3 / 19
第3話 『よろず屋やまとなでしこ』の日常
しおりを挟む
普段の継は『よろず屋やまとなでしこ』という、いわゆる何でも屋を経営している。
昨日の依頼は、家から逃げ出してしまったという猫の捜索と捕獲だった。
週に数回ほど持ち込まれる依頼は、迷子猫の捜索だけでなく、失せ物探しや、植木の剪定など多岐にわたる。
「けど、『後はよろしくー!』とか言って、俺に最後、猫を送り届ける役目を押しつけて、勝手に帰るとか意味わかんねー」
少しして、マグカップを二つ持った柊也が台所から戻って来た。
可愛い動物のキャラクターが描かれたマグカップの方を、継に差し出す。
「見たいテレビがあったんだよ。先週からずっと続きが気になっててさ」
継は、およそ成人男子には似つかわしくないであろうそれを嬉しそうに受け取ると、空いている方の手で机の引き出しを開けた。
そこからシュガーポットとコーヒーミルクの入っている容器を、いそいそと取り出す。
継専用のもので、ご丁寧に『社長専用』と書かれたシールが貼ってある。
その後、継は綺麗に流れるような動作で、コーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れた。
同じ動作を、何度も何度も繰り返す。もはや数回どころではない。
柊也の持ってきたコーヒーは、みるみるうちにブラックからホワイトコーヒーへと華麗な変貌を遂げた。
いつもと何一つ変わらない光景をぼんやり眺めながら、柊也は傍のソファーに腰を下ろす。
自分専用の、何の装飾もないシンプルなマグカップを静かにテーブルに置き、口を開いた。
「そんなもん、録画して後からゆっくり見ればいいだろ」
「柊也、何言ってるの!? 君は何もわかってない! リアルタイムで見たいんだよ!」
柊也の言葉に、継が大声で反論する。
「ますます意味わかんねーよ! 『何言ってるの』はこっちの台詞だ!」
意味不明のこだわりを披露する継に、柊也が仰々しく溜息をついてみせた。
「あ、そうだ。今日のおやつは?」
継が思い出したように手を叩き話題を変えると、柊也はさらにもう一つ大きく息を吐く。
「あー、はいはい。おやつねー」
仕方なしに、柊也が鞄と一緒に置いてあったエコバッグに手を突っ込むと、継は興味深そうにその手元を覗き込んだ。
そして出てきた物を見て、今度は露骨に不機嫌な顔をする。
「何で今日も煎餅なのさ! コーヒーには合わないから、ケーキにして!」
いい歳をして駄々をこねる大きな子供に、柊也が改めて切れた。
「煎餅しか買ってねーよ!」
「何でだよ!」
「俺が食いたいからだよ! そんなにケーキが食いたきゃ自分で買ってこい! だいたい、俺が買い物してくる代わりに好きな物買ってきていいって言ったのアンタだろーが!」
「確かにそれは言ったけどさぁ、もうちょっと社長に対する敬意みたいなのはないわけ!?」
「そんな大層なもん持ち合わせてねーよ!」
傍から見れば、とても馬鹿らしい言葉の応酬を繰り返す二人。
これが『よろず屋やまとなでしこ』の日常である。
しかし、このまま延々と続くかと思われたそれを、ふと小さな声が遮った。
「……あの、すみません……」
柊也と継が揃って、反射的に声のした方へと顔を向ける。
事務所のドアが少しだけ開いていて、そこから恐る恐る顔を覗かせる女性がいたのだった。
昨日の依頼は、家から逃げ出してしまったという猫の捜索と捕獲だった。
週に数回ほど持ち込まれる依頼は、迷子猫の捜索だけでなく、失せ物探しや、植木の剪定など多岐にわたる。
「けど、『後はよろしくー!』とか言って、俺に最後、猫を送り届ける役目を押しつけて、勝手に帰るとか意味わかんねー」
少しして、マグカップを二つ持った柊也が台所から戻って来た。
可愛い動物のキャラクターが描かれたマグカップの方を、継に差し出す。
「見たいテレビがあったんだよ。先週からずっと続きが気になっててさ」
継は、およそ成人男子には似つかわしくないであろうそれを嬉しそうに受け取ると、空いている方の手で机の引き出しを開けた。
そこからシュガーポットとコーヒーミルクの入っている容器を、いそいそと取り出す。
継専用のもので、ご丁寧に『社長専用』と書かれたシールが貼ってある。
その後、継は綺麗に流れるような動作で、コーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れた。
同じ動作を、何度も何度も繰り返す。もはや数回どころではない。
柊也の持ってきたコーヒーは、みるみるうちにブラックからホワイトコーヒーへと華麗な変貌を遂げた。
いつもと何一つ変わらない光景をぼんやり眺めながら、柊也は傍のソファーに腰を下ろす。
自分専用の、何の装飾もないシンプルなマグカップを静かにテーブルに置き、口を開いた。
「そんなもん、録画して後からゆっくり見ればいいだろ」
「柊也、何言ってるの!? 君は何もわかってない! リアルタイムで見たいんだよ!」
柊也の言葉に、継が大声で反論する。
「ますます意味わかんねーよ! 『何言ってるの』はこっちの台詞だ!」
意味不明のこだわりを披露する継に、柊也が仰々しく溜息をついてみせた。
「あ、そうだ。今日のおやつは?」
継が思い出したように手を叩き話題を変えると、柊也はさらにもう一つ大きく息を吐く。
「あー、はいはい。おやつねー」
仕方なしに、柊也が鞄と一緒に置いてあったエコバッグに手を突っ込むと、継は興味深そうにその手元を覗き込んだ。
そして出てきた物を見て、今度は露骨に不機嫌な顔をする。
「何で今日も煎餅なのさ! コーヒーには合わないから、ケーキにして!」
いい歳をして駄々をこねる大きな子供に、柊也が改めて切れた。
「煎餅しか買ってねーよ!」
「何でだよ!」
「俺が食いたいからだよ! そんなにケーキが食いたきゃ自分で買ってこい! だいたい、俺が買い物してくる代わりに好きな物買ってきていいって言ったのアンタだろーが!」
「確かにそれは言ったけどさぁ、もうちょっと社長に対する敬意みたいなのはないわけ!?」
「そんな大層なもん持ち合わせてねーよ!」
傍から見れば、とても馬鹿らしい言葉の応酬を繰り返す二人。
これが『よろず屋やまとなでしこ』の日常である。
しかし、このまま延々と続くかと思われたそれを、ふと小さな声が遮った。
「……あの、すみません……」
柊也と継が揃って、反射的に声のした方へと顔を向ける。
事務所のドアが少しだけ開いていて、そこから恐る恐る顔を覗かせる女性がいたのだった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ヘリオポリスー九柱の神々ー
soltydog369
ミステリー
古代エジプト
名君オシリスが治めるその国は長らく平和な日々が続いていた——。
しかし「ある事件」によってその均衡は突如崩れた。
突如奪われた王の命。
取り残された兄弟は父の無念を晴らすべく熾烈な争いに身を投じていく。
それぞれの思いが交錯する中、2人が選ぶ未来とは——。
バトル×ミステリー
新感覚叙事詩、2人の復讐劇が幕を開ける。
【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください
楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。
ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。
ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……!
「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」
「エリサ、愛してる!」
ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

占星術師アーサーと彼方のカフェ
不来方しい
キャラ文芸
【※第6回キャラ文芸大賞奨励賞受賞】アルバイト先の店長は、愛に生きる謎多き英国紳士だった。
道案内をした縁があり、アーサーの元でアルバイトをすることになった月森彼方。そこは、宝石のようなキラキラしたスイーツと美味しい紅茶を出す占いカフェだった。
彼の占いを求めてやってくる人は個性豊かで、中には人生を丸々預けようとする人も。アーサーは真摯に受け止め答えていくが、占いは種も仕掛けもあると言う。
──私は、愛に生きる人なのです。
彼はなぜ日本へやってきたのか。家族との確執、占いと彼の関係、謎に満ちた正体とは。
英国紳士×大学生&カフェ×占星術のバディブロマンス!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる