17 / 26
第一章 一人暮らしのご主人様と献身的なメイドさん
第16話 「ご主人様」「ご主人様!」「ご主人様……?」「ご主人様っ!?」「ご主人……様」「ご主じn…………
しおりを挟む
「ご主人様おはようございます」「ご主人様、朝食のご用意が整いました」「ご主人様、登校には私もお供致します」「ご主人様、お迎えに上がりました」「ご主人様、お風呂が沸いております」「ご主人様、お背中を流させて頂きます」「ご主人様、お手洗いでしょうか?」「ご主人様、夕飯のご準備が出来ております」「ご主人様、歯磨きの時間でございます」「ご主人様、お着替えを手伝わせて頂きます」「お休みなさいませ、ご主人様。このリース、ご主人様がお眠りになられるまで御傍に居させて頂きます」
ご主人様ご主人様ご主人様…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
忠犬のようにご主人様と鳴き続ける声がノアの脳内でガンガンと響き続ける。放課後、疲れた様子で机に倒れ込むノアに、狂華が優しく頭を撫でる。
「大分お疲れのようだね。大丈夫かい?」
「うん……まあ、なにもしてないと言えばしてないから」
「していない……というよりも、させてもらえないと言ったほうが適切だろうね。あれは」
「うぅ」
ノアが呻き声を上げる。泣きそうである。
愛の夜這い事件から泊まり込みでのお世話を許可したノアであったが、早々に後悔していた。ご主人様を御守りするためという大義名分の元、リースの構い方は更に過激になったからだ。
元々、過保護すぎるきらいはあったが、今ではどこに行くにも付いて回る。それこそ、お手洗いで少々席を離れる程度でも「ご一緒致します」と扉の前まで付いてくるのだ。落ち着かないことこの上ない。むしろ、落ち着けと言いたい。
ただ、それがリースなりにノアを思っての行動だということは理解している。故に、強く拒絶することもできず、お世話されるがままに日々が過ぎて行った。
「知っているかい? 君、学校の呼び名が『お坊ちゃま』になっているらしいよ。あんな美人メイドに送り迎えをしてもらっているんだ。妬み嫉みもあるのだろうが、なかなか的を得たあだ名だと思わないかい?」
「……思わないぃ」
そのあだ名が広まると同時に、学年問わずノアに告白してくる者が増えた。面白半分の者もいるが、積極的な者も多い。
大抵は傍に居た狂華が散らす。
リースだけでも厄介だというのに、流行りに乗れとばかりに告白してくるのは勘弁願いたい。
「告白については、それこそ『お坊ちゃま』だからだろうね。可愛らしい容姿をしていて元々評判は良かったところにメイドが付くようなお金持ちと分かったんだ」
「お金持ちじゃないぃ」
「その否定には、少し自覚を持てと言っておこう。ともあれ、可愛らしい美少年に財産が付いてくるんだ。女性が積極的になるぐらいには魅力的な条件ということさ」
「そんな魅力いやぁ。結局お金じゃーん」
「お金もまたステータスだよ」
結婚相談所ではないのだから、そんなものをステータスと呼ぶ青春恋愛は嫌だった。
なにより恐ろしいのはノアと狂華が付き合っていると思っていながら告白してくる女性たちである。
「『セフレでもいいから付き合って!』って告白された時は、日本語かどうか疑った」
「あぁ、あれは傑作だったね。君の身体と財産にしか興味がないと言い切ったものだからね。あの潔さはさしもの私も感心したものさ」
「感心しないでぇ。だいたい、事実はともかく、狂華と付き合ってると思っていながら告白してくるってなんなの? 『私と浮気をして』なんてもう告白じゃないよ。酷白《こくはく》だよ」
「酷い告白だね」
「よくわかったね」
発音はなにも変わらないというのに、恐ろしい察し能力である。
「まあまあ。それもまた青春だとも」
「汚い青春だぁ」
「それでも、男よりはマシだろう?」
「……あれは、本当に泣くかと思った」
というよりも、ノアは泣いた。
クール系のイケメンが顔を赤らめながら「付き合って下さい!」と右手を付き出してきた時には脳の処理が停止した。ナニヲイッテイルンダコイツハ。
離れた場所で呼吸困難になるほど、お腹を抱えて狂華が笑っているのがとても印象的であった。あまりにも酷い仕打ちであったため、缶コーヒーを奢ってもらった。甘い。
「くくくっ。いやぁ、あれはノアが男に生まれたのが残念に思うほどの名場面であったね。いや? 性別を超えた恋愛だからこそ燃えるというのもあるのかな?」
「あってったまるか! ……うぅ、ここのところ本当に辛い」
学校に行っても家に居ても休まる時がない。
泣きべそをかくノアの背に回り、狂華がノアの髪を手で梳く。
「まあまあ、あまり思い詰めるものではないよ。今は全てから解放された放課後を楽しもうじゃないか」
「うっ、うっ。この瞬間だけが安らぎだよ」
「そうだろう? ……ほら、私に身を任せて」
「狂華ぁ……」
ノアを抱きすくめるように、狂華が両腕をするりと回す。
安息に一時。狂華の言葉が嬉しかったノアはそのまま狂華に身を任せる。
頬が触れ合うほどに近いが故に、ノアからは狂華の顔は見えない。その表情が、どこか悦んでいることに気が付かない。
振られて傷心しているところを絆すようなものがあるね。これはこれで愉快だ。
そのことを自覚しつつも慰めているのだから、悪い女である。
とはいえ、ノアを落とそうとしているかというとそれだけではなく、狂華なりにちょっとは心配していた。
学内の問題もだが、なによりリースか。
優秀なだけに指摘する隙を与えず質が悪い。
リースについては様子を見つつ、ノアの負担を減らすため、学内の問題を解決するために動くことに決める。
愉しいことは大好きだがね、ノアが辛そうにしているのを見続けるのはとても不愉快だ。二度とこのようなことができないよう、徹底的に潰してやろう。
狂華が冷酷な笑みを浮かべる。どのように叩き潰そうか、愉悦によって口角が上がる。
その表情を見た残っていた生徒が青褪めるほどに、恐ろしいものがあった。
「? どうかした?」
「……いいや。ノアには先に帰ってもらおうと思ってね。少しやることがある。それに、お迎えが来たようだ」
狂華の視線が窓へと向かう。ノアも釣られて視線を向ければ、校門付近に銀髪のメイドが背筋を伸ばし立っているのが見えた。
ノアは疲れたようにため息を付きつつも、学生鞄を持つ。もう少し癒しの放課後を楽しみたかったが、待たせるのも悪いと良心が働いたのだ。
「ん……じゃあ、帰るよ」
「ああ……」
とぼとぼと帰っていくノアの背を見て、たまらず声を掛ける。
「ノア」
「……なに?」
振り返るノアに向けて、狂華は慈愛のこもった笑顔を向ける。
「無理はするものではないよ。時には厳しい言葉も必要だ。それが優しさになることもある」
「……なにそれ。うん、けど、ありがとう」
狂華の言うことがおかしかったのか、軽く笑って帰って行く。
ノアを見送った狂華は、窓から校門で待機するメイドに目を向ける。
ノアと仲が良いからね。今は見逃すが、早々に気が付かねば――私が君を排除するよ?
ご主人様ご主人様ご主人様…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
忠犬のようにご主人様と鳴き続ける声がノアの脳内でガンガンと響き続ける。放課後、疲れた様子で机に倒れ込むノアに、狂華が優しく頭を撫でる。
「大分お疲れのようだね。大丈夫かい?」
「うん……まあ、なにもしてないと言えばしてないから」
「していない……というよりも、させてもらえないと言ったほうが適切だろうね。あれは」
「うぅ」
ノアが呻き声を上げる。泣きそうである。
愛の夜這い事件から泊まり込みでのお世話を許可したノアであったが、早々に後悔していた。ご主人様を御守りするためという大義名分の元、リースの構い方は更に過激になったからだ。
元々、過保護すぎるきらいはあったが、今ではどこに行くにも付いて回る。それこそ、お手洗いで少々席を離れる程度でも「ご一緒致します」と扉の前まで付いてくるのだ。落ち着かないことこの上ない。むしろ、落ち着けと言いたい。
ただ、それがリースなりにノアを思っての行動だということは理解している。故に、強く拒絶することもできず、お世話されるがままに日々が過ぎて行った。
「知っているかい? 君、学校の呼び名が『お坊ちゃま』になっているらしいよ。あんな美人メイドに送り迎えをしてもらっているんだ。妬み嫉みもあるのだろうが、なかなか的を得たあだ名だと思わないかい?」
「……思わないぃ」
そのあだ名が広まると同時に、学年問わずノアに告白してくる者が増えた。面白半分の者もいるが、積極的な者も多い。
大抵は傍に居た狂華が散らす。
リースだけでも厄介だというのに、流行りに乗れとばかりに告白してくるのは勘弁願いたい。
「告白については、それこそ『お坊ちゃま』だからだろうね。可愛らしい容姿をしていて元々評判は良かったところにメイドが付くようなお金持ちと分かったんだ」
「お金持ちじゃないぃ」
「その否定には、少し自覚を持てと言っておこう。ともあれ、可愛らしい美少年に財産が付いてくるんだ。女性が積極的になるぐらいには魅力的な条件ということさ」
「そんな魅力いやぁ。結局お金じゃーん」
「お金もまたステータスだよ」
結婚相談所ではないのだから、そんなものをステータスと呼ぶ青春恋愛は嫌だった。
なにより恐ろしいのはノアと狂華が付き合っていると思っていながら告白してくる女性たちである。
「『セフレでもいいから付き合って!』って告白された時は、日本語かどうか疑った」
「あぁ、あれは傑作だったね。君の身体と財産にしか興味がないと言い切ったものだからね。あの潔さはさしもの私も感心したものさ」
「感心しないでぇ。だいたい、事実はともかく、狂華と付き合ってると思っていながら告白してくるってなんなの? 『私と浮気をして』なんてもう告白じゃないよ。酷白《こくはく》だよ」
「酷い告白だね」
「よくわかったね」
発音はなにも変わらないというのに、恐ろしい察し能力である。
「まあまあ。それもまた青春だとも」
「汚い青春だぁ」
「それでも、男よりはマシだろう?」
「……あれは、本当に泣くかと思った」
というよりも、ノアは泣いた。
クール系のイケメンが顔を赤らめながら「付き合って下さい!」と右手を付き出してきた時には脳の処理が停止した。ナニヲイッテイルンダコイツハ。
離れた場所で呼吸困難になるほど、お腹を抱えて狂華が笑っているのがとても印象的であった。あまりにも酷い仕打ちであったため、缶コーヒーを奢ってもらった。甘い。
「くくくっ。いやぁ、あれはノアが男に生まれたのが残念に思うほどの名場面であったね。いや? 性別を超えた恋愛だからこそ燃えるというのもあるのかな?」
「あってったまるか! ……うぅ、ここのところ本当に辛い」
学校に行っても家に居ても休まる時がない。
泣きべそをかくノアの背に回り、狂華がノアの髪を手で梳く。
「まあまあ、あまり思い詰めるものではないよ。今は全てから解放された放課後を楽しもうじゃないか」
「うっ、うっ。この瞬間だけが安らぎだよ」
「そうだろう? ……ほら、私に身を任せて」
「狂華ぁ……」
ノアを抱きすくめるように、狂華が両腕をするりと回す。
安息に一時。狂華の言葉が嬉しかったノアはそのまま狂華に身を任せる。
頬が触れ合うほどに近いが故に、ノアからは狂華の顔は見えない。その表情が、どこか悦んでいることに気が付かない。
振られて傷心しているところを絆すようなものがあるね。これはこれで愉快だ。
そのことを自覚しつつも慰めているのだから、悪い女である。
とはいえ、ノアを落とそうとしているかというとそれだけではなく、狂華なりにちょっとは心配していた。
学内の問題もだが、なによりリースか。
優秀なだけに指摘する隙を与えず質が悪い。
リースについては様子を見つつ、ノアの負担を減らすため、学内の問題を解決するために動くことに決める。
愉しいことは大好きだがね、ノアが辛そうにしているのを見続けるのはとても不愉快だ。二度とこのようなことができないよう、徹底的に潰してやろう。
狂華が冷酷な笑みを浮かべる。どのように叩き潰そうか、愉悦によって口角が上がる。
その表情を見た残っていた生徒が青褪めるほどに、恐ろしいものがあった。
「? どうかした?」
「……いいや。ノアには先に帰ってもらおうと思ってね。少しやることがある。それに、お迎えが来たようだ」
狂華の視線が窓へと向かう。ノアも釣られて視線を向ければ、校門付近に銀髪のメイドが背筋を伸ばし立っているのが見えた。
ノアは疲れたようにため息を付きつつも、学生鞄を持つ。もう少し癒しの放課後を楽しみたかったが、待たせるのも悪いと良心が働いたのだ。
「ん……じゃあ、帰るよ」
「ああ……」
とぼとぼと帰っていくノアの背を見て、たまらず声を掛ける。
「ノア」
「……なに?」
振り返るノアに向けて、狂華は慈愛のこもった笑顔を向ける。
「無理はするものではないよ。時には厳しい言葉も必要だ。それが優しさになることもある」
「……なにそれ。うん、けど、ありがとう」
狂華の言うことがおかしかったのか、軽く笑って帰って行く。
ノアを見送った狂華は、窓から校門で待機するメイドに目を向ける。
ノアと仲が良いからね。今は見逃すが、早々に気が付かねば――私が君を排除するよ?
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる