上 下
17 / 19

第17話 戻る日常

しおりを挟む
 柊也が妖魔を浄化してから三日が経っていた。

 今日も鮮やかなオレンジ色が、大きな窓から差し込んでいる。
 目の前には、いつもと同じように広がるファイルや書類の海。

「俺がいない間にこんなに散らかしてんじゃねーよ! ちゃんと片付けろって何回言わせんだ! 聞いてんのか! おい、継!」

 相変わらずこれでもかというくらいに散らかされた事務所で、三日ぶりに出勤した柊也が腰に手を当て、怒鳴り散らす。

「……」

 そんな柊也の様子に、継は耳を両手で塞ぐと同時に目を閉じ、椅子ごと背中を向けた。どうにかやり過ごそうとしているらしい。

「まったく……」

 社長のくせに、と呆れたように大きく嘆息しながら、柊也がソファーに腰を下ろす。まだ継は背を向けたままだ。

 目の前のテーブルに置かれたマグカップを両手で包み込むように持つと、柊也は改めて口を開いた。

「で、依頼はどうなったんだよ」

 その一言で、継が両耳に当てていた手を外す。

(こいつやっぱり聞こえてんじゃねーか……っ!)

 柊也は少し苛立いらだたしく思うが、もう面倒になったので「後で覚えとけよ」と今は心の中だけで脅しておくことにして、片付けの話はまた後からすることにした。

「ああ、優海さんね。もう体調とかも良くなったってさ。君がちゃんと浄化できたからだね」

 継は柊也の方に顔を向け、「よかったね」と目を細める。

 優海の調子が良くなったのはいいことだし、浄化できたのも喜ばしいことである。
 柊也はほっと胸を撫で下ろしたが、まだ少々気にかかることがあって、小声でさらに言葉を紡いだ。

「……そっか。ところで、アンタの怪我は……?」
「おや、心配してくれるの?」

 珍しい、とでも言いたげに、継が目を見張る。

「うっさい! 俺が家で目が覚めた時にはもう元気そうにしてたから、ちょっと気になっただけで! どうやって帰ったか記憶もないし、不思議に思っただけだ!」

 柊也は思わず大声で返し、どことなく気まずそうにぷいと顔を背けた。

 あれだけの怪我を心配しない方がおかしい。だが、さすがに継に悟られるのは何となくしゃくなのである。

 それに、自分が倒れた後どうなったのか、どうやってあの公園から帰ってきたのか、ずっと気になっていたのだ。

「ああ。まあ怪我には慣れてるし、秘密兵器があったからね」
「怪我に慣れてるとか意味わかんねー。って、秘密兵器?」

 何だそれ、と柊也が顔を戻し、今度は不思議そうに首を捻る。

「そう、これ。できれば使いたくなかったんだけど」

 今回は仕方なくってさ、と継が机の引き出しから小さなプラスチックのケースを取り出して、柊也に見せる。

 柊也はテーブルの上にマグカップを置くと、ソファーの背もたれから身を乗り出し、それを覗き込んだ。

「これは、薬……か?」

 薄い紫色の、少し大きめの錠剤がいくつか入っている。色はとても可愛らしく、同級生の女子などが好みそうだ。

「治癒効果のある薬草で作ったものだよ」
「はぁ!? じゃあこれ飲んだら怪我が治るのかよ! そんなの聞いたことねーぞ! だったら俺の治癒術いらねーだろーが!」
「だって言ってないからね。これすごく不味まずいんだよ。大きいから喉に引っかかりそうだし、できれば飲みたくなくてさ」

 子供のようなことを言い出した目の前の男に、柊也は天井を仰ぎ、またも大きな溜息をつく。

 息を限界まで吐き切って顔を戻すと、険しい表情で継に詰め寄った。

「俺の力、無駄遣いすんじゃねーよ! それに薬が大きいからって子供か!?」
「だから緊急用なんだって」

 柊也の態度を意にかいする様子もなく、継はそう答えて苦笑する。

「うっ……」

 緊急用と言われてしまっては、そこで柊也は口をつぐむしかない。自分が気を失っていなければ、使われることのなかったはずのものだからだ。

 少しばかりではあるが、柊也の中に申し訳ない気持ちが湧いてくる。

 柊也の心中を察しているのかはわからないが、継は続けた。

「で、これで怪我をある程度治してから優海さんを送って、その後に君を家まで送り届けたんだよ」
「え? 優海さんは家近かったからわかるけど、俺はどうやって送られたんだ? 救急車?」

 確か車は持ってなかったよな、と柊也が首を傾げる。

「そんなの決まってるじゃない。ちゃんと背負って運んだよ。あ、お姫様抱っこの方がよかったかな?」

 笑顔でそんなことをしれっと言う継に、柊也は愕然とした。

「ちょ、待て! もっと違う運び方あんだろーが!」
「違う運び方……? ああ、タクシーは使ったよ」
「使ってんじゃねーか! それ先に言えよ!」

 徒歩で運ばれたと思ったじゃねーか! と柊也が顔を真っ赤にして慌てる。
 さすがに背負われたまま徒歩で運ばれていたら恥ずかしいし、もっと申し訳ない。

 しかし当の継は、特に気にしていないようだ。

「でも、君はもっとご飯食べた方がいいね。あまりにも軽くてびっくりしたよ。いっぱい食べないと大きくなれないよ?」
「俺の前で身長の話すんじゃねーよ!」
「いや、身長とは一言も言ってないんだけど?」

 継がいたずらっぽく目を細めると、

「あっ……」

 しまった、と柊也は慌てて口を両手で塞いだ。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

『相思相愛ADと目指せミリオネラに突如出演の激闘20日間!ウクライナ、ソマリア、メキシコ、LA大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第3弾!』

あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第3弾! もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第3弾! 今度こそは「ハッピーエンド」!? はい、「ハッピーエンド」です(※あー、言いきっちゃった(笑)!)! もちろん、稀世・三郎夫婦に直とまりあ。もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。 今作も主人公も「夏子」! 今回の敵は「ウクライナのロシア軍」、「ソマリアの海賊」、「メキシカン・マフィア」と難敵ぞろい。 アメリカの人気テレビ番組「目指せ!ミリオネラ!」にチャレンジすることになってしまった夏子と陽菜は稀世・直・舩阪・羽藤たちの協力を得て次々と「難題」にチャレンジ! 「ウクライナ」では「傭兵」としてロシア軍の情報・指令車の鹵獲に挑戦。 「ソマリア」では「海賊退治」に加えて「クロマグロ」を求めてはえ縄漁へ。 「メキシコ・トルカ」ではマフィア相手に誘拐された人たちの解放する「ネゴシエーター」をすることに。 もちろん最後はドンパチ! 夏子の今度の「恋」の相手は、なぜか夏子に一目ぼれしたサウジアラビア生まれのイケメンアメリカ人アシスタントディレクター! シリーズ完結作として、「ハッピーエンド」なんでよろしくお願いしまーす! (⋈◍>◡<◍)。✧♡

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

皇帝の寵妃は謎解きよりも料理がしたい〜小料理屋を営んでいたら妃に命じられて溺愛されています〜

空岡
キャラ文芸
後宮×契約結婚×溺愛×料理×ミステリー 町の外れには、絶品のカリーを出す小料理屋がある。 小料理屋を営む月花は、世界各国を回って料理を学び、さらに絶対味覚がある。しかも、月花の味覚は無味無臭の毒すらわかるという特別なものだった。 月花はひょんなことから皇帝に出会い、それを理由に美人の位をさずけられる。 後宮にあがった月花だが、 「なに、そう構えるな。形だけの皇后だ。ソナタが毒の謎を解いた暁には、廃妃にして、そっと逃がす」 皇帝はどうやら、皇帝の生誕の宴で起きた、毒の事件を月花に解き明かして欲しいらしく―― 飾りの妃からやがて皇后へ。しかし、飾りのはずが、どうも皇帝は月花を溺愛しているようで――? これは、月花と皇帝の、食をめぐる謎解きの物語だ。

処理中です...