第二王女の依頼書

ななよ廻る

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第13話 悪魔の襲撃

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 燈凛の先導の元、詰め所から飛び出したミュンツェ達は、街の状況に言葉を失った。
 人々が行き交い、平穏だったアンファングが誇る街の姿は消え失せ、恐怖を顔に張り付けた人々が逃げ惑う。
 彼らを襲うのは、今まで見たこともない化け物だった。
 蝙蝠に似た翼を広げ、強靭な肉体を持って縦横無尽に飛び回り、狂爪を持って人々を刈り取る人型の化け物。
 応接室に飛び込んできた騎士の言う通り、魔物、なのだろうか。
 人型でありながら、人ではない化け物が、街の空を侵略し、地上をも飲み込もうとしている。
 あまりにも現実離れした状況に、ミュンツェ達は揃って石化の魔法が掛けられたように動けなくなってしまう。

「なに……あれ? 魔物……?」

 ようやくミュンツェが絞り出せたのは、そんな一言だった。
 誰かの返答を期待しての言葉ではない。ただ、考えることもできず、思っていたことがそのまま口に出てしまっただけだ。
 だが、その言葉に反応し、燈凛は否定の言葉を重ねる。

「いいえ、違います。あれは魔物ではありません」

 空を飲み込まんと飛び回る化け物共を見上げながら、燈凛は否定する。
 確かに、ミュンツェとてあのような魔物は知らない。見たこともない。
 だからといって、魔物以外の選択肢があるかといえば、想像もできない。

「魔物じゃないって、ならあれは……」
「――悪魔。貴女達も聞いたことぐらいはあるのではないでしょうか?」
「あ、悪魔って、そんな……」

 ミュンツェとて聞いたことはある。いや、誰だってきいたことぐらいはあるはずだ。子供だって知っている。けれど……。
 ミュンツェが思ったことをそのまま口にしたのは、シュトレだ。彼女は、まるでそうあって欲しいと願うように、否定的な反応を示す。

「なにを、言っているの? そんなもの、おとぎ話や英雄譚で語られるだけの存在よね? 現実にいるはずがないわ」

 悪魔。
 それは、あらゆる種族の伝説やおとぎ話、英雄譚で語られる化け物だ。
 姿は様々で、時に人を惑わし、悪へと貶める凶悪な存在として語り継がれている。
 彼らの扱う力は強大で、話によっては国を滅ぼす程の力すら有する災害と同一視されることもある化け物。
 魔物と同等か、それ以上の脅威として描かれているが、実際の脅威とはなりえない。
 何故なら、悪魔とは物語で語られる空想上の生き物でしかないからだ。
 人々が想像する悪という概念を形にした悪魔という存在は、悪いことをすると悪魔に攫われるぞ、といった戒めや、英雄譚における敵役でしかない。
 そんな空想上の生物が存在すると言われて、簡単に信じられるものではない。
 それなのに、燈凛はシュトレの言葉を肯定しない。明確に悪魔が存在するものとして語る。

「シュトレ様の言う通り、伝説上の生き物であることは間違いありません。ですが、決して空想上の生き物ではないのです。存在自体が災害と伝えられる悪魔は、事実として存在し、こうしてあらゆる種族へと牙を剥きます」

 空を見上げ、燈凛は我が物顔で飛び回る悪鬼共を見据える。

「私とヴィーダ君の仕事は、ゼーレ卿を止めること。もちろん、貴女達のように誘拐事件についてではありません。彼には、悪魔召喚の疑いがあり、事実確認及び、疑惑が真実であるのならば、その阻止が目的となります。ですが、残念なことに、私達が到着した時点で手遅れであったようです」

 無念でならないと、目を伏せる燈凛に、ミュンツェは思わず聞いてしまいそうになった。
 ――それはもしかして、私達を助けるために時間を使ったから、と。
 ミュンツェ達を救うことさえしなければ、このような最悪の事態はまぬがれたのかもしれないと考えずにはいられない。
 だからといって、救ってくれなければ良かったなどと口が裂けても言えない。それでも、ざわつく心の安寧のために、答えを欲した。
 けれど、既にそのような時間は残されてはいなかった。

『――ッッッッッッッッっ!!』

 獣染みた雄叫びを上げながら、ミュンツェ達を狩り取ろうと悪魔が襲ってきたのだ。
 ミュンツェ達三人は咄嗟に身構える。
 唯一、燈凛のみは迫る悪魔を睥睨するのみで、動こうとはしなかった。
 微動だにしない燈凛に、ミュンツェは慌てる。

「と、燈凛さんっ!?」

 振り下ろされる死の狂爪に、燈凛が刻まれる姿を幻視した。
 だが、そのような未来は訪れることはなく、逆に斬り刻まれていたのは襲ってきた悪魔のほうであった。

「おい。話はまだ終わらないのか?」

 悪魔同様、上空から降り立ったヴィーダが、燈凛へと悪態を付く。
 相も変わらず、突然現れたヴィーダに驚くばかりだが、燈凛は平然と彼と話し始める。

「最低限は伝え終わったところです。助力については、まだ」
「この状況で悠長なことをいうな」

 一度、周囲を見渡したヴィーダは、二刀を軽く振るい、燈凛を含めた四人へと告げる。その口調は強い。

「お前らはさっさと街の人間を避難させる。ほっとけば、全員こいつらの餌食だ」
『――――――――――――――ッッッ!?』

 話の途中、襲い掛かってきた悪魔を振り向きもせず両断する。
 空想上でしか語られることのなかった悪魔。それらを前にしても、平時と変わらぬ泰然とした姿に、驚愕するばかり。
 彼と出会ってから、驚かされることばかりである。
 そんなヴィーダが口にする言葉は、なによりも重みがあった。つまるところ、彼ですらこの状況では、全てを守り切れないと告げているに他ならない故だ。
 
「怖いというならさっさと逃げろ。だが、動けるというなら即座に動け。それだけで――救われる命がいくつもある」

 国家の危機。
 そう言われて納得する災害の最中、人々の命を優先する様は英雄譚で語られる英雄そのものだ。
 彼ならばどうにかしてくれるのではないかと、思わせるだけの力があった。
 そんな彼に頼まれたならば、やれねばならぬだろうと、ミュンツェは自分を奮い立たせる。
 それは、シュトレもフロンも同じだったようだ。
 彼女達へと目を向ければ、一様にどこか興奮した面持ちで、ヴィーダを見つめていた。
 ヴィーダは、それらの瞳を真向から受け止めると、燈凛へと顔を向ける。

「悪魔共はできるだけ引き付け、殺す。だが、数が多すぎだ。どうしても手が回らん。どうしたところで、俺の手から漏れる」
「であれば、ヴィーダ君から逃れた悪魔は、こちらでどうにかするしかありませんね」
「いいか? 一人で挑むな。必ず複数人で対応しろ。一体ならともかく、複数体は厳しいだろうからな。最悪、ヤバくなれば叫べ。どうにかする」
「そうならないように注意深く動かないとなりませんか」

 ヴィーダと燈凛が方針を決め、動き出そうとした時、更なる悪魔の群れが襲い掛かってくる。
 刀を構え直すと、ヴィーダは素早く斬り伏せようとしたが、その動きが止まる。そして、何故か悪魔の群れから距離を取った。
 目にも止まらぬ速さで斬り伏せた、というように見えなかったけれど。
 ミュンツェが不可思議に思っていると、数瞬後にその答えは判明した。
 肉を潰す鈍い音を立て、悪魔の頭蓋から剣が生えたのだ。
 傷口といっていいのか、剣が刺さった部分から黒い霧のようななにかを吹き出しながら、ヴィーダ達を襲った化け物共は刺さっていた剣と共に消え去った。
 悪魔が倒されたというのに、ヴィーダの表情に歓喜はなく、敵意ばかりが増していく。
 視線で殺さんとばかりに建物の上を睨むヴィーダの視線を追うと、そこには黒衣を纏った黒き妖精が一人。

「ふふ。お困りの様子。私が手を貸してあげましょうか?」

 十三騎士ファイン・レッチェルは、道化師の如き深い笑みを浮かべ、ヴィーダ達を見下ろしていた。
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