6 / 14
第5話 第三皇女の危機と怪物同士の喰い合い
しおりを挟むアウローラは命の危機に瀕していた。
「第三皇女アウローラ・クローディア様の騎士として、意地を見せろ! アウローラ様をなんとしてでもお護りしろ!」
『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』
正体不明の怪物が現れたという知らせを受けたアウローラは、騎士団の招集や公務などを済ませ、ミラーナや周囲の反対を押し切りモストロ領域に足を踏み入れていた。
モストロ領域は人では太刀打ちできない怪物の巣食う土地だ。とある目的のためモストロ領域に向かわなければならなかったアウローラは、可能な限り戦闘を避けて行軍していた。
しかし、幸運は長く続かない。
アウローラの前で短剣を構えるミラーナが苦悶の表情を浮かべる。
「っ、ただ歩いてるだけでバジリスクに遭遇するとは、想像以上に危険な領域ですね、ここは!」
アウローラが懇意にする、帝国内でも高い実力を誇る騎士団であっても傷一つ入れることさえ困難な怪物――バジリスク。いわく、蛇の王。王冠を想起させる頭の模様が、バジリスクという怪物であるという証である。
蛇とは思えぬ巨大な身体は、のたうち回るだけでも牽制となり、近付くこともままならない。なにより、身体中のどこからでもバジリスクは猛毒を出すことができ、人種など触れれば瞬く間に死に至る。
大蛇が触れた地面からは白い煙が噴き出し、草花が見る見るうちに溶けていく。近付くことさえ儘らぬ相手に、苦戦を強いられていた。
「うぁあああっ!?」
一人の騎士が悲鳴を上げる。バジリスクの身体に剣を叩き付けたはずが、大蛇には傷一つ付くことなく、剣が溶かされたのだ。
それだけではない。剣を伝い毒が侵食し、彼が身に付けている鎧までもが徐々に融解していく。
恐怖で冷静さを失う騎士に、白髪の生えた老齢の騎士団長が怒声を上げる。
「鎧を脱げ! 身体まで溶けるぞ!」
「ひぃっ!?」
騎士は後方に下がると、急いで身に付けている鎧を外していく。
倒す術を見出せないまま、騎士団の被害ばかりが大きくなる。このままでは時を待たずに全滅だ。
舐めていたつもりはありませんが、まさかここまでとは。
苦戦する騎士団を視界に納めながら、ミラーナはアウローラに進言する。
「アウローラ様! これ以上この地に留まるのは危険です! このままでは騎士団が壊滅します! なによりも、御身が危険です!」
「……っ、ですがっ」
アウローラに苦渋の決断が迫られる。
もとより、危険は承知の上の進行だ。そのうえで、どうしても成し遂げねばならぬ目的があるのだ。
それはアウローラのためであり、帝国の平和のためでもある。
一世一代の挑戦。ここを逃せば、次の機会はないかもしれない。
苦悩する主に、ミラーナは尚も詰め寄る。
「どうかご決断を! たとえ、バジリスクを倒したとしても、この地には他にも――」
途端、大地が震えた。
怪鳥が飛び去り、木々から木の葉が揺れ落ちる。
アウローラやミラーナ、騎士たちは目の前の脅威すら忘れ、なにが起こったのかと視線を巡らせる。騎士たちを喰らおうとしていたバジリスクでさえも、長い首を伸ばし、周囲を警戒し始める。
気が付けば、ここにいる者全てに大きな影が掛かっていた。
太陽が雲で隠れたのか? 否。影は大きく、そして揺れて動く。巨大な生き物の形をしていた。
ミラーナが顔を上げればバジリスクの後ろには、大蛇と同等かそれ以上に大きな黒い竜に似た怪物が立ち塞がっていた。
「グルルゥ、グルァアアアアアアアアアアっ!!」
空気を振らわせるほどの大咆哮。物理的な圧力すら感じる雄叫びに、勇敢な騎士ですら足が竦み動けない。
それは真向から威圧を受けたバジリスクも同じだったのか。天敵に睨まれたかのように怯えて身を引く姿に、先程まで騎士たちを襲っていた勢いはない。
怯み、縮こまった獲物に、翼のない黒き竜は容赦なく噛み付く。
「――――ャァアアッ!?」
苦悶の声を上げ、バジリスクが大きく口を開ける。
喉元に凶悪な牙を突き立てられ、じわりっと紫色の体液が零れだす。滴り地面へと落ちたバジリスクの血は、地面すら融解させた。
攻撃されたことで恐怖を克服したのか、バジリスクは黒き竜の身体へと巻き付いて締め付ける。
すると、黒き竜の身体から焼けたような音がし、煙が吹き上がる。バジリスクの猛毒が黒き竜の巨体を襲っているのだ。鉄すら一瞬で溶かす猛毒だ。生物であればひとたまりもない。
そのはずなのに、黒き竜の身体は溶けることなく、バジリスクへと突き立て牙がより深くめり込んでいく。
怪物同士が争い、人種に目もくれていないこの隙に逃げ出すべきだというのに、ミラーナは目の前で広げられる人では到達し得ない戦いに目を奪われていた。
「これが……モストロ領域」
あまりにも世界が違い過ぎる。はたして、人が寄り集まったところでこの怪物たちを倒すことができるのか。ミラーナには想像も付かない。
恐れ戦くミラーナの前で、遂に二体の怪物による人知を超えた戦いに決着が付く。
「――アアァァ……」
断末魔の声を上げ、大蛇の巨体が音を立て落ちた。
ギョロリとした目を見開いたまま絶命したバジリスク。翼なき黒き竜は、低い唸り声を上げて、息絶えたのを確認するように、横たわるバジリスクの身体を睨み付ける。
死んだと確信が持てたのだろう。大蛇へと向けたいた金色に輝く眼《まなこ》が、ミラーナたちへと向いた。
夜闇に浮かぶ獣の瞳のようで、ミラーナの身体が恐怖で竦む。
短剣を握った手がカタカタと震え、既に戦えるような精神状態ではない。しかし、忠誠で心を奮い立たせ、護るべき主へと逃走を促す。
「――ッ!? アウローラ様お逃げくださ――――」
けれども、警告は遅く。
ミラーナの声が聞こえていないかのように、アウローラはゆっくりと怪物に向けて歩き出していた。
フラフラと吸い寄せられるように、怪物へと近付いていく。
あまりの恐怖で気が狂ってしまったのか?
誰もが唖然とする中、大蛇すら喰らう竜を前にして、アウローラは涙を浮かべて叫ぶ。
「――お兄様っ!」
我慢できないと、走りだしたアウローラは黒き竜の大きな足へと体当たりするように抱き着いた。
ぽろぽろと涙を流し、愛おしそうに鱗で覆われた肌を優しく撫でる。
「ずっと、お逢いしたかったです……っ」
「お兄……様…………?」
巨大な竜を兄と呼び抱き着くお姫様。
あまりにも非現実的な光景に、ミラーナは自身の正気を疑ったほどだ。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
16世界物語1 趣味人な魔王、世界を変える
海蛇
ファンタジー
剣と魔法が支配したりする世界『シャルムシャリーストーク』。
ここは人間世界と魔族世界の二つに分かれ、互いの種族が終わらない戦争を繰り広げる世界である。
魔族世界の盟主であり、最高権力者である魔王。
その魔王がある日突然崩御し、新たに魔王となったのは、なんとも冴えない人形好きな中年男だった。
人間の女勇者エリーシャと互いのことを知らずに出会ったり、魔族の姫君らと他愛のない遊びに興じたりしていく中、魔王はやがて、『終わらない戦争』の真実に気付いていく……
(この作品は小説家になろうにて投稿していたものの部分リメイク作品です)
おっさん商人、仲間を気ままに最強SSランクパーティーへ育てる
シンギョウ ガク
ファンタジー
※2019年7月下旬に第二巻発売しました。
※12/11書籍化のため『Sランクパーティーから追放されたおっさん商人、真の仲間を気ままに最強SSランクハーレムパーティーへ育てる。』から『おっさん商人、仲間を気ままに最強SSランクパーティーへ育てる』に改題を実施しました。
※第十一回アルファポリスファンタジー大賞において優秀賞を頂きました。
俺の名はグレイズ。
鳶色の眼と茶色い髪、ちょっとした無精ひげがワイルドさを醸し出す、四十路の(自称ワイルド系イケオジ)おっさん。
ジョブは商人だ。
そう、戦闘スキルを全く習得しない商人なんだ。おかげで戦えない俺はパーティーの雑用係。
だが、ステータスはMAX。これは呪いのせいだが、仲間には黙っていた。
そんな俺がメンバーと探索から戻ると、リーダーのムエルから『パーティー追放』を言い渡された。
理由は『巷で流行している』かららしい。
そんなこと言いつつ、次のメンバー候補が可愛い魔術士の子だって知ってるんだぜ。
まぁ、言い争っても仕方ないので、装備品全部返して、パーティーを脱退し、次の仲間を探して暇していた。
まぁ、ステータスMAXの力を以ってすれば、Sランク冒険者は余裕だが、あくまで俺は『商人』なんだ。前衛に立って戦うなんて野蛮なことはしたくない。
表向き戦力にならない『商人』の俺を受け入れてくれるメンバーを探していたが、火力重視の冒険者たちからは相手にされない。
そんな、ある日、冒険者ギルドでは流行している、『パーティー追放』の餌食になった問題児二人とひょんなことからパーティーを組むことになった。
一人は『武闘家』ファーマ。もう一人は『精霊術士』カーラ。ともになぜか上級職から始まっていて、成長できず仲間から追放された女冒険者だ。
俺はそんな追放された二人とともに冒険者パーティー『追放者《アウトキャスト》』を結成する。
その後、前のパーティーとのひと悶着があって、『魔術師』アウリースも参加することとなった。
本当は彼女らが成長し、他のパーティーに入れるまでの暫定パーティーのつもりだったが、俺の指導でメキメキと実力を伸ばしていき、いつの間にか『追放者《アウトキャスト》』が最強のハーレムパーティーと言われるSSランクを得るまでの話。
【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。
ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。
剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。
しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。
休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう…
そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。
ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。
その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。
それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく……
※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。
ホットランキング最高位2位でした。
カクヨムにも別シナリオで掲載。
迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜
サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。
父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。
そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。
彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。
その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。
「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」
そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。
これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~
夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。
しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。
とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。
エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。
スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。
*小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み
異世界あるある 転生物語 たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?
よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する!
土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。
自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。
『あ、やべ!』
そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる