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第一章 一人暮らしのご主人様と献身的なメイドさん
第1話「ノア君がそろそろ来る頃ねぇ。寝たフリしておかなくちゃいけないわぁ」
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ようやく日が昇り始めた時刻。
ノアの寝室で無機質な電子音がピピピと鳴り響く。掛け布団から手が生え、音の発生源であるスマートフォンを掴み、目覚ましアプリを停止させる。
パタリと力尽きた手は、よろよろと暖かい殻の中へと戻っていく。薄暗く、静かな時間が流れる。
しばらくすると、抵抗を止めたのかもそもそとベッドから這い出るノア。起き上がったノアは、小さく欠伸をすると目をしばたたかせる。
今にも眠りに落ちてしまいそうだが、どうにか愛しのベッドから抜け出すと、顔を洗い、リビングへと向かう。
冷蔵庫に入っていたコンビニで買ったおにぎりを食べ、寝室でスポーツウェアに着替える。
眠気も覚めぬままに外へと出ると、日課となっているランニングをこなしていく。
日が昇ってきたとはいえ、早朝は肌を刺すような寒さだ。規則正しい呼吸を繰り返しながら、身体を温める。
朝日も昇り、太陽が街中を照らし始めた頃には、ノアはランニングを終えてマンションに帰ってきていた。
ランニングで掻いた汗をシャワーで流し、ドレイヤーで髪を乾かす。
リビングに戻ったノアは、スタンドにタブレットを置くと動画配信サイト『メイデン』で活躍しているⅤメーバー(ヴァーチャルメーバー)『クイーン・アリス』の生放送を再生する。
『ご機嫌よう、下僕の諸君。クイーン・アリスだ。今日も君達の灰色に染まった悲しい生活に色を添えてあげようではないか』
黒いゴスロリ衣装を纏った愛らしいキャラクター、クイーン・アリスが高圧的に告げる。それを受けたコメント欄が『ご機嫌よう』『待ってましたQ・A!』『本日も麗しい』などといったコメントで埋め尽くされていく。
クイーンが最近プレイしたゲームなどについて語る放送を一時間ほど観ると、学生服に着替えて登校の時間だ。
この時間になれば、流石のノアも眠気が吹き飛んでいる。
マンションのエントランスを抜けようとしたところで、受付に人がいるのに気が付いた。
金髪のつむじがノアに向けられている。近付いてみると、穏やかな寝息が微かに聞こえてきた。
この人、出勤したばかりでは?
出勤早々、職場以外に旅立ってしまった女性。ほっておこうかとも思ったが、ノアは仕方なしに声を掛けることにした。
「ソフィアさん。起きて下さい。流石に受付が寝てるのはどうかと思いますよ?」
「う~ん。むにゃむにゃ。後……………………世界が崩壊するまでぇ」
「みんな仲良く永眠する気か。というか、起きてますよね?」
「……起きているというのは、一体どういう状態なのかしらぁ? 私は起きているのか、寝ているのか。それは神様にしかわからないわよねぇ?」
「起きて」
ノアが起床を促すと、やっと観念したのか身体を起こすソフィア・ドリトル。
彼女はノアが住んでいるマンションのコンシェルジュをしている。マンションの住人のサポートや、来客の受付が彼女の仕事である。見ての通り、勤務態度に難はあるが、未だにクビになっていないことから、仕事自体は上手くこなしているのであろう。
ソフィアは眠たげに目元をこすると、両腕を上げてぐっと身体を伸ばす。すると、欧米人らしいふくよかな胸が強調される。
この人は……。
羞恥と呆れでノアが視線を逸らすと、ソフィアがニヤリといやらしい笑みを浮かべる。
「あらぁ? 視線を逸らしてどうしたのかしらぁ? お姉さんのどこが気になったのぉ? 純粋で無垢なお姉さんに教えてくれないかしらぁ?」
「純粋で無垢なお姉さんはそんなことやらないし言わない」
「つまらない反応ねぇ。女の子に嫌われるわよぉ?」
「ソフィアさんは、人のことおちょくらないと会話始められないよね」
半眼でノアが見つめるも、ソフィアは意に介さない。むしろ、そんなノアの反応すら楽しんでいる節すらある。
反応するだけこっちが損だよね。
まだ余裕があるとはいえ、ノアは登校途中の身だ。あまり長時間足止めを食らうわけにはいかない。
「ソフィアさん。マンションコンシェルジュですよね? 仕事しないで寝ていていいんですか?」
「やってるわよ~? 貴方の見えないところで。私、白鳥だからぁ」
「随分と尊大な白鳥もいたものですね」
ふんぞり返り、読み掛けであったろう本をソフィアは読み始める。傍に置いてあったまだ暖かそうな紅茶を飲むソフィアを見て、からかうために寝たフリをしていたのではないかとノアは疑いを持ち始める。
ただし、指摘はしない。一を返せば、二倍三倍と弄ってくる悪戯好きの猫のような女性である。ひっかかれて怪我をしてくたはないのだ。なにより、これ以上構っていたら本当に遅刻してしまう。
「あまりサボっちゃダメですよ? それじゃあ、行ってきます」
「あぁ、ちょっと待ってぇ」
「……………………なんですか?」
「そう警戒しないでぇ。流石に私も悲しいわぁ」
「自分の日頃の態度を改めて」
「無理ぃ」
「帰ってから聞きますね?」
「あ~。考慮するから今聞いていってねぇ?」
「……それで、なんです?」
ノアが振り返ると、本を閉じたソフィアが思いの他真面目な表情であることにノアは驚く。真面目とは縁遠いだけに、引き締めた表情というのは珍しかった。
なにか重大なお話なのかな。まさか、仕事を止めるとか、移動とか?
ソフィアがこのマンションのコンシェルジュとなってから長くお世話に……なっているかはともかく、仲良くはしている。親しい知人が離れて行ってしまうというのであれば、ノアは寂しい。
身構えるノアに、ソフィアは至極真面目に告げた。
「――ノア君は、メイドさんは好きかしらぁ?」
「……………………学校行きます」
まともに相手をしたらこれ。もうソフィアさんの話は真剣に聞かない。
むくれてエントランスを出て行こうとするノアを、珍しく慌てた様子でソフィアが止めてくる。
「待ってぇ。冗談じゃなくてねぇ? 本気で聞いたの」
「それはそれで問題があると思うんだけど」
ノアは仕方なく足を止める。
「それで、メイドさんが好きかどうかですか? どうして?」
「アンケートみたいなものだと思ってもらえればいいわぁ。男子高校生に聞く、メイドさんアンケート。YES OR NO?」
「最低な質問じゃないですかーやだー」
「いいじゃない。性癖の一つや二つ教えてくれてもぉ。ちょっと友人とお酒の肴にするだけだからぁ」
「最低だ。心底最低だこの人」
せめて、自分の胸の内で留めておいてよ。公開すること前提じゃん。
もうダメだこの人とノアは諦めたが、しょうがないと質問に答えることにする。答えなかった場合の後処理の方が面倒だと考えたためである。
メイドさん。メイドさんかぁ……………………。
熟考した後、ノアは絞り出すように答えた。
「嫌い、ではない? 好き、かな?」
「半端な答えねぇ。男ならスパッと『寝ても覚めても頭から離れないほどメイドさんが大好きです! スカートと黒ニーソの間でオ〇ニーしたいです!』ぐらい言わないとねぇ」
「思春期男子高校生をなんだと思ってるの!? 行ってきます!」
「性欲が形を成したエロスの権化だと思っているわぁ。いってらっしゃい」
朝からド下ネタをデッドボールされ、真っ赤な顔で逃げ出すノア。
律儀に挨拶して去っていくノアの背中に向けて、ソフィアはひらひらと手を振る。
ソフィアは読み途中であった『不思議の国のアリス』を開くと、誰もいないエントランスでぽつりと零す。
「ノア君もエプロンドレス似合いそうよねぇ。ウサギ穴に落ちて不思議の国へ。日常から非日常へ落ちていく」
かさりと。ページを捲る乾いた音だけが響いた。
ノアの寝室で無機質な電子音がピピピと鳴り響く。掛け布団から手が生え、音の発生源であるスマートフォンを掴み、目覚ましアプリを停止させる。
パタリと力尽きた手は、よろよろと暖かい殻の中へと戻っていく。薄暗く、静かな時間が流れる。
しばらくすると、抵抗を止めたのかもそもそとベッドから這い出るノア。起き上がったノアは、小さく欠伸をすると目をしばたたかせる。
今にも眠りに落ちてしまいそうだが、どうにか愛しのベッドから抜け出すと、顔を洗い、リビングへと向かう。
冷蔵庫に入っていたコンビニで買ったおにぎりを食べ、寝室でスポーツウェアに着替える。
眠気も覚めぬままに外へと出ると、日課となっているランニングをこなしていく。
日が昇ってきたとはいえ、早朝は肌を刺すような寒さだ。規則正しい呼吸を繰り返しながら、身体を温める。
朝日も昇り、太陽が街中を照らし始めた頃には、ノアはランニングを終えてマンションに帰ってきていた。
ランニングで掻いた汗をシャワーで流し、ドレイヤーで髪を乾かす。
リビングに戻ったノアは、スタンドにタブレットを置くと動画配信サイト『メイデン』で活躍しているⅤメーバー(ヴァーチャルメーバー)『クイーン・アリス』の生放送を再生する。
『ご機嫌よう、下僕の諸君。クイーン・アリスだ。今日も君達の灰色に染まった悲しい生活に色を添えてあげようではないか』
黒いゴスロリ衣装を纏った愛らしいキャラクター、クイーン・アリスが高圧的に告げる。それを受けたコメント欄が『ご機嫌よう』『待ってましたQ・A!』『本日も麗しい』などといったコメントで埋め尽くされていく。
クイーンが最近プレイしたゲームなどについて語る放送を一時間ほど観ると、学生服に着替えて登校の時間だ。
この時間になれば、流石のノアも眠気が吹き飛んでいる。
マンションのエントランスを抜けようとしたところで、受付に人がいるのに気が付いた。
金髪のつむじがノアに向けられている。近付いてみると、穏やかな寝息が微かに聞こえてきた。
この人、出勤したばかりでは?
出勤早々、職場以外に旅立ってしまった女性。ほっておこうかとも思ったが、ノアは仕方なしに声を掛けることにした。
「ソフィアさん。起きて下さい。流石に受付が寝てるのはどうかと思いますよ?」
「う~ん。むにゃむにゃ。後……………………世界が崩壊するまでぇ」
「みんな仲良く永眠する気か。というか、起きてますよね?」
「……起きているというのは、一体どういう状態なのかしらぁ? 私は起きているのか、寝ているのか。それは神様にしかわからないわよねぇ?」
「起きて」
ノアが起床を促すと、やっと観念したのか身体を起こすソフィア・ドリトル。
彼女はノアが住んでいるマンションのコンシェルジュをしている。マンションの住人のサポートや、来客の受付が彼女の仕事である。見ての通り、勤務態度に難はあるが、未だにクビになっていないことから、仕事自体は上手くこなしているのであろう。
ソフィアは眠たげに目元をこすると、両腕を上げてぐっと身体を伸ばす。すると、欧米人らしいふくよかな胸が強調される。
この人は……。
羞恥と呆れでノアが視線を逸らすと、ソフィアがニヤリといやらしい笑みを浮かべる。
「あらぁ? 視線を逸らしてどうしたのかしらぁ? お姉さんのどこが気になったのぉ? 純粋で無垢なお姉さんに教えてくれないかしらぁ?」
「純粋で無垢なお姉さんはそんなことやらないし言わない」
「つまらない反応ねぇ。女の子に嫌われるわよぉ?」
「ソフィアさんは、人のことおちょくらないと会話始められないよね」
半眼でノアが見つめるも、ソフィアは意に介さない。むしろ、そんなノアの反応すら楽しんでいる節すらある。
反応するだけこっちが損だよね。
まだ余裕があるとはいえ、ノアは登校途中の身だ。あまり長時間足止めを食らうわけにはいかない。
「ソフィアさん。マンションコンシェルジュですよね? 仕事しないで寝ていていいんですか?」
「やってるわよ~? 貴方の見えないところで。私、白鳥だからぁ」
「随分と尊大な白鳥もいたものですね」
ふんぞり返り、読み掛けであったろう本をソフィアは読み始める。傍に置いてあったまだ暖かそうな紅茶を飲むソフィアを見て、からかうために寝たフリをしていたのではないかとノアは疑いを持ち始める。
ただし、指摘はしない。一を返せば、二倍三倍と弄ってくる悪戯好きの猫のような女性である。ひっかかれて怪我をしてくたはないのだ。なにより、これ以上構っていたら本当に遅刻してしまう。
「あまりサボっちゃダメですよ? それじゃあ、行ってきます」
「あぁ、ちょっと待ってぇ」
「……………………なんですか?」
「そう警戒しないでぇ。流石に私も悲しいわぁ」
「自分の日頃の態度を改めて」
「無理ぃ」
「帰ってから聞きますね?」
「あ~。考慮するから今聞いていってねぇ?」
「……それで、なんです?」
ノアが振り返ると、本を閉じたソフィアが思いの他真面目な表情であることにノアは驚く。真面目とは縁遠いだけに、引き締めた表情というのは珍しかった。
なにか重大なお話なのかな。まさか、仕事を止めるとか、移動とか?
ソフィアがこのマンションのコンシェルジュとなってから長くお世話に……なっているかはともかく、仲良くはしている。親しい知人が離れて行ってしまうというのであれば、ノアは寂しい。
身構えるノアに、ソフィアは至極真面目に告げた。
「――ノア君は、メイドさんは好きかしらぁ?」
「……………………学校行きます」
まともに相手をしたらこれ。もうソフィアさんの話は真剣に聞かない。
むくれてエントランスを出て行こうとするノアを、珍しく慌てた様子でソフィアが止めてくる。
「待ってぇ。冗談じゃなくてねぇ? 本気で聞いたの」
「それはそれで問題があると思うんだけど」
ノアは仕方なく足を止める。
「それで、メイドさんが好きかどうかですか? どうして?」
「アンケートみたいなものだと思ってもらえればいいわぁ。男子高校生に聞く、メイドさんアンケート。YES OR NO?」
「最低な質問じゃないですかーやだー」
「いいじゃない。性癖の一つや二つ教えてくれてもぉ。ちょっと友人とお酒の肴にするだけだからぁ」
「最低だ。心底最低だこの人」
せめて、自分の胸の内で留めておいてよ。公開すること前提じゃん。
もうダメだこの人とノアは諦めたが、しょうがないと質問に答えることにする。答えなかった場合の後処理の方が面倒だと考えたためである。
メイドさん。メイドさんかぁ……………………。
熟考した後、ノアは絞り出すように答えた。
「嫌い、ではない? 好き、かな?」
「半端な答えねぇ。男ならスパッと『寝ても覚めても頭から離れないほどメイドさんが大好きです! スカートと黒ニーソの間でオ〇ニーしたいです!』ぐらい言わないとねぇ」
「思春期男子高校生をなんだと思ってるの!? 行ってきます!」
「性欲が形を成したエロスの権化だと思っているわぁ。いってらっしゃい」
朝からド下ネタをデッドボールされ、真っ赤な顔で逃げ出すノア。
律儀に挨拶して去っていくノアの背中に向けて、ソフィアはひらひらと手を振る。
ソフィアは読み途中であった『不思議の国のアリス』を開くと、誰もいないエントランスでぽつりと零す。
「ノア君もエプロンドレス似合いそうよねぇ。ウサギ穴に落ちて不思議の国へ。日常から非日常へ落ちていく」
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