第二王女の依頼書

ななよ廻る

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第9話 希望

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 二刀を構え、油断なくファインを見据える銀髪の少年。
 未だ危機を脱したわけではないが、彼の大きな背中を見ていると緊張が解け、ミュンツェは腰が抜けたようにへたり込んでしまう。

「彼は…………」

 一体何者なのか。
 十三騎士であるファインの攻撃を容易く受け切り、退かせるほどの技量。これ程の実力者ならば、名が通っていそうなものだが、覚えはない。
 容姿こそ人族のようだが、恰好は護陽の和装に近い。もしかすると、護陽の出身なのか。
 彼の背を見つめながらそんなことを考えていると、新たな人物がミュンツェに声を掛けてきた。

「お三方、無事でなによりです。……間に合ったとは口が裂けても言えませんが、本当に良かった」

 獣人の証である獣の耳と尻尾を揺らし、安堵した表情を浮かべる和風美人。
 同じ女性でありながら、見惚れてしまいそうになるほどたおやかな所作に、目を奪われる。
 彼女は、騎士団の亡骸を見つめ、悼むように目を伏せた。
 そうして、騎士団へのともらいを終えると、ミュンツェ達への前へと進み、振り返る。
 ミュンツェ達を安心させるよう、柔らかな微笑みを浮かべた獣人の女性。銀髪の少年のことはわからなかったが、ミュンツェは彼女のことを知っていた。

「貴女は――」
「しー」

 日隠燈凛と、名を口にしようとすると、彼女は人差し指を立て、濡れた唇にそっと添える。
 理由は不明だが、彼女は名前を口にして欲しくはないらしい。
 助けられた身としては、断ることもできず、ミュンツェは口をつぐむ。
 満足気に微笑む燈凛。こんな時だというのに、彼女の一挙手一投足に見惚れ、思わず照れてしまう。大人の女性の魅力とでも言えばいいのか、彼女の所作には目を離せなくする艶がある。
 そんな、緊張感の失せた気持ちになっていると、耳心地の良い低音が響く。

「燈凛」

 背中越しに声を掛けられた燈凛は「ごめんなさいね」と、ミュンツェに一言を入れてから、彼の背に向き直る。

「そいつら連れて、先に退け」
「わかりました。ただ、相手は十三騎士。あまり無理をしてはいけませんよ?」
「ふん。そんなこと、言われなくてもわかっている」

 不機嫌さを隠すことなく、彼は鼻を鳴らすと、さっさと行けと脱出を促す。
 はいはいと、まるで我が儘を言う弟を窘めるように、燈凛は苦笑すると、改めてミュンツェ達へと振り返る。
 燈凛は、パンッと両手を合わせて、ミュンツェ達の視線を集める。

「ここは彼に任せて、私達は撤退しましょう」
「え、でも」
「彼の邪魔になってはいけませんので」

 ミュンツェが戸惑いの声を上げるが、燈凛はお構いなしだ。
 彼女は、へたり込む少女達を手際よく立ち上がらせていくと、背中を押して強引に屋敷の出口へと歩からせる。
 彼を残したまま逃げてもいいのか。私になにかできることはないのか。どうすればよかったのか。
 思考とも呼べぬぐちゃぐちゃとした思いが頭の中で浮かんでは消えていく。結局、自身がするべきことなど答えは出ず、促されるがままに外への扉をくぐるしかなかった。
 けれど、と。せめて口にしなければと、ミュンツェは思ったままに叫んだ。

「ありがとう! 無事でいてね!!」

 彼の背を遮るように、軋む音を起てながら扉が閉まる。
 果たして彼に声は届いたのか。
 わかりはしないし、届いたからといってなんだというのか。それでも、届いていて欲しいと願うのは、ただの傲慢だろうか。
 屋敷の外と中を遮る身の丈以上の黒い豪奢な扉の前で、彼の無事を願う。
 勇者とその仲間を脱出させた燈凛は、彼女達を見渡すと一つ提案をする。

「さて。これからですが、一旦騎士団の詰め所に行くということで宜しいでしょうか? 現状や、今後について落ち着いた場所でお話したいしたので」
「それは、いいけど」

 燈凛の提案に否はない。
 だが、やはり一人残した少年のことが心にしこりとなって残る。
 そのしこりを、明確な言葉としたのはシュトレだった。

「彼、死ぬわよ」

 先程よりも顔色は良くなったが、血の気が引き、青い表情は変わらない。
 シュトレは、女神から予言を受けた神官のように、重苦しく告げた。

「十三騎士を相手に一人で戦うなんて、無謀よ」
「それは、そうだけど。だからといって私達が残っても……」

 思い返されるのは、手も足も出なかった闘いとすら呼べない児戯だ。あしらわれ、草花を狩る程度の気安さで、命を刈り取られようとした恐怖は、彼女達の心に深く根付いてしまっている。
 もう一度戦えと言われたところで、剣を構えることさえできるのかすら怪しい。死とともに刻み込まれた恐怖はそう容易く消えはしない。
 例え、震える手で剣を構えたところで、一体なにができるというのか。先程、燈凛が口にしたように、邪魔にしかならないのは明白だろう。
 だからといって、なにもしないというのは、どうにも落ち着かないのだが。
 ミュンツェとシュトレは、屋敷内でこれから起こる事態を悲劇と予想したが、フロンは全く逆であったようだ。
 彼女は、頬を赤らめ、はしゃぐ子供のように興奮した面持ちで熱を持って語る。

「そんなことないですよ! さっき、凄かったじゃないですか! バーンってきてガガガンッって斬ってドーンって立ちふさがって!! 恰好良くて、強くて。まるで、お姫様の危機に颯爽と登場する正義の味方みたい! あの人なら、絶対大丈夫ですよ!!」

 根拠のない自信だが、熱を帯びるフロンの語りは信じたくなる。
 なにより、彼女同様、死の淵から助けられた身としては、実際はどうであれ、彼は格好良くて強い正義の味方である、というのを信じたくはある。
 逆に、シュトレは冷徹だ。冷め切っているといってもいい。彼女にとっては、突然現れた少年よりも、十三騎士という存在のほうが絶対的であり続けているのだろう。

「いくら強かろうと、十三騎士相手では誰もが敵わない。貴女達も見たでしょう? カイト騎士団長達の末路を。彼らでさえ無抵抗で殺されたというのに、彼一人でどうにかなるはずないわ」

 告げられ、騎士達の最後を思い出してしまう。
 彼らは、まともな抵抗もできぬまま、揃って首を狩られ、血の海へと沈んだ。人が冷たい死体へと変わる瞬間は、目に焼き付いて離れない。
 言葉だけではない。事実として刻まれている騎士達の最後を証拠として出されては、黙る他ない。
 少女達の頭の中で、少年の死が鮮明に描かれていると、一連のやり取りを眺めていた燈凛が思わずといった風に笑みを零す。

「ふふ」

 集まる視線に、彼女は動揺も見せず、抑えられないとばかりに笑いを零し続ける。
 燈凛が連れてきた少年が死ぬかもしれないというのに、笑うなど。不謹慎な態度をシュトレが咎める。

「貴女、心配ではないの? それとも、貴女にとって彼は、私達を救い出す為の捨て石だとでも?」
「いえ、まさか」

 ありえないとばかりに、彼女は首を左右に振って否定する。
 そして、やはり燈凛は、笑みを浮かべる。

「大丈夫ですよ」

 我が事のように、彼女は自信満々に胸を張る。

「ヴィーダ君は負けませんから」
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