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第3話 黒い茨を操る少女に殺されそうな私を、生徒会長さんが助けてくれました。

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「元の姿に戻るために、魔法少女になってくれる人を探してるですね」
「そうなの……あつっ!?」
 ペットボトルのキャップに淹れてもらった紅茶が思いの他熱くて舌を火傷する。「大丈夫?」と心配してくるリユさんにコクコク頷き、ふーふーと冷ます。

 小さく割ってくれたクッキーに、キャップの紅茶。
 生徒会長の執務机の上にシルクのハンカチが広げられ、ちょっとしたお茶会の様相となっていた。
 お嬢様学園らしい歓迎。キャップを抱えるようにして飲む私を慈しむように眺めてくるリユさんにとっては、お茶会というよりも、お人形遊びのような心地だろうけど。

「ようするに、使い魔の呪いをどうにかするのに、ハートブルームっていう人の心を苗床にして育つ花を集めないといけないの」
「ふふ……本当に魔法少女みたいなお話」
 私もそう思う。本当なのだけど、自分で説明していて嘘くさい。

 リユさんには、一頻り説明をした。
 魔女お母さんのせいで、人の姿から妖精に変えられてしまったこと。
 元に戻るために『ハートブルーム』を集めないといけないこと。
 そのためには、魔法少女になってくれる協力者がいること。
 そして――願いが叶うこと。
 本来の私魔乃ユミルのことは伏せつつ、可能な限り嘘をつかずに話した。嘘をつく理由もないし、下手に取り繕ったら後でボロが出ると思うし。私の性格上。

 私のことを伏せたのは恥ずかしいから。
 流石に正体明かして魔法少女になってなんて言う気にはなれなかった。頭ファンタジー扱いされてしまう。至って普通の女学生なのにね(妖精の姿でクッキーをかじりつつ)

「協力して上げたいのは山々だけど、生徒会の仕事もあるから……ごめんなさい」
「ですよねー」
 知ってた。
 むしろ、謝ってもらうのすら申し訳ない。
「気にしないで。むしろ、話を訊いてくれただけでも嬉しかったから」
 いくらスマホサイズの妖精の姿とはいえ、こんな突拍子もない話に付き合ってくれるだけでもありがたいことだ。信じてくれているかはともかく。

「願い事が叶う、という話は興味が引かれるんですけどね」
「叶えたいことでもあるの?」
 なんとはなしに訊いてみると、気安さのあった笑顔を引っ込め、その瞳には真剣な色が浮かぶ。
「うん……そう。絶対に叶えたい、願いがあるの」
 そんな彼女の反応に、目を丸くする。
 ちょっと意外だったから。
 生徒会長になって、学校の生徒たちに慕われて、先生たちにも信頼されて。
 順風満帆。悩みなんてないと思っていた人の、切実な思いに虚を突かれた。

 これ、私が訊いても良かったのかな……?
 気まずさを紛らわすように、キャップの紅茶に口を付ける。


 ■■

 はてさてどうしたものか。
 そろそろ校舎も閉まるから、と小さなお茶会はお開き。蝶の羽をパタパタと羽ばたかせながら、廊下を飛んでいた。

「生徒会長はダメ。また明日次の候補を探さないと」
 とはいえ、また魔法少女候補を見つけられたとして、今回のように断られる可能性も大いにある。同じ状況なら、私も断るし。

 はぁ、と暗雲立ち込める未来にため息が溢れる。
 ただ、今は未来よりも現在だ。まずは元の姿に戻らないといけない。
 人のこなそう場所を探してふらふら飛んでいると、近くから重たい感情が伝わってくる。まるで、不意に体の上に布団を被せられたような、重苦しい感覚。

「なに……これ?」
 昼間感じた妬みなんて比じゃないぐらいの重苦しさ。呼吸が苦しくなる。
 怖れながらも、伝わってくる感情を頼りに探っていくと――居た。

「……いない」
 普段、私が通っている教室。そこで、一人の女子生徒が俯いてポツンっと立っていた。
 日はとっくに暮れ、教室内を照らすのは月明かりのみ。彼女の表情は窺い知ることはできず、影の差した顔に妙な悪寒を覚える。

 逃げ出したい。
 教室の入り口付近で伺う私は、不気味な少女から一刻も早く離れたかった。けれど、そうもいかない事情があった。
(なんで私の席の近くにいるの~!?)
 机の上には、私の鞄がそのまま置かれている。家の鍵や財布、スマホまで入っている鞄だ。置き去りにはしたくなかった。

(早くどっか行ってくれないかなぁ)
 そう思っていると、不意に顔を上げた少女と目が合ってしまう。
 やばい、逃げなきゃ。
 咄嗟に飛び立とうとした瞬間、なにか少女が声を発しているのに気が付き羽が止まる。
「……したい」
 したい……? なにを?
 首を傾げていると、突然少女が頭を抱えて、発狂したように叫びだした。
「あ、……あぁぁぁああああっ!?」
 なになになになに!?

 尋常ならざる反応に、身を隠すのも忘れて目が離せなくなる。
 白目は充血し、血を吐きそうなほどの絶叫。明らかに普通じゃない。

「きら、い。
 嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い――だいっきらいっ!!!!」

 いやだ、なにこれ。なにこの子。
 加減なく頭を掻き毟り、遠目から見ても長い髪の毛が抜けていくのがわかる。

「殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい――」
 血のように赤い瞳。まるで悪意を凝縮したようにギラついた目が、真っ直ぐに私を捉える。
「――生徒会長に目をかけてもらっているあの庶民の女を……――殺したいっ!!」
 …………へ、私!?

 まさかの標的に、飛ぶ気力もなくなり、床にぺたんと落ちる。
 な、ななななんで!?
 いや、でも庶民って他の可能性も――
 と、考えたところで、ようやく狂った少女のことを思い出す。

 あの子って、もしかしてリユさんと一緒に居た人……?
『……リユ様はお優しいだけ。
 調子に乗るんじゃないわよ』
 昼休み。廊下ですれ違った時に、囁かれた言葉を思い出す。
 うわぁ……絶対私だ。
 嫉妬されているのは知っていた。けど、ここまで恨まれる覚えはないんだけど!?

 鞄とかどうでもいい。とにかくここから逃げようと、力の抜けた羽をどうにか動かそうとして――それが突然生えた。
「生徒会長は、リユ様は……私の、私だけのモノよっ!」
 彼女が声を荒げると、黒い霧のようななにかが彼女から立ち昇る。そして、霧が集まり、形作ったのは真っ黒な茨。見るからに刺々しく、触れれば穴が空きそうなほどに長く鋭利な棘が生えている。

 な、に……これ?
 驚いていると、血の目がギョロリと私を捕まえる。恐怖で体が震える。
「死ね……死ねっ、私とリユ様以外はみんなみんな、この世からいなくなれぇぇえええええええっ!」
 感情が爆発。
 そして、彼女に答えるように黒の茨は教室を埋め尽くすほどに生えると、私に向けて動き出す。

「いやいや……これはさすがに」
 ――死んだ。
 迫る茨の群れに死を悟った瞬間、私の体が攫われる。

 ザクザクザクッ、と。
 私がへたりこんでいた場所を、埋め尽くすように茨の棘が刺さる。床も扉もお構いなし。穴だらけになったのを見て、私はゾッと血の気が引いた。
「もうなにこれぇ……」
 ホラー映画の中に放り込まれた気分だ。
 弱音を吐き出し、今にも泣きそうになっていると、優しい声が私を撫でる。

「大丈夫ですか?」
「……リユさん?」
 泣きっ面で顔を上げると、私を案じるリユさんの顔があった。


 どうやら、私を助けてくれたらしい。彼女の白い両手に抱えられていた。
「あ、ありがとうございます」
 条件反射でお礼を言うと、リユさんはどこかほっとした表情を浮かべる。けれど、次の瞬間には困ったように眉根を寄せていた。

「それはいいんですけど、これはどういう状況?」
「……わかりません」
 私が訊きたい。
 お互い、困った顔で見合っていると、大きな音を立てて教室の扉が吹っ飛んだ。
 ぎょっと目を見開けば、茨に守られるように歩く少女が教室から出てきた。その顔はどこまでも暗く、淀んでいる。
(感情も、重たい)
 嫉妬、殺意、憎悪……多種多様な重苦しい感情が私を襲うように伝わってきて、今にも吐き出してしまいそうだ。

陽花ようかさん……?」
 リユさんが目を見開いて、困惑するように少女に問いかける。
 生徒会長の呼ぶ声に、光のなかった少女の瞳に、小さな輝きが灯る。
「会長……? あぁ……、リユ様……!」
「どうかしたんですか?
 どうしてこんな……いえ。そもそもその茨は?」
「リユ様、愛していますっ。愛しているんです。
 世界中の誰よりも、あなたのことを……!」
 リユさんの言葉が耳に届いていないのか、彼女の問いには答えない。
 両手を絡め、ふらふらと覚束ない足取りで、リユさんに近付いていく。焦点が合わず、揺れ動く瞳。

「あなたさえいればいい……あなた以外いらないっ。
 私はリユ様を愛している……だから、あなたも私だけを愛して……?」
 切実な願いだった。
 感情が直に伝わってくるからこそ、わかる。妬みも、憎悪も、好意も、愛も、彼女の感情は全てリユさんに向けられていた。

 だからこそ、重くて、怖いのだけれど。
 リユさんの手の中で怯えている私は、彼女の顔を見上げる。
 普段、勉学に励んでいる学園という日常空間。その中で起こった、黒い茨を操る少女の狂気。その愛を一身に向けられたリユさんはどうするんだろう。
「ありがとうございます。そんなに想っていただけて、私も嬉しいです」
「あぁっ……リユ様ぁ」

 リユさんの言葉に恍惚とした表情を浮かべる少女。
 想いを受け止めてもらえた。きっと、そう思ったのだろう。私も思った。
 リユさんが「ですが」と言葉を繋げ、困ったように笑うまでは。
「ごめんなさい。私はあなたの気持ちを受け取れないの」
「……な、んで?」
 少女の顔が絶望に染まる。表情は青ざめ、涙が溢れた。
「私には好きな人がいるから」
「――……あ」
 頬を赤らめ、笑うリユさん。
 その顔は、恋する乙女そのもので、彼女の言葉が真実であると雄弁に物語っていた。

 それは、黒茨くろいばらの少女にも伝わったのだろう。
 切なげなか細い声を小さく零し、ふらふらと危うい足取りで今にも倒れてしまいそうだ。
「そ……、な……」
 両手で顔を覆い、滂沱の涙を流す。

 内も外も悲しみに染まった黒茨くろいばらの少女を可哀想と思いつつも、なによりも命のかかったこの状況でよく断ったな、と顔が引きつる。
 愛の告白を受ける受けないは本人の自由だけれど、今は適当に誤魔化して、この修羅場をどうにかしてほしかったなー、と思わなくもない。
(というか、生徒会長さん好きな人いたんだ)
 意外過ぎる新事実発覚である。彼女を落とした男は、一体どんな猛者なのだろうか。

 衝撃的な事実に興味を引かれていると、「……ない」と黒茨くろいばらの少女が嗚咽のような声を零した。
「――……ゆる、さないっ。許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないっ!
 私がっ、私が一番リユ様を愛していてっ、幸せにできるのよ!
 なのになのになのにっ、他に好きな人がいる……?
 誰……? ねぇ、誰なの? 教えてくださいリユ様。
 殺すわ、絶対……だってそんなの嘘だもの。あなたが私以外を好きだなんて嘘……騙されてる……教えてください、そいつの名前を……私が、私がそいつを殺してぇ、リユ様の目を覚まさせてあげるわっ!!」
 彼女の感情が沸騰する。
 呼応するように、少女の周囲に留まっていた黒い茨が、リユさんと私に殺到する。

「いやぁっ!? 死ぬぅぅうっ!?」
「ちょっとこれは、まずい、かな?」
 そんな悠長なこと言っている場合!?
 触れれば穴だらけ必須の黒茨。リユさんは私を抱えたまま駆け出す。
「にが――さないっ!!」
 その後を追いかけてくる黒茨と少女。

 あれだけ愛してると言っていたのに、そこに躊躇はない。殺してでも捕まえるという意志表示なのか、そんな茨で捕まえたら死ぬなんて誰でもわかりそうなことを理解する理性がないのか。……後者かなぁ。

 というか、ほんとなんなんだろうなぁ、あれ。副会長さんが狂ってるのもだけど、茨を操るとかファンタジーすぎる。
 恐怖がオーバーフローして、逆に冷静になってきた私は、襲い来る茨を見ながらそんなことを考えていた。

「ルミアちゃん」
「あ、はい」
 呼びかけられ、上の空で返事をする。全力疾走っぽいのに、よく会話する余裕あるね。運動もできるのか、この完璧超人は。
「あれ、なにかわかります?」
「いえぜんぜん」
 わかったら苦労しない。

 そう、と息を弾ませながら、リユさんは飛ぶように階段を駆け下りる。すげー、十数段ある階段を一息に降りちゃったよ。
 超人的な運動神経で逃げているというのに、茨はどこまでも追いかけてくる。コントロールしきれていないのか、周囲にぶつかり、破壊しながら。執拗に、どこまでも。

「訊きたいんだけど――あれ、魔法少女になったらどうにかなる?」
 リユさんの言葉に、一瞬頭が真っ白になった。
 魔法……少女?
 え? あれをどうにかって……できるの?

 お母さんからは、人の心を苗床にするハートブルームっていう花を集めるようにしか言われてないし……と、そこではたと気付く。
「リユ様ぁ……どうして、どうしてぇっ」
 明らかに普通ではない様子の少女に、見るからに非科学的な茨様。
 そして、私の身にも起きている使い魔という不可思議現象――あれ? もしかして、関係ある?
 というか、こんなわけわかんないことが、何個もあってたまるか。

 つまるところ、今の黒い茨を操って、トチ狂ってるのはハートブルームというヤバい花に苗床にされてるからってこと? 回収するのに魔法少女の協力がいるのは、もしや武力的な意味だったの?
(ちょっとお母さんっ!?
 こんな危険だなんて訊いてないんだけど!?)
 しかも、妖精とかいう明らかに戦力にならない状態にしやがって。いや、元の人間状態でも戦力にはならないと思うけどさ。

「ルミアちゃん?」
「へ? あ、その……もしかしたら、できる……かも?」
 確証はなに一つないけど、多分。
 憶測の憶測で、不安要素しかないけど、可能性はある。爪の先ぐらいは。

 ポタリッ。頬に大きな雫が落ちる。
「冷たっ……!?」
 顔を上げれば、リユさんが呼吸を乱し、額にビッシリと汗をかいていた。
 そろそろ体力の限界なのかもしれない。このままでは追い詰められるのも時間の問題だ。

「……っ、じゃあ、しょうがないですね」
「ふぇ?」
 なんのこっちゃ。
 不思議に思い、リユさんを見ると、彼女は困ったように笑っていた。
「――魔法少女になります」
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