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第5話 第三皇女の危機と怪物同士の喰い合い

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 アウローラは命の危機に瀕していた。

「第三皇女アウローラ・クローディア様の騎士として、意地を見せろ! アウローラ様をなんとしてでもお護りしろ!」
『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』

 正体不明の怪物が現れたという知らせを受けたアウローラは、騎士団の招集や公務などを済ませ、ミラーナや周囲の反対を押し切りモストロ領域に足を踏み入れていた。
 モストロ領域は人では太刀打ちできない怪物の巣食う土地だ。とある目的のためモストロ領域に向かわなければならなかったアウローラは、可能な限り戦闘を避けて行軍していた。
 しかし、幸運は長く続かない。
 アウローラの前で短剣を構えるミラーナが苦悶の表情を浮かべる。

「っ、ただ歩いてるだけでバジリスクに遭遇するとは、想像以上に危険な領域ですね、ここは!」

 アウローラが懇意にする、帝国内でも高い実力を誇る騎士団であっても傷一つ入れることさえ困難な怪物――バジリスク。いわく、蛇の王。王冠を想起させる頭の模様が、バジリスクという怪物であるという証である。
 蛇とは思えぬ巨大な身体は、のたうち回るだけでも牽制となり、近付くこともままならない。なにより、身体中のどこからでもバジリスクは猛毒を出すことができ、人種など触れれば瞬く間に死に至る。
 大蛇が触れた地面からは白い煙が噴き出し、草花が見る見るうちに溶けていく。近付くことさえ儘らぬ相手に、苦戦を強いられていた。

「うぁあああっ!?」

 一人の騎士が悲鳴を上げる。バジリスクの身体に剣を叩き付けたはずが、大蛇には傷一つ付くことなく、剣が溶かされたのだ。
 それだけではない。剣を伝い毒が侵食し、彼が身に付けている鎧までもが徐々に融解していく。
 恐怖で冷静さを失う騎士に、白髪の生えた老齢の騎士団長が怒声を上げる。

「鎧を脱げ! 身体まで溶けるぞ!」
「ひぃっ!?」

 騎士は後方に下がると、急いで身に付けている鎧を外していく。
 倒す術を見出せないまま、騎士団の被害ばかりが大きくなる。このままでは時を待たずに全滅だ。

 舐めていたつもりはありませんが、まさかここまでとは。

 苦戦する騎士団を視界に納めながら、ミラーナはアウローラに進言する。

「アウローラ様! これ以上この地に留まるのは危険です! このままでは騎士団が壊滅します! なによりも、御身が危険です!」
「……っ、ですがっ」

 アウローラに苦渋の決断が迫られる。
 もとより、危険は承知の上の進行だ。そのうえで、どうしても成し遂げねばならぬ目的があるのだ。
 それはアウローラのためであり、帝国の平和のためでもある。
 一世一代の挑戦。ここを逃せば、次の機会はないかもしれない。
 苦悩する主に、ミラーナは尚も詰め寄る。

「どうかご決断を! たとえ、バジリスクを倒したとしても、この地には他にも――」

 途端、大地が震えた。
 怪鳥が飛び去り、木々から木の葉が揺れ落ちる。
 アウローラやミラーナ、騎士たちは目の前の脅威すら忘れ、なにが起こったのかと視線を巡らせる。騎士たちを喰らおうとしていたバジリスクでさえも、長い首を伸ばし、周囲を警戒し始める。
 気が付けば、ここにいる者全てに大きな影が掛かっていた。
 太陽が雲で隠れたのか? 否。影は大きく、そして揺れて動く。巨大な生き物の形をしていた。
 ミラーナが顔を上げればバジリスクの後ろには、大蛇と同等かそれ以上に大きな黒い竜に似た怪物が立ち塞がっていた。


「グルルゥ、グルァアアアアアアアアアアっ!!」


 空気を振らわせるほどの大咆哮。物理的な圧力すら感じる雄叫びに、勇敢な騎士ですら足が竦み動けない。
 それは真向から威圧を受けたバジリスクも同じだったのか。天敵に睨まれたかのように怯えて身を引く姿に、先程まで騎士たちを襲っていた勢いはない。
 怯み、縮こまった獲物に、翼のない黒き竜は容赦なく噛み付く。

「――――ャァアアッ!?」

 苦悶の声を上げ、バジリスクが大きく口を開ける。
 喉元に凶悪な牙を突き立てられ、じわりっと紫色の体液が零れだす。滴り地面へと落ちたバジリスクの血は、地面すら融解させた。
 攻撃されたことで恐怖を克服したのか、バジリスクは黒き竜の身体へと巻き付いて締め付ける。
 すると、黒き竜の身体から焼けたような音がし、煙が吹き上がる。バジリスクの猛毒が黒き竜の巨体を襲っているのだ。鉄すら一瞬で溶かす猛毒だ。生物であればひとたまりもない。
 そのはずなのに、黒き竜の身体は溶けることなく、バジリスクへと突き立て牙がより深くめり込んでいく。

 怪物同士が争い、人種に目もくれていないこの隙に逃げ出すべきだというのに、ミラーナは目の前で広げられる人では到達し得ない戦いに目を奪われていた。

「これが……モストロ領域」

 あまりにも世界が違い過ぎる。はたして、人が寄り集まったところでこの怪物たちを倒すことができるのか。ミラーナには想像も付かない。
 恐れ戦くミラーナの前で、遂に二体の怪物による人知を超えた戦いに決着が付く。

「――アアァァ……」

 断末魔の声を上げ、大蛇の巨体が音を立て落ちた。
 ギョロリとした目を見開いたまま絶命したバジリスク。翼なき黒き竜は、低い唸り声を上げて、息絶えたのを確認するように、横たわるバジリスクの身体を睨み付ける。
 死んだと確信が持てたのだろう。大蛇へと向けたいた金色に輝く眼《まなこ》が、ミラーナたちへと向いた。
 夜闇に浮かぶ獣の瞳のようで、ミラーナの身体が恐怖で竦む。
 短剣を握った手がカタカタと震え、既に戦えるような精神状態ではない。しかし、忠誠で心を奮い立たせ、護るべき主へと逃走を促す。

「――ッ!? アウローラ様お逃げくださ――――」

 けれども、警告は遅く。
 ミラーナの声が聞こえていないかのように、アウローラはゆっくりと怪物に向けて歩き出していた。
 フラフラと吸い寄せられるように、怪物へと近付いていく。
 あまりの恐怖で気が狂ってしまったのか?
 誰もが唖然とする中、大蛇すら喰らう竜を前にして、アウローラは涙を浮かべて叫ぶ。

「――お兄様っ!」

 我慢できないと、走りだしたアウローラは黒き竜の大きな足へと体当たりするように抱き着いた。
 ぽろぽろと涙を流し、愛おしそうに鱗で覆われた肌を優しく撫でる。

「ずっと、お逢いしたかったです……っ」
「お兄……様…………?」

 巨大な竜を兄と呼び抱き着くお姫様。
 あまりにも非現実的な光景に、ミラーナは自身の正気を疑ったほどだ。
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