上 下
4 / 7

第4話 誰も死なない選択肢

しおりを挟む
 ■■

 魔王トイフリンに恐怖を植え付けられたカルトヘルツィヒは、覚束ない足取りでシャルロットが捕えられている地下牢へと向かっていた。
 もぎ取られた腕の傷口は魔族特有の回復力なのか既に塞がっているが、熱を帯びた痛みと喪失感は残っている。

(殺さないと、殺される……っ)

 どうすればいいのかわからなくなったカルトヘルツィヒは、気付けばシャルロットの牢屋の前に立っていた。
 白とピンクのドレスのスカートを花のように広げ、儚げに座り込むシャルロット。
 彼女もカルトヘルツィヒの来訪に気が付いたのか、どこか諦観ような表情で顔を上げる。

「カルトヘルツィヒ様…………やはり、私を殺しに……っ!? その腕はどうしたのですか!?」

「……っ」

 血に濡れたカルトヘルツィヒの腕がないことを見て取ったシャルロットは、瞠目して立ち上がると彼に駆け寄るようにして鉄格子に触れる。
 その表情は敵に向けているとは思えない心配そうなもので、彼女の心根の優しさを知るには十分な行動であった。

(彼女を、殺す)

 下唇を噛み、残った右手を彼女の細い首に伸ばす。
 シャルロットはカルトヘルツィヒの行動に驚くが、彼の顔を見ると彼女の表情は引き締まり、なにを思ったのかあたかも首を差し出すように顎を上げて、一歩前に進み出る。

「……私を、殺すのですか?」

 蒼玉の瞳が、揺れ動くことなく真っ直ぐにカルトヘルツィヒを映し出す。
 まるで罪人の懺悔を聞く教会のシスターを前にしているかのような心地となったカルトヘルツィヒは、いたたまれなくなり息が詰まって俯いてしまう。

 目をぎゅっと閉ざして、なにも見たくないと視界を闇で染める。
 手から伝わるシャルロットの命の温もり。手の平から伝わってくるのは、陶器のように滑らかな肌触りと、慎重に触れねば瞬く間に折れてしまいそうなか細き感触だ。

(多分、この体で握ったら、折れる)

 まだ自身の力を把握してきれていないが、彼女の脆さも合わさって感覚的に直感した。
 己の手で少女の首を握りつぶす感触。

 暗闇の中で肉を潰し、骨を折る感覚をリアルに想像してしまい、元々青かったカルトヘルツィヒの顔色が一層青く染め上がる。

(ころ、さないと、殺さないといけないんだ)

 ゆっくり、慎重に。シャルロットの首を締め上げていく。

「……っはぁっ」

 シャルロットの気道が絞まり、苦しそうに吐き出す呼吸音がカルトヘルツィヒの耳を打った。
 その音は、静かで閉ざされた地下牢だからこそ聞こえたか細き呻きであったが、カルトヘルツィヒの道徳心を刺激するには十分な衝撃であった。

「……無理だよ、やっぱり怖い」

 シャルロットの首から手を離す。
 無意識に強く締めていたのか、解放されたシャルロットは苦しそうに首を押さえると、大きな胸を上下させながら荒く呼吸を繰り返した。

 彼女の苦しむ姿を見て、カルトヘルツィヒの良心がズキズキと痛む。
 それと同時に、シャルロットの生きている姿を見て、安堵もしている。

(殺されるのは怖い。けど、殺すのも怖い)

 痛いのは嫌だ。死ぬのはもっと嫌だ。けれど、人間を殺すのも嫌だ。
 シャルロットの首を握りつぶす感触を想像しただけで、カルトヘルツィヒは怯えてそれ以上力を込めることができなかった。

 戦争のない平和な国で生きてきた少年が当然抱える葛藤がために、己の命と彼女の命を天秤にかけながらも、シャルロットの命を奪うことができなかった。
 どっちつかずの臆病者。

 なにも決められない自分の優柔不断さ、情けなさに惨めな気持ちになったカルトヘルツィヒは深くため息を零して、逃げるようにとぼとぼと牢屋から離れていった。

「カルトヘルツィヒ様……貴方様は」

 背後から聞こえたシャルロットの呟き。
 彼女を手にかけようとしたカルトヘルツィヒを責める言葉だろうか。
 聞きたくないと歩調を早めたカルトヘルツィヒは、歩きながら唯一残された選択肢に縋りつく。

 カルトヘルツィヒも死なない。
 シャルロットも死なない。
 誰も死ぬことのない残されたたった一つの手段。

 実現性の低さから除外していた道を進むしかないと、カルトヘルツィヒは決意を固めて口にする。



 かくして、残虐なる魔王を騙す茨の道をカルトヘルツィヒは歩き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

童貞の呪いをかけられた僕は、勇者でもないのにアホ程困難な人生を設定され、メイドの残した魔法で困難を乗り切りつつ、それでもハーレムを目指す

あんずじゃむ
ファンタジー
タイトルに書いてある通りの転生ものになります。ただ主人公にチートをなるべく与えずエスパーな思考能力を持たせておりません。失敗しぼろぼろになりながら人生をやり直そうとする童貞の生きざまを見ていただければ嬉しいです。お気に入り登録もお願いいたします。3日に1度は確実に更新させていただきます。

追放もの悪役勇者に転生したんだけど、パーティの荷物持ちが雑魚すぎるから追放したい。ざまぁフラグは勘違いした主人公補正で無自覚回避します

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
ざまぁフラグなんて知りません!勘違いした勇者の無双冒険譚  ごく一般的なサラリーマンである主人公は、ある日、異世界に転生してしまう。  しかし、転生したのは「パーティー追放もの」の小説の世界。  なんと、追放して【ざまぁされる予定】の、【悪役勇者】に転生してしまったのだった!  このままだと、ざまぁされてしまうが――とはならず。  なんと主人公は、最近のWeb小説をあまり読んでおらず……。  自分のことを、「勇者なんだから、当然主人公だろ?」と、勝手に主人公だと勘違いしてしまったのだった!  本来の主人公である【荷物持ち】を追放してしまう勇者。  しかし、自分のことを主人公だと信じて疑わない彼は、無自覚に、主人公ムーブで【ざまぁフラグを回避】していくのであった。  本来の主人公が出会うはずだったヒロインと、先に出会ってしまい……。  本来は主人公が覚醒するはずだった【真の勇者の力】にも目覚めてしまい……。  思い込みの力で、主人公補正を自分のものにしていく勇者!  ざまぁフラグなんて知りません!  これは、自分のことを主人公だと信じて疑わない、勘違いした勇者の無双冒険譚。 ・本来の主人公は荷物持ち ・主人公は追放する側の勇者に転生 ・ざまぁフラグを無自覚回避して無双するお話です ・パーティー追放ものの逆側の話 ※カクヨム、ハーメルンにて掲載

お気楽少女の異世界転移――チートな仲間と旅をする――

敬二 盤
ファンタジー
※なろう版との同時連載をしております ※表紙の実穂はpicrewのはなまめ様作ユル女子メーカーで作成した物です 最近投稿ペース死んだけど3日に一度は投稿したい! 第三章 完!! クラスの中のボス的な存在の市町の娘とその取り巻き数人にいじめられ続けた高校生「進和実穂」。 ある日異世界に召喚されてしまった。 そして召喚された城を追い出されるは指名手配されるはでとっても大変! でも突如であった仲間達と一緒に居れば怖くない!? チートな仲間達との愉快な冒険が今始まる!…寄り道しすぎだけどね。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

俺とシロ(second)

マネキネコ
ファンタジー
【完結済】只今再編集中です。ご迷惑をおかけしています。m(_ _)m ※表題が変わりました。 俺とシロだよ → 【俺とシロ(second)】 俺はゲン。聖獣フェンリルであるシロのお陰でこうして異世界の地で楽しく生活している。最初の頃は戸惑いもあったのだが、シロと周りの暖かい人達の助けを借りながら今まで何とかやってきた。故あってクルーガー王国の貴族となった俺はディレクという迷宮都市を納めながらもこの10年間やってきた。今は許嫁(いいなずけ)となったメアリーそしてマリアベルとの関係も良好だし、このほど新しい仲間も増えた。そんなある日のこと、俺とシロは朝の散歩中に崩落事故(ほうらくじこ)に巻き込まれた。そして気がつけば??? とんでもない所に転移していたのだ。はたして俺たちは無事に自分の家に帰れるのだろうか? また、転移で飛ばされた真意(しんい)とは何なのか……。 ……異世界??? にてゲンとシロはどんな人と出会い、どんな活躍をしていくのか!……

処理中です...