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第21話 形を成した災害
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赤と黒が歪に彩る大広間に描かれた魔法陣の上で、ゼーレは黒い書物を手に持ち立ち尽くしていた。
彼は虚ろな瞳で虚空を見つめるばかりで、大広間に足を踏み入れたヴィーダとファインに気が付かない。それどころか、意識があるのかすら怪しく、顔色は死体のようなに土気色だ。
ヴィーダは魔法陣の縁の傍まで進み、儀式の進み具合を確認する。
術者の意識はほとんどなく、空間には視覚化できるほどの魔力が充満している。想定していた通り、儀式は最終段階まで進行しており、下手に止められない状況に歯噛みする。
苛立ちを隠すことなくゼーレへと向けていると、男の口がゆっくりと動く。
ヴィーダに気が付いたわけではない。
誰に向けたのか分からぬ掠れた声が、僅かにヴィーダの耳へと届く。
「……ああ……わた…………し………………は……いつ…から……………………」
意味を解せないうわ言を男は繰り返す。
声量は小さいというのに、彼の声は大広間全体に良く響いた。
そして、糸が切れた人形のように、ぷつりと声が途切れると、男は瞳を開いたままその場で倒れ伏した。
一瞬の静寂の後、魔法陣が光を帯びる。すると、それに呼応するように空気中の黒い霧が、ゼーレを中心に集まり出す。
雷雲のように黒い塊となった魔力は、しばらく魔法陣の上で蠢いていると、前触れもなく霧散した。
残されたモノはなにもなく、何事もなかったかのように。
胸糞悪い儀式だ。
気分を悪くしているヴィーダとは対照的に、隣のファインは淡々とした声音で呟く。
「なるほど。術者も生贄なのね」
「当然の末路だな。悪魔召喚なんて、禁忌に触れた罰。そもそも、いつまで自我が残っていたかなんて、わかったものじゃない」
悪魔を召喚しようとしていたのか、それとも、召喚させられていたのか。
ゼーレには、その区別すらつかなくなっていただろう。
あらゆる自我のある生物にとって、危険でしかない悪魔召喚。恐らくは、最後まで彼が手にしていた黒い書物が、全ての元凶たる悪魔の書なのであろうが、彼は一体どこでそれを手に入れたのか。
市場に出回る代物ではなく、そもそも、人の手によって作れるものでもない。
悪魔の書。
誰であれ、悪魔を召喚することのできる禁忌の書物を作ることができるのは――。
考えに耽っていると、どこか退屈そうなファインの嘆息に思考が途切れる。
じろり、と横眼で睨みつけるも、怯む様子はなし。
ファインは憂いの帯びた表情で、頬に手を添える。
「まさか、術者が死ぬと儀式が失敗なんてことはないわよね? そんなつまらない結末は、ご遠慮願いたいのだけれど」
「ほんっと、狂ってるな、お前は」
心底、侮蔑を込めて口にするが、黒き狂人は微笑みで返してくる。
「狂ってないわ。少し、自分に素直なだけよ」
「人に害なす素直さなんて朽ち果てろ。……はん。だが、癪なことに、お前の望みは叶うだろうがな」
促すように魔法陣へ目を向けると、その中央ではゼーレの手にしていた本が煙も立てずに燃えていた。しかし、燃えるというには奇妙で、燃え滓が残ることもなく、火の中で消えていくように見える。
そうして、本も火も消失すると、魔法陣が強く輝き出す。輝き出した魔法陣の上に、光で描かれた魔法陣が空中に幾つも形作られた。
幾重もの魔法陣は明滅を繰り返し、周囲の黒い霧状の魔力を集まり出す。
積み重なる魔法陣の中心で、集まる黒い魔力が徐々に何かの形を成していく。
悪夢が実態として織りなされていく様子を、ファインは子供のように瞳を輝かせ、恍惚とした表情で見つめている。
期待に胸を膨らませる彼女は、あまりにも無防備に艶やかな色気を溢れさせた。その瞳は狂気に揺れ、彼女が常人ならざる何かであることを如実に理解させる。
「あぁ……。これこそが世界をも揺るがす悪の名を冠する魔物…………。先程相手にした有象無象とは違う、伝説に名高き形を成した災害っ!」
頬を朱に染め興奮するファインとは対照的に、ヴィーダの表情は暗く、歪む。
生まれいずる災害を止めることはできず、待つしかない状況に苛立つ。
しかし、この後の戦闘を考慮すれば、精神の揺らぎは死の要因にしかなりえない。
これから倒さねばならない怪物を前に、波打つ心を鎮め、心を凍らせていく。例え、このまま進めば死ぬだろうと。
相反する感情を露わにする二対の刀を持つ剣士と、黒き妖精を前に、遂に悪魔は生誕する。
地上に降り立つは、血を纏うかのように赤い肌を持つ人型の化物。
姿形こそヴィーダ達が相手にした悪魔に似ているが、似て非なるはその巨体だ。見上げねば頭上を確認できぬ程の背丈に、人型でありながら異常なまでに発達した筋肉。
蝙蝠に似た翼を大きく広げてはいるが、それを使って飛べるか怪しい程の大きさにして、肉体の密度を感じる。
なによりも、身体から漏れ出る魔力の量は、小型の悪魔とは格が違う。
爛々と輝かせたエメラルドの如き緑の瞳を見開き、怪物は雄叫びを上げる。
『――――――――――――――――――――――――――――――――ッッ!!!!』
形を成した災害。国堕としの悪魔が、世界を揺るがす。
彼は虚ろな瞳で虚空を見つめるばかりで、大広間に足を踏み入れたヴィーダとファインに気が付かない。それどころか、意識があるのかすら怪しく、顔色は死体のようなに土気色だ。
ヴィーダは魔法陣の縁の傍まで進み、儀式の進み具合を確認する。
術者の意識はほとんどなく、空間には視覚化できるほどの魔力が充満している。想定していた通り、儀式は最終段階まで進行しており、下手に止められない状況に歯噛みする。
苛立ちを隠すことなくゼーレへと向けていると、男の口がゆっくりと動く。
ヴィーダに気が付いたわけではない。
誰に向けたのか分からぬ掠れた声が、僅かにヴィーダの耳へと届く。
「……ああ……わた…………し………………は……いつ…から……………………」
意味を解せないうわ言を男は繰り返す。
声量は小さいというのに、彼の声は大広間全体に良く響いた。
そして、糸が切れた人形のように、ぷつりと声が途切れると、男は瞳を開いたままその場で倒れ伏した。
一瞬の静寂の後、魔法陣が光を帯びる。すると、それに呼応するように空気中の黒い霧が、ゼーレを中心に集まり出す。
雷雲のように黒い塊となった魔力は、しばらく魔法陣の上で蠢いていると、前触れもなく霧散した。
残されたモノはなにもなく、何事もなかったかのように。
胸糞悪い儀式だ。
気分を悪くしているヴィーダとは対照的に、隣のファインは淡々とした声音で呟く。
「なるほど。術者も生贄なのね」
「当然の末路だな。悪魔召喚なんて、禁忌に触れた罰。そもそも、いつまで自我が残っていたかなんて、わかったものじゃない」
悪魔を召喚しようとしていたのか、それとも、召喚させられていたのか。
ゼーレには、その区別すらつかなくなっていただろう。
あらゆる自我のある生物にとって、危険でしかない悪魔召喚。恐らくは、最後まで彼が手にしていた黒い書物が、全ての元凶たる悪魔の書なのであろうが、彼は一体どこでそれを手に入れたのか。
市場に出回る代物ではなく、そもそも、人の手によって作れるものでもない。
悪魔の書。
誰であれ、悪魔を召喚することのできる禁忌の書物を作ることができるのは――。
考えに耽っていると、どこか退屈そうなファインの嘆息に思考が途切れる。
じろり、と横眼で睨みつけるも、怯む様子はなし。
ファインは憂いの帯びた表情で、頬に手を添える。
「まさか、術者が死ぬと儀式が失敗なんてことはないわよね? そんなつまらない結末は、ご遠慮願いたいのだけれど」
「ほんっと、狂ってるな、お前は」
心底、侮蔑を込めて口にするが、黒き狂人は微笑みで返してくる。
「狂ってないわ。少し、自分に素直なだけよ」
「人に害なす素直さなんて朽ち果てろ。……はん。だが、癪なことに、お前の望みは叶うだろうがな」
促すように魔法陣へ目を向けると、その中央ではゼーレの手にしていた本が煙も立てずに燃えていた。しかし、燃えるというには奇妙で、燃え滓が残ることもなく、火の中で消えていくように見える。
そうして、本も火も消失すると、魔法陣が強く輝き出す。輝き出した魔法陣の上に、光で描かれた魔法陣が空中に幾つも形作られた。
幾重もの魔法陣は明滅を繰り返し、周囲の黒い霧状の魔力を集まり出す。
積み重なる魔法陣の中心で、集まる黒い魔力が徐々に何かの形を成していく。
悪夢が実態として織りなされていく様子を、ファインは子供のように瞳を輝かせ、恍惚とした表情で見つめている。
期待に胸を膨らませる彼女は、あまりにも無防備に艶やかな色気を溢れさせた。その瞳は狂気に揺れ、彼女が常人ならざる何かであることを如実に理解させる。
「あぁ……。これこそが世界をも揺るがす悪の名を冠する魔物…………。先程相手にした有象無象とは違う、伝説に名高き形を成した災害っ!」
頬を朱に染め興奮するファインとは対照的に、ヴィーダの表情は暗く、歪む。
生まれいずる災害を止めることはできず、待つしかない状況に苛立つ。
しかし、この後の戦闘を考慮すれば、精神の揺らぎは死の要因にしかなりえない。
これから倒さねばならない怪物を前に、波打つ心を鎮め、心を凍らせていく。例え、このまま進めば死ぬだろうと。
相反する感情を露わにする二対の刀を持つ剣士と、黒き妖精を前に、遂に悪魔は生誕する。
地上に降り立つは、血を纏うかのように赤い肌を持つ人型の化物。
姿形こそヴィーダ達が相手にした悪魔に似ているが、似て非なるはその巨体だ。見上げねば頭上を確認できぬ程の背丈に、人型でありながら異常なまでに発達した筋肉。
蝙蝠に似た翼を大きく広げてはいるが、それを使って飛べるか怪しい程の大きさにして、肉体の密度を感じる。
なによりも、身体から漏れ出る魔力の量は、小型の悪魔とは格が違う。
爛々と輝かせたエメラルドの如き緑の瞳を見開き、怪物は雄叫びを上げる。
『――――――――――――――――――――――――――――――――ッッ!!!!』
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