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第1話 普通の高校生が魔王軍幹部に生まれ変わる

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 かび臭い、すえた匂いが清水倫理《しみずりんり》の鼻を刺激し、脳が目覚めたのか視界がハッキリと色付いた。
 周囲は暗く、蝋燭の仄かな明かりのみが世界を浮き上がらせる。
 
(まだ、夜なのかなぁ)

 まどろむ意識の中、視界だけは明瞭であった彼の目に映るのは、黒い、光沢質の角を二本生やし、背から大きな蝙蝠の翼を広げた、悪魔のような二人の男であった。
 男たちは悪魔の似姿に相応しく下卑た笑みを浮かべて牢屋の中の誰かと話している。

「今からどんな目に合うか、想像できるかぁ?」

「ただ殺してもらえると思うなよ? 拷問、凌辱なんてもんは当たり前。人族のお姫様が、敵国の俺たち魔族に奴隷として一生奉仕させられるんだぜぇ? 今のうちに舌噛んで死んじまったほうがいいかもなぁ?」

「……っ。私はユマン王国の王族です。貴方がた魔族からあらゆる種族を守護する盾の一族、ブークリエとして、決して魔族に頭《こうべ》は垂れません!」

「流石姫様だぜぇ。身内に裏切られて捕まってるってのに、心は屈しないってか? いいねぇ。そんな気丈な女を折るのが、なにより楽しいだんよなぁ?」

「愚物ですかっ」

 男二人に恫喝されながらも、白とピンクのドレスを着た美しい少女が鉄格子の向こう側で気丈に振舞っている。
 そんな日常とはかけ離れた光景を見て、ようやく倫理はなにかがおかしいと気付き始める。

(夢でも見てるのかな?)

 明晰夢……にしては匂いも感覚もリアルだ。夢とはいえ、五感に訴えるなんてあるわけもない。
 けれども、目の前ではお姫様であろう美少女が、二人の悪漢に襲われそうになっている、漫画やゲームそのままの荒唐無稽な状況だ。夢でなければなんだというのか。
 首を傾げ、疑問ばかりが倫理の頭を過る。

(頭をぶつければ目が覚めるかな?)

 いよいよ物理に頼ろうとした時、お姫様を襲おうとしていた男の一人がニヤついた笑みのまま倫理に話しかけてきた。

「カルトヘルツィヒ様……どうしますか?」

「……?」

「あの……カルトヘルツィヒ様?」

「ん、あ、僕のこと?」

「ぼ、僕? ……もちろんそうですが、どうかしましたか?」

 知らない名前で呼ばれた倫理は戸惑ってしまう。
 けれど、倫理をカルトヘルツィヒとまるで外国人のような名前で呼んだ男も、彼の反応に戸惑いを見せていた。

(どうしたかと言われても困るんだけど。というか、カルトヘルツィヒって誰? 僕は誰と間違われてるの?)

 むしろ、どういう状況かを倫理は問いたかった。
 とはいえ、困惑しながらも男は倫理の言葉を待っている。いつの間にか、もう一人の男とお姫様さえ倫理の返答を待っており、急に注目を集めてしまった倫理は緊張しながらもどうにか取り留めもない言葉を絞り出した。

「い、いや? なんでもないよ? ほんとほんと」

「…………とてもなんでもないようには見えませんが」

 恐る恐るといった様相で男は零す。
 倫理を心配している、というよりも態度のおかしな彼を警戒しているような、どこか恐れているような慎重さが伺える。

 倫理とて自身の今の態度が挙動不審なのは認めるところである。
 けれど、夢かなにか知らないが、突然ゲームイベントのような場面に出くわしているのだ。慌てて当然。世界を股に掛ける大王でもあるまいし、どんな状況でも笑って済ませる鉄の心臓は持っていなかった。

 倫理の空笑いから緊張した内心を察してくれたのか、はたまた張り詰めた空気を嫌ったのか、男が話を進めてくれる。

「それで、この姫さんをどうします?」

「どうする、とは?」

「決まってるじゃないですか。どうやって犯すかって話ですよ」

「おかっ……!?」

 真正面からとんでもないことを提案され、倫理は顔を真っ赤にして絶句する。

(お、犯すだなんて、急になにを言ってんのこの人!? なに、僕ってこんな夢見るほど欲求不満だったのかな!?)

 自身の心に不安を覚えて戸惑っていると、そんな彼の態度を良い方向に取ったのか、男は見るからにいやらしい笑みを浮かべて舌なめずりする。

「下等な魔物の苗床にさせますか? それとも魔物と合成してキメラなんてのも悪くないかもしれません。あぁ、でも」

 一瞬、間を開けて、男はにちゃりと笑う。

「これまで蝶よ花よと育てられてきた姫だ。きっと処女でしょうし、カルトヘルツィヒ様が直々弄ぶってのも、いいんじゃありませんか?」

「……えっと、あの、だね」

 今の倫理はカルトヘルツィヒという人物であり、反応を見る限り男たちよりも上の立場だと伺える。
 だからこそ、倫理に姫君を捧げようとしているのだろうが、彼からすればありがた迷惑であり、嫌がる美少女を手籠めにするほど道徳も倫理も捨てていない。

(あぁ……なのにお姫様が僕を見て怯えてるぅ)

 真っ青な顔で震えている。身を守るためか、両手を胸元で組み合わせ後退っている。
 どこからどう見ても暴漢に怯える美少女の図であり、倫理はこれから彼女を襲おうとする悪党そのものだ。
 端麗な容姿なだけに、彼女に怯えられているという事実が倫理の心を傷付ける。

(いっそ泣いてしまいたい)

 心の中でルールーと涙を流す倫理は、少しでも心の痛みを緩和しようと試みる。

「とりあえず、犯すとか殺すとかは止めよう」
「……へ?」

 倫理からすれば至極当然、社会的法律に照らし合わせても、人としての道徳を鑑みても、一切間違っていないと胸を張れる提案であった。
 けれども、まるで男は倫理が狂言でも口にしたかのように、目を丸くして驚いている。

 男たちだけならばまだしも、お姫様にも同じように驚かれているのだから、どれだけ今の自分は信用ならないんだと、倫理は遠くを見つめて呆けるしかなかった。

「カルトヘルツィヒ様……凌辱も拷問もしないと?」

「そうだけど」

「ど、どうしてですか?」

「どうしてって……常識的に考えて」

 倫理以外の全員が、揃って目を剥いた。

(なにこの夢。凌辱や拷問が当然なこととしてまかり通ってるの?)

 お姫様を襲おうとしていた男たちはともかく、被害者になろうとしている少女ですら襲わないと言われて驚くというのはおかしなことではないだろうか。
 まるで、自分が頓珍漢なことを口にした気分になり、倫理は狼狽する。

「えっと、なにか問題がある?」

「は、へ? い、いいえ。カルトヘルツィヒ様のご判断であれば問題ないかと。……えぇっと、失礼します」

 あれだけ犯すだ凌辱だと言っていた男たちは、倫理の態度に毒気が抜かれたのか、身を縮めながら静かに去っていった。
 去り際、倫理を不気味そうに見ていくのが印象的であった。

(なんで、僕はこんな変人扱いされてるの? お家《うち》帰りたい。あ、でも今は家のベッドで寝てるのかな?)

 深いため息をついていると、緊張しているのか、恐る恐るといった様子でお姫様が倫理に話しかける。

「どうしてですか?」

「どうしてもなにも、さっきも言ったけど、普通に考えてそんな酷いことできるわけないよ」

「……魔王軍幹部の貴方が、私に慈悲を与える、と?」

「慈悲もなにも……魔王軍幹部?」

 お姫様の言葉に、どこか上の空で返事をしていた倫理であったが、新たな聞き慣れない言葉に耳を疑う。

(魔王幹部って、ファンジー系のRPGによくあるようなラスボスの幹部ってこと? え? 僕がその幹部ってこと? いやいやこちとら至って普通の高校生ですよ? いくらなんでも魔王の幹部なんて大それた役職に就いた覚えはないのですよ)

 あははと笑って倫理ははたと気付く。

(声、いつもより低くない? というか、別人の声では?)

 見知らぬ状況に追い付くので精一杯であったため、倫理はこれまで気が付いていなかったことに気が付きはじめる。

(身長が高くなってる……ていうか、知らない服装。頭はやけに重いし、背中に手足みたいに動かせるナニかがある)

 バサリバサリとはためき、視界を横切る黒い二つのナニか。
 
 夢の中で別人の名で呼ばれているだけ。
 そう思っていた倫理に違う予感が過り始め、額から汗が滝のように流れて止まらなくなる。

「あの……つかぬ事をお聞きしますが、僕は誰?」

「……私を弄んでいるのでしょうか? それとも、新しい企み事?」

 優しい性格なのだろう。
 訝しみながらも、お姫様は自身を襲うとしていた男の質問に律儀に答えてくれる。

「貴方は魔王が治める魔族の国、魔国ブーゼの幹部、カルトヘルツィヒ様でしょう?」
「魔王……魔族…………幹部?」

 ……もしかして、僕、魔王の幹部になってるの?
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