深夜のコンビニバイト中に入店してきた非行少女に餌付けをしたら、俺のシフトを狙ってイートインスペースに入り浸るようになってしまった。

ななよ廻る

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第6章

第7話 サイボーグに育てられた娘

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「お母さんは、子供は親の言うことを訊くものだと思ってて。
 姉さんは、お母さんの言葉は正しいから従うものと思ってる。
 反抗しないから、お母さんは自分の考えを正さない。
 お母さんの言葉は正しいから、姉さんは反抗しない」
「なにそのウロボロスみたいな歪な関係」
 永久機関とはまた違うが、互いが互いに影響し合った結果、正しさの奴隷に成り果てている気がしてならない。

 間違ってはいないんだろうが、そこに感情が介在していないから、どこかに歪みが生じているのだろう。
 窓際美人の母親に対する態度がその1つ。
 あとは、
「お前も歪みの結果なのかね?」
「誰の性格がひん曲がってるって言いました?」
 言ってません。

「お母さんも姉さんも優しいんですけどね。
 普通と比較するとズレていますから」
「類友ならぬ類家族か」
 ははっと笑うとジロリと暗闇あってなお深い黒が睨みつけてくる。どうやら、皮肉を皮肉として受け取る元気は戻ってきたらしい。良いのか悪いのか。

「よく見てるんだな、家族のこと」
 言うと、きょとんとした後、ぶんぶん首を横に振る。
「お父さんが言ってただけですよ。
 お母さんは子供の我儘を知らないまま育ってしまったサイボーグで、
 姉さんはそんなサイボーグに育てられたサイボーグ2号って」
「お父様……」
 そこまでわかってるならどうにかしろよ。
「その後、一切表情を変えないお母さんに連れて行かれましたけど」
「お父様……」
 嫁に頭が上がらないのか。見事に尻に敷かれていそうである。

 はぁ、と幾度目かわからないため息を零す。
 なんだか、壮大に家族のゴタゴタに巻き込まれた感が否めない。
 今更嘆いたところで後の祭りなのはわかっているが、嘆くことで俺の心が少しでも軽くなるなら、俺は何度だって嘆くし悪態をつく。はぁーほんとやってらんねーぜ。

 とはいえ。
 流石にパンドラのように災厄を振りまく少女だったとしても、これ以上はなにをしたところで問題なんて出てこないだろう。
 ……出てこないよな? うん、平気平気。

 だとするならば、後は開けてしまった災厄の箱を閉じるだけ。
 その鍵は最初から彼女の手の中にあった。
「で、これからどうするんだ?」
「……さぁ、どうすればいいんでしょうね?」
 疑問を疑問で返すなと睨みつけると、せせら笑われる。こいつはほんと。

 一頻り笑って、うんと力なく、けれども力強く。
 矛盾しているが、確かにそうやって頷いた。
「帰りますよ」
「そうかい」
 そりゃぁよかったと立ち上がって身体を伸ばす。
 バキボキと身体のあちこちが鳴る。緊張していて身体が固まっていたのか、それとも単に同じ姿勢をしていたからか。

「姉さんが迎えに来た時点で諦めましたし、そもそもこれ以上お金はありませんので」
 それに、これ以上迷惑はかけられませんから、と呟かれた言葉は誰に向けてか。
「帰って存分に怒られろ非行少女」
 言うと、そっと音もなく制服少女が近付いてくる。
 ぐっと身を寄せ、背伸びをして。
 迫ってくる顔に、思わず解した身体をまた固める。
「な、なんだよ」
「いえ。
 1つ、お伺いしたいことがありまして」

 質問ぐらい離れてできるだろうと思うが、嘘は許さないと黒い瞳を逸らさず向けてくる彼女から目を背けられなかった。
 な、なんだよとどもりながら言うと、息遣いも聞こえそうな距離で訊いてくる。
「どうして、私を助けたんですか?」
「……良心?」
 言うと、ニッコリと笑顔を浮かべられる。
 その追求の仕方は姉にそっくりで、将来の黒魔女的成長を予感させるには十分だった。

「そういうのが一欠片もないのが、貴方でしょう?」
「人聞きの悪い。
 俺にも野良犬に餌上げるぐらいの善性はあるわ」
「そうであったとしても、10日以上も面倒を見る理由にはなりませんよね?」
 目を泳がそうとすると、顔を両手で掴まれる。
 逃さない。答えろと少女の力強い瞳が訴えてくる。

 華奢な両手になんとも言えない気持ちを抱きながら、逃げ場はなしかと諦める。
 なんだか、こいつに出会ってからというもの、諦めてばっかだなと思う。
 あぁ、でも、そうなぁ、と。
 制服少女に会うよりも前から、諦めてばっかりだったもなぁと思い直す。

「……別に」
 ぼやくように口を開く。
「死にそうで見かねたっていうのは嘘じゃない。
 ただ、本質というか、根っこの部分でないだけで」
「教えてください」
 間髪入れずに告げられる。
 人が言いづらそうにしてるのに、よくもまぁグイグイと攻めてこれるものだと呆れるよりも感心してしまう。

 だからといって、正直に話すほど俺は善人じゃない。
 感情になんて絆されない。
「なんで知りたいんだよ」
「知りたいから」
「どうでもいいだろう。
 どうせもう会うこともないんだし」
「いえ、また来ます」
「来んなし」
 来ても今度は弁当奢らないからな。

「夜行さんのことをもっと知りたいと思うのは、いけない?」
「…………ぐばはぁ」
 どこでこういう言葉を覚えてくるんだろうか。思春期少女の教育に悪すぎる。教育に悪いモノは全て禁書だ禁書。
 燃やせー! と心の中の旗をはためかせて突き進み、少女の黒い瞳を見てため息を零す。
 結局、絆されてるじゃねーかよ。俺よぇ。

 頬が熱い。
 俺の体温が上がっているのか、それとも、少女の手のひらから熱が移っているのか。
 熱っぽい息を吐く。
 目を伏せると、制服少女の瞳と重なる。
 心を見透かすような澄んだ黒曜の目に嘘は付けず、俺は告解のような心地で。
 未だ塞がらず、血を流し続ける心の傷を開いて、制服少女に告白した――
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