深夜のコンビニバイト中に入店してきた非行少女に餌付けをしたら、俺のシフトを狙ってイートインスペースに入り浸るようになってしまった。

ななよ廻る

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第4章

第1話 女の子にお兄ちゃんって呼ばせるのが大好きな変態ではない

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 どういう状況だ、これ。
 ミスキャンパスだが、大学1の美人だがなんだか知らないが、制服少女の写真を影のある笑顔で突き付けてくる。
 まるで、浮気を問い詰められる彼氏か夫みたいだが、どちらとも付き合いはないどころか、窓際美人とは初めての会話だった。
 それがなにをどうすればこんなわけわからん状況に到れるのか。神様というのは、酒飲んで酔っ払いながら運命を決めているんじゃないかと思わずにいられない。

 とはいえ、こうして写真を見せられたからとはいえ、確証があるわけじゃないだろう。姉妹のツーショットがなんだというのだ。お兄ちゃん呼びは若干、というかかなり気になるが……うん。まだいける。

 別段、悪いことをしてないので誤魔化す理由はないのだが、窓際美人の反応には薄ら寒いモノを感じてしまう。
 できるならば関わり合いになりたくないと、本能が訴えていた。
 こういった勘はそこそこの確率で当たる。50%50%フィフティーフィフティーぐらいの確率。正しく勘である。
 とはいえ、制服少女の血縁と考えれば、その勘も馬鹿にはできないだろう。あの少女もまた、面倒の塊なのだから。

「はぁ……。
 それを見てどうしろと?」
 テンションは平坦に。声は意図せず喉から零れてしまったように、軽く、困惑気味に。
 これがなんだという姿勢を崩さずに突き通せば、きっと未来は開けるはず――という夢を見た。

 俺のとぼけた反応にも、窓際美人は石膏で笑顔を固めたように表情筋1つ動かさない。
「へぇ、そうなんだ。
 じゃあ、これも知らないのかな?」
 窓際美人が細く長い人差し指で、スマホをスライドする。
 すると、スッと流れて出てきたのは、俺と制服少女が腕を組んでいる写真だった。ほげー。
 写真は遠く、画質は荒いが間違い。
 制服少女が警察から逃れるために抱きついてきた時の光景だろう。

 うげーっと口の両端が下がる。
 どうしてこんな写真を持っているんだ。そもそもこんなピンポイントで撮られた覚えもない。
 俺の苦い表情を見てか、薄く細められていた瞳が僅かに開く。
 妹同様、黒曜にも似た美しい瞳はしかし、獲物を追い詰める鷹のように鋭く剣呑だ。

「君が私の可愛い可愛い妹と写っている気がするんだけど、気のせいなのかな?」
 皮肉にもほどがある。
 ここまで証拠を提示されて、知らないとしらばっくれられるほど俺の心臓は強固ではなかった。
「さぁ?
 他人の空に似じゃないのか」
 俺の心臓はオリハルコン。

 そう……と、窓際美人が肩から力を抜くように吐息を零す。
 諦めてくれたのかとやや期待したけれど、もちろん叶わぬ願いである。
「妹が居なくなって11日8時間38分23秒……どれだけ探しても見つからなくって、私、心配してるんだ」
「へ、へー」
 重く暗く吐き出す言葉に、喉が攣りそうになる。
 途中、なんだか窓際美人がバグった発言をしたような気もしなくもないが、こうして追い詰められている状況では考えは及ばなかった。

「うん、でもごめんね。
 君が知らないっていうなら私の勘違いだったみたい」
 これまでの仄暗い迫力が嘘だったのに、からりとした爽やかな笑顔を浮かべる。
 まさか、こんなあっさりと納得すると思わず、肩透かしを食らってしまう。もう少し追求というか、ほとんど確信に至っているだろうに。

 目を丸くして窓際美人を見ると、なんでもないように口にする。
「警察官が妹と一緒に居るのを見たって言ってたんだけど、見間違いだったみたいだね……?」
 ドロリと黒い瞳が歪む。
 あぁ、これは駄目だなと、ようやくここに至って俺は諦めの境地に至った。

 最初から全部わかっていて。
 証言も証拠も集めきっていて。
 周到に。逃げ道をなくす。

 額を拭うと、手の甲が汗でべっとりと濡れてしまった。熱くもないというのに、気付かないうちに相当な汗をかいていたらしい。
 心境は逮捕されて取り調べを受けている犯人そのものだ。カツ丼はまだかな?

 はぁ……と息を吐き出し、緊張で強張った身体から力を抜いていく。
 ちらりと彼女を見て。
 笑顔に戻っている窓際美人に、今度はやるせないため息を零す。
 猪突猛進な妹と違って質悪いなこいつ。
 蜘蛛を彷彿とさせる狡猾さに辟易してしまう。

「性格悪いって言われない?」
「美人だねとはよく言われるね」
 図太さまで1級品である。
 本当にあの考えなしな制服少女と姉妹なのかよと疑ってしまう。頭の中のミニマム制服少女が『誰が猪突猛進で考えなしだっていうの!?』とぷんすこしているが、お前だお前と摘んでそこらに投げ捨てる。きゃー。

 俺の諦観を見て取ってか、窓際美人の顔から表情が消える。
 淡々と吐き出す言葉はどこか機械的で、あまりの冷たさに身体の内側から凍えそうになる。
「11日8時間43分56秒も姿を見ないと心配でね。
 本当はもっと早くに捜索を届けを出したかったんだけど」
「え? 出したの?」
 毎夜、寝静まった頃にやってきては腹に飼った犬を唸らせて、弁当を要求するぐらいには元気な娘である。花も恥じらう乙女だというのに、野良犬のように弁当をがっつく姿は到底捜索願いとは無縁な元気さがあった。
 また面倒な、と顔をしかめる。
 いやでも、何日も居なくなれば当たり前かと思っていると、緩く首を左右に振って否定してきた。

「出してないよ」
「なんで?」
 普通に驚いてしまい問い返してしまう。
 すると、しらっとしたジト目を向けられる。
「……最寄りの交番で妹の写真を見せて知らないか訊いてみたら、自称お兄ちゃんと一緒に居たって証言があったから」
 じっとりと湿り気を帯びる瞳から逃げるように斜め上を見る。首筋に刺さる視線が棘のようにチクチクして痛い。
 ただ内心はあれかーと、頭を抱えたかった。

 たかだか数分の出来事が、こんな面倒事を引き寄せるなんて誰が思おうか。そもそも、俺は古書店で本を買おうとしていただけなのに。
 なにが悪かったと言えば、運が悪かったとしか言いようがないのだが、あの日、家で大人しくしていなかった自分を今更ながらに恨む。

「街中の防犯カメラを見せてもらったら、どこかで見たことのあるお兄ちゃんが私の妹と仲良く腕を組んでたからね……?」
 大学で俺を見て覚えていたということか。
 よくもまぁ俺みたいな友達もおらず、講義が終われば即帰宅するような生徒を記憶していたものだ。記憶力がいいのか、執念深いのか。

「届け出るよりも先に殺し……余すところなく事情を伺おうかなって」
「…………。
 兄を自称した覚えはねぇよ」
 お前の妹が勝手に言っているだけだ。
 あと、隠しきれていない殺意が怖い。
 かつて見た物憂げな美人という印象は露と消え、今にも刃物を取り出しそうな狂気の女にしか見えなくなっている。
 余すところなく俺はなにをされてしまうのだろうか。モザイクをかけなきゃいけないような拷問が脳を過ぎって足が震える。

「あんまり騒ぎにしたくないし。
 警察官は適当に誤魔化しといたから」
「あぁ、そりゃどうも」
 なにも悪いことなんてしてないのに、お礼を言わなきゃならない理不尽を覚えるが、事を荒立てなかったことには感謝する。

「女の子にお兄ちゃんって呼ばれるのが大好きで大好きでしょうがないけど、それ以外は無害な変態だからって」
「お前誤魔化すって言葉知ってる?」
 なんで疑いの上に、明確な変態のレッテル貼ってるんだよ。なにも無害じゃねぇだろがい。街を歩く不審者そのものじゃねーか。
 今度、あの警察官に遭遇したら、職務質問待ったなしだよバカ。

 テーブルに肘をついて、むすっと頬杖をつくと「冗談」と目を伏せる。
「嫌がってはなかったって言うし、どちらかというと補導の延長で非行を疑われたぐらいだから」
「今のやり取り意味あった?」
「嫌がらせ」
 クソがよぉ。

 それで、と伏せていた目を窓際美人が上げる。
 瞳から光が消えたような暗さ。月も星も見えない夜空を目に映し出す。
「改めて訊くけど、
 妹とは――セイカちゃんとはどういう関係なのかな?」
 あぁ、結局俺は逃げられないんだなという諦念。
 同時に、制服少女はセイカっていうのかと、場違いにもそんなことを思った。
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