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第1章 Sランクパーティ『胡蝶の夢』からの追放
第4話 ワイルドボア討伐
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――
「≪身体能力強化《フィジカル・ライズ》≫――ダブル!!」
大量のワイルドボアとの戦闘が始まった直後、ゲーベンは身体能力を向上させる強化魔法をクラージュ達に二重で掛ける。続けて、シュティルにのみ魔法能力強化の魔法を二重で掛ける。
「聞いていたけれど……これは」
「本当に強化魔法を二重に掛けてるのね」
「すご、い」
三者三様に驚愕する。
ゲーベンの行った魔法がどれだけ異常なのか、彼らは理解しているからだ。
だからといって驚いたままではゲーベンが困る。強化魔法の重ね掛けは驚嘆すべき事柄だが、魔法維持のために身動きが取れなくなるのだ。
ゲーベンが死ねば魔法も解ける。守ってもらわねば、それこそ役立たずの木偶の坊でこの世を去ることになってしまう。
「驚いてないで戦え!」
「ちょっと待ちなさいよ」
「寝起きかな!?」
はよ行けとゲーベンが急かすと、ユキは不服そうにしながらも二本の短剣を抜き、ワイルドボアの大群に飛び込んでいった。
「体が、軽い!」
嵐の大波が如く迫るワイルドボア。
人なんて一飲みであろうモンスターの大波に向かって、ユキは風のように速く、流れるような動きで走ると、ワイドボアの背を足場にして次々と斬っていく。
『グモォオオオオッ!?』
苦痛の鳴き声を上げ、斬られたワイルドボアは血をまき散らす。
けれど、ユキに返り血は付かない。血が噴き出るよりも早く走り抜けていくからだ。
――こんな軽業師みたいな真似を、私ができるなんてね!
いつものユキであれば、こんな無謀な真似をやろうとすら考えない。ゲーベンによる強化魔法があるからこそ、可能とした曲芸であった。
標的など気にせず手の届く範囲から斬っていくユキであるが、ワイルドボアの分厚い肉に阻まれ、致命傷になっている個体は少ない。
数体は地に伏し、群れの仲間にひき殺されているが、ユキを標的としなかった何匹かがゲーベンに向かっていく。
「そっち行ったわよ!」
「任せてくれ!」
応えたのはクラージュだ。
彼は背負っていた大楯を構えると、ワイルドボアの突撃を真正面から受け止めてみせた。
「まるで兎にでも体当たりされているようだ」
ワイルドボアの突進を受ければ、人間なぞ一撃で肉片だ。
いくら鍛えた重戦士であれ、真正面から受け止めれば衝撃に体が悲鳴を上げる。
けれど、クラージュは言葉通り兎に体当たりされていると錯覚するほどに余裕があり、その表情はどこか昂っているように見える。
ユキが出鼻を挫き、クラージュが守る。最後に行うのは――殲滅だ。
「準備、でき、た!」
焦りや疲れからではなく、昂りによって息を弾ませるシュティル。
彼女は先端に赤く輝く宝珠の付いた杖をぎゅっと握ると、体を駆け巡る力の全てを開放するように天に掲げる。
杖の指し示す先。天空には太陽と見紛うほどに大きな大きな炎の球体が浮かび上がっていた。
それに気が付いたユキが止めようと声を上げたが、興奮しているシュティルの耳には届かない。
「ちょ、あんたそれは……!!」
「行きます――≪火球《ファイヤ・ボール》≫――ドレイク!!」
『幻想の森』に、太陽が落ちた。
――
「ばっかじゃないの!?」
「ご、ごめんなさい」
憤慨するユキからのお叱りを受け、肩をすくめてシュティルは小さくなる。
彼女達の近くには隕石でも落ちたかのような小さなクレーターが出来上がり、周囲に転がるのは焼け残った木々に、丸焼きとなりながらも辛うじて原型を残したワイルドボアだ。
シュティルの放ったファイヤボールによる被害である。
「あんだけでかいファイヤボールなんて、辺り一面焼け野原よ!? 消火活動のほうが大変だったじゃない!」
「あ、あんなに威力が出るとは思わなくって……。そ、それに」
「それに?」
「た、楽しくなっちゃって」
「反省しないさいよ!」
空気を震わせる大声に「ぴゃっ!?」と小動物のようにシュティルは飛び跳ねる。
ファイヤボールの被害は凄まじく、クレーターを作るに留まらず木々に延焼。下手をすれば『幻想の森』全てを巻き込んだ大火事になりかねなかった。ゲーベン達が消火活動に当たり、どうにか被害を最小限に抑えることができたところだ。
「落ち着け落ち着け、針娘」
「誰がトゲトゲしてるっての!」
「伝わってるし……。ともかく、ワイルドボアの討伐は達成したんだからもういいだろ?」
「いいわけあるか!」
最もだとゲーベンも頷きかけたが、このままでは埒が明かない。
なにより、ワイルドボアを討伐したとはいえ、『幻想の森』はモンスターの巣食う危険な場所だ。長々と説教している間に新たなモンスターと遭遇してしまう。
ゲーベンがどうにか落ち着かせねばと思っていると、シュティルに向かっていた矛先が今度はゲーベンに突き付けられた。
「だいたい、元はと言えばあんたの強化魔法がおかしいのがいけないのよ!」
「ひでぇ言いがかりだ」
「なによあれ。強過ぎるわよ! 体から重さがなくなったみたいに軽くて敵の動きなんか止まってるみたいだったのよ!」
「良いことずくめじゃねぇか」
「どうもありがとうございました!」
「情緒不安定か」
怒りながらお礼を言うという器用な真似をするユキに、ゲーベンは困惑する。
ただ、そう思っていたのはユキだけではなく、クラージュも顔を赤くし興奮したようにゲーベンに詰め寄る。
「本当に凄いことだよ。いつもだったらあんな数のワイルドボア、僕たちだけじゃ倒せなかったからね」
「俺一人でも無理だけどな!」
「木偶の坊」
「ぶっ殺すぞ!」
木偶ではないのだ木偶では。ただ動けなくなるだけなのだ。どちらかといえば、魔法効果のある石像というのが正確か。
素直じゃないユキに、簡単に挑発に乗るゲーベン。
そんな空気を変えるように、クラージュは乾いた笑い声を上げる。
「あはは。けど、不思議だね。こんなに破格の能力を持っているのに、パーティ追放なんて考えられない」
「そ、そうだ、よ、ね?」
「見る目ないんじゃない?」
「褒めてくれるのか?」
「死に腐っていいわよ」
「素直になれよ」
「きしょ」
「言葉が過ぎる!」
グサグサ刺さる辛辣な言葉の数々に、流石にゲーベンも怒りを通り越してへこたれそうだ。
本気ではないと分かっていても、ダメージゼロなんてことはないのだ。
「能力については説明していたんだろう?」
「当たり前だ。俺の扱う強化魔法は、力を加算するんじゃなく、乗算していく魔法だ。つまり、元の力が大きければ大きいほど、強化すればするほど発揮される力は大きくなっていく。元の力がより跳ね上がるんだ。自分の力と解釈されないよう、加入前に説明するようにしている」
一般的な強化魔法は加算だ。例えば、元の力が100で、強化値が50ならば、150となる。
けれど、ゲーベンの強化魔法は乗算であり、元が100で、強化値が1.5倍なら150だが、元が200なら300まで跳ね上がる。
しかも、更に重ね掛けできるのだから、力はどこまでも上がっていく。
そんな特殊な強化魔法ゆえに、自身の実力を勘違いしないよう、説明をしているわけなのだが……ゲーベンは疲れたように肩を落とす。
「それでも増長する奴はいるわけだ」
「つまり私が強かったわけね」
「こいつみたいな針鼠がな」
「刺すわ。針千本」
喧嘩仲間という言葉が板についてきたゲーベンとユキが睨み合う。
二人の姿を見て苦笑するクラージュ。
「あの、そもそも、強化魔法って、一回しか掛けられないんじゃ……?」
「そうそう。それ、私も気になってた。Sランクだからってデカい戯言吹くなって」
「もしもし? お嬢さん? 加入前から嘘付き扱いだったの俺?」
「そうよ。Sランクパーティから追放された憐れな大法螺吹きの道化野郎。あんたを肴にしたお酒は美味しかったわ」
「よし、戦争だ」
「受けて立つわよ」
クラージュが止める間もなく開戦。そして、終戦。戦争時間は僅か数秒。
地に伏した敗者《ゲーベン》の背に、勝者《ユキ》が勝ち誇るように座っている。
「で、なんで複数回掛けられるの?」
「それは、俺が開発したからだ。特許も取ってるんだぞ? ぐっ、重い」
「羽のように軽いわよ!」
「尻を叩くな!」
馬のように尻を叩かれ、真っ赤な顔でゲーベンは怒鳴る。フーフーと鼻息が荒いのは怒っているからか、ユキの重さが想像以上のためか、それとも……。
ゲーベンの説明に、クラージュが目を剥く。
「それ、凄くないかい? 事実なら魔法界の革命だ」
「はんっ! これでも俺は王立魔法学院で『魔法界の革命児』と呼ばれた天才! 宮廷魔法使いの推薦も貰っていたぐらいだからな!」
「都落ちって奴ね。憐れな奴」
「落ちたんじゃねぇ! 魔法の実践研究のために冒険者になったんだ!」
そもそもとして、ゲーベンの魔法は強化であり、強化する対象がいなければ発動すらしない代物だ。
研究を重ねるにしても、宮廷の工房に籠るより、冒険者になって実戦と研究に費やしたほうがいいとゲーベンは考えたのだ。
元より、研究者気質のゲーベンは、実験を手伝ってくれるパーティならば性格など度外視でどこでも良かったのだが、まさか追放されるとは思っていなかった。あれほど悔しい思いをしたのは、彼の人生の中でも初めてであった。
「ま、事情は分かったわ。あんたの実力もね。で、どうすんの?」
「いやまずどけよ」
いつまで乗ってんだと、背に乗った女王様をどかしてゲーベンは立ち上がる。
肘、膝に付いた汚れを払い、痛む体をほぐしていると、クラージュがある提案をしてきた。
「よかったらなんだが、このままパーティを組まないか?」
「ぱーちぃー?」
「お祝いじゃないわよ」
「知っとるわ」
肩を回しながら半目をユキに向ける。
「あはは。ゲーベンさんの実力も分かったし、こうして一緒に冒険をして、仲も深められたと思うんだ」
「仲間を椅子にする奴がいるんだが」
「椅子になりたいド変態もね」
口を開く度にぶつかり合う二人は、どこまでいっても水と油なのだろう。
クラージュはそういうものだと割り切ったのか、気にせず話を続ける。
「『胡蝶の夢』のように勘違いする気もない。気を付ける。だから、どうだろう?」
「ふむ。ことわ――いだだだだだだだっ!? 足を踏むな針女!」
「なんで断んのよ石像男」
即拒否をしようとした薄情者の足を、ユキは踵でぐりぐりと踏み付ける。
細身とはいえ戦士だ。力は魔法使いのゲーベンよりもある。
どうにかユキの足を払いのけたゲーベンは、言い訳するように叫ぶ。
「あんなことがあった後で直ぐにパーティなんて決められるか! しばらくは派遣冒険者としてやっていく」
「そうか。ゲーベンさんがそう言うなら仕方がないね。とても残念だけど」
「悪いな」
「反省が足りないわ。地面に頭を付けなさい」
「お前は態度を改めろ!」
最後まで口論の絶えない二人に、仲がいいなぁとクラージュは生暖かく見守るのであった。
「≪身体能力強化《フィジカル・ライズ》≫――ダブル!!」
大量のワイルドボアとの戦闘が始まった直後、ゲーベンは身体能力を向上させる強化魔法をクラージュ達に二重で掛ける。続けて、シュティルにのみ魔法能力強化の魔法を二重で掛ける。
「聞いていたけれど……これは」
「本当に強化魔法を二重に掛けてるのね」
「すご、い」
三者三様に驚愕する。
ゲーベンの行った魔法がどれだけ異常なのか、彼らは理解しているからだ。
だからといって驚いたままではゲーベンが困る。強化魔法の重ね掛けは驚嘆すべき事柄だが、魔法維持のために身動きが取れなくなるのだ。
ゲーベンが死ねば魔法も解ける。守ってもらわねば、それこそ役立たずの木偶の坊でこの世を去ることになってしまう。
「驚いてないで戦え!」
「ちょっと待ちなさいよ」
「寝起きかな!?」
はよ行けとゲーベンが急かすと、ユキは不服そうにしながらも二本の短剣を抜き、ワイルドボアの大群に飛び込んでいった。
「体が、軽い!」
嵐の大波が如く迫るワイルドボア。
人なんて一飲みであろうモンスターの大波に向かって、ユキは風のように速く、流れるような動きで走ると、ワイドボアの背を足場にして次々と斬っていく。
『グモォオオオオッ!?』
苦痛の鳴き声を上げ、斬られたワイルドボアは血をまき散らす。
けれど、ユキに返り血は付かない。血が噴き出るよりも早く走り抜けていくからだ。
――こんな軽業師みたいな真似を、私ができるなんてね!
いつものユキであれば、こんな無謀な真似をやろうとすら考えない。ゲーベンによる強化魔法があるからこそ、可能とした曲芸であった。
標的など気にせず手の届く範囲から斬っていくユキであるが、ワイルドボアの分厚い肉に阻まれ、致命傷になっている個体は少ない。
数体は地に伏し、群れの仲間にひき殺されているが、ユキを標的としなかった何匹かがゲーベンに向かっていく。
「そっち行ったわよ!」
「任せてくれ!」
応えたのはクラージュだ。
彼は背負っていた大楯を構えると、ワイルドボアの突撃を真正面から受け止めてみせた。
「まるで兎にでも体当たりされているようだ」
ワイルドボアの突進を受ければ、人間なぞ一撃で肉片だ。
いくら鍛えた重戦士であれ、真正面から受け止めれば衝撃に体が悲鳴を上げる。
けれど、クラージュは言葉通り兎に体当たりされていると錯覚するほどに余裕があり、その表情はどこか昂っているように見える。
ユキが出鼻を挫き、クラージュが守る。最後に行うのは――殲滅だ。
「準備、でき、た!」
焦りや疲れからではなく、昂りによって息を弾ませるシュティル。
彼女は先端に赤く輝く宝珠の付いた杖をぎゅっと握ると、体を駆け巡る力の全てを開放するように天に掲げる。
杖の指し示す先。天空には太陽と見紛うほどに大きな大きな炎の球体が浮かび上がっていた。
それに気が付いたユキが止めようと声を上げたが、興奮しているシュティルの耳には届かない。
「ちょ、あんたそれは……!!」
「行きます――≪火球《ファイヤ・ボール》≫――ドレイク!!」
『幻想の森』に、太陽が落ちた。
――
「ばっかじゃないの!?」
「ご、ごめんなさい」
憤慨するユキからのお叱りを受け、肩をすくめてシュティルは小さくなる。
彼女達の近くには隕石でも落ちたかのような小さなクレーターが出来上がり、周囲に転がるのは焼け残った木々に、丸焼きとなりながらも辛うじて原型を残したワイルドボアだ。
シュティルの放ったファイヤボールによる被害である。
「あんだけでかいファイヤボールなんて、辺り一面焼け野原よ!? 消火活動のほうが大変だったじゃない!」
「あ、あんなに威力が出るとは思わなくって……。そ、それに」
「それに?」
「た、楽しくなっちゃって」
「反省しないさいよ!」
空気を震わせる大声に「ぴゃっ!?」と小動物のようにシュティルは飛び跳ねる。
ファイヤボールの被害は凄まじく、クレーターを作るに留まらず木々に延焼。下手をすれば『幻想の森』全てを巻き込んだ大火事になりかねなかった。ゲーベン達が消火活動に当たり、どうにか被害を最小限に抑えることができたところだ。
「落ち着け落ち着け、針娘」
「誰がトゲトゲしてるっての!」
「伝わってるし……。ともかく、ワイルドボアの討伐は達成したんだからもういいだろ?」
「いいわけあるか!」
最もだとゲーベンも頷きかけたが、このままでは埒が明かない。
なにより、ワイルドボアを討伐したとはいえ、『幻想の森』はモンスターの巣食う危険な場所だ。長々と説教している間に新たなモンスターと遭遇してしまう。
ゲーベンがどうにか落ち着かせねばと思っていると、シュティルに向かっていた矛先が今度はゲーベンに突き付けられた。
「だいたい、元はと言えばあんたの強化魔法がおかしいのがいけないのよ!」
「ひでぇ言いがかりだ」
「なによあれ。強過ぎるわよ! 体から重さがなくなったみたいに軽くて敵の動きなんか止まってるみたいだったのよ!」
「良いことずくめじゃねぇか」
「どうもありがとうございました!」
「情緒不安定か」
怒りながらお礼を言うという器用な真似をするユキに、ゲーベンは困惑する。
ただ、そう思っていたのはユキだけではなく、クラージュも顔を赤くし興奮したようにゲーベンに詰め寄る。
「本当に凄いことだよ。いつもだったらあんな数のワイルドボア、僕たちだけじゃ倒せなかったからね」
「俺一人でも無理だけどな!」
「木偶の坊」
「ぶっ殺すぞ!」
木偶ではないのだ木偶では。ただ動けなくなるだけなのだ。どちらかといえば、魔法効果のある石像というのが正確か。
素直じゃないユキに、簡単に挑発に乗るゲーベン。
そんな空気を変えるように、クラージュは乾いた笑い声を上げる。
「あはは。けど、不思議だね。こんなに破格の能力を持っているのに、パーティ追放なんて考えられない」
「そ、そうだ、よ、ね?」
「見る目ないんじゃない?」
「褒めてくれるのか?」
「死に腐っていいわよ」
「素直になれよ」
「きしょ」
「言葉が過ぎる!」
グサグサ刺さる辛辣な言葉の数々に、流石にゲーベンも怒りを通り越してへこたれそうだ。
本気ではないと分かっていても、ダメージゼロなんてことはないのだ。
「能力については説明していたんだろう?」
「当たり前だ。俺の扱う強化魔法は、力を加算するんじゃなく、乗算していく魔法だ。つまり、元の力が大きければ大きいほど、強化すればするほど発揮される力は大きくなっていく。元の力がより跳ね上がるんだ。自分の力と解釈されないよう、加入前に説明するようにしている」
一般的な強化魔法は加算だ。例えば、元の力が100で、強化値が50ならば、150となる。
けれど、ゲーベンの強化魔法は乗算であり、元が100で、強化値が1.5倍なら150だが、元が200なら300まで跳ね上がる。
しかも、更に重ね掛けできるのだから、力はどこまでも上がっていく。
そんな特殊な強化魔法ゆえに、自身の実力を勘違いしないよう、説明をしているわけなのだが……ゲーベンは疲れたように肩を落とす。
「それでも増長する奴はいるわけだ」
「つまり私が強かったわけね」
「こいつみたいな針鼠がな」
「刺すわ。針千本」
喧嘩仲間という言葉が板についてきたゲーベンとユキが睨み合う。
二人の姿を見て苦笑するクラージュ。
「あの、そもそも、強化魔法って、一回しか掛けられないんじゃ……?」
「そうそう。それ、私も気になってた。Sランクだからってデカい戯言吹くなって」
「もしもし? お嬢さん? 加入前から嘘付き扱いだったの俺?」
「そうよ。Sランクパーティから追放された憐れな大法螺吹きの道化野郎。あんたを肴にしたお酒は美味しかったわ」
「よし、戦争だ」
「受けて立つわよ」
クラージュが止める間もなく開戦。そして、終戦。戦争時間は僅か数秒。
地に伏した敗者《ゲーベン》の背に、勝者《ユキ》が勝ち誇るように座っている。
「で、なんで複数回掛けられるの?」
「それは、俺が開発したからだ。特許も取ってるんだぞ? ぐっ、重い」
「羽のように軽いわよ!」
「尻を叩くな!」
馬のように尻を叩かれ、真っ赤な顔でゲーベンは怒鳴る。フーフーと鼻息が荒いのは怒っているからか、ユキの重さが想像以上のためか、それとも……。
ゲーベンの説明に、クラージュが目を剥く。
「それ、凄くないかい? 事実なら魔法界の革命だ」
「はんっ! これでも俺は王立魔法学院で『魔法界の革命児』と呼ばれた天才! 宮廷魔法使いの推薦も貰っていたぐらいだからな!」
「都落ちって奴ね。憐れな奴」
「落ちたんじゃねぇ! 魔法の実践研究のために冒険者になったんだ!」
そもそもとして、ゲーベンの魔法は強化であり、強化する対象がいなければ発動すらしない代物だ。
研究を重ねるにしても、宮廷の工房に籠るより、冒険者になって実戦と研究に費やしたほうがいいとゲーベンは考えたのだ。
元より、研究者気質のゲーベンは、実験を手伝ってくれるパーティならば性格など度外視でどこでも良かったのだが、まさか追放されるとは思っていなかった。あれほど悔しい思いをしたのは、彼の人生の中でも初めてであった。
「ま、事情は分かったわ。あんたの実力もね。で、どうすんの?」
「いやまずどけよ」
いつまで乗ってんだと、背に乗った女王様をどかしてゲーベンは立ち上がる。
肘、膝に付いた汚れを払い、痛む体をほぐしていると、クラージュがある提案をしてきた。
「よかったらなんだが、このままパーティを組まないか?」
「ぱーちぃー?」
「お祝いじゃないわよ」
「知っとるわ」
肩を回しながら半目をユキに向ける。
「あはは。ゲーベンさんの実力も分かったし、こうして一緒に冒険をして、仲も深められたと思うんだ」
「仲間を椅子にする奴がいるんだが」
「椅子になりたいド変態もね」
口を開く度にぶつかり合う二人は、どこまでいっても水と油なのだろう。
クラージュはそういうものだと割り切ったのか、気にせず話を続ける。
「『胡蝶の夢』のように勘違いする気もない。気を付ける。だから、どうだろう?」
「ふむ。ことわ――いだだだだだだだっ!? 足を踏むな針女!」
「なんで断んのよ石像男」
即拒否をしようとした薄情者の足を、ユキは踵でぐりぐりと踏み付ける。
細身とはいえ戦士だ。力は魔法使いのゲーベンよりもある。
どうにかユキの足を払いのけたゲーベンは、言い訳するように叫ぶ。
「あんなことがあった後で直ぐにパーティなんて決められるか! しばらくは派遣冒険者としてやっていく」
「そうか。ゲーベンさんがそう言うなら仕方がないね。とても残念だけど」
「悪いな」
「反省が足りないわ。地面に頭を付けなさい」
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