さを取り戻す。

(……確かに、気づいたらなくなってたのは俺から見ても同じだ。どうしようもないのも、もちろん同じ。俺には卵と弘祈を守る役目もあるのに)

 自分が不甲斐ふがいなかったせいもあるのだと、蒼真はすぐに反省した。

 自身をさらに落ち着かせようと、胸に手を当てて大きく深呼吸する。それから申し訳なさそうに頭を掻いた。

「……いや、ここで喧嘩しててもどうにもなんねーな。俺も熟睡してて気づかなかったんだから同罪だよな、悪い」
「謝らなくていいよ。今はとにかく卵を探さないと……」

 蒼真の謝罪に、弘祈はそう答えて首を左右に振った。
 すると、気を取り直した蒼真が改めて口を開く。

「じゃあ、まずは落ち着いて確認していくか。状況からすると、寝てる間に鞄の中から盗まれた可能性が高いんだもんな」
「だとしたら、犯人は?」
「わざわざ鞄の中から盗んでるんだから、この部屋に入ってきたってことだろ。何か証拠とか残ってねーかな。ああもう、何でこんな日に限って部屋が一階だったんだよ! 考えてみれば外から入りやすいし!」

 二階だったら盗まれなかったかもしれないのに、そう言って蒼真は苦虫をみ潰したような表情を浮かべた。
 今さら文句を言っても仕方がないのだが、愚痴ぐちりたくもなる。

 とにかく今はどんな小さな手掛かりでも欲しいところだ。
 そう考えて、二人は懸命に辺りを見回す。

 少しして、弘祈が呟くように言った。

「……この部屋の床ってこんなに汚れてたっけ? それに、あれって何か足跡っぽく見えない?」

 見れば、明らかに足跡のように見えるものが床のあちこちにある。土が乾いてできたものだ。

「これは確かに足跡みたいだけど、靴のものじゃねーな。裸足か……?」
「つまり、犯人が裸足で入り込んできたってことかな」

 蒼真と弘祈は足跡の近くまで行って、一緒にしゃがみ込んだ。
 足跡は様々な方向に向いている。どうやら、卵を探すために部屋の中をうろうろしたらしい。

「この足跡、最終的には窓に続いてるっぽいな」
「じゃあ窓から出入りした可能性があるんだ?」

 二人はすぐさま窓に向かい、鍵を確認する。鍵はかかっていなかった。

「やっぱり窓の鍵が開いてる。くそ、鍵をかけ忘れたか……それとも上手く開けられたのか」
「僕たちもそこまで確認してなかったよね」
「ああ。寝る前にもっとしっかり確認しておけばよかったな」

 迂闊うかつだった、と蒼真が悔しそうに歯噛みすると、弘祈は何かを見つけたらしく小さな声を漏らす。

「あ、窓枠にも足跡があるよ。外側に向かってるのと、内側に向かってるものがあるみたい」
「なるほど。足跡の向きとかこの窓のことを考えると、窓から出入りしたのはまず間違いねーな」

 蒼真が腕を組むと、今度は弘祈が窓から身を乗り出した。

 弘祈は少しうつむくようにして、外の様子をうかがっているようである。

「ここからじゃちょっとわかりにくいけど、地面にも足跡っぽいのがあるような気がするよ」

 ややあって、顔を上げた弘祈が「ほら」と外を指差した。
 示した場所に蒼真も目をやるが、確かにこの場所からでははっきりとはわからない。

「よし、外に出てみるぞ!」

 二人は早速外に出て、さらに情報収集をすることにしたのだった。


  ※※※


「ちょっと出てくる」

 宿屋の主人に一言そう告げて、蒼真と弘祈は急いで外に出た。

 二人の部屋は宿屋の奥の方である。つまり外に出てから、建物の裏手に回る必要があった。

 まっすぐに自分たちの部屋がある方角へと向かう。

「ここが僕たちの部屋だよね」

 二人は自分たちの部屋の場所で止まると、その窓を見上げた。

「この高さならわりと簡単に出入りできるよなぁ」
「そうだよね」

 蒼真が腰に両手を当てて大きな溜息をつくと、弘祈も同意して頷く。

「ところで、さっき『足跡っぽいのがある』って言ってたよな?」

 蒼真に訊かれた弘祈は、窓と土の地面を交互に見やってから、地面の一点を指差した。

「うん。多分この辺だと思う」
「どれどれ……」

 二人でしゃがみ込んで、地面に目を凝らす。
 すると、まだうっすらと足跡が残っているのが確認できた。

「これ足跡だよね?」
「確かに足跡だな。てことは、やっぱりここから出入りしたのか」
「でも、その後はどこに逃げたんだろう」

 視線だけで足跡を追うと、それはだんだんと宿屋から離れていく。先にあるのは森だけだが、どうやらそちらの方へと続いているようだった。

「足跡は裏の森に続いてるみたいだ。つまりそこに逃げ込んだ可能性が高いってことだな。よし、他に手掛かりもないし追ってみるか」
「わかった」

 犯人が森に逃げたと睨んだ二人は、顔を見合わせて頷く。一緒に立ち上がると、すぐさま森の方へと足を向けた。

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