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最終話ー② 担当受付嬢を変えたくない 2/2
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■■
日を置いて娘と対面したエメリックは、肘を付いて疲れたようにため息を付いた。ここ数日で少し老けたかもしれない。
あれ以来部屋に閉じこもり、一切口を聞いてくれないエラーブル。
エメリックは壊れ物を扱うかのように、慎重に声をかける。
「まだ我儘を言うのか?」
「……」
「何か言ったらどうだ?」
「……」
「エラーブル」
「……」
「……うっ」
雪国の吹雪かのように凍える圧力に、冷や汗が背中を伝う。
使用人も近付かない極寒の空気を緩和したのは、ドレスにローブというミスマッチな格好をした、エラーブルに良く似た麗しい女性だ。
「――もう我儘を言うのはよしてください、あなた」
「エメリーヌ!? どうしてお前がここに!」
エメリックは重くなっていた腰を驚きで浮かす。
王国の象徴である竜の紋章が金糸で刻まれたローブを揺らしながら、エラーブルに似た、けれどより研ぎ澄まされた鋭利な眼差しを夫へと向ける。
「なんですか? 私が家に帰ってきてはいけませんか?」
「い、いや。そういうわけではないが……」
「では、どういうつもりで言ったのか、ご説明願えますか?」
「……」
「都合が悪くなると黙ってしまうのは、あなたの悪癖です。直してください」
「すまない」
両膝の上で拳を握り、エメリックは下を向いてしまう。
大の大人が、子供のような反省の態度に、エメリーヌは嘆息する。
横柄な父親には冷え切った眼差しと無言で貫き通していたエラーブルであったが、母が来てくれたことに安堵と、一抹の申し訳なさが表情に滲む。
「お母様、お忙しい中ご足労願い申し訳ございません」
「構いませんよ」
「宰相のお仕事は?」
「休みなく働いていたのです。娘から会いたいと手紙を貰ったのですから、顔を合わせるぐらいの時間は取れますよ」
なにより、と優しくエラーブルの頭を撫でて微笑むエメリーヌは、子の成長を喜ぶ母の顔であった。
「自身の生活を守ろうと、ただ祈るのではなく、用意周到に準備しているのは母の好みです。娘可愛さに強権を振るうどこかの父親と違って」
「むぐっ」
予期せぬ流れ矢にエメリックが咽る。
一瞬、夫を冷たく威圧するも、娘に向けるのは変わらず慈母の如き微笑みだ。
「積もるお話はありますが、それはモストルの屋敷で伺いましょう」
「はい、お母様」
「ま、待て。まだ話は」
「しつこい。死にてぇのか?」
「ひ、ひぃいいっ!?」
辛辣な言葉に遂には悲鳴を上げるエメリック。
上下関係明らかな夫婦の姿に、関心したようにエラーブルは小さく拍手するのであった。
「どちらにしろ、エラーブルをこちらに戻すわけにはまいりません」
「こ、これは?」
「陛下からの勅命です。エラーブルを『モストル』の冒険者ギルドに戻せという」
「へ、へへ陛下からぁあああっ!?」
エメリーヌが手渡してきた手紙を掴み取り、エメリックは目を見開く。
額に脂汗を浮かべながら手紙を確認する。王家の紋章が使われた手紙であり、間違いなく陛下からの勅命であった。
「な、なぜ陛下から我が娘に!」
「なんでも、『モストル』にいるS級冒険者が『受付がエラーブルでないと依頼は受けない』と駄々をこねているようで、どうにかできないかと陳情が上がってまいりました」
「なんだそれは!?」
「陛下は許可を出されました。私も許可しました」
「な、な、な」
「王国最強の冒険者を働かせられるご息女にくれぐれも宜しく伝えてくれと、陛下から承っております」
この世の終わりかのような声を上げるエメリックとは対照的に、エラーブルは口元をほころばせる。
「そうですか……ラパン様が」
「ふふ。どうやら、夫が世話を焼かずとも、意中の殿方がいるようですね」
「そ、そのようなつもりは」
「な、なにぃいっ! そいつはどこの馬の骨だ! 認めん! 私は認めんぞぉおおおっ!!」
「黙れ?」
「はい……」
噴火したかと思えば、エメリックは一気に鎮火する。
バケツで水を掛けられた焚火のように、消沈したエメリックは死に体でボソボソと愚痴る。
「父親が娘の幸せを願うことの何が悪い……。夫を貰い、子を抱くことが女の幸せだろうに」
「そういう独りよがりな幸せを押し付けるの止めなさいと常々言っているのです。そもそも、お見合いさせようとしていたのですから良いではありませんか」
「よくあるものか! 見合いだろうがなんだろうが、簡単に娘はやらん!」
「我儘な夫です」
呆れつつも面倒を見るエメリーヌ。冷たくあしらってはいても夫婦なのか、エメリックが落ち着くまで隣に寄り添って慰める光景は仲睦まじかった。
■■
エラーブル邸の居間で、ラパンは重圧で胃が潰れるのではないかと錯覚するほどに緊張していた。
「娘がお世話になっております。母のエメリーヌ・レプシオニストと申します。国の宰相をやっております」
「ささ、宰相……? え、ということは、娘さんは公爵?」
「あら。まだ隠していたのですね。失礼いたしました、お忘れください」
「分かりました。机の角に頭をぶつけてきます!」
「あらあら、面白いお方ですね」
クスクスと笑うエメリーヌ。ウケたと安堵で顔を輝かせたラパンは、言葉通り机の角に頭をぶつけようとして、アデライドに尻を蹴られた。エメリーヌには見えない位置から。
尻を押さえた四つん這いの情けない男を見て、エメリーヌはおかしそうに笑う。
エラーブルには似た顔立ちであるが、彼女とは違い良く笑う姿が印象的だ。
「お噂はかねがね。これからも、ぜひ娘と仲良くしてください」
「ははは、はい! こちらこそ!」
「ところで、モンド様はご長男様でしょうか? こちらとしては、婿入りが良いのですが」
「お母様」
余計なことを言い出した母を、エラーブルは咎める。
むくれた、けれどどこか甘えた態度。普段、無表情かつ大人びているエラーブルが見せない態度に、ラパンはおぉっと小さく感動する。
「うふふ。少し気が早かったようです。では、失礼致します」
そんな娘の態度を見ることが目的だったのか、お邪魔したとアデライドを引き連れて部屋を出ていく。
「あ、嵐に巻き込まれたかのようだった……」
「申し訳ございません。お母様がご迷惑をおかけしました」
「い、いやぁ、別にあのぐらいは……ははは」
エラーブルの母であることもさることながら、レプシオニスト公爵夫人にして、王国の歴史上唯一の女宰相だ。
S級冒険者とはいえ、一市民であるラパンにとっては雲の上の存在であり、突然の謁見に生きた心地がしなかった。
だらけるように、ソファーに深く腰を下ろすラパンを眺めていたエラーブルは、彼女には珍しく躊躇した態度を見せる。
覚悟が決まったのか、微かに頬を赤らめながら後ろ手に持っていたある物をラパンに差し出す。
「あの、宜しければこちらを」
「……銀の宝石?」
エラーブルがラパンに渡したのは、光を反射し煌めく銀色の宝石が飾られたネックレスであった。
手遊びをし、視線を泳がせるエラーブルは、年頃の娘相応の恥ずかしそうな反応をしている。
「こちらに戻ってくることができたのも、ラパン様の助けがあればこそ。これは、その、お礼でございます」
「――っ! 新たな嵐の前触れ!」
「死ぬか?」
「生きたい」
幸せから死への落差に、そろそろラパンの心臓は破裂しそうだ。
慣れない手付きで苦戦しながらも、ネックレスを首にかける。彼の胸元で輝く一滴の宝石。
「どう、ですか? ネックレスなんて洒落た物、付けたことがないのですが」
「良くお似合いですよ。私も、あまり付けたことはありませんが」
照れくさそうなラパンに、同じように恥ずかしそうなエラーブルは、指先を首筋に伝わせて服の中に隠していた蒼い宝石の付いたネックレスを表に出した。
「それは……」
「似合っておりますか?」
「目が潰れそうです」
「潰してやろう」
両手で目を隠すラパンに、二本の指を突き立て威圧するエラーブル。
男女のやり取りにしては色気のない光景を扉の隙間から覗き見ていた、王国の女性たちの天辺に位置するエメリーヌは、微笑ましそうにしながら音を立てないよう扉を閉じた。
「ふふ。まるで若い頃の私とエメリック様を見ているようです」
懐かしむように、左手の薬指にピタリと嵌められた、蒼色の宝石が輝く指輪を眺める。
「アデライド。二人は瞳の色の宝石を贈る意味を理解しているのでしょうか?」
「ラパン様は皆無かと。エラーブルお嬢様は……愚問でございますね。貴女様の娘なのですから」
「ふふ。そうですね。アデライド、お邪魔虫同士、少しお話に付き合っていただけるかしら?」
「光栄でございます、エメリーヌ様」
アデライドを共に廊下を歩くエメリーヌ。
扉の向こう側で行われている光景に興味は尽きなかったが、どのようなやり取りをしているかなど手に取るように分かる。
若い頃、通った道である。
エメリーヌは色とりどりな花々が咲く庭園で、アデライドと共に夫との昔話に、はたまたこれからの二人の未来に花を咲かせるのであった。
日を置いて娘と対面したエメリックは、肘を付いて疲れたようにため息を付いた。ここ数日で少し老けたかもしれない。
あれ以来部屋に閉じこもり、一切口を聞いてくれないエラーブル。
エメリックは壊れ物を扱うかのように、慎重に声をかける。
「まだ我儘を言うのか?」
「……」
「何か言ったらどうだ?」
「……」
「エラーブル」
「……」
「……うっ」
雪国の吹雪かのように凍える圧力に、冷や汗が背中を伝う。
使用人も近付かない極寒の空気を緩和したのは、ドレスにローブというミスマッチな格好をした、エラーブルに良く似た麗しい女性だ。
「――もう我儘を言うのはよしてください、あなた」
「エメリーヌ!? どうしてお前がここに!」
エメリックは重くなっていた腰を驚きで浮かす。
王国の象徴である竜の紋章が金糸で刻まれたローブを揺らしながら、エラーブルに似た、けれどより研ぎ澄まされた鋭利な眼差しを夫へと向ける。
「なんですか? 私が家に帰ってきてはいけませんか?」
「い、いや。そういうわけではないが……」
「では、どういうつもりで言ったのか、ご説明願えますか?」
「……」
「都合が悪くなると黙ってしまうのは、あなたの悪癖です。直してください」
「すまない」
両膝の上で拳を握り、エメリックは下を向いてしまう。
大の大人が、子供のような反省の態度に、エメリーヌは嘆息する。
横柄な父親には冷え切った眼差しと無言で貫き通していたエラーブルであったが、母が来てくれたことに安堵と、一抹の申し訳なさが表情に滲む。
「お母様、お忙しい中ご足労願い申し訳ございません」
「構いませんよ」
「宰相のお仕事は?」
「休みなく働いていたのです。娘から会いたいと手紙を貰ったのですから、顔を合わせるぐらいの時間は取れますよ」
なにより、と優しくエラーブルの頭を撫でて微笑むエメリーヌは、子の成長を喜ぶ母の顔であった。
「自身の生活を守ろうと、ただ祈るのではなく、用意周到に準備しているのは母の好みです。娘可愛さに強権を振るうどこかの父親と違って」
「むぐっ」
予期せぬ流れ矢にエメリックが咽る。
一瞬、夫を冷たく威圧するも、娘に向けるのは変わらず慈母の如き微笑みだ。
「積もるお話はありますが、それはモストルの屋敷で伺いましょう」
「はい、お母様」
「ま、待て。まだ話は」
「しつこい。死にてぇのか?」
「ひ、ひぃいいっ!?」
辛辣な言葉に遂には悲鳴を上げるエメリック。
上下関係明らかな夫婦の姿に、関心したようにエラーブルは小さく拍手するのであった。
「どちらにしろ、エラーブルをこちらに戻すわけにはまいりません」
「こ、これは?」
「陛下からの勅命です。エラーブルを『モストル』の冒険者ギルドに戻せという」
「へ、へへ陛下からぁあああっ!?」
エメリーヌが手渡してきた手紙を掴み取り、エメリックは目を見開く。
額に脂汗を浮かべながら手紙を確認する。王家の紋章が使われた手紙であり、間違いなく陛下からの勅命であった。
「な、なぜ陛下から我が娘に!」
「なんでも、『モストル』にいるS級冒険者が『受付がエラーブルでないと依頼は受けない』と駄々をこねているようで、どうにかできないかと陳情が上がってまいりました」
「なんだそれは!?」
「陛下は許可を出されました。私も許可しました」
「な、な、な」
「王国最強の冒険者を働かせられるご息女にくれぐれも宜しく伝えてくれと、陛下から承っております」
この世の終わりかのような声を上げるエメリックとは対照的に、エラーブルは口元をほころばせる。
「そうですか……ラパン様が」
「ふふ。どうやら、夫が世話を焼かずとも、意中の殿方がいるようですね」
「そ、そのようなつもりは」
「な、なにぃいっ! そいつはどこの馬の骨だ! 認めん! 私は認めんぞぉおおおっ!!」
「黙れ?」
「はい……」
噴火したかと思えば、エメリックは一気に鎮火する。
バケツで水を掛けられた焚火のように、消沈したエメリックは死に体でボソボソと愚痴る。
「父親が娘の幸せを願うことの何が悪い……。夫を貰い、子を抱くことが女の幸せだろうに」
「そういう独りよがりな幸せを押し付けるの止めなさいと常々言っているのです。そもそも、お見合いさせようとしていたのですから良いではありませんか」
「よくあるものか! 見合いだろうがなんだろうが、簡単に娘はやらん!」
「我儘な夫です」
呆れつつも面倒を見るエメリーヌ。冷たくあしらってはいても夫婦なのか、エメリックが落ち着くまで隣に寄り添って慰める光景は仲睦まじかった。
■■
エラーブル邸の居間で、ラパンは重圧で胃が潰れるのではないかと錯覚するほどに緊張していた。
「娘がお世話になっております。母のエメリーヌ・レプシオニストと申します。国の宰相をやっております」
「ささ、宰相……? え、ということは、娘さんは公爵?」
「あら。まだ隠していたのですね。失礼いたしました、お忘れください」
「分かりました。机の角に頭をぶつけてきます!」
「あらあら、面白いお方ですね」
クスクスと笑うエメリーヌ。ウケたと安堵で顔を輝かせたラパンは、言葉通り机の角に頭をぶつけようとして、アデライドに尻を蹴られた。エメリーヌには見えない位置から。
尻を押さえた四つん這いの情けない男を見て、エメリーヌはおかしそうに笑う。
エラーブルには似た顔立ちであるが、彼女とは違い良く笑う姿が印象的だ。
「お噂はかねがね。これからも、ぜひ娘と仲良くしてください」
「ははは、はい! こちらこそ!」
「ところで、モンド様はご長男様でしょうか? こちらとしては、婿入りが良いのですが」
「お母様」
余計なことを言い出した母を、エラーブルは咎める。
むくれた、けれどどこか甘えた態度。普段、無表情かつ大人びているエラーブルが見せない態度に、ラパンはおぉっと小さく感動する。
「うふふ。少し気が早かったようです。では、失礼致します」
そんな娘の態度を見ることが目的だったのか、お邪魔したとアデライドを引き連れて部屋を出ていく。
「あ、嵐に巻き込まれたかのようだった……」
「申し訳ございません。お母様がご迷惑をおかけしました」
「い、いやぁ、別にあのぐらいは……ははは」
エラーブルの母であることもさることながら、レプシオニスト公爵夫人にして、王国の歴史上唯一の女宰相だ。
S級冒険者とはいえ、一市民であるラパンにとっては雲の上の存在であり、突然の謁見に生きた心地がしなかった。
だらけるように、ソファーに深く腰を下ろすラパンを眺めていたエラーブルは、彼女には珍しく躊躇した態度を見せる。
覚悟が決まったのか、微かに頬を赤らめながら後ろ手に持っていたある物をラパンに差し出す。
「あの、宜しければこちらを」
「……銀の宝石?」
エラーブルがラパンに渡したのは、光を反射し煌めく銀色の宝石が飾られたネックレスであった。
手遊びをし、視線を泳がせるエラーブルは、年頃の娘相応の恥ずかしそうな反応をしている。
「こちらに戻ってくることができたのも、ラパン様の助けがあればこそ。これは、その、お礼でございます」
「――っ! 新たな嵐の前触れ!」
「死ぬか?」
「生きたい」
幸せから死への落差に、そろそろラパンの心臓は破裂しそうだ。
慣れない手付きで苦戦しながらも、ネックレスを首にかける。彼の胸元で輝く一滴の宝石。
「どう、ですか? ネックレスなんて洒落た物、付けたことがないのですが」
「良くお似合いですよ。私も、あまり付けたことはありませんが」
照れくさそうなラパンに、同じように恥ずかしそうなエラーブルは、指先を首筋に伝わせて服の中に隠していた蒼い宝石の付いたネックレスを表に出した。
「それは……」
「似合っておりますか?」
「目が潰れそうです」
「潰してやろう」
両手で目を隠すラパンに、二本の指を突き立て威圧するエラーブル。
男女のやり取りにしては色気のない光景を扉の隙間から覗き見ていた、王国の女性たちの天辺に位置するエメリーヌは、微笑ましそうにしながら音を立てないよう扉を閉じた。
「ふふ。まるで若い頃の私とエメリック様を見ているようです」
懐かしむように、左手の薬指にピタリと嵌められた、蒼色の宝石が輝く指輪を眺める。
「アデライド。二人は瞳の色の宝石を贈る意味を理解しているのでしょうか?」
「ラパン様は皆無かと。エラーブルお嬢様は……愚問でございますね。貴女様の娘なのですから」
「ふふ。そうですね。アデライド、お邪魔虫同士、少しお話に付き合っていただけるかしら?」
「光栄でございます、エメリーヌ様」
アデライドを共に廊下を歩くエメリーヌ。
扉の向こう側で行われている光景に興味は尽きなかったが、どのようなやり取りをしているかなど手に取るように分かる。
若い頃、通った道である。
エメリーヌは色とりどりな花々が咲く庭園で、アデライドと共に夫との昔話に、はたまたこれからの二人の未来に花を咲かせるのであった。
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