第二王女の依頼書

ななよ廻る

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第16話 勇者として

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「皆、落ち着いてくれないかしら? まとめて話されても聞き取れないわ」

 突然集まり、助けを乞う街の人々に押されていると、ミュンツェが両手を合わせ「ごめんっ」と口にしながら近づいてきた。

「どうにかこっちで対応をしようとしてたんだけど、『どうか勇者様に』って言われて抑えきれなくって」
「どうか、と言われても……」

 荒れ狂う民衆の一人一人を対応など、まず不可能だ。
 救助を出すかどうかの前に、彼らを諫めなければいけない。下手をすると、感情が振り切れた者が次々に街へ戻り、より被害が拡大してしまうかもしれない。
 こういった、民衆の感情を抑えるための勇者だというのに、シュトレは彼らを沈静化させる言葉など掛けることができなかった。当たり障りのない言葉しか口にできない。
 実力だけでなく、求められている飾りとしての役割さえ、勇者に程遠いのかと、逆に感情が揺さぶられてしまう。
 焦燥が募り、思わず喚き散らしてしまいそうになった時、シュトレを踏み止まらせたのは、フロンだった。

「皆さーん、訊いて下さい!」

 フロンは、大きな声を上げ、人々の衆目を集めると、花咲く笑顔で透き通った声を周囲に響かせる。

「大丈夫、安心して下さい! 街に残った人々は助かりますし、化物も直ぐ倒しちゃいますから!
 だって、街には世界で一番強い人が戦ってくれています! 化け物なんか目じゃありません!
 私達だって、皆さんが家族と再会できるよう精一杯努力しますから!
 だからこそ、落ち着いて行動して下さい!
 慌てず、騒がず、できることを、ね?」

 茶目っ気たっぷり。片目を瞑り、可愛らしい仕草を見せる彼女に毒気を抜かれたのか、それとも心に響くものがあったのか。
 フロンの言葉を聞いた民衆は、一様に彼女を見つめると、口を閉ざし、シュトレ達から離れていった。人々の顔に浮かんでいた焦りや恐怖は、目に見えて薄れたようだ。
 シュトレやミュンツェではどうにもできなかった騒ぎを諫めて見せたフロンに、燈凛は感嘆の声を漏らす。

「フロン様、でしたか。凄いですね、彼女。こういった災害時、うろたえる民衆を一声で沈静化させるなんて、早々できるものではありません。なにせ、相手は感情でしか動けなくなっているのですから。それを声一つでなんて」
「実力こそ新米だけど、人を魅せる力は私達以上だから。容姿一つで選ばれたけど、最も勇者やその仲間に近しいのは、きっとフロンちゃんなんだろうなぁ」

 どこか自慢げで、ちょっぴり悔しさをにじませるミュンツェの言葉。
 シュトレも似た気持ちを抱いたが、その割合は悔しさが増す。どうして勇者である自身はなにもできていないのに、勇者の仲間でしかない、騎士になりたての少女が人々の気持ちを動かしてみせるのかと。
 こんな醜いことを考えてはいけないと、何度も振り払うが全てを消し去ることはできず、彼女の中でしこりとなって残り続ける。
 そんな、情けなくも愚かな思考を遮ったのは、ミュンツェの困ったような声音だった。

「とはいえ、どうしたものかな。当然、助けには行きたいけど、今から街へ救助に向かうのは、危険だよね」
「そうですね。既に危険度は、魔物が蔓延る魔領と同等かそれ以上。この短時間でヴィーダ君達が全ての悪魔を討伐しているとは思えません」
「だからといって、見捨てるわけにもいかないか」

 ミュンツェと燈凛が逃げ遅れた人々の救出についての相談を行う中、シュトレは考えていた。勇者としてどうあるべきか。

 これまで、シュトレは勇者なんてものはただの腰掛程度にしか思っていなかった。それもそうだ。勇者として認められたかと嬉しく思ったのも一瞬で、実際はただのお飾り。
 受けたからには投げ出す訳にもいかず粛々と命令をこなしていたが、彼女の満足するものではなかった。
 もとより、姉に追いつきたいと考えているシュトレの最終目標は、十三騎士団に所属することだ。
 だからこそ、強さを求め、これまでずっと厳しい鍛錬をこなしてきたし、王都の騎士学校を首席で卒業という結果も残した。
 順風満帆とはいかないまでも、いずれ目標に届くはずだと確信していた。

 けれど、アンファングに来てからはどうだ。
 十三騎士ファイン・レッチェルを前に、聖剣すら握れず、幼子のように怯えるばかり。運良く救われたが、その後もなにをするでもなく、見ていることしかできない。
 対して周りはどうだ。
 ミュンツェは絶対に死ぬと理解しながらも、最後までファインと戦った。
 フロンもそうだ。混乱する人々を、その声一つで治めてみせた。
 燈凛はヴィーダの手助けだけでなく、避難民の誘導から騎士達への指示まで、全てを取り仕切っている。
 そして、ヴィーダに至っては、ファインと戦い、街を蔓延る化物共と戦っている。それがどれだけ凄いことなのか、身を持って嫌という程理解させられていた。
 張りぼての勇者などと悪態を付いておきながら、この体たらく、なんて情けない。勇者なんておこがましい。張りぼてと名乗るのも分不相応。
 これだけの事実を理解しておきながら、彼らに嫉妬する自分は、なんと浅ましいのか。

 では、一体これからどうするべきなのか。勇者として、なにをすべきか。
 まかり間違っても、英雄に足りえない少女がすべきことはなんなのか。
 今尚、化物共に立ち向かう少年の背を思い浮かべ、考え付いたのは愚行。
 それでも、と一歩踏み出してしまったのは勇気ではなく蛮勇だ。けれど、勇者として、私もなにかしなくてはと焦燥に駆られるシュトレは気が付かない。
 故に、愚かで、しかして平時のシュトレではありえない、勇者にも似た一歩を踏み出す。
 
「…………行く、わ。助けに。私が」

 囁くような小さな声。けれど、周囲にいた燈凛やミュンツェの耳にはしっかりと届き、目を丸くする。特にミュンツェの驚きようは燈凛の比ではない。幻聴を聞いたとでもいうように、シュトレに詰め寄る。

「シュトレ? なに言っているのか分かってる? ほとんど自殺のようなものだよ? それとも――死にたいの?」

 自殺。
 勇者足りえぬ少女では、化物蔓延る街に戻り、人々を救うには力が足りない。
 死にに行くと思われても、無理もない。
 それでも、と勇者ではない少女は言葉を紡ぐ。

「それでも…………それでも、私は勇者よ。その私が、怯え、震えて、縮こまっているだけなんて、あっていいはずがないっ」

 まるで子供の癇癪だ。一体シュトレはどうしたのかと言わんばかりにミュンツェは凝視する。
 それきり黙りこくってしまったシュトレに、ミュンツェは困ったように眉根を寄せる。
 息が詰まる沈黙を破ったのは、途中から話を伺っていたのか民衆の相手をしていたフロンであった。
 彼女は諸手を挙げると、シュトレの案に賛同を示す。

「それなら私も行きます! あのような宣言をした手前、私が行かないわけにはいきませんし!」
「フロンちゃん? 今の私の話聞いてた? 自殺と同義だって話」
「聞いてましたよ? けど、大丈夫ですって」

 根拠なぞ皆無でながら、どうだとばかりに服の上からでも分かる大きな胸を張る。

「だって、ヴィーダさんがいますもの! きっと、どうにかしてくれます!!」

 他力本願ここに極まれり。
 あまりにもあまりな返答に、ミュンツェは頭を抱える余裕もないようだ。

「その無限の信頼はどこからくるのかなぁ、ほんと。心酔しすぎな気もするけど」

 盲目的な後輩へ思うところがあるのだろうが、言葉にはせず、口から漏れたのはため息だった。

「しょうがないかぁ。でも、言っておくけど、無理は絶対にしないよ? 危なくなれば引き返す。安全面を考慮するなら、ヴィーダ君達が化物を討伐するのを待ってからが正しいんだからね? そこのところ、忘れないように」

 きっちり言い含めるところは言い含めるミュンツェに、どこかその様子を楽し気に眺めていた燈凛が一つ提案する。

「それなら、私も同行しても構いませんか?」
「燈凛さんが付いてきてくれるならありがたいけど、大丈夫? ここの指揮もだけど、危険よ? それとも、燈凛さんまで十三騎士並に強いなんて言わないよね?」

 まさか、と笑い捨てるには未知数な存在に、三人の視線が集まる。
 しかし、今回に限ってはその心配も杞憂であった。
 彼女は首と尻尾を左右に振る。 

「流石に、そこまで強くありませんよ。もともと、私は部外者ですし、ここなら余程のことがない限り危険はありません。まとめ役は、騎士様達にお任せします。なにより、ここで貴女達だけ行かせてしまったら、それこそヴィーダ君に怒られてしまいますから」

 どちらにしろ、なぜ来たと怒られそうですが。
 どこか冗談染みた声音に、自然と三人の表情が緩む。
 シュトレは、緩んだ気持ちを引き締めるように、聖剣の柄へと手を掛け、力強く握る。

「なら――行くわよ」

 なにかをしなくてはと、逸る気持ちを胸に、シュトレは悪魔が際限なく溢れ返る地へと向かう。
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