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第18話 英雄
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牙を剥き出しにした凶悪な怪物。
人型であるせいか、その異常性は際立ち、人との違いをまざまざと見せつけられて恐怖する。
人への悪意の満ちた姿に、言葉すら出ない。
誰も動けないでいる中、咄嗟に燈凛が指示を出す。
「その子を連れて、一階へ降りて下さい! そのまま外へ!!」
叫ぶと同時に、抜刀。
窓から室内へと侵入してくる悪魔を斬り付ける。その動きは流麗であり、自然。気配を感じさせない動作は、斬られた者すら気が付かない程。
人でいう右肩から左わき腹に掛けて斬られた悪魔は、自身の傷口から黒い霧のようなものが出て初めて悟ったようだ。己が斬られたことを。
『――――――――――――――――ッッッ!?』
痛みか、怒りか。
咆哮する悪魔を尻目に、燈凛は見惚れて動かないシュトレ達へ活を入れる。
「早く動きなさい! その子を死なせたいのですかっ!? 己の役目を全うしなさい!!」
「っ。ごめんなさい、燈凛さん。お任せするわ」
はっと我に返ったシュトレ達は、慌てて部屋を飛び出していく。
残されたのは、悪魔と人がそれぞれ一つ。
「さて。音はなく、視界に映る者はなにもなく、誰に斬られたのかも分からないままに、殺してあげましょう」
――
転げ落ちてしまうのではないかと思わせる程、勢いよく階段を駆け下り、そのまま外へと駆け出す。
早く逃げなければと急いた結果だが、どうにもそれは早計だったようだ。
勢いままに飛び出した先では、シュトレ達に目を付けた悪魔達が、黒き翼をはためかせ、飛んでくるではないか。
シュトレは顔を蒼白にしながらも、どうにか聖剣を抜く。
「いつの間にこんなっ」
「人の気配でも分かるのかな?」
軽口のようにミュンツェは返すが、その頬には汗が伝っている。
ファインを相手にした時程ではないとはいえ、命の危機に変わりはない。
むしろ、軽口でも叩かないとやっていられないという様子だ。
しかし、それもこれまで。
先行した一体がシュトレの眼前まで迫ると、人を肉塊に変える狂爪を躊躇なく振るってくる。
『――――――――――――ッッ!!』
「……………………っっっ」
攻めりくる爪を聖剣によってどうにか受け止めるが、あまりの膂力に体が浮いた。
「くっ」
吹き飛ばされる。抗いようのない未来に身構えた瞬間、鋭き刃が巨腕を襲う。
「はぁああああっ!!」
ミュンツェによって与えられた横やりは、致命傷にこそ至らなかったがシュトレの助けとなった。
一瞬力が緩んだのを感じ、聖剣で悪魔の腕を弾いて飛び下がる。
僅かな攻防によって、既に生と死を彷徨ったシュトレに、手助けをした少女が声を掛ける。
「シュトレ、無事っ!?」
「ええ、助かったわ。ありがとう」
「それは良かった! 死んでたら、皆諸共だったよ」
「笑えないわね」
「笑えない瀬戸際だからね!」
他愛無い言葉を交わし、緊張を解そうと試みるが事態は好転せず。
刻一刻と迫る死の刻限に、背筋が凍るほどだ。
一体どうしたら。そう思った時、ここへ救助へ向かおうとした時の気持ちを思い出す。
勇者としてどうするべきか。
その一歩として行動してみせた人々の救助。
最初こそ上手くいったが、現状は最悪だ。仲間を危機に晒している。
悪魔を前に恐怖で小刻みに体が震えた。怖い、怖い、怖い。
今にも腰を抜かし、崩れてしまいそうだが、ここへきた覚悟がそれを許さない。
それでは、以前となんら変わらない偽物以下だと、自身の心が告げる。
危険な人々の救出へ赴いたのは、張りぼてであろうとも、せめて勇者らしくあろうと決めたからではないか。
ならばこそ、シュトレがしなくてはならないことは、救出作戦を行うと決めた時から確定していたことだ。
どうか震えず、力強く発して下さい。
そう願い、今にも恐怖が声に移ってしまうのを決意でねじ伏せ、毅然とした態度で皆に宣言する。
「………………先に逃げなさい。ここは私がどうにかするわ」
どうにも。心に根付いた情けなさというのは、確かな決意を持ってしてもきえないようだ。震えてしまった宣言に、ミュンツェが驚愕の声を上げる。
「なにを言ってるのシュトレ!? 馬鹿言わないでよ。死ぬ気っ!?」
「元々、危険を承知で助けに行こうと言い出したのは私よ。その責任は取らないといけないわ。なにより――私は勇者よ」
自身に言い聞かせるように、声に怯えを滲ませながらも、綴る言葉を止めることはない。
「偽物だろうと私は勇者よ! 怯えるだけなにもできずにいるのはもう嫌なのよっ! 飾りにすらなれない自分が本当に嫌い! 助けを待つばかりの自分が嫌い! 直ぐに諦めてしまう自分が大嫌い! だから、せめて、今だけは、勇者らしくあらせて……?」
「…………シュトレ」
「…………シュトレ先輩」
シュトレの慟哭に、ミュンツェとフロンは押し黙る。
これでいい。これでいいはずだと、唇を噛み、覚悟が鈍らないよう自身を叱咤し続ける。
どうか早く。弱い私の心が音を上げる前に逃げてくれと、張り裂けそうな心が叫んでいる。
そんな、シュトレの意志を組んでくれたのか、ミュンツェは彼女に背を向けた。
「……っ! 行くよ、フロンちゃん! シュトレの意志を無駄にしないで!」
逃げようとしてくれるミュンツェに安堵と恐怖が同時に湧き上がる中、どうしてかフロンは動こうとしなかった。
フロンは、腕の中でぎゅっと目を瞑り、かたかたと震えるか弱き存在をぎゅっと抱きしめる。
「……おかしいですよ、そんなの。シュトレ先輩が犠牲になるなんて、絶対おかしいです」
「それでも、今は他にどうしようも……」
フロンの気持ちは誰もが共感し得る。
そのようなこと、シュトレやミュンツェも理解はしていた。
だけれども、救いの糸は細く、誰かが犠牲になればならぬ時なのだと、覚悟を決めているのだ。
フロンの気持ちは我が儘なのかもしれない。状況を理解しえない、理想を語るだけの我が儘。子供が語る夢物語。
だが、フロンだけはそう思っていなかった。それこそ、最初から。夢物語は現実足りえると、街の人々に語ってみせていたのだから。
「ありますよ。救いはあります。ここに来る前言ったじゃないですか。絶対大丈夫って。絶対助かるって。こんな逆境なんて関係ないんです。私達の力が足りないからなんだっていうんですか。誰かを犠牲にしなくてはいけない時があるのは分かります。けれど、それは今ではないんです。――――だって、ここには世界で一番強い英雄がいるんですから!」
フロンは高らかに宣言してみせると、天におわす神々に向けるかのように、声高に彼女の英雄に助けを求める。
「ヴィーダさ――――――んっ!! 助けて下さ――――――――――いっ!!!!」
街中へ木霊し、響き渡る澄んだ声。
巫女の如き願いはかくして、悪意にまで届かせる。
見事、ここに人間いると悪魔共に察知させ、飛び交う悪魔が集う待ち合わせの目印と化したフロン。
「フロン…………」
ふんすっと鼻息荒く、絶対に逃げてやるものかと気合十分な後輩に、シュトレは瞳を見開く。
その顔に憂いはなく、絶望などもっての他。絶対に助けに来てくれると信じきっている少女に、シュトレは言葉もない。
ああ、けれど、と。このような少女の嘆願こそ、神々は聞き届けるのであろうと、場違いにもそんなことを思い、空を見上げる。
なんとなく、だ。気が付いたわけではなく、ただ、呆けた頭でなんとなく見上げただけだ。
しかして、彼が英雄だというのなら、無垢なる少女の助けを聞き逃すはずもなく、上空から落ちてきて、彼女達の前に綺麗な着地をしてみせたのは、二刀を構えた伊達男。
彼は、瞬く間に悪魔共を撫で斬りしてみせると、くるりと体を反転させる。その額には、見事な青筋が浮かび上がっていた。
「フロン・ゲッツェ。お前は褒めてやる。だが、シュトレ・ヴァルトゥング、お前は説教だ」
悪魔なぞどうでもいいとばかりに、怒りの矛先は現勇者へと突き刺さる。
人型であるせいか、その異常性は際立ち、人との違いをまざまざと見せつけられて恐怖する。
人への悪意の満ちた姿に、言葉すら出ない。
誰も動けないでいる中、咄嗟に燈凛が指示を出す。
「その子を連れて、一階へ降りて下さい! そのまま外へ!!」
叫ぶと同時に、抜刀。
窓から室内へと侵入してくる悪魔を斬り付ける。その動きは流麗であり、自然。気配を感じさせない動作は、斬られた者すら気が付かない程。
人でいう右肩から左わき腹に掛けて斬られた悪魔は、自身の傷口から黒い霧のようなものが出て初めて悟ったようだ。己が斬られたことを。
『――――――――――――――――ッッッ!?』
痛みか、怒りか。
咆哮する悪魔を尻目に、燈凛は見惚れて動かないシュトレ達へ活を入れる。
「早く動きなさい! その子を死なせたいのですかっ!? 己の役目を全うしなさい!!」
「っ。ごめんなさい、燈凛さん。お任せするわ」
はっと我に返ったシュトレ達は、慌てて部屋を飛び出していく。
残されたのは、悪魔と人がそれぞれ一つ。
「さて。音はなく、視界に映る者はなにもなく、誰に斬られたのかも分からないままに、殺してあげましょう」
――
転げ落ちてしまうのではないかと思わせる程、勢いよく階段を駆け下り、そのまま外へと駆け出す。
早く逃げなければと急いた結果だが、どうにもそれは早計だったようだ。
勢いままに飛び出した先では、シュトレ達に目を付けた悪魔達が、黒き翼をはためかせ、飛んでくるではないか。
シュトレは顔を蒼白にしながらも、どうにか聖剣を抜く。
「いつの間にこんなっ」
「人の気配でも分かるのかな?」
軽口のようにミュンツェは返すが、その頬には汗が伝っている。
ファインを相手にした時程ではないとはいえ、命の危機に変わりはない。
むしろ、軽口でも叩かないとやっていられないという様子だ。
しかし、それもこれまで。
先行した一体がシュトレの眼前まで迫ると、人を肉塊に変える狂爪を躊躇なく振るってくる。
『――――――――――――ッッ!!』
「……………………っっっ」
攻めりくる爪を聖剣によってどうにか受け止めるが、あまりの膂力に体が浮いた。
「くっ」
吹き飛ばされる。抗いようのない未来に身構えた瞬間、鋭き刃が巨腕を襲う。
「はぁああああっ!!」
ミュンツェによって与えられた横やりは、致命傷にこそ至らなかったがシュトレの助けとなった。
一瞬力が緩んだのを感じ、聖剣で悪魔の腕を弾いて飛び下がる。
僅かな攻防によって、既に生と死を彷徨ったシュトレに、手助けをした少女が声を掛ける。
「シュトレ、無事っ!?」
「ええ、助かったわ。ありがとう」
「それは良かった! 死んでたら、皆諸共だったよ」
「笑えないわね」
「笑えない瀬戸際だからね!」
他愛無い言葉を交わし、緊張を解そうと試みるが事態は好転せず。
刻一刻と迫る死の刻限に、背筋が凍るほどだ。
一体どうしたら。そう思った時、ここへ救助へ向かおうとした時の気持ちを思い出す。
勇者としてどうするべきか。
その一歩として行動してみせた人々の救助。
最初こそ上手くいったが、現状は最悪だ。仲間を危機に晒している。
悪魔を前に恐怖で小刻みに体が震えた。怖い、怖い、怖い。
今にも腰を抜かし、崩れてしまいそうだが、ここへきた覚悟がそれを許さない。
それでは、以前となんら変わらない偽物以下だと、自身の心が告げる。
危険な人々の救出へ赴いたのは、張りぼてであろうとも、せめて勇者らしくあろうと決めたからではないか。
ならばこそ、シュトレがしなくてはならないことは、救出作戦を行うと決めた時から確定していたことだ。
どうか震えず、力強く発して下さい。
そう願い、今にも恐怖が声に移ってしまうのを決意でねじ伏せ、毅然とした態度で皆に宣言する。
「………………先に逃げなさい。ここは私がどうにかするわ」
どうにも。心に根付いた情けなさというのは、確かな決意を持ってしてもきえないようだ。震えてしまった宣言に、ミュンツェが驚愕の声を上げる。
「なにを言ってるのシュトレ!? 馬鹿言わないでよ。死ぬ気っ!?」
「元々、危険を承知で助けに行こうと言い出したのは私よ。その責任は取らないといけないわ。なにより――私は勇者よ」
自身に言い聞かせるように、声に怯えを滲ませながらも、綴る言葉を止めることはない。
「偽物だろうと私は勇者よ! 怯えるだけなにもできずにいるのはもう嫌なのよっ! 飾りにすらなれない自分が本当に嫌い! 助けを待つばかりの自分が嫌い! 直ぐに諦めてしまう自分が大嫌い! だから、せめて、今だけは、勇者らしくあらせて……?」
「…………シュトレ」
「…………シュトレ先輩」
シュトレの慟哭に、ミュンツェとフロンは押し黙る。
これでいい。これでいいはずだと、唇を噛み、覚悟が鈍らないよう自身を叱咤し続ける。
どうか早く。弱い私の心が音を上げる前に逃げてくれと、張り裂けそうな心が叫んでいる。
そんな、シュトレの意志を組んでくれたのか、ミュンツェは彼女に背を向けた。
「……っ! 行くよ、フロンちゃん! シュトレの意志を無駄にしないで!」
逃げようとしてくれるミュンツェに安堵と恐怖が同時に湧き上がる中、どうしてかフロンは動こうとしなかった。
フロンは、腕の中でぎゅっと目を瞑り、かたかたと震えるか弱き存在をぎゅっと抱きしめる。
「……おかしいですよ、そんなの。シュトレ先輩が犠牲になるなんて、絶対おかしいです」
「それでも、今は他にどうしようも……」
フロンの気持ちは誰もが共感し得る。
そのようなこと、シュトレやミュンツェも理解はしていた。
だけれども、救いの糸は細く、誰かが犠牲になればならぬ時なのだと、覚悟を決めているのだ。
フロンの気持ちは我が儘なのかもしれない。状況を理解しえない、理想を語るだけの我が儘。子供が語る夢物語。
だが、フロンだけはそう思っていなかった。それこそ、最初から。夢物語は現実足りえると、街の人々に語ってみせていたのだから。
「ありますよ。救いはあります。ここに来る前言ったじゃないですか。絶対大丈夫って。絶対助かるって。こんな逆境なんて関係ないんです。私達の力が足りないからなんだっていうんですか。誰かを犠牲にしなくてはいけない時があるのは分かります。けれど、それは今ではないんです。――――だって、ここには世界で一番強い英雄がいるんですから!」
フロンは高らかに宣言してみせると、天におわす神々に向けるかのように、声高に彼女の英雄に助けを求める。
「ヴィーダさ――――――んっ!! 助けて下さ――――――――――いっ!!!!」
街中へ木霊し、響き渡る澄んだ声。
巫女の如き願いはかくして、悪意にまで届かせる。
見事、ここに人間いると悪魔共に察知させ、飛び交う悪魔が集う待ち合わせの目印と化したフロン。
「フロン…………」
ふんすっと鼻息荒く、絶対に逃げてやるものかと気合十分な後輩に、シュトレは瞳を見開く。
その顔に憂いはなく、絶望などもっての他。絶対に助けに来てくれると信じきっている少女に、シュトレは言葉もない。
ああ、けれど、と。このような少女の嘆願こそ、神々は聞き届けるのであろうと、場違いにもそんなことを思い、空を見上げる。
なんとなく、だ。気が付いたわけではなく、ただ、呆けた頭でなんとなく見上げただけだ。
しかして、彼が英雄だというのなら、無垢なる少女の助けを聞き逃すはずもなく、上空から落ちてきて、彼女達の前に綺麗な着地をしてみせたのは、二刀を構えた伊達男。
彼は、瞬く間に悪魔共を撫で斬りしてみせると、くるりと体を反転させる。その額には、見事な青筋が浮かび上がっていた。
「フロン・ゲッツェ。お前は褒めてやる。だが、シュトレ・ヴァルトゥング、お前は説教だ」
悪魔なぞどうでもいいとばかりに、怒りの矛先は現勇者へと突き刺さる。
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