9 / 19
第9話 妖魔、去ったあと
しおりを挟む
「近いうちにまた会うだろうからね」
妖魔が去った後の公園で、継は柊也の治癒術を受けながら、そう言って静かに瞼を伏せた。
(何で逃がしたままにするんだよ! 近いうちって何だよ! 追えないなら探せばいいだろーが!)
継の治療に力を使い、少しずつ疲れてきた頭の中で柊也は喚き散らす。
しかし、柊也にとって悔しいことこのうえないが、妖魔に関しては継にまったく敵わない。
幼い頃から妖魔についての知識や実技を叩き込まれてきた継と、まだ半年しか訓練を受けていない柊也では、そもそもキャリアが違いすぎるのだ。
もちろん、柊也もそれは仕方のないことだとわかっている。
今回は言うことを聞かないといけないということも、わかってはいる。
それでもなかなか納得はできなかった。
(家事なら余裕で勝てるのに……っ!)
さらにそんな少々間の抜けたことを考えるが、今は家事で勝てたところでどうにもならない。
柊也には継の言ったことの根拠が理解できなかったうえに、継を説得するための材料も持ち合わせていなかった。
結果、柊也は不機嫌な顔でただ頷くことしかできなかったのである。
※※※
その後、怪我が治った継は、柊也に「今日はもう家に帰るように」と命じた。
「俺も一緒に警護するから! 俺だって警護くらいはできる!」
柊也は継だけに任せるわけにはいかないと散々粘ったが、継は頑として首を縦に振らなかった。
まだ未成年である自分にバイトで徹夜をさせるわけにいかない、と考えただろうことは柊也にもわかる。
それは経営者として当たり前の判断である。いつもならさっさと帰ることができて、ありがたいと思うところだ。
だが、今日の柊也はやはりここでも納得することができなかった。
(俺は何も悪いことしてねーだろーが!)
妖魔を相手に、足を引っ張ったわけではない。むしろ、掠り傷程度ではあるが怪我をした継の治療をしたのだから、役に立っていないはずがない。
明日は土曜日で学校も休みだから、徹夜だって平気だ。
そう考えたのだが、あまりにも頑固な継を前に、柊也の方が折れざるを得なかった。
「俺が戻ってくるまで死ぬんじゃねーぞ!」
せめてもの嫌味にと、柊也はそう吐き捨てながら、継と優海に背を向けたのだ。
※※※
翌日の朝早く。
「やあ、柊也。おはよう!」
地図を片手に優海の家の前までやって来た柊也は、昨日とは対照的に満面の笑みをたたえた継に迎えられ、すっかり拍子抜けしてしまった。
一晩かけて考えた大量の罵詈雑言も、継の爽やかな顔の前にほとんどが洗い流されてしまったのである。
「何でそんなに元気なんだよ。とりあえずまだ死んでなくて安心したよ。先月分のバイト代まだもらってなかったからな」
心の中にほんのわずかだが残っていた悪態をつきながら、柊也が途中のコンビニで買ってきた缶コーヒーを手渡すと、これまで明るかった継の顔がみるみるうちに曇っていく。
「これ、ブラックって書いてあるんだけど」
もちろん、缶コーヒーは昨日の仕返しのつもりで、わざと買ってきたものだ。間違って買ったのではない。
「あ? 何か文句でもあんのか? 買ってきてもらえただけありがたいと思えよ。で、妖魔は?」
柊也が下からきつく睨みつけると、さすがに今回は分が悪いと悟ったのか、継は仕方なさそうに小さく頷いた。
「あれからは予想通りずっと平和だったよ。だから君に『帰れ』って言ったんだ」
「予想通り? 最初っからもう妖魔は出ないってわかってたってことか?」
コンクリートの塀にもたれた柊也が、自分用に買ってきた緑茶のペットボトルを開けながら、首を傾げる。
「まあ、ね。妖魔だって怪我はすぐに治らないはずだから。『しばらくは潜伏すると思う』って言ったじゃない」
「じゃあちゃんと昨日のうちに説明しとけよ」
「潜伏するって話はちゃんとしたはずなんだけど?」
「うっ……」
柊也は思わず言葉を飲み込んだ。
確かに言われたような気はする。が、あまり記憶には残っていない。あくまでも『ような気がする』だけだ。
そんな柊也の鼻先に、継が真剣な眼差しで人差し指を突きつけた。
「ほらね。君は頭に血が上っていたから逆に危険だったんだよ。君にとっても、優海さんにとっても。もちろん僕にとってもね」
「けど……」
反論しようとする柊也から視線を外し、それを手元の缶コーヒーに移した継は、ゆっくり缶を開けながら、さらに続ける。
「それに、柊也は僕を治療するために力を使ったから、ちょっとでも回復させておかないと、って思って」
まあそういうこと、と言い切って微笑むと、今度は少し逡巡する様子を見せた。
柊也が訝しげに眺めていると、何やら意を決したらしい継は、両手で握るようにして持っていた缶コーヒーを一気にあおる。
直後、盛大にむせた。
柊也は大げさに溜息をつくと、まるで子供にするかのように、背中をさすってやる。
「アンタは馬鹿か。苦いもんダメなくせに、一気飲みなんてするからだよ。ざまーみろ」
「馬鹿、は言い過ぎ、じゃないかな、ごほ、ごほっ!」
両目に涙を滲ませながらむせている継に、柊也は呆れを隠せない。やれやれ、と肩を竦めていると傍の玄関ドアが開いた。
顔を出したのは優海だ。
「あ、継さんに柊也さんも。おはようございます」
まだ懸命にむせている継と、その背中をさすっている柊也を不思議そうな表情で交互に見やりながら、優海は昨日よりも幾分明るい笑みを浮かべた。
妖魔が去った後の公園で、継は柊也の治癒術を受けながら、そう言って静かに瞼を伏せた。
(何で逃がしたままにするんだよ! 近いうちって何だよ! 追えないなら探せばいいだろーが!)
継の治療に力を使い、少しずつ疲れてきた頭の中で柊也は喚き散らす。
しかし、柊也にとって悔しいことこのうえないが、妖魔に関しては継にまったく敵わない。
幼い頃から妖魔についての知識や実技を叩き込まれてきた継と、まだ半年しか訓練を受けていない柊也では、そもそもキャリアが違いすぎるのだ。
もちろん、柊也もそれは仕方のないことだとわかっている。
今回は言うことを聞かないといけないということも、わかってはいる。
それでもなかなか納得はできなかった。
(家事なら余裕で勝てるのに……っ!)
さらにそんな少々間の抜けたことを考えるが、今は家事で勝てたところでどうにもならない。
柊也には継の言ったことの根拠が理解できなかったうえに、継を説得するための材料も持ち合わせていなかった。
結果、柊也は不機嫌な顔でただ頷くことしかできなかったのである。
※※※
その後、怪我が治った継は、柊也に「今日はもう家に帰るように」と命じた。
「俺も一緒に警護するから! 俺だって警護くらいはできる!」
柊也は継だけに任せるわけにはいかないと散々粘ったが、継は頑として首を縦に振らなかった。
まだ未成年である自分にバイトで徹夜をさせるわけにいかない、と考えただろうことは柊也にもわかる。
それは経営者として当たり前の判断である。いつもならさっさと帰ることができて、ありがたいと思うところだ。
だが、今日の柊也はやはりここでも納得することができなかった。
(俺は何も悪いことしてねーだろーが!)
妖魔を相手に、足を引っ張ったわけではない。むしろ、掠り傷程度ではあるが怪我をした継の治療をしたのだから、役に立っていないはずがない。
明日は土曜日で学校も休みだから、徹夜だって平気だ。
そう考えたのだが、あまりにも頑固な継を前に、柊也の方が折れざるを得なかった。
「俺が戻ってくるまで死ぬんじゃねーぞ!」
せめてもの嫌味にと、柊也はそう吐き捨てながら、継と優海に背を向けたのだ。
※※※
翌日の朝早く。
「やあ、柊也。おはよう!」
地図を片手に優海の家の前までやって来た柊也は、昨日とは対照的に満面の笑みをたたえた継に迎えられ、すっかり拍子抜けしてしまった。
一晩かけて考えた大量の罵詈雑言も、継の爽やかな顔の前にほとんどが洗い流されてしまったのである。
「何でそんなに元気なんだよ。とりあえずまだ死んでなくて安心したよ。先月分のバイト代まだもらってなかったからな」
心の中にほんのわずかだが残っていた悪態をつきながら、柊也が途中のコンビニで買ってきた缶コーヒーを手渡すと、これまで明るかった継の顔がみるみるうちに曇っていく。
「これ、ブラックって書いてあるんだけど」
もちろん、缶コーヒーは昨日の仕返しのつもりで、わざと買ってきたものだ。間違って買ったのではない。
「あ? 何か文句でもあんのか? 買ってきてもらえただけありがたいと思えよ。で、妖魔は?」
柊也が下からきつく睨みつけると、さすがに今回は分が悪いと悟ったのか、継は仕方なさそうに小さく頷いた。
「あれからは予想通りずっと平和だったよ。だから君に『帰れ』って言ったんだ」
「予想通り? 最初っからもう妖魔は出ないってわかってたってことか?」
コンクリートの塀にもたれた柊也が、自分用に買ってきた緑茶のペットボトルを開けながら、首を傾げる。
「まあ、ね。妖魔だって怪我はすぐに治らないはずだから。『しばらくは潜伏すると思う』って言ったじゃない」
「じゃあちゃんと昨日のうちに説明しとけよ」
「潜伏するって話はちゃんとしたはずなんだけど?」
「うっ……」
柊也は思わず言葉を飲み込んだ。
確かに言われたような気はする。が、あまり記憶には残っていない。あくまでも『ような気がする』だけだ。
そんな柊也の鼻先に、継が真剣な眼差しで人差し指を突きつけた。
「ほらね。君は頭に血が上っていたから逆に危険だったんだよ。君にとっても、優海さんにとっても。もちろん僕にとってもね」
「けど……」
反論しようとする柊也から視線を外し、それを手元の缶コーヒーに移した継は、ゆっくり缶を開けながら、さらに続ける。
「それに、柊也は僕を治療するために力を使ったから、ちょっとでも回復させておかないと、って思って」
まあそういうこと、と言い切って微笑むと、今度は少し逡巡する様子を見せた。
柊也が訝しげに眺めていると、何やら意を決したらしい継は、両手で握るようにして持っていた缶コーヒーを一気にあおる。
直後、盛大にむせた。
柊也は大げさに溜息をつくと、まるで子供にするかのように、背中をさすってやる。
「アンタは馬鹿か。苦いもんダメなくせに、一気飲みなんてするからだよ。ざまーみろ」
「馬鹿、は言い過ぎ、じゃないかな、ごほ、ごほっ!」
両目に涙を滲ませながらむせている継に、柊也は呆れを隠せない。やれやれ、と肩を竦めていると傍の玄関ドアが開いた。
顔を出したのは優海だ。
「あ、継さんに柊也さんも。おはようございます」
まだ懸命にむせている継と、その背中をさすっている柊也を不思議そうな表情で交互に見やりながら、優海は昨日よりも幾分明るい笑みを浮かべた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください
楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。
ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。
ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……!
「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」
「エリサ、愛してる!」
ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

占星術師アーサーと彼方のカフェ
不来方しい
キャラ文芸
【※第6回キャラ文芸大賞奨励賞受賞】アルバイト先の店長は、愛に生きる謎多き英国紳士だった。
道案内をした縁があり、アーサーの元でアルバイトをすることになった月森彼方。そこは、宝石のようなキラキラしたスイーツと美味しい紅茶を出す占いカフェだった。
彼の占いを求めてやってくる人は個性豊かで、中には人生を丸々預けようとする人も。アーサーは真摯に受け止め答えていくが、占いは種も仕掛けもあると言う。
──私は、愛に生きる人なのです。
彼はなぜ日本へやってきたのか。家族との確執、占いと彼の関係、謎に満ちた正体とは。
英国紳士×大学生&カフェ×占星術のバディブロマンス!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる