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第8話 Fランクのキック

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「んなっ!?」
「え、こ、今度は何?」
「だ、誰?」
「なんだ、あいつは!?」

 ここに来てシィーリアスの登場に、クルセイナを始め、周囲の他の生徒たちももはや訳が分からず混乱状態。

「ほ~ん……これはこれは♪」

 唯一フォルトだけは急にウキウキしだしたように笑みを浮かべる。
 この場に居る者たちが「何が起こった?」という想いを抱く中、割って入ったシィーリアスは真剣な顔でカイを指さし……


「己の身分にふんぞり返り、他者を傷つける悪党を見過ごせない君には感心するが……やりすぎだ! 見ろ! 彼……鼻が骨折しているじゃないか!」

「……?」

「喧嘩をすることは構わないが、相手に骨折以上の怪我をさせてはならない! 度を越えた正義は暴力になり、弱い者イジメという悪になる……と、僕は先生に教わった! 君も強いのだからそれまでにしたまえ!」


 熱く熱弁するシィーリアス。
 かつてその自覚なく、度を越えていたということでクビになった。
 そんな自分に再チャンスを与えるためにと課せられた勇者フリードからの指令。
 それがシィーリアスにとっての法律になってしまい、見過ごすことができなかった。
 一方で、カイは静かだった。
 と言っても、静かなのは見た目だけ。頭の中では……

(何だ? 何が起こった? 接近され、間に入られるまで気づかなかった……しかも、自分のファイヤーボールを蹴り飛ばすだと? バカな。何かの魔法を付与したか? しかし……いや、そもそも誰だ?)

 シィーリアスの言葉よりも、今自分の身に起こったことの整理が優先だった。
 
「そして、そこの貴族の君もこれにて懲りたであろう!」
「ううぇ、え、あ……」
「そもそもはそこで腰を抜かしている彼女がぶつかってのトラブルのようだが、見た限り彼女は涙を流しながら謝罪していた! 心からの謝罪には許す広い心を持ちたまえ! そして、君もまた彼女に対して侮辱したことを謝りたまえ!」
「……あ……あぇ……あ」
「……むぅ……聞いているのかい?」

 一方でシィーリアスは腰を抜かしているセブンライトにも説教。セブンライトも状況が理解できずに震えているだけ。
 そんな中でシィーリアスは……


「とにかく! 今日から僕たちは同じ学園の生徒なわけだし、貴族であろうと平民であろうと仲よくしよう! ついさっき、姫であるフォルトと貴族であるクルセイナも友になることを了承してくれた! これを機に仲直りして、皆で友達になろう! 悪の心は捨て、正義の心を胸に抱いて!」


 まるで状況を気にせずに自分の想いを叫んだのだった。
 
「……正義……悪?」

 だが……

「まったく……この学園には『殺す』に続いて、『正義』だの『悪』だのと軽々しく語る者が多くて……不快だ」
「むっ!?」

 カイはシィーリアスを否定した。

「何故だい? 正義とは良い言葉だ。子供だって憧れるものだ。口にすることの何が悪いのだ!」
「そんなもの……この世や人の醜さを知っているものほど軽々しく口にしないからさ……」
「だから、内に秘めておけと? 何を言うんだ! 口にしなければ伝わらないものだってある! 正義を軽々しく口にできないなど、そんなもの自分の行いに自信が無いと言っているような半端者のすることだ! 僕は底すらない醜く愚かな闇の中でも正義を貫いた人たちを知っている!」
「黙れ」
「ッ!?」

 その時だった。気づけば互いに一歩も引かない口論の中、カイから荒々しいプレッシャーが放たれる。
 その空気に、シィーリアスの表情も変わる。

「自分は、己を正義だなどと口にして、身勝手な正義を押し付ける者が嫌いなんだ……だから、黙れ」

 次の瞬間、カイの姿が一瞬で消えたと同時に、シィーリアスの背後に現れ、その首筋に手刀を降ろそうとした……が

「ッ!?」
「……僕とケンカする気か? ならば、僕も反撃はするぞ!」

 カイはシィーリアスの背後を取ったつもりだった。しかし、カイが背後に回った瞬間に、シィーリアスは後ろを向いてカイと向き合う状態になっていた。

(こいつ……自分のスピードをアッサリ見切る……どころか、反撃! 蹴り、右足、上段に!)

 そして、シィーリアスは高速で振り返っただけでなく、頭部を蹴ろうとしていることに気づいたカイは咄嗟に左腕を上げてガードしようとした。
 だが……

「がっ!?」

 バチンと、鞭で思いっきり叩いたような乾いた音が盛大に響き渡る。
 それは、頭を蹴られると思って左腕を上げたカイの左足の太ももに、シィーリアスの下段の蹴りが入った音だった。

(なぜ!? いま、確かに上段に蹴ろうとしたはず……何故下段に……それに、何という威力!? 腿の筋肉を……だが、耐えきれる! 押し切る! そのうるさい声を発する喉を突く!)

 なぜ自分が攻撃をくらったのか理解できなかったカイだが、それに耐えきり、蹴られていない右足を踏み込んで、手刀の突きでシィーリアスを射抜こうとしたが、

「ッッ!!??」

 カイが右足を強く踏み込んだ瞬間、右膝を中心に強烈な痺れと痛みが走る。
 いつの間にか、シィーリアスが今度は左の下段蹴りをカイの右足に叩き込んでいたのだ。
 しかも、それはただの下段蹴りではない。
 一撃でカイの右膝は崩れてしまった。


「……な……え?」


 何が起こったか分からず、片膝付いて顔を上げるカイ。
 目の前にはカイを見下ろしながらシィーリアスは……

「どうだ! これが僕の正義の蹴撃! 天空……あれ、でも魔法使ってないから……え~っと、普通だとサンドイッチローキック……ええい、魔法ないけど天空落雷蹴りだ!」

 真っすぐ揺らぎのない眼光でそう声を上げた。

「なん……だと?」

 まさに全てが一瞬の攻防。
 先ほどの、カイがセブンライトを返り討ちにした時のような分かりやすいものではない。
 
「な、なぜ……なぜ!? 何をした? 蹴り? 毒? 確かに素早い蹴りだったが、あんな簡単に……」

 それは、クルセイナも同じだった。
 Aランクという圧倒的な力を持ったカイが、シィーリアスに足を二回蹴られただけで片膝をついているのだ。

「ほ~ん……ただ、力強く蹴っただけ……というわけではなさそうですわね。何かタネがありそうですわ♪」

 フォルトも何が起こったかの全てを把握できているわけではないが、ただこの状況を楽しそうにニヤニヤが止まらない様子。
 そして、くらった張本人のカイは痺れる足の痛みを実感しながら息を整える。

(最初の蹴り……どうしていとも簡単に? それは未だに分からない。幻? だが、二度目の蹴り……これは分かった。この男の下段の蹴りに堪えてふんばり、構わず逆の足を前へ踏み込んだ瞬間の膝を狙われた……膝を入れて踏み込んだ瞬間、真上から蹴りを……地面と挟み込むように……偶然ではない。狙ってやった……そうだと分かるほどの的確なタイミングと角度で打ちぬかれた……自分が?)

 頭の中で整理し、その上で痺れる足の痛みに堪えながら顔を上げるカイ。

「大丈夫! ちょっと筋肉と神経を痛めただろうけど、時間を置けば治る! そして、これで終わりにしよう! さぁ、仲直りをして僕と友達になってくれたまえ!」
「……舐めるな」
「え?」
「これぐらいで自分は折れることはない!」

 見下ろすシィーリアスは上から手を差し出した。その手、その表情、その言葉にカイは落ち着こうとした心が余計に乱れ、痛む足を堪えながら立ち上がって飛び退いた。

「え、いや……だって、折らないように蹴ったし……」
「黙れ。見せてやろう。悪も正義も入る余地もない、命を断ち切る世界の力を」
「え、ええ?」

 カイはサンドイッチローキックをされた右足が思うように動かないことを確認。左足は腿にローキックを受けて痛みはあるが、十分動けることを確認。
 片足でケンケンしながら、カイは全身に魔力を漲らせる。


「六芒星・五芒星・七星の形状・属性融合!!!!」


 そして、カイの足元を中心に、様々な形の魔法陣が出現して光を放ち、その手に集約されたものが輝く槍の形に成っていく。

「ちょ、う、うそでしょ!? 何アレ?! 知らない! あんなの!」
「六芒星の魔法陣以外に、な、何だアレ? 五芒星? 七つ? しかも、炎や風? 雷も纏って……」
「ななな、なに? 何が起きているの!?」

 この場に居る学園にこれから通おうとする生徒たちは、その才能を認められて入学を許可された魔法の分野におけるエリートの卵たちである。
 ゆえに、一般人や常人よりも魔法に精通している。
 しかし、それでも大多数の者たちがその力を知らなかった。

「ば、ばかな……アレは……まさか……『多重魔法陣』……魔の威力を更に高めるという……し、しかし、アレは複数の人間同士でようやく発現できる超高等魔法! そ、それを、一人で……しかも、わ、私たちと同じ……入学前の生徒が……」
「ほ~ん……なるほど~、一人で出来ちゃうなんて、器用なのですわね~」

 唯一知っていたのは、クルセイナ。
 そして……

「い、いや、待ってくれ。僕は今、魔法がからっきしだから、そんなの使われたらすごい困るんだが……」

 焦っているものの、そこまで驚いてはいないシィーリアス。
 そう、シィーリアスもその力を「知っている」のだ。
 

「神を砕き、無にする魔槍! ヴァルハラブレイカーッ!!!!」

「だからー、困るって言ってるではないかー! あ~~、もう……これぐらいなら……何とか!!」


 痛む片足だけで跳び込んで、尋常でない破壊力を秘めた魔槍を正面から叩き込みにくるカイに対し、シィーリアスは高速で横回転しながら自らも飛び込む。

「風魔螺蹴旋!!」
「ッッ!!??」
 
 それは、高速で何度も回転して威力を高めたローリングソバットを、カイが突き出した魔槍にぶつけ合う。
 その衝撃が大地を砕き、周囲全体に激しい突風を巻き起こす。

「な、け……蹴りで、ヴァルハラブレイカーを!?」
「ああああああ!? ぼ、僕の新しい靴がぁ! ズボンの裾が焼かれ……そんなぁ!」

 威力は互角。
 周囲の者たちがふきとばされそうになったり、完全に腰を抜かして恐怖に震える中、両者は互いに弾き合う。

「そんな……お、お前は一体……」

 そしてついに、虚無だったカイの瞳が激しく動揺して震える。
 カイにとっても完全に予想外の事態。そして理解不能の状況。
 自身の魔の力を込めた、自身にとっても自信のある一撃を、ただの蹴りで弾き返されたのだ。
 一方でシィーリアスは……

「ううぅ、靴下まで焼かれて裸足に……ズボンもこんな……先生に申し訳が……おのれぇぇ! よくもやってくれたな!」

 損傷した衣服に対する怒りでカイを睨み。
 そして、カイが呆然としているのに対して、シィーリアスは走り出す。

「撃墜雷蹴斗!!」
「はっ! あっ、しまっ!」

 ハッとしたカイ。だが、気づいた頃には既に蹴りのモーションに入っているシィーリアス。

(また下段蹴り……左に。だが、まだ耐え切る!)

 繰り出されるローキックを再び歯を食いしばって耐えようとしたカイ。
 だが、カイは分かっていなかった。
 シィーリアスが繰り出したのはただのローキックではない。

「つあっ、ぬ、な!? ふ、ふ……ふくらはぎ!?」
 
 腿ではなく、カイの脹脛に衝撃を与える、カーフキック。

「あ……つあっ……あ……」

 その衝撃に耐えきれず、カイはついに両足を痛めつけられて両膝をついてしまった。


「なんだと……っ、う、動かない……た、立てない……自分が……こんな簡単に……」

 
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