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第3章
第6話 働かずに引きこもる努力はする
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「いやまぁなんていうか……。
――働きたくないなぁって」
「…………は?」
常に思っていることを口に出しただけだったのだが、『なにを言ってるんだこいつ?』と社会のゴミを見るような厳しい目を向けられてしまった。
本音を口にすることも許されない、そんな厳しい現代社会。生きづらい世の中になったものだ。
「……えー」
制服少女が引き気味な声を出しつつ、なんだか気を遣うように伺ってくる。
「それは、なんですか。
働いたら負けとか、働かずに食べるご飯は美味しいとか、そういうことですか?」
「今のお前だな」
「わ、私のことはほっといてください!」
イートインスペースで餓死されたら困るからほっとけないわけなのだが、言ったところで揚げ足とりみたいなものなので自重しておく。うずうずするが、お口はチャック。
「労働意欲は欠片も持ち合わせてないし、働かないで食える飯は美味いだろうけど」
「富士の樹海にキャンプへ行く予定ありませんか?」
「粗大ゴミ投棄は犯罪だぞ」
こいつダメだなと捨てるにはまだ早すぎる。
腐っているわけじゃない。物理的にも、精神的にも。
「他人を信用も信頼もできないからな」
俺からすれば当然の思いだったが、制服少女にとっては予想もしなかった答えのようで。
先程まで侮蔑に満ちていた瞳が驚愕に塗り替わって、その表面に俺を映し出す。
別段、驚かれることでもないが、存外、制服少女は素直なのかもしれない。腹がこれ以上なく素直なのは知っていたが。
口にしておいて、少し言葉を間違えたかなと思う。
意味に間違いはないが、言葉が強すぎたというか、微妙なニュアンスの違いというか。日本語は表現が多彩だけど、その分、言葉を選ぶのに苦心してしまうのが難点だなぁと思う。
少し方向性を調整しよう。
「別に重たい話じゃなくって。
あー……なんだ。人付き合いが嫌い……じゃなくって、苦手なんだよ。
だから、社会人として真っ当に働ける気はしないし、働きたくもねぇなって思ってるだけ」
そう考えるようになった理由がないわけでもないが……。
名も知らぬ制服少女とはいえ、俺の思いを赤裸々に語ってやるつもりはなかった。穴の底に叫んだところで、誰かの耳には届くもの。
俺とて、頭巾で隠したい|ロバの耳ぐらいはある。
ただ、これだけで終わると、俺がただの人間不信になりかねないので、ちゃんと話を手に持った投資の本に繋げていく。
トントンッと本の背表紙で肩を叩く。
「働きたくない働きたくないと言ったところで、いつまでも親の脛を齧るわけにもいかないからなぁ。
今のうちにバイトして、金貯めて、投資して。
将来生活するのに困らないぐらいの金を用意しておきたいの。
あわよくばさっさとリタイアして引きこもりたい」
夢あるー、むしろ夢しかないまでもある。
脇目も振らず社会不適合者まっしぐらだが、ただのニートよりはマシだろうと弁護しておく。
実際、社会から外れている自覚はある。
ダメな奴だなと自嘲する。けど、だからといってこの自分はもう変えられない。変えようとも思わない。
とんだハンデを背負った人生だけど、全体で見ればそこまで珍しいことじゃないはずだ。悲劇の主人公ぶって俺可哀想なんて思わない。
なので、あくまで軽い調子で、なんでもないように。
「そんなこと言って親の脛齧りまくりだけどなー」と茶化しておく。
事実、俺にとっても、彼女にとっても大した話ではないのだから。
けれど、反応は返ってこない。
横を見れば制服少女はおらず。振り返ると、いつの間にか立ち止まっていたのか、手を伸ばしても僅かに届かないぐらいの距離で俯いていた。
多感な思春期少女め。
そうした感受性を羨ましく思う。
まだ高校生だった時。捨てるしかなかったものだから。
若さって羨ましいなぁと眩しくなる。まだ俺20歳の若者のはずなんだけどね。
適当に茶化して終わらそうと思って声をかけようとしたが、遅まきながら思っていた反応ではないことに気が付いた。
よくよく制服少女を見てみると、制服が皺なるのも構わず胸元をぎゅっと握り込んでいる。
熱に浮かされたように頬を赤くしていて。
そんな風に興奮する要素あったかなと怪訝に眉を潜めていると、突然勢いよく顔が上がって身体を硬直させてしまう。
持ち上がった制服少女の顔は鼻先まで赤く。
黒い瞳にまで熱が伝染したように揺れ動いていた。
「なにか、……なにか。
どう……伝えたらいいのかわからないのですが、凄いなって。
将来のために、ちゃんと自分で考えて、動いていて」
「えー、や。
社会人無理だし、限界まで親の脛齧るっていうゴミ宣言なんだけど?」
自分で言ってて、流石に貶しすぎだとは思う。
が、彼女の琴線のどこにどう触れたか分からず、空気を伝って熱を感じ取れそうな勢いについ反射的に自分を貶めてしまう。
褒められる要素なんてなに1つもないのに、やたら絶賛されると俺のほうが恐縮してしまう。まだ、寝てない自慢ですげーっと自尊心を満たしたほうがマシに思える。
けれど、そんな身を守るための自虐も「そんなことはありません」とあっさりと制服少女に否定されてしまい、拒絶反応なのか背中に汗が浮き上がる。
「ちゃんとしています。
嫌なこととも向き合って、自分なりの答えを出して」
途端、冷水を被ったように、浮かされた熱が露と消えて俯いてしまう。
前髪で隠れて表情すら伺えなくなる。
突然の寒暖差にこっちが風邪を引いてしまいそうだ。
「……私は……………てきた……のに」
ぴくりと俺の耳が動く。
制服少女の不安定な感情の発露に面食らっていたが、荒波から打って変わって凪いでしまった彼女を見て、首の後ろを撫でる。
暑くもないというのに首を撫でた手のひらが汗で濡れた。
目を細めて「んー」と零す。なんだかなぁ、と困ってしまう。
そういう年頃だからと、普通の枠に制服少女を嵌めようにも、今の彼女はあまりにも情緒不安定で。
俺のような駄目人間を凄いというぐらいなのだから、相当弱っているんだろうなぁと思う。
いや、でも。
思春期の女の子なんてこういうものなのかねぇと考え直す。
家で嫌なことがあったからと家出を選び、今日のご飯にすら困りながらも帰ろうとはしない意思の強い少女だけれども。
それでも、やっぱり10代の女の子で。
弱い部分は確かにあって、今、こうして下を向いて立ち止まってしまっている。
そんな制服少女を見て、関わりたくないなと思うよりも先に、どうにかしてあげたいなと思ってしまった自分に内心驚く。
彼女に関わるようになってから、たかだか1週間かそこらだってのに。
妙に調子を狂わされているような気がしてならない。
自覚すると、表情が固くなるのを感じた。
それは気恥ずかしさを誤魔化す行動で。
まぁ、あれだ。見られていないにも関わらず視線を他所に向ける。
俺の言葉でこういう風に気落ちしているっていうなら、駄目人間だろうと慰めようとするだろうと自分への言い訳を用意する。
だって。
迷子の女の子を助けようなんて心優しいムーブを理由なくしようなんて、恥ずかしすぎる。俺は良い人ではないのだから。絶対に。
制服少女の熱が移ったのか。頬が熱くなるのを無視しつつ、手を伸ばして……引っ込める。
指を前に出したり、戻したり。
思春期の中学生かと自身を叱咤し、勢いのまま空いていた少女の手を今度は俺から掴み取る。
俯いていた顔が上がる。
驚きで丸くなる黒い瞳とぶつかり、長く細く息を吐き出す。
「な、……なんですか?」
どこか呆然とした様子で呟く制服少女に、俺は精一杯頬を吊り上げてニヤッと笑う。
――悪いこと、しようか
少女が赤面し、恥ずかしそうに顔を伏せた。
――働きたくないなぁって」
「…………は?」
常に思っていることを口に出しただけだったのだが、『なにを言ってるんだこいつ?』と社会のゴミを見るような厳しい目を向けられてしまった。
本音を口にすることも許されない、そんな厳しい現代社会。生きづらい世の中になったものだ。
「……えー」
制服少女が引き気味な声を出しつつ、なんだか気を遣うように伺ってくる。
「それは、なんですか。
働いたら負けとか、働かずに食べるご飯は美味しいとか、そういうことですか?」
「今のお前だな」
「わ、私のことはほっといてください!」
イートインスペースで餓死されたら困るからほっとけないわけなのだが、言ったところで揚げ足とりみたいなものなので自重しておく。うずうずするが、お口はチャック。
「労働意欲は欠片も持ち合わせてないし、働かないで食える飯は美味いだろうけど」
「富士の樹海にキャンプへ行く予定ありませんか?」
「粗大ゴミ投棄は犯罪だぞ」
こいつダメだなと捨てるにはまだ早すぎる。
腐っているわけじゃない。物理的にも、精神的にも。
「他人を信用も信頼もできないからな」
俺からすれば当然の思いだったが、制服少女にとっては予想もしなかった答えのようで。
先程まで侮蔑に満ちていた瞳が驚愕に塗り替わって、その表面に俺を映し出す。
別段、驚かれることでもないが、存外、制服少女は素直なのかもしれない。腹がこれ以上なく素直なのは知っていたが。
口にしておいて、少し言葉を間違えたかなと思う。
意味に間違いはないが、言葉が強すぎたというか、微妙なニュアンスの違いというか。日本語は表現が多彩だけど、その分、言葉を選ぶのに苦心してしまうのが難点だなぁと思う。
少し方向性を調整しよう。
「別に重たい話じゃなくって。
あー……なんだ。人付き合いが嫌い……じゃなくって、苦手なんだよ。
だから、社会人として真っ当に働ける気はしないし、働きたくもねぇなって思ってるだけ」
そう考えるようになった理由がないわけでもないが……。
名も知らぬ制服少女とはいえ、俺の思いを赤裸々に語ってやるつもりはなかった。穴の底に叫んだところで、誰かの耳には届くもの。
俺とて、頭巾で隠したい|ロバの耳ぐらいはある。
ただ、これだけで終わると、俺がただの人間不信になりかねないので、ちゃんと話を手に持った投資の本に繋げていく。
トントンッと本の背表紙で肩を叩く。
「働きたくない働きたくないと言ったところで、いつまでも親の脛を齧るわけにもいかないからなぁ。
今のうちにバイトして、金貯めて、投資して。
将来生活するのに困らないぐらいの金を用意しておきたいの。
あわよくばさっさとリタイアして引きこもりたい」
夢あるー、むしろ夢しかないまでもある。
脇目も振らず社会不適合者まっしぐらだが、ただのニートよりはマシだろうと弁護しておく。
実際、社会から外れている自覚はある。
ダメな奴だなと自嘲する。けど、だからといってこの自分はもう変えられない。変えようとも思わない。
とんだハンデを背負った人生だけど、全体で見ればそこまで珍しいことじゃないはずだ。悲劇の主人公ぶって俺可哀想なんて思わない。
なので、あくまで軽い調子で、なんでもないように。
「そんなこと言って親の脛齧りまくりだけどなー」と茶化しておく。
事実、俺にとっても、彼女にとっても大した話ではないのだから。
けれど、反応は返ってこない。
横を見れば制服少女はおらず。振り返ると、いつの間にか立ち止まっていたのか、手を伸ばしても僅かに届かないぐらいの距離で俯いていた。
多感な思春期少女め。
そうした感受性を羨ましく思う。
まだ高校生だった時。捨てるしかなかったものだから。
若さって羨ましいなぁと眩しくなる。まだ俺20歳の若者のはずなんだけどね。
適当に茶化して終わらそうと思って声をかけようとしたが、遅まきながら思っていた反応ではないことに気が付いた。
よくよく制服少女を見てみると、制服が皺なるのも構わず胸元をぎゅっと握り込んでいる。
熱に浮かされたように頬を赤くしていて。
そんな風に興奮する要素あったかなと怪訝に眉を潜めていると、突然勢いよく顔が上がって身体を硬直させてしまう。
持ち上がった制服少女の顔は鼻先まで赤く。
黒い瞳にまで熱が伝染したように揺れ動いていた。
「なにか、……なにか。
どう……伝えたらいいのかわからないのですが、凄いなって。
将来のために、ちゃんと自分で考えて、動いていて」
「えー、や。
社会人無理だし、限界まで親の脛齧るっていうゴミ宣言なんだけど?」
自分で言ってて、流石に貶しすぎだとは思う。
が、彼女の琴線のどこにどう触れたか分からず、空気を伝って熱を感じ取れそうな勢いについ反射的に自分を貶めてしまう。
褒められる要素なんてなに1つもないのに、やたら絶賛されると俺のほうが恐縮してしまう。まだ、寝てない自慢ですげーっと自尊心を満たしたほうがマシに思える。
けれど、そんな身を守るための自虐も「そんなことはありません」とあっさりと制服少女に否定されてしまい、拒絶反応なのか背中に汗が浮き上がる。
「ちゃんとしています。
嫌なこととも向き合って、自分なりの答えを出して」
途端、冷水を被ったように、浮かされた熱が露と消えて俯いてしまう。
前髪で隠れて表情すら伺えなくなる。
突然の寒暖差にこっちが風邪を引いてしまいそうだ。
「……私は……………てきた……のに」
ぴくりと俺の耳が動く。
制服少女の不安定な感情の発露に面食らっていたが、荒波から打って変わって凪いでしまった彼女を見て、首の後ろを撫でる。
暑くもないというのに首を撫でた手のひらが汗で濡れた。
目を細めて「んー」と零す。なんだかなぁ、と困ってしまう。
そういう年頃だからと、普通の枠に制服少女を嵌めようにも、今の彼女はあまりにも情緒不安定で。
俺のような駄目人間を凄いというぐらいなのだから、相当弱っているんだろうなぁと思う。
いや、でも。
思春期の女の子なんてこういうものなのかねぇと考え直す。
家で嫌なことがあったからと家出を選び、今日のご飯にすら困りながらも帰ろうとはしない意思の強い少女だけれども。
それでも、やっぱり10代の女の子で。
弱い部分は確かにあって、今、こうして下を向いて立ち止まってしまっている。
そんな制服少女を見て、関わりたくないなと思うよりも先に、どうにかしてあげたいなと思ってしまった自分に内心驚く。
彼女に関わるようになってから、たかだか1週間かそこらだってのに。
妙に調子を狂わされているような気がしてならない。
自覚すると、表情が固くなるのを感じた。
それは気恥ずかしさを誤魔化す行動で。
まぁ、あれだ。見られていないにも関わらず視線を他所に向ける。
俺の言葉でこういう風に気落ちしているっていうなら、駄目人間だろうと慰めようとするだろうと自分への言い訳を用意する。
だって。
迷子の女の子を助けようなんて心優しいムーブを理由なくしようなんて、恥ずかしすぎる。俺は良い人ではないのだから。絶対に。
制服少女の熱が移ったのか。頬が熱くなるのを無視しつつ、手を伸ばして……引っ込める。
指を前に出したり、戻したり。
思春期の中学生かと自身を叱咤し、勢いのまま空いていた少女の手を今度は俺から掴み取る。
俯いていた顔が上がる。
驚きで丸くなる黒い瞳とぶつかり、長く細く息を吐き出す。
「な、……なんですか?」
どこか呆然とした様子で呟く制服少女に、俺は精一杯頬を吊り上げてニヤッと笑う。
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