第二王女の依頼書

ななよ廻る

文字の大きさ
上 下
13 / 26

第13話 悪魔の襲撃

しおりを挟む
 燈凛の先導の元、詰め所から飛び出したミュンツェ達は、街の状況に言葉を失った。
 人々が行き交い、平穏だったアンファングが誇る街の姿は消え失せ、恐怖を顔に張り付けた人々が逃げ惑う。
 彼らを襲うのは、今まで見たこともない化け物だった。
 蝙蝠に似た翼を広げ、強靭な肉体を持って縦横無尽に飛び回り、狂爪を持って人々を刈り取る人型の化け物。
 応接室に飛び込んできた騎士の言う通り、魔物、なのだろうか。
 人型でありながら、人ではない化け物が、街の空を侵略し、地上をも飲み込もうとしている。
 あまりにも現実離れした状況に、ミュンツェ達は揃って石化の魔法が掛けられたように動けなくなってしまう。

「なに……あれ? 魔物……?」

 ようやくミュンツェが絞り出せたのは、そんな一言だった。
 誰かの返答を期待しての言葉ではない。ただ、考えることもできず、思っていたことがそのまま口に出てしまっただけだ。
 だが、その言葉に反応し、燈凛は否定の言葉を重ねる。

「いいえ、違います。あれは魔物ではありません」

 空を飲み込まんと飛び回る化け物共を見上げながら、燈凛は否定する。
 確かに、ミュンツェとてあのような魔物は知らない。見たこともない。
 だからといって、魔物以外の選択肢があるかといえば、想像もできない。

「魔物じゃないって、ならあれは……」
「――悪魔。貴女達も聞いたことぐらいはあるのではないでしょうか?」
「あ、悪魔って、そんな……」

 ミュンツェとて聞いたことはある。いや、誰だってきいたことぐらいはあるはずだ。子供だって知っている。けれど……。
 ミュンツェが思ったことをそのまま口にしたのは、シュトレだ。彼女は、まるでそうあって欲しいと願うように、否定的な反応を示す。

「なにを、言っているの? そんなもの、おとぎ話や英雄譚で語られるだけの存在よね? 現実にいるはずがないわ」

 悪魔。
 それは、あらゆる種族の伝説やおとぎ話、英雄譚で語られる化け物だ。
 姿は様々で、時に人を惑わし、悪へと貶める凶悪な存在として語り継がれている。
 彼らの扱う力は強大で、話によっては国を滅ぼす程の力すら有する災害と同一視されることもある化け物。
 魔物と同等か、それ以上の脅威として描かれているが、実際の脅威とはなりえない。
 何故なら、悪魔とは物語で語られる空想上の生き物でしかないからだ。
 人々が想像する悪という概念を形にした悪魔という存在は、悪いことをすると悪魔に攫われるぞ、といった戒めや、英雄譚における敵役でしかない。
 そんな空想上の生物が存在すると言われて、簡単に信じられるものではない。
 それなのに、燈凛はシュトレの言葉を肯定しない。明確に悪魔が存在するものとして語る。

「シュトレ様の言う通り、伝説上の生き物であることは間違いありません。ですが、決して空想上の生き物ではないのです。存在自体が災害と伝えられる悪魔は、事実として存在し、こうしてあらゆる種族へと牙を剥きます」

 空を見上げ、燈凛は我が物顔で飛び回る悪鬼共を見据える。

「私とヴィーダ君の仕事は、ゼーレ卿を止めること。もちろん、貴女達のように誘拐事件についてではありません。彼には、悪魔召喚の疑いがあり、事実確認及び、疑惑が真実であるのならば、その阻止が目的となります。ですが、残念なことに、私達が到着した時点で手遅れであったようです」

 無念でならないと、目を伏せる燈凛に、ミュンツェは思わず聞いてしまいそうになった。
 ――それはもしかして、私達を助けるために時間を使ったから、と。
 ミュンツェ達を救うことさえしなければ、このような最悪の事態はまぬがれたのかもしれないと考えずにはいられない。
 だからといって、救ってくれなければ良かったなどと口が裂けても言えない。それでも、ざわつく心の安寧のために、答えを欲した。
 けれど、既にそのような時間は残されてはいなかった。

『――ッッッッッッッッっ!!』

 獣染みた雄叫びを上げながら、ミュンツェ達を狩り取ろうと悪魔が襲ってきたのだ。
 ミュンツェ達三人は咄嗟に身構える。
 唯一、燈凛のみは迫る悪魔を睥睨するのみで、動こうとはしなかった。
 微動だにしない燈凛に、ミュンツェは慌てる。

「と、燈凛さんっ!?」

 振り下ろされる死の狂爪に、燈凛が刻まれる姿を幻視した。
 だが、そのような未来は訪れることはなく、逆に斬り刻まれていたのは襲ってきた悪魔のほうであった。

「おい。話はまだ終わらないのか?」

 悪魔同様、上空から降り立ったヴィーダが、燈凛へと悪態を付く。
 相も変わらず、突然現れたヴィーダに驚くばかりだが、燈凛は平然と彼と話し始める。

「最低限は伝え終わったところです。助力については、まだ」
「この状況で悠長なことをいうな」

 一度、周囲を見渡したヴィーダは、二刀を軽く振るい、燈凛を含めた四人へと告げる。その口調は強い。

「お前らはさっさと街の人間を避難させる。ほっとけば、全員こいつらの餌食だ」
『――――――――――――――ッッッ!?』

 話の途中、襲い掛かってきた悪魔を振り向きもせず両断する。
 空想上でしか語られることのなかった悪魔。それらを前にしても、平時と変わらぬ泰然とした姿に、驚愕するばかり。
 彼と出会ってから、驚かされることばかりである。
 そんなヴィーダが口にする言葉は、なによりも重みがあった。つまるところ、彼ですらこの状況では、全てを守り切れないと告げているに他ならない故だ。
 
「怖いというならさっさと逃げろ。だが、動けるというなら即座に動け。それだけで――救われる命がいくつもある」

 国家の危機。
 そう言われて納得する災害の最中、人々の命を優先する様は英雄譚で語られる英雄そのものだ。
 彼ならばどうにかしてくれるのではないかと、思わせるだけの力があった。
 そんな彼に頼まれたならば、やれねばならぬだろうと、ミュンツェは自分を奮い立たせる。
 それは、シュトレもフロンも同じだったようだ。
 彼女達へと目を向ければ、一様にどこか興奮した面持ちで、ヴィーダを見つめていた。
 ヴィーダは、それらの瞳を真向から受け止めると、燈凛へと顔を向ける。

「悪魔共はできるだけ引き付け、殺す。だが、数が多すぎだ。どうしても手が回らん。どうしたところで、俺の手から漏れる」
「であれば、ヴィーダ君から逃れた悪魔は、こちらでどうにかするしかありませんね」
「いいか? 一人で挑むな。必ず複数人で対応しろ。一体ならともかく、複数体は厳しいだろうからな。最悪、ヤバくなれば叫べ。どうにかする」
「そうならないように注意深く動かないとなりませんか」

 ヴィーダと燈凛が方針を決め、動き出そうとした時、更なる悪魔の群れが襲い掛かってくる。
 刀を構え直すと、ヴィーダは素早く斬り伏せようとしたが、その動きが止まる。そして、何故か悪魔の群れから距離を取った。
 目にも止まらぬ速さで斬り伏せた、というように見えなかったけれど。
 ミュンツェが不可思議に思っていると、数瞬後にその答えは判明した。
 肉を潰す鈍い音を立て、悪魔の頭蓋から剣が生えたのだ。
 傷口といっていいのか、剣が刺さった部分から黒い霧のようななにかを吹き出しながら、ヴィーダ達を襲った化け物共は刺さっていた剣と共に消え去った。
 悪魔が倒されたというのに、ヴィーダの表情に歓喜はなく、敵意ばかりが増していく。
 視線で殺さんとばかりに建物の上を睨むヴィーダの視線を追うと、そこには黒衣を纏った黒き妖精が一人。

「ふふ。お困りの様子。私が手を貸してあげましょうか?」

 十三騎士ファイン・レッチェルは、道化師の如き深い笑みを浮かべ、ヴィーダ達を見下ろしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【R18】異世界なら彼女の母親とラブラブでもいいよね!

SoftCareer
ファンタジー
幼なじみの彼女の母親と二人っきりで、期せずして異世界に飛ばされてしまった主人公が、 帰還の方法を模索しながら、その母親や異世界の人達との絆を深めていくというストーリーです。 性的描写のガイドラインに抵触してカクヨムから、R-18のミッドナイトノベルズに引っ越して、 お陰様で好評をいただきましたので、こちらにもお世話になれればとやって参りました。 (こちらとミッドナイトノベルズでの同時掲載です)

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

処理中です...