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第2章 不穏なる『幻想の森』と悪徳貴族なチョビ髭男爵

第1話 『勇気の剣』Aランク昇級の祝宴

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「Aランク昇級を祝して――乾杯!」
「「「かんぱ~い!!」」」

 冒険者ギルドに併設された酒場でゲーベンと冒険者パーティ『勇気の剣』は、Aランクへの昇級を祝してお祝いをしていた。
 昼間から酒の入った杯をぶつけ合い、パーティの新たな門出を称え合う。
 ただ、酒精によって頬を赤らめるゲーベンは、共に祝杯を上げつつも少しばかりの気まずさを覚えていた。

「でも、いいのか? パーティ外の俺が祝宴に混じって」
「もちろん構わないさ。今回の昇級は、ゲーベンさんと共同で行った依頼が大きく貢献しているからね」
「そうかよ。それと、ゲーベンで良いつったろ、クラージュ」
「そうだったね」

 かつてゲーベンが所属していたSランク冒険者パーティ『胡蝶の夢』の捜索依頼を彼らに願ってから月は満ち欠けを繰り返し、いつの間にか一か月の時間が流れていた。
 その間、派遣冒険者としていくつかのパーティで雇われていたゲーベンだが、最初に雇われた『勇気の剣』との親交が最も深くなっていた。複数回雇われたのは、唯一このパーティだけである。
 その縁から幾度かパーティにも誘われてはいるのだが、前パーティを追放されたのが尾を引き、ゲーベンは頷けずにいた。
 ――あいつらとは違うと分かってはいるんだがな。
 酒とは違う理由でゲーベンは口の中を苦くする。

「改めて、ゲーベン。ありがとう。昇級も君の助けがあってこそだ」
「そこまでじゃねぇよ」
「そうよ。こんな石像野郎いなくっても私達だけで昇進できたわよ!」
「お前はさんを付けろ針鼠」
「石像野郎さん」
「ぶっ殺すぞ!」
「やってやるわよ!」

 もはや恒例となったゲーベンとユキのいがみ合いに、クラージュとシュティルは微笑ましいモノを見るように目を細めている。
 他人に対してツンケンした態度を取ってしまうユキに、それを真正面から受けて立ってしまうゲーベンは水と油のようであるが、その実一番気が合っていた。
 本気で嫌い合っているわけではないのは誰でも見て取れる。なにより、ユキがここまで喰って掛かるのもゲーベンぐらいだ。
 始めこそクラージュやシュティルも止めていたが、今となっては喧嘩するほど仲が良いと見守りに徹していた。
 とはいえ、今日は祝いの席だ。
 無粋と理解しつつも、クラージュは二人のじゃれ合いに割って入る。

「ははは。せっかくの祝宴じゃないか。そういがみ合わないで、楽しくやろう」
「そ、そうだよ。ユキちゃん、ね?」
「しょうがないわね」

 ふんっと鼻を鳴らしつつ、ユキは背もたれに寄り掛かる。その雰囲気は気ままな猫のそれで、赤くなった頬を冷ますように顔を手で扇ぎながら、据わった目をゲーベンに向ける。

「ゲーベンなんか一発芸して」
「舐め腐ってるのか?」

 ひくひくとゲーベンの頬が引きつる。額には青筋が浮かび上がり、怒っていますと言葉にせずとも物語っている。
 けれど、お酒が入って気分の良いユキは止まらない。一転、表情をニヤニヤとした意地の悪い物に変えると、口を隠すように手を添える。

「え? できないの? あ~ごめんね~。まさかお祝いに来て手ぶらだなんて思わなくて~。ううん。いいのよその程度。ゲーベンが気にすることじゃないからね~?」
「上等だやってやらぁ!」
「ゲーベンくんは、煽り耐性ない、よね?」

 ちびちびと葡萄酒を飲むシュティルの的確な指摘は耳に入っていないのか、ゲーベンは簡単に挑発に乗ると空になった木製の杯を掲げた。

「ここに酒の杯があるな?」
「さっきからあるじゃない。目死んでるの?」
「……っ!」
「ゲーベン、抑えて抑えて。話が進まないから」

 ユキの煽りに掴みかかりそうになるゲーベンを、クラージュが慌てて抑える。
 男が女に殴りかかるというのは良くない……という常識的な判断ではなく、強化魔法しか使えないゲーベンでは、女とはいえ軽戦士であるユキには力も技も敵わないからだ。
 そのくせ、シュティルが言ったように煽り耐性がないから、挑んでは返り討ちに合っている。
 ――罰として荷物持ちをさせていたこともあったかな。
 悔しそうに荷物の山を抱えるゲーベンと、対照的に上機嫌なシュティル。如実に力関係を表した光景にクラージュは力なく笑った程だ。

 プルプルと悔しさで震えるゲーベンは、クラージュの執り成しで言葉に詰まらせながらも話を続ける。

「こ、これを床に全力で叩きつけたらどうなる?」
「こ、壊れる、ね?」
「だろう? だがな――《耐久強化《デュラブル・ライズ》》――ダブル!!」

 突然、魔法を使ったことに一同がぎょっとする。
 『勇気の剣』の反応に気を良くしたゲーベンは、天を刺す勢いで杯を持ち上げると、

「そしてこうだ!」
「ひっ!?」

 勢い良く床に叩きつけた。
 酒場内に響く衝突音に、シュティルが小さく悲鳴を上げた。何の騒ぎだと、同じように昼間っから酒を飲んでいた冒険者や、忙しそうに駆け回っていた給仕達の視線が集まる。
 あまりに突然の暴挙に、酒の飲まれて狂ったかと誰もが思った。
 驚いたシュティルも、ユキが煽り過ぎたために怒ったのかと思ったが、ゲーベンが拾った杯を見て、更なる驚きに目を見開いた。

「こ、壊れてない?」
「はっはっは! どうだ! すげぇだろうが!」
「す、凄いだろうって、まさか、物体に、きょ、強化魔法を使ったのっ?」

 叩きつける前と傷一つすら変わらない杯を掲げ直し、ゲーベンは得意げだ。
 本来、木製とはいえ酒場内に響く勢いで叩きつけられた杯が壊れないわけがない。原型を保っていたとしても、何かしらの傷は残るはずだ。
 『勇気の剣』が驚きを露わにする中、ゲーベンは酒で滑らかになった口を調子良く動かす。

「そういうことだ。強化魔法ってのは本来生き物にしか掛けられんものだが、俺の強化魔法は長年の研究成果によって物体にも掛けられるようになったんだ! しかも、このことはまだ未発表! すごかろう!?」
「そうだね。それが本当ならとても凄いんだけど」
「こ、こんなところで、言っていい、ものなの?」
「馬鹿ね馬鹿」
「馬鹿って言った方が馬鹿なんだよぶわぁーか!」
「うっさいわ超馬鹿! 極限馬鹿! 世界一の馬鹿!」
「君達は子供かな?」

 世界を震撼させかねない研究成果を生み出したとは思えないゲーベンの子供染みた態度に、さしものクラージュも呆れてしまう。

「あ、やべ」

 ユキと睨み合っていたゲーベンの手元で、先程床に叩きつけていた杯が何の前触れもなく粉々に砕け散ってしまう。
 その光景を見たユキは、それ見たことかと薄い胸を逸らしてゲーベンを嘲《あざけ》る。

「はんっ! 結局壊れてんじゃないのよ!」
「うるせぇ! 物体に掛ける強化魔法はまだ実験中で、強度によって魔法を強く掛けすぎるとぶっ壊れちまうことがあるんだよ!」
「やっぱり馬鹿じゃない」
「こんのっ……ん?」

 ユキの小馬鹿にした態度に我慢の限界と掴みかかろうとしたゲーベンの肩を、誰かがポンポンと優しく叩く。
 なんだと不機嫌そうに振り返れば、待ち構えていたのは女給であった。
 女給はニッコリと笑う。

「弁償しろ♡」
「すんませんでした」
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