32 / 46
第32話 普通
しおりを挟む
外壁の上にあるクローナの屋敷や魔王城は魔法結界で覆われているために、たとえ王都の民が空を飛んでも足を踏み入ることができない。
逆にこちらから王都に行くには魔法の力で転移しなければならないというなかなかの手間なのだが、これも防衛のためには必要なのだろう。
「……これは……」
「うぅ……」
「あ~……」
だが、どうやら結界はあって正解だったようだ。
お忍びで外套で顔を隠して俺たち三人が王都の街に降り立った瞬間、その場には俺たちの予想外の光景が広がっていた。
「怨敵テラの弟妹を魔界から追い出せー!」
「我らの血税でテラの弟妹を保護などありえぬ!」
「クローナ姫は何を考えておられるのだ!」
「被害者遺族に対して侮辱もいいところだ!」
街全体でデモのようなものが広がっていた。
「これは……どうして? だってお二人の存在については軍の中だけにと……」
クローナが切なそうに呟く。
俺たちのことは軍の中だけで情報統制していたようだけど、もう漏れてしまっている。
どうやら、どこかの誰かが漏らしたのだろう。
だが、これはある意味で当然のことだ。
むしろ、クンターレ王国のときと違って、これこそが本来の魔界の民たちの俺たちへの反応なのだ。
俺たちを拒絶する声、そしてクローナを非難する声も飛ぶ。
「冗談じゃねえ……姫様は、洗脳でもされてんじゃねえのかよぉ! 大魔王様も何をお考えなんだかよぉ!」
「ば、ばか、お前、流石にその発言は……」
「知ったことかぁ! 罪に問われるってか! ならいくらでも言ってやらぁ! 俺の息子はテラの軍に殺されたんだ! それなのに、テラの弟妹を保護するとか、俺をバカにするにもほどがあらぁ!」
中には朝っぱらから酔いつぶれたようにフラフラしながら酒瓶片手に喚いている魔族もいる。
「あのバカ息子は……必ず手柄を上げて偉くなって……男手一つで育てたこの俺を楽させるとかなんとか……馬鹿野郎……お前さえいてくれりゃ、俺は何もいらなかったんだ……なのに、兵になんて志願して……ちくしょう……ちくしょう!」
だが、酔っ払っているからこそ、漏れる言葉も全て本音であり、その瞳には涙も流れている。
「……クロお姉ちゃん……」
「ジェニ! 大丈夫です、何も心配いりません! ですけど……ごめんなさい。ちょっとお部屋に戻りましょう」
不安そうに呟くジェニをクローナが慌てて抱き寄せて微笑むが、いくらジェニが子供とはいえ無理だ。
先日にクンターレ王国の時でも経験していることだったから。
「昨日、魔王城の入り口で衛兵たちも俺たちを睨んでいた……」
「エルセ?」
「これが……世間の……魔族や魔界の純粋な声なんだよ」
そう……
――たとえどれだけ姿形を偽っても、君たちは人間で、テラの弟妹。そしてここは魔界でこの地に住む者たちは魔族……ってことをね♪
あの参謀の言っていた通り……
――そして……君はたまたまクローナ姫と出会えただけ……クローナ姫が特別だっただけ……人間にだって……シス姫だっけ? そういう特別な存在が居たのと同じこと
これが普通でクローナと姉さんが特別だったんだ。
それなのに、俺たちは姉さんが死に、故郷を追放された直後にクローナと出会った。
そしてきっかけは同情だったかもしれないが、俺とジェニに対しても明確に好意を持ってくれて、俺たちはそれに浮かれていた。
ジェニはまだそれでいいかもしれない。
でも、俺は……
「大丈夫です!」
そこで、クローナがジェニを抱きしめながら俺の手を握った。
「エルセ、ジェニ、お二人のことは今後何があろうと私が責任を持つと言ったでしょう? 大魔王様も仰いました。いつかこういうことにもなるというのは私も分かっていました」
「クローナ……」
「それが早くなっただけで、結局やることは変わらないのです。二人がたとえ人間であっても、テラの弟妹であっても、二人に何の罪も――――」
そうやって俺たちを守るための決意を口にしようとしたクローナを見て、俺はハッとした。
その姿がどうしても姉さんとダブってしまったからだ。
だからこそ……
「それだけじゃ、ダメだよな……」
「え?」
このままクローナに任せるだけじゃダメなんだ。
「……ぎゅ」
「ッ、ジェニ?」
「クロお姉ちゃんが危ないの駄目だから」
「あ……っ……」
ジェニも俺と同じことを思ったようだ。
これから俺たちはこの世界で、この地で、そして……
「クローナ……俺たち二人のことを理解してもらおうなんて……無理な話だ。だってそもそも俺自身が、兄さんのことで真実を知って謝罪してきた王国の野郎たちを拒絶したんだ……それなのに、今回の帝国の工作やら兄さんのことがどうであろうと魔界からすれば知ったこっちゃねえこと。それなのに、俺たちを受け入れてくれなんて虫が良すぎる」
「そんな、エルセ! 何を……」
俺の少し投げやりな言葉にクローナはムッとした顔で俺の掴んでいる手を強く握った。
「だからと言って、もし私に遠慮して私の前からいなくなることは許しませんよ? もう、二人は私の家族なのです。それともエルセは一度おせっせした女はもう飽きてポイですか?」
「ちが、ちげーよ! ただ、これは……皆に納得してもらうように説得とか、もうそういうレベルじゃねえってことだよ」
「そんな……でも……だからと言って、それを諦めるようなことはしたくありません!」
そう、話してどうにかなったクローナが特別だった。
ならば「普通」の奴ら相手ならばどうすれば……
「ん~? ……あっ! ちょ、あ、アレ……あそこに……」
「え? ……クローナ姫ッ!」
そのときだった。
王都の街に少し強い風が噴き……
「え? あっ!」
頭を覆っていた俺たちのフードが捲れてしまい、俺たちの存在に周囲が気づいた。
逆にこちらから王都に行くには魔法の力で転移しなければならないというなかなかの手間なのだが、これも防衛のためには必要なのだろう。
「……これは……」
「うぅ……」
「あ~……」
だが、どうやら結界はあって正解だったようだ。
お忍びで外套で顔を隠して俺たち三人が王都の街に降り立った瞬間、その場には俺たちの予想外の光景が広がっていた。
「怨敵テラの弟妹を魔界から追い出せー!」
「我らの血税でテラの弟妹を保護などありえぬ!」
「クローナ姫は何を考えておられるのだ!」
「被害者遺族に対して侮辱もいいところだ!」
街全体でデモのようなものが広がっていた。
「これは……どうして? だってお二人の存在については軍の中だけにと……」
クローナが切なそうに呟く。
俺たちのことは軍の中だけで情報統制していたようだけど、もう漏れてしまっている。
どうやら、どこかの誰かが漏らしたのだろう。
だが、これはある意味で当然のことだ。
むしろ、クンターレ王国のときと違って、これこそが本来の魔界の民たちの俺たちへの反応なのだ。
俺たちを拒絶する声、そしてクローナを非難する声も飛ぶ。
「冗談じゃねえ……姫様は、洗脳でもされてんじゃねえのかよぉ! 大魔王様も何をお考えなんだかよぉ!」
「ば、ばか、お前、流石にその発言は……」
「知ったことかぁ! 罪に問われるってか! ならいくらでも言ってやらぁ! 俺の息子はテラの軍に殺されたんだ! それなのに、テラの弟妹を保護するとか、俺をバカにするにもほどがあらぁ!」
中には朝っぱらから酔いつぶれたようにフラフラしながら酒瓶片手に喚いている魔族もいる。
「あのバカ息子は……必ず手柄を上げて偉くなって……男手一つで育てたこの俺を楽させるとかなんとか……馬鹿野郎……お前さえいてくれりゃ、俺は何もいらなかったんだ……なのに、兵になんて志願して……ちくしょう……ちくしょう!」
だが、酔っ払っているからこそ、漏れる言葉も全て本音であり、その瞳には涙も流れている。
「……クロお姉ちゃん……」
「ジェニ! 大丈夫です、何も心配いりません! ですけど……ごめんなさい。ちょっとお部屋に戻りましょう」
不安そうに呟くジェニをクローナが慌てて抱き寄せて微笑むが、いくらジェニが子供とはいえ無理だ。
先日にクンターレ王国の時でも経験していることだったから。
「昨日、魔王城の入り口で衛兵たちも俺たちを睨んでいた……」
「エルセ?」
「これが……世間の……魔族や魔界の純粋な声なんだよ」
そう……
――たとえどれだけ姿形を偽っても、君たちは人間で、テラの弟妹。そしてここは魔界でこの地に住む者たちは魔族……ってことをね♪
あの参謀の言っていた通り……
――そして……君はたまたまクローナ姫と出会えただけ……クローナ姫が特別だっただけ……人間にだって……シス姫だっけ? そういう特別な存在が居たのと同じこと
これが普通でクローナと姉さんが特別だったんだ。
それなのに、俺たちは姉さんが死に、故郷を追放された直後にクローナと出会った。
そしてきっかけは同情だったかもしれないが、俺とジェニに対しても明確に好意を持ってくれて、俺たちはそれに浮かれていた。
ジェニはまだそれでいいかもしれない。
でも、俺は……
「大丈夫です!」
そこで、クローナがジェニを抱きしめながら俺の手を握った。
「エルセ、ジェニ、お二人のことは今後何があろうと私が責任を持つと言ったでしょう? 大魔王様も仰いました。いつかこういうことにもなるというのは私も分かっていました」
「クローナ……」
「それが早くなっただけで、結局やることは変わらないのです。二人がたとえ人間であっても、テラの弟妹であっても、二人に何の罪も――――」
そうやって俺たちを守るための決意を口にしようとしたクローナを見て、俺はハッとした。
その姿がどうしても姉さんとダブってしまったからだ。
だからこそ……
「それだけじゃ、ダメだよな……」
「え?」
このままクローナに任せるだけじゃダメなんだ。
「……ぎゅ」
「ッ、ジェニ?」
「クロお姉ちゃんが危ないの駄目だから」
「あ……っ……」
ジェニも俺と同じことを思ったようだ。
これから俺たちはこの世界で、この地で、そして……
「クローナ……俺たち二人のことを理解してもらおうなんて……無理な話だ。だってそもそも俺自身が、兄さんのことで真実を知って謝罪してきた王国の野郎たちを拒絶したんだ……それなのに、今回の帝国の工作やら兄さんのことがどうであろうと魔界からすれば知ったこっちゃねえこと。それなのに、俺たちを受け入れてくれなんて虫が良すぎる」
「そんな、エルセ! 何を……」
俺の少し投げやりな言葉にクローナはムッとした顔で俺の掴んでいる手を強く握った。
「だからと言って、もし私に遠慮して私の前からいなくなることは許しませんよ? もう、二人は私の家族なのです。それともエルセは一度おせっせした女はもう飽きてポイですか?」
「ちが、ちげーよ! ただ、これは……皆に納得してもらうように説得とか、もうそういうレベルじゃねえってことだよ」
「そんな……でも……だからと言って、それを諦めるようなことはしたくありません!」
そう、話してどうにかなったクローナが特別だった。
ならば「普通」の奴ら相手ならばどうすれば……
「ん~? ……あっ! ちょ、あ、アレ……あそこに……」
「え? ……クローナ姫ッ!」
そのときだった。
王都の街に少し強い風が噴き……
「え? あっ!」
頭を覆っていた俺たちのフードが捲れてしまい、俺たちの存在に周囲が気づいた。
168
お気に入りに追加
815
あなたにおすすめの小説
勇者に大切な人達を寝取られた結果、邪神が目覚めて人類が滅亡しました。
レオナール D
ファンタジー
大切な姉と妹、幼なじみが勇者の従者に選ばれた。その時から悪い予感はしていたのだ。
田舎の村に生まれ育った主人公には大切な女性達がいた。いつまでも一緒に暮らしていくのだと思っていた彼女らは、神託によって勇者の従者に選ばれて魔王討伐のために旅立っていった。
旅立っていった彼女達の無事を祈り続ける主人公だったが……魔王を倒して帰ってきた彼女達はすっかり変わっており、勇者に抱きついて媚びた笑みを浮かべていた。
青年が大切な人を勇者に奪われたとき、世界の破滅が幕を開く。
恐怖と狂気の怪物は絶望の底から生まれ落ちたのだった……!?
※カクヨムにも投稿しています。
戦争から帰ってきたら、俺の婚約者が別の奴と結婚するってよ。
隣のカキ
ファンタジー
国家存亡の危機を救った英雄レイベルト。彼は幼馴染のエイミーと婚約していた。
婚約者を想い、幾つもの死線をくぐり抜けた英雄は戦後、結婚の約束を果たす為に生まれ故郷の街へと戻る。
しかし、戦争で負った傷も癒え切らぬままに故郷へと戻った彼は、信じられない光景を目の当たりにするのだった……
冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい
一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。
しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。
家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。
そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。
そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。
……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──
彼女の浮気相手からNTRビデオレターが送られてきたから全力で反撃しますが、今さら許してくれと言われてももう遅い
うぱー
恋愛
彼女の浮気相手からハメ撮りを送られてきたことにより、浮気されていた事実を知る。
浮気相手はサークルの女性にモテまくりの先輩だった。
裏切られていた悲しみと憎しみを糧に社会的制裁を徹底的に加えて復讐することを誓う。
■一行あらすじ
浮気相手と彼女を地獄に落とすために頑張る話です(●´艸`)ィヒヒ
勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。
飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。
隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。
だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。
そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。
魔族だと誤解され追放された、俺は本物の勇者ですけど
宮富タマジ
ファンタジー
17歳のリュカは
世界で唯一の『勇者』として勇者パーティに加入した。
しかし
彼が持つ唯一の強力なスキル『エクリプス・ノヴァ』は
魔王ルシファードからチート能力で略奪したものであり
その使用時には魔族のような闇の力が漂ってしまう。
街の人々や勇者パーティの仲間たちは
その異質な雰囲気を恐れ
彼を魔族だと誤解してしまう。
「子どもたち
あの勇者には近づかないようにしなさい!」
「リュカって子
魔族なんじゃないか?
見てるだけで寒気がするぜ」
勇者パーティのリーダーである戦士ガレスは
「リュカ
そのスキルを使うたびに周囲が暗くなる。
正直、仲間として不安だ」
魔法使いのカトリーヌも心配そうに言う。
「あなたの力
制御できているの?
まるで闇に飲まれているように見えるわ」
本物の勇者であることを証明しようと
懸命に努力していたリュカだったが
ついに勇者パーティから
追放されてしまった。
勇者のハーレムパーティを追放された男が『実は別にヒロインが居るから気にしないで生活する』ような物語(仮)
石のやっさん
ファンタジー
主人公のリヒトは勇者パーティを追放されるが
別に気にも留めていなかった。
元から時期が来たら自分から出て行く予定だったし、彼には時期的にやりたい事があったからだ。
リヒトのやりたかった事、それは、元勇者のレイラが奴隷オークションに出されると聞き、それに参加する事だった。
この作品の主人公は転生者ですが、精神的に大人なだけでチートは知識も含んでありません。
勿論ヒロインもチートはありません。
そんな二人がどうやって生きていくか…それがテーマです。
他のライトノベルや漫画じゃ主人公になれない筈の二人が主人公、そんな物語です。
最近、感想欄から『人間臭さ』について書いて下さった方がいました。
確かに自分の原点はそこの様な気がしますので書き始めました。
タイトルが実はしっくりこないので、途中で代えるかも知れません。
声の出ない少年と心を読む少女
てけと
ファンタジー
幼いころに声の出なくなった少年が、勇者パーティーから追放されるところから物語は始まる。
追放された少年レンはただの剣士で、チートなどの特殊な力は持っていなかったが、ただならぬ努力と研鑽によって、いつのまにか彼は剣士という枠に収まる強さではなくなっていた。
勇者パーティーに便利な物扱いされていた彼は、聖剣を手にした勇者にパーティーから追放され、その後王国からも追放される。
途方に暮れた彼は、人が不可侵とする魔物ひしめく山へ入っていき、その山の向こうにある帝国へと身を寄せることとなる。
帝国で人の心が読める少女と出会い、彼女との仲を深めつつ、人としての心を取り戻していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる