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第二章 わずかに歩み寄る二人

第13話 弘祈と小さな女の子

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(うーん、つい浮かれて勢いで指切りしてしまった……。何だか友達っぽい、よなぁ……)

 翌日、起きてから昨日の出来事を思い返し、蒼真は唸った。

 弘祈とはいつも対立していて、この世界に来るまでは穏やかに会話することすらほとんどなかったのである。

 昨日のは自分があまりにも興奮しすぎていたせいなのだが、まさかこういうことをする日が来るとは思ってもみなかった。

 何気なく、指切りをした小指に視線を落とす。

(まあ、弘祈も深くは考えてないだろうし、普段は仲悪くてもたまにはこういうこともある! 多分!)

 懸命にそう言い聞かせたところで、部屋の扉が開いて弘祈が入ってきた。

「ほら、そろそろ行くよ」

 いつもと同じ口調と態度でそう言った弘祈には、やはり特に気にしている様子はなさそうである。

(きっとこいつは何にも考えてねーな。色々と鈍そうだし。ま、逆にその方がいいよな)


 蒼真からすれば、下手に友達づらされるのも何だか気に入らないので、それはありがたいことだ。

 あくまでも、昨日の指切りは『またパッヘルベルのカノンを弾く』という約束でしかないのだから、深く考える必要もないだろう。

 そう結論付けて、蒼真は両の拳をぐっと握ると、これまた力強く言った。

「よし、じゃあ行くか!」


  ※※※


 そろそろ村を出るかといったところで、蒼真の隣を歩いていた弘祈が立ち止まる。

「蒼真、ちょっと待って」
「どうした、忘れ物か?」

 蒼真はならうように足を止めると、弘祈の方に顔を向けた。
 キョロキョロと辺りを見回した弘祈が、蒼真に訊く。

「何か泣き声みたいなの、聞こえない?」
「泣き声? いきなりホラーじゃないだろうな?」

 こんな朝っぱらからやめてくれよ、と眉をひそめた蒼真に、弘祈は一瞬むっとした表情を浮かべながらもすぐさま否定した。

「違うよ。えっと、あっちかな」
「あっち?」

 弘祈が少しだけ方向転換してそのまま歩いていく。首を傾げつつ蒼真もその後を追った。

「……やっぱり」

 大きな木の裏を覗いた弘祈が確信して頷く。蒼真もその後ろから同じようにして覗き込んだ。

 そこにいたのは、小さな女の子である。

「こんなところに女の子か」
「転んだのかな?」

 地面に座り込んだ女の子はおそらく三、四歳くらい。スカートは砂まみれになっていて、その膝には擦りむいた傷があった。

「ああ、だから泣いてんのか。ってこういう時はどうしたらいいんだ?」

 子供の扱いに慣れていない蒼真が困ったように言うと、弘祈はパンツのポケットから真っ白なハンカチを取り出す。
 そして迷うことなく女の子の前にしゃがみ込むと、綺麗にアイロンのかけられたそれを差し出した。

「はい、これ。怪我は治してあげられないけど」

 女の子は涙でびしょびしょに濡れた顔を上げて弘祈を見ると、わずかに逡巡しゅんじゅんしてからその手にあるハンカチをそっと受け取る。

「あ、ありがとう……」

 弘祈はまだしゃくり上げている女の子に笑顔を見せると、今度は後ろにいた蒼真を振り返った。

「蒼真、指揮して」
「え、指揮? 何で今?」
「いいから、早く。『パッヘルベルのカノン』やるよ」
「あ、ちょ!? わ、わかった!」

 すぐにヴァイオリンを出して構える弘祈に、蒼真は訳がわからないまま頷く。慌てて右手に指揮棒を出した。

 大きく深呼吸をしてから、蒼真が静かに指揮棒を振り下ろす。
 それに合わせて、弘祈は弓を引いた。

 ヴァイオリンで奏でられたのは、昨日と同じ曲である『パッヘルベルのカノン』。指切りで約束した曲だ。

 確かに約束はしたが、それがいつ果たされるのかもわからない。ずっと果たされない可能性もあると、蒼真は密かに思っていた。

 それがまさか昨日の今日で、しかも自分の指揮で演奏されるとは考えもしなかった。

(いきなり指揮しろってどういうことだよ。ああもう、とにかく集中しないと!)

 弘祈が何を考えているのかさっぱりわからないまま、今は指揮に集中する。弘祈も蒼真の指揮を見ながら、真剣にヴァイオリンを弾いていた。

 しばらくして演奏が終わると、小さな拍手の音が聞こえてくる。
 音の方へと顔を向けると、先ほどの女の子が笑顔で手を叩いていた。それも満面の笑みだ。

 そんな女の子の前に、ヴァイオリンを抱えた弘祈がまた膝をつく。

「どう? 楽しかった?」
「うん! すごいきれいなきょくでたのしかった!」

 女の子は瞳を輝かせながら、小さな手でまだ拍手をしていた。

「それならよかった」

 弘祈が安心した様子で目を細めて、女の子の頭を優しく撫でる。すると、嬉しそうに頷いた女の子は、頑張ってその場で立ち上がろうとした。

 弘祈は女の子に手を貸して手伝ってやると、次にはスカートについた汚れを手で簡単に払い落とす。

 少しではあるが綺麗になったスカートを見た女の子は、真っ白なハンカチを握りしめたまま、

「おにいちゃんたち、ありがとう!」

 大きな声でお礼を言って、走っていった。

 二人は手を振りながら、微笑ましげにその背中を見送る。
 女の子の姿がすっかり見えなくなると、蒼真はゆっくり口を開いた。

「……指揮しろ、だなんて珍しいと思ったらこういうことかよ」
「指揮者がいた方が何となく見栄えするだろうし、たまには僕だけじゃなく指揮者も仕事させないとね」

 ヴァイオリンを消した弘祈はしれっとそう答えて、先になって歩き出す。

 蒼真は弘祈の言葉に少々腹を立てそうになるが、

(でも女の子は笑顔になったんだし、今回はいいか)

 すぐに先ほどの花のような笑顔を思い返し、弘祈の後を追ったのだった。

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