深夜のコンビニバイト中に入店してきた非行少女に餌付けをしたら、俺のシフトを狙ってイートインスペースに入り浸るようになってしまった。

ななよ廻る

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第1章

第3話 胸じゃないならと、少女はスカートを持ち上げようとする

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 恥ずかしいセリフを口にしたような素振りの制服少女に対して、俺は心底、言葉の意図をはかりかねて喉から低い声が出てしまった。

 急になに言ってんだと自分の顔が歪んだのを感じたが、少女の羞恥に満ち満ちた反応から遅れて彼女の言葉の意味を理解して、そのまま頬が引き攣った。

「ば――ッ!?
 ~~……」
 頭に血が上る。だが、それも長続きせず、一拍おいて血の気が引いていく。
 急な血流の上下に目眩がして、倒れそうになる頭を手で支える。

 記憶が鮮明に蘇る。
 コンビニの前で制服少女に手を取られ、彼女の胸に触れたことを。
 つまり、なんだ。
 俺が嫌味や皮肉を口にするのは、そういうことを期待しているからとでも言いたいのだろうか。
 反応から察するに、別にその手のことを要求されて気持ち悪いとか、怖いとかの感情は伝わってこない。ただただ恥ずかしいといった様子だ。そのことには安堵を覚える。

 けれど、だ。
 俺としてはたかだか弁当を奢ったぐらいで、暗にそういうことを要求しそうな下衆な男だと思われているのは、甚だ不本意でしかない。
「はぁぁぁあああああああっ……」
「そのため息はどういう意味でしょうか?」
 むっと目が吊り上がるが、ため息ぐらいつかせてほしかった。

 なんだか色々バカらしくなってきたなと思いつつ、手の平を見つめて胸の感触を反芻し、再び露骨にため息を零す。
「……制服の肌触りしかしなくって、胸の感触なんてしなかったけどな」
「女の子の胸に触っておいてそれ!?」
「触らせてなんて頼んでませんから」
 しれっと、制服少女の口真似をして言うと、彼女がバンバンッとテーブルを叩く。意趣返しゆえに、行き場のない衝動が行動に現れている。

「そもそも、女の子の胸って柔らかいものじゃないの?」
「誰の胸が微塵も柔らかくもない下敷きのようなつるぺったんですか。そもそもというのであれば、女の子の胸が全員大きいわけでも柔らかいわけでもありませんから。そういうのは個人差があって、女性の特徴の1つにしかすぎません。大きいからといって女性として魅力的かというのは別問題ですから。だからといって私の胸が小さいとか柔らかくないとか、まして魅力に欠けるわけではなく――」
「あぁうん。なんかごめん」
 顔に影が差し、濁流のように流れるとめどない胸の言い訳に、お、おぅと勢いに負けて謝ってしまう。
 想像以上に胸への執着が強いというか、自身のぺったんこがコンプレックスなようだ。

「触らせ損じゃないですか。恥ずかしかったのに、初めてだったのに……」
「弁当の対価として貰うには高いんだろうけどなぁ」
 いかんせん満足感はなかった。
 それならとスカートを持ち上げようとする制服少女に待て待て待てと今度は事前に止めることに成功する。

「なにしてるんだお前はほんと」
「女子高生のパンツなら満足する変態なんでしょう?」
「さっきからなんなの?
 どうしても俺を女子校生フェチの変態に仕立て上げたいのか?」
「……?
 男は皆、制服を着た女の子が大好きな変態だから気を付けなさいって教わりましたから」
「偏見がすぎる」
 どういう教育を受けてきたんだ。男は全員、性犯罪者とでも思っているのだろうか。

 さてはこいつ、あんまり男と接したことがないな?
 豪快な食べっぷりから勘違いしていたが、制服は近所の学校の物ではないし、もしかすると女子校に通っているのかもしれない。
 だからといって、偏った認識な気もするが、女子校の教育とはそういうものなのだろうか。危険が溢れている現代社会を生きるための生き方というか。女になったことがないのでわからない。

 あまりこの件に触れたくないし、いくら暇とはいえサボってばかりではいられないのでさっさと仕事に戻りたい。
 けれど、誤解されたままというのもよろしくない。
「まぁ、興味ありなしで言えば、興味はあるし触りたいけど」
 ので、正直に気持ちを伝えたら、社会のゴミでも見るような軽蔑した目を向けられてしまう。

 自分から言い出しておいて、その反応は酷すぎないだろうか。急に梯子を外された感が否めないが、気にせず話を続ける。
「そんなのほとんど、というか援交だし、犯罪に手を染める気はない」
 男も人間なので、女性と同じでちゃんと理性というたがが存在している。誰も彼も下半身で物事を考えて生きているわけではないのだ。

「あと……。
 ………………」
 言葉に詰まる。
 口にするか否か。
 捉え方によってはセクハラっぽいし、説教臭くなるので正直言いたくはなかった。
 親でも友人でもなし。説教できるほど出来た人間でもない。
 だが、俺を黒い瞳に映す少女に見つめられると、そのあどけなさに危うさを感じてしまい、自然口が動いてしまった。

「……満足感はなかったって言ったけど、弁当をいくら奢っても釣り合わないぐらいの価値は認めてる。
 だから、あんまり安売りするな」
 言って、背中が痒くなる。
 自分で言ってて恥ずかしくなってしまう。

 居たたまれず、席を立って言い逃げをかまそうとしたが、制服少女の丸まった目に引き止められてしまう。
 恥ずかしい奴プークスクスと嘲笑う感じではない。なにやら驚いているというか。
「なに?」
 端的に訊くと「あぁ、いえ」とうわ言か返事なのか、曖昧な言葉を少女は漏らす。そのまま、瞼を半分閉じて、満月のようにまん丸だった瞳を半月にする。

「そんな真っ当なお説教をされるとは思ってませんでした」
「そりゃぁ、俺が言えた義理じゃないし、余計なお世話だとは思ったけど」
「目が死んでてクズっぽいのに、見た目よりはまともな神経をしているんですね」
「お弁当のお礼になけなしの金で買ったジュースを没収しまーす」
「わー!?」
 紙パックジュースに手を伸ばすと、腕で抱えるようにして必死になって守りだす。

 まったくと、内心辟易する。
 おちょくってるのか、感心してるのか判断に困る。どうあれ困ってしまうけれど。
 今度こそ仕事に戻ろうと立ち上がる。
 イートインスペースから離れて、レジに入ろうとすると制服少女の小さな声が追いかけてきた。

「……なにも訊かないんですね」
 問いかけか。はたまた口から零れてしまっただけの独り言だったのか。
 囁きのような呟きは、店内に流れるロックな曲でもかき消えることなく俺の耳に届いてしまった。
 応えることを期待しているわけではないと思う。けれど、答えてほしくないわけでもないだろう。

 頭をかく。本当に人付き合いというのは面倒だ。
 名前も知らない、客未満の女子校生相手でもこれだ。本格的な付き合いとなれば、どれだけの面倒事が降りかかるか想像することもできない。
 こうして逃げず、話すことができているのは、制服少女とは知り合い未満という、あっさりと切り捨てられる関係だから。

 皮肉な話だなぁ。そう思いながら、俺はイートインスペースから見えないレジ側の死角に半身を隠す。
 視界の中に人はいない。あくまで独り言だと言い聞かせて、俺は誰かに向けて応える。

「背景はともかく。
 事情があるのはわかってるんだから、それで十分。残りは興味本位でしかないし、わざわざ面倒事に首を突っ込む気はないだけ」
 彼女がどんな顔をしているかはわからない。そもそも、ちゃんと聞こえているかも怪しいけれど。
 とりあえず言うだけ言ったと、胸のつかえを取って仕事に臨もうとして……あ。思い出す。
 壁から横向きに頭を生やして、ギョッと目を見開く制服少女に言う。

「犯罪には巻き込むなよ。
 せめて、俺とは完全無欠に関係ないとこでやってな?」
 危ない危ない。
 ふぅーっと息を吐き出し額を拭う。
 どこからか「クズ……」という心無い罵倒が聞こえてきたけど、店内には静けさが心に染みるバラードが流れているだけなので、間違いなく気のせいだと届いている雑誌の処理に向かう。


 ◆第1章_fin◆
 __To be continued.
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