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第32話 普通

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 外壁の上にあるクローナの屋敷や魔王城は魔法結界で覆われているために、たとえ王都の民が空を飛んでも足を踏み入ることができない。
 逆にこちらから王都に行くには魔法の力で転移しなければならないというなかなかの手間なのだが、これも防衛のためには必要なのだろう。

「……これは……」
「うぅ……」
「あ~……」

 だが、どうやら結界はあって正解だったようだ。
 お忍びで外套で顔を隠して俺たち三人が王都の街に降り立った瞬間、その場には俺たちの予想外の光景が広がっていた。

「怨敵テラの弟妹を魔界から追い出せー!」
「我らの血税でテラの弟妹を保護などありえぬ!」
「クローナ姫は何を考えておられるのだ!」
「被害者遺族に対して侮辱もいいところだ!」

 街全体でデモのようなものが広がっていた。
 
「これは……どうして? だってお二人の存在については軍の中だけにと……」

 クローナが切なそうに呟く。
 俺たちのことは軍の中だけで情報統制していたようだけど、もう漏れてしまっている。
 どうやら、どこかの誰かが漏らしたのだろう。
 だが、これはある意味で当然のことだ。
 むしろ、クンターレ王国のときと違って、これこそが本来の魔界の民たちの俺たちへの反応なのだ。
 俺たちを拒絶する声、そしてクローナを非難する声も飛ぶ。

「冗談じゃねえ……姫様は、洗脳でもされてんじゃねえのかよぉ! 大魔王様も何をお考えなんだかよぉ!」
「ば、ばか、お前、流石にその発言は……」
「知ったことかぁ! 罪に問われるってか! ならいくらでも言ってやらぁ! 俺の息子はテラの軍に殺されたんだ! それなのに、テラの弟妹を保護するとか、俺をバカにするにもほどがあらぁ!」

 中には朝っぱらから酔いつぶれたようにフラフラしながら酒瓶片手に喚いている魔族もいる。

「あのバカ息子は……必ず手柄を上げて偉くなって……男手一つで育てたこの俺を楽させるとかなんとか……馬鹿野郎……お前さえいてくれりゃ、俺は何もいらなかったんだ……なのに、兵になんて志願して……ちくしょう……ちくしょう!」

 だが、酔っ払っているからこそ、漏れる言葉も全て本音であり、その瞳には涙も流れている。

「……クロお姉ちゃん……」
「ジェニ! 大丈夫です、何も心配いりません! ですけど……ごめんなさい。ちょっとお部屋に戻りましょう」

 不安そうに呟くジェニをクローナが慌てて抱き寄せて微笑むが、いくらジェニが子供とはいえ無理だ。
 先日にクンターレ王国の時でも経験していることだったから。

「昨日、魔王城の入り口で衛兵たちも俺たちを睨んでいた……」
「エルセ?」
「これが……世間の……魔族や魔界の純粋な声なんだよ」

 そう……


――たとえどれだけ姿形を偽っても、君たちは人間で、テラの弟妹。そしてここは魔界でこの地に住む者たちは魔族……ってことをね♪


 あの参謀の言っていた通り……


――そして……君はたまたまクローナ姫と出会えただけ……クローナ姫が特別だっただけ……人間にだって……シス姫だっけ? そういう特別な存在が居たのと同じこと


 これが普通でクローナと姉さんが特別だったんだ。
 それなのに、俺たちは姉さんが死に、故郷を追放された直後にクローナと出会った。
 そしてきっかけは同情だったかもしれないが、俺とジェニに対しても明確に好意を持ってくれて、俺たちはそれに浮かれていた。
 ジェニはまだそれでいいかもしれない。
 でも、俺は……

「大丈夫です!」

 そこで、クローナがジェニを抱きしめながら俺の手を握った。


「エルセ、ジェニ、お二人のことは今後何があろうと私が責任を持つと言ったでしょう? 大魔王様も仰いました。いつかこういうことにもなるというのは私も分かっていました」

「クローナ……」

「それが早くなっただけで、結局やることは変わらないのです。二人がたとえ人間であっても、テラの弟妹であっても、二人に何の罪も――――」


 そうやって俺たちを守るための決意を口にしようとしたクローナを見て、俺はハッとした。
 その姿がどうしても姉さんとダブってしまったからだ。
 だからこそ……


「それだけじゃ、ダメだよな……」

「え?」


 このままクローナに任せるだけじゃダメなんだ。

「……ぎゅ」
「ッ、ジェニ?」
「クロお姉ちゃんが危ないの駄目だから」
「あ……っ……」

 ジェニも俺と同じことを思ったようだ。
 これから俺たちはこの世界で、この地で、そして……


「クローナ……俺たち二人のことを理解してもらおうなんて……無理な話だ。だってそもそも俺自身が、兄さんのことで真実を知って謝罪してきた王国の野郎たちを拒絶したんだ……それなのに、今回の帝国の工作やら兄さんのことがどうであろうと魔界からすれば知ったこっちゃねえこと。それなのに、俺たちを受け入れてくれなんて虫が良すぎる」

「そんな、エルセ! 何を……」


 俺の少し投げやりな言葉にクローナはムッとした顔で俺の掴んでいる手を強く握った。


「だからと言って、もし私に遠慮して私の前からいなくなることは許しませんよ? もう、二人は私の家族なのです。それともエルセは一度おせっせした女はもう飽きてポイですか?」

「ちが、ちげーよ! ただ、これは……皆に納得してもらうように説得とか、もうそういうレベルじゃねえってことだよ」

「そんな……でも……だからと言って、それを諦めるようなことはしたくありません!」


 そう、話してどうにかなったクローナが特別だった。
 ならば「普通」の奴ら相手ならばどうすれば……


「ん~? ……あっ! ちょ、あ、アレ……あそこに……」

「え? ……クローナ姫ッ!」


 そのときだった。
 王都の街に少し強い風が噴き……

「え? あっ!」

 頭を覆っていた俺たちのフードが捲れてしまい、俺たちの存在に周囲が気づいた。
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