上 下
24 / 27
第4章 アパートメントの怪奇 と 女に堕ちる貴人の冒険者

第6話 豊穣の女神に仕える神聖なる聖女

しおりを挟む
「死ねぇええええええええっ!!」
「……っ、たくっ!」

 突撃の勢いで倒されてしまったゲーベンはそのまま組み伏せられてしまう。
 男は興奮状態で痛みを感じていないようだが、よく見れば体中が怪我だらけであった。擦り傷は当然として、腕に至っては青く腫れあがっており、もしかしたらヒビが入っているかもしれない。

 そんな大怪我でありながら、痛みで気後れすらしない狂人性。これが戦闘職でもなさそうな細身の男であるのだから、その異常性はより際立つ。
 ――俺たちが手を下さなくても、このままだと死ぬな。
 痛みにひるまず力の加減ができずに自身の体を痛め続ければ、いずれ死に至るのは目に見えている。

「こんなことをする犯人ってのは、相当下衆な野郎だなっ。≪電流《カーラント》≫!!」

 襲われながらもゲーベンは手の平から青い火花弾けさせ、男の首筋に手を回すと電流を流した。
 ビクリッと男の体が跳ねる。
 元々無理に意識を保っていたのか、あっさりと男は失神した。

 脱力し覆い被さる男を脇にどかしたゲーベンが立ち上がると、騎士を初めて生で見た子供のように興奮した様子のリーナと目が合う。

「なんですかそれ!? カッコいいですね!」
「姉さんから教わった護身用の雷魔法だ」
「なんですか、強化魔法以外も使えるじゃないですか! 勿体ぶってないでもっと大きな雷魔法を使ってくださいよ!」
「無理」
「どうして!?」

 期待を裏切られたと、鎧を脱いだ騎士がただの腹の出た中年であったかのようにリーナは絶望する。
 ゲーベンとてできるのであればやってやりたいが、無理なものは無理なのである。

「電流つっても、手からちょっと電気が流れる程度しかできんし、威力も静電気よりちょっと上ぐらいだから。直接急所にでも使わない限り、気絶もしないだろうな」

 低級も低級。
 魔法を覚えたての子供が練習に使うような雷魔法である。
 モンスターにはまず通じないし、人相手であろうとただ触れた程度ではちょっと体が痺れるぐらいだ。痛いは痛いし、火傷はするだろうがその程度の威力。
 そもそも。

「……俺に格闘センスはないから、今みたいに組み伏せられてから触れるぐらいしかできん」
「なるほど! つまり、ゲーベンさんは静電気を発生させるだけしかできないひ弱な魔法使いってことですね?」
「その通りだけどさー、否定もできないけどさー」

 的を射た現状認識ではあるのだが、貧弱と呼ばれて「はいそうです!」と元気に頷けるわけもない。
 不貞腐れたようにゲーベンが床を蹴っていると、血相を変えたクラージュが叫んだ。

「ゲーベンっ!? 強化魔法切れてるんだけど!?」
「あ、すまん」

 倒れて動いた拍子に魔法が解けてしまったらしい。
 押され負けそうになっているクラージュを見て、ゲーベンは慌てて強化魔法をかけ直した。

 ギリギリ状況は持ち直したが、戦況は芳しくない。
 再びクラージュが抜かれるのも時間の問題だ。先のように上手くやり過ごせるかどうかも怪しい。

「これはもう、助けるっていうなら、一か八か耐性強化させるしかないか?」

 そうなれば、一網打尽だ。
 住人たちが助かる可能性も、僅かにだがある。
 最高とはいかないまでも、現状取れる最善の策ではなかろうかと、刻一刻と悪化する状況にゲーベンの心中にある天秤が傾き始める。

 そんな救いのない天秤を壊しにかかるのは、ええいままよと天を見上げたリーナであった。

「ゲーベンさん! 魔力の操作を向上させるような強化魔法はありませんか?」
「あるよ」
「えっ!? 本当にあるんですか!?」
「お前が聞いたんだろがい!」

 リーナが驚いたことに、ゲーベンのほうが驚きである。

「本当にあるとは思わなかったので」
「ふん。舐めるな。俺は強化魔法以外はほとんど覚えてないが、強化魔法に関しては古今東西あらゆる魔法を網羅している。更に独自の研究も重ねているからな。人間の想像する範疇であれば、俺にできない強化はない……!」
「じゃぁ、私をスラっとした大人の女性に強化してください!」
「ムリ!」
「できない強化はないって言ったじゃないですかー! 嘘つきー!」
「それは強化じゃなくて成長だ!」

 夢を見るな夢をとゲーベンが窘めるが、リーナは不満そうに唇を尖らせる。

「仕方ありません。綺麗な大人の女性への夢は、自分の将来に期待するとします」
「貧相なのは変わらなそうだがな」
「夢と希望が詰まって大きくなるんです!」

 夢も希望もなさそう平らな胸を自信満々に張る。
 上から下へ。引っ掛かることもなくストンッと落ちたゲーベンの目が涙で濡れる。

「哀れな奴……。そうだな、夢と希望を持つのは自由だ」
「失礼な人ですね!」

 ぷんすことリーナは子供っぽく怒る。

「とにかく、私に魔力操作強化の魔法をかけてください!」
「それでどうにかなるのか?」
「わかりません!」
「おい」

 ゲーベンが胡乱な瞳をリーナに向けるが、彼女は至って真剣であった。

「わかりませんけど、私はこれでも豊穣の女神フィテリーに仕える神官です! まだまだ見習いの修行の身ですが、やってやりますとも!」
「女神フィテリー……?」

 現在、魔族以外の種族が暮らす東大陸において最も広まっている宗教は、とある女神を信仰する女神教である。
 正式名称をクレシオン教。
 世界を創ったとされる創造神を崇め奉る宗教である。

 てっきり、ゲーベンはリーナもクレシオン教の神官だと思っていたのだが、聞いたこともない女神の名前を出されてしまい彼は訝しむように目を細めた。
 とはいえ、自称田舎娘である。
 リーナの生まれ育った村でのみ信仰されている女神の可能性もあり、なにより無宗教であるゲーベンが問い質すことでもない。

「ゲーベンさん!」
「ん? あぁ分かってる! ≪魔力操作強化《マニピュレイト・ライズ》≫――ダブル!」

 リーナに耳元で叫ばれ、思考の海から帰ってきたゲーベンは、咄嗟に魔力操作強化の魔法をリーナにかける。

「……すごいっ! これなら!」

 魔力を手足のように扱える感覚。
 どれだけ修練しようとも低級の神聖魔法すら発動させられなかったリーナはある種の万能感に酔いしれるも、それも瞬きの間のことであった。

 瞼を閉じ、膝を付き、両手を組み合わせ、己の信仰する女神に祈りを捧げる。
 未熟者でも、紛い者でない。
 紛れもない敬虔なる神官がそこには居た。

「豊穣の女神フィテリー様……どうかか弱きリーナにお力をお貸しくださいませ――≪浄化《ピュリフィケイション》≫」

 、魔法に精通しているゲーベンですら知らない祝詞。
 魔法名と共に彼女の体から放たれる神聖な魔力の光。
 あまりにも神々しく膨大な魔力の奔流に、ゲーベンは膝を折ってしまいそうになる。
 ――勇者……? いや違う、聖、女?
 名も知られていない女神を信仰する、低級の神聖魔法一つ扱えなかった未熟な神官が聖女であるはずがない。
 ……そのはずなのだが、目の前で起こる奇跡としか言いようのない光景に、ゲーベンの疑念は光に照らされた影のように小さくなっていく。

 気付けば、あれだけ暴れていた住人たちが、穏やかな寝息を立てて眠りについていた。
 クラージュが気絶させた時と違い、彼らにかけられていた魅了は解けている。
 半ば確信めいた感覚を覚えるゲーベンは、瞼をゆっくりと開き始める聖なる神官から目が離せないでいた。

「どうですかー! やってやりましたよー!」
「……大したもんだ」

 つい今しがたまで纏っていた神聖さは露と消え、ぐっと伸びをして人差し指と中指を立てる満足気なリーナを見て、ゲーベンは体の力が抜けたかのように苦笑することしかできなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

傍観していたい受付嬢

湖里
ファンタジー
剣と魔法の世界【アラバンス】 この世界のとある王国に二人の勇者が召喚された! 仲間をつくり、助け合い、魔王を倒す……訳ではなく。 そんな彼らをのんびり見ているトリップして来た傍観している受付嬢が主人公のお話。 「貴方達がなんと言おうとも、私には痛くも痒くもございません。」

異世界ハーレム漫遊記

けんもも
ファンタジー
ある日、突然異世界に紛れ込んだ主人公。 異世界の知識が何もないまま、最初に出会った、兎族の美少女と旅をし、成長しながら、異世界転移物のお約束、主人公のチート能力によって、これまたお約束の、ハーレム状態になりながら、転生した異世界の謎を解明していきます。

異世界の約束:追放者の再興〜外れギフト【光】を授り侯爵家を追い出されたけど本当はチート持ちなので幸せに生きて見返してやります!〜

KeyBow
ファンタジー
 主人公の井野口 孝志は交通事故により死亡し、異世界へ転生した。  そこは剣と魔法の王道的なファンタジー世界。  転生した先は侯爵家の子息。  妾の子として家督相続とは無縁のはずだったが、兄の全てが事故により死亡し嫡男に。  女神により魔王討伐を受ける者は記憶を持ったまま転生させる事が出来ると言われ、主人公はゲームで遊んだ世界に転生した。  ゲームと言ってもその世界を模したゲームで、手を打たなければこうなる【if】の世界だった。  理不尽な死を迎えるモブ以下のヒロインを救いたく、転生した先で14歳の時にギフトを得られる信託の儀の後に追放されるが、その時に備えストーリーを変えてしまう。  メイヤと言うゲームでは犯され、絶望から自殺した少女をそのルートから外す事を幼少期より決めていた。  しかしそう簡単な話ではない。  女神の意図とは違う生き様と、ゲームで救えなかった少女を救う。  2人で逃げて何処かで畑でも耕しながら生きようとしていたが、計画が狂い何故か闘技場でハッスルする未来が待ち受けているとは物語がスタートした時はまだ知らない・・・  多くの者と出会い、誤解されたり頼られたり、理不尽な目に遭ったりと、平穏な生活を求める主人公の思いとは裏腹に波乱万丈な未来が待ち受けている。  しかし、主人公補正からかメインストリートから逃げられない予感。  信託の儀の後に侯爵家から追放されるところから物語はスタートする。  いつしか追放した侯爵家にザマアをし、経済的にも見返し謝罪させる事を当面の目標とする事へと、物語の早々に変化していく。  孤児達と出会い自活と脱却を手伝ったりお人好しだ。  また、貴族ではあるが、多くの貴族が好んでするが自分は奴隷を性的に抱かないとのポリシーが行動に規制を掛ける。  果たして幸せを掴む事が出来るのか?魔王討伐から逃げられるのか?・・・

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

『殺す』スキルを授かったけど使えなかったので追放されました。お願いなので静かに暮らさせてください。

晴行
ファンタジー
 ぼっち高校生、冷泉刹華(れいぜい=せつか)は突然クラスごと異世界への召喚に巻き込まれる。スキル付与の儀式で物騒な名前のスキルを授かるも、試したところ大した能力ではないと判明。いじめをするようなクラスメイトに「ビビらせんな」と邪険にされ、そして聖女に「スキル使えないならいらないからどっか行け」と拷問されわずかな金やアイテムすら与えられずに放り出され、着の身着のままで異世界をさまよう羽目になる。しかし路頭に迷う彼はまだ気がついていなかった。自らのスキルのあまりのチートさゆえ、世界のすべてを『殺す』権利を手に入れてしまったことを。不思議なことに自然と集まってくる可愛い女の子たちを襲う、残酷な運命を『殺し』、理不尽に偉ぶった奴らや強大な敵、クラスメイト達を蚊を払うようにあしらう。おかしいな、俺は独りで静かに暮らしたいだけなんだがと思いながら――。

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

処理中です...