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第二章 わずかに歩み寄る二人

第12話 惜しみない拍手と指切り

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 少し休むと、蒼真の気分は幾分か落ち着いた。

 とにかく、弘祈にはオリジンの卵とのリンクについて、これ以上はできるだけ話さないことに決める。話すといつかボロが出そうだからだ。

 本人が勝手に気づいてしまった場合は仕方ないだろうが、蒼真からはその話題を出さないように気をつけることにした。

(下手に話してわざわざ不安にさせる必要もねーだろうし。それに、弘祈と卵を守るために『騎士』の俺がいるんだから)

 俺がしっかりすればいい、と蒼真は自分に言い聞かせて、弘祈と共に森の中を歩き出す。

 しばらくして、二人はようやく森から出ることができた。

「おー、ちゃんと道がある!」

 久しぶりに見た気のするまともな道に、蒼真が歓声を上げる。

 舗装はされていないが、きちんと道だとわかるものがずっと先へと続いていた。
 そこからは取扱説明書についている地図と方位磁石を見比べながら、また南の方角へと向かう。

 すでに日が暮れかけていた。

「この近くに村があるみたいだよ。あっちの方みたい」

 地図を手にした弘祈がそう言って、空いている方の手で先を指差すと、蒼真の表情がぱっと華やぐ。

「マジで!?」
「うん。そろそろ見えてきてもいいんじゃないかな」
「じゃあ今日は野宿しなくていいな! きっと宿屋くらいはあるだろ!」
「そうだね」

 嬉しそうにその場で飛び跳ねる蒼真に、弘祈もつられるようにして小さく笑みを零した。

 その時である。

「あ、見えた!」

 目の上に手をかざしていた蒼真が大きな声を上げ、そのまま勢いよく駆け出す。どうやら野宿をしなくてもいいことが相当嬉しいらしい。

「蒼真! ちょっと待って!」

 先に行く蒼真を追うように、弘祈も慌てて走り出した。


  ※※※
 

 無事に村まで辿り着き、宿屋を見つけることもできた。

 かばんの中に入っていたお金で一泊分の支払いを済ませ、部屋を取ってからのことである。

 蒼真と弘祈はすぐさま部屋に入ると、二人にとっては久々のベッドに思い切り倒れ込んだ。ここまで来て安心した途端に、どっと疲れが出てきたのだ。

「あー、やっぱベッドっていいなぁ……」

 しばらく寝転がってゴロゴロしていた二人だったが、弘祈が「そうだ」と思い出したように起き上がる。

「蒼真、今日は何の曲がいい?」

 突然切り出された台詞に、ベッドの上で大の字になっていた蒼真が天井を見上げたまま瞠目どうもくした。

 しばしの沈黙の後、蒼真は無言で弘祈と同じように起き上がり、キョロキョロと辺りを見回す。それから自分の顔を指差し、聞き返した。

「え、俺に聞いてんの……?」
「他に誰がいるのさ」

 弘祈がいぶかしげな視線を蒼真に向けると、蒼真は顔の前で両手を振る。

「いや、だって、いつもは勝手に決めて弾いてたから、珍しいなって思って」

 自分の耳を疑った、と正直に答えると、弘祈は「ああ」と納得したように頷いた。

 これまでの弘祈は自分で自由に曲を選んで弾いている。それがいきなり自分に聞かれるとは思ってもいなかったのだから、蒼真が驚くのも当然だ。

「たまにはリクエストで弾くのもいいかと思って」
「ふーん、弘祈でもそんな気分になることってあるんだな」
「『弘祈でも』なんて、ずいぶんと失礼だね。それくらい僕にだってあるよ。ほら、早く決めて」

 弘祈に低い声で急かされて、蒼真は慌てて聴きたい曲を考え始める。
 少し考え込んでから、ふと思いついたように顔を上げた。

「あ、じゃああれ!」
「あれ?」

 弘祈が首を傾げると、蒼真の表情が緩む。

「『パッヘルベルのカノン』、俺あの曲好きなんだよ」
「へえ、そうなんだ」

 子供のように無邪気な笑みでそう言った蒼真に、思わず弘祈が微苦笑を漏らしてしまう。

 蒼真はそんな弘祈の姿に不思議そうな表情を浮かべた後、すぐに頬を膨らませた。

「何でそこで微妙に笑うんだよ。別に笑われるようなことしてねーだろ」
「いや、すごく嬉しそうだと思ってさ。わかった、いいよ」

 素直にそう答えた弘祈がベッドから下りて立ち上がり、そばに置いていた鞄から慎重にオリジンの卵を取り出す。

 殻についていた傷は、二人が気づいた時にはすでに消えていた。

 弘祈の右手の傷も同様である。
 念のため鞄に入っていた包帯を巻いていたのだが、殻の傷が消えたことに気づいて、「もしかしたら」と改めて確認した時には、やはりもう消えていたのだ。

 弘祈は卵が転がらないようにしっかりと枕元に固定して置くと、手の中にヴァイオリンを出現させた。
 それから静かに演奏を始める。

 流れてきたのは、蒼真のリクエスト通りの曲だった。

『パッヘルベルのカノン』、この曲も『G線上のアリア』と同じで正式名称は長く、蒼真はまだ覚えられていない。好きな曲ではあるが、正式名称で呼ぶことがまずないからである。

 けれど、誰もが一度は聴いたことがあるくらい有名な曲だ。

 蒼真はベッドの上であぐらをかいてゆっくり目を閉じると、その旋律に身を委ねる。
 柔らかく落ち着きのある旋律にほっとした。いつ、何度聴いてもいいものだと思う。

(曲もすごくいいし、悔しいけどこいつやっぱり上手いんだよなぁ)

 そんなことを考えながら、蒼真は目を閉じたまま深く聞き入った。

 最後の音が鳴って演奏が終わったことを知ると、ようやくまぶたを開ける。

「めちゃくちゃよかった!」

 もう一回聴きたいくらい、そう賛美しながら蒼真は惜しみない拍手を送った。
 やはり音楽はいいものだと再認識して、さらに激しく手を叩く。

「……いや、そんなに拍手されても何だか恥ずかしいんだけど」

 まだ拍手をやめない蒼真に、弘祈は照れくさそうに頬を赤らめた。

「だって、それくらいすごかったんだよ!」
「とにかく、今日はこれでおしまい」

 蒼真が興奮している様子でベッドの上から身を乗り出すと、弘祈はそう答えて手に持っているヴァイオリンを消した。

「ちぇー、じゃあまた今度聴かせてくれよ」
「わかったよ、今度ね。いつになるかわからないけど」
「よし、約束な!」

 心底楽しげに目を細めた蒼真は、弘祈に向けて小指を差し出す。

「え?」

 一瞬、弘祈の動きが止まった。だがすぐに蒼真の行動の意味を理解したらしく、少し迷った様子をみせた後、おずおずと小指を出してくる。

「次も楽しみにしてるからな!」

 満面の笑みの蒼真とまだはにかんでいる弘祈は、そのまま指を絡ませて、指切りをしたのだった。

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