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第59話 これから
しおりを挟む「おい、さっきから五月蝿い。集中して読めん」
「んで、カララだっけ、あんたは何読んで……うわー、それって『君までぶっとべ』じゃん。私でもタイトルは聞いたことあるラブコメ。あんた、意外と少女マンガ好きなの?」
「カララは余と同じでロマンチストだからの」
「だからってハマりすぎだろ。朝食中も読んでたぞ?」
カララが読んでいたのは少女マンガ。しかも、恋愛もの。
魔界で一時代を気づいた宝石竜族の一面にハルトたちはからかうが、カララは知らん顔だ。
しかし、
「えっ、君までぶっとべ?」
意外に一番反応したのは山田だった。
「あんだよ、山田だっけ? あんたも知ってんの?」
「う、うん、全巻持ってる……」
その瞬間、殺し屋がターゲットを始末するぐらいの速度でカララが動き、山田の前で土下座していた。
「……頼む……本屋で入店拒否されて続きが読めないんだ。辛うじて海堂さんの舎弟に買ってもらったが、少女漫画を買うのを恥ずかしがって、これ以上は無理と断られた」
「って、カララ、ちゃんと自分の小遣い渡して買わせたんだよな? 支給されてる俺たちの金にまで手を出して……テメェ、反応しろ!」
「おいおい」
「うるさい、殺されたいのか? この漫画は名作だ。読まない奴は人生を損していると言っても過言ではない。ハルトもこれを読んで、このヒロインが恋する男子生徒のようになってみろ」
「マジで勘弁しろ。部屋に転がってたから読んでみたが、俺はああいう爽やか系は無理だ」
「そうであろう。ハルトはちょっとツンデレなところが魅力なのだ」
「こいつ、デレなんてあるんだな」
山田と田山は目の前の光景に戸惑いを隠せない。
だが、不良で魔族という自分とは完全に別世界にいるはずの者たちが、何だか身近に感じ、おかしくなった。
「あはははは、ごめんなさい、何だかおかしくて」
「おい、何を笑う。私はマジだ」
「いいよ、セキさん。私も大好きだから良く分かるから。貸してあげるよ」
「そうか。貴様は人間の姿をした女神だったのだな。放課後、貴様の家についていく」
「ええ! 私の家に? そ、それはまずいんじゃないかな……その、お母さんたちが」
「確かにいきなり魔族が行っても迷惑であろう。カララ、手土産ぐらい持参せよ」
「ぐっ、小遣いが少ないのに……何を買えば」
「ほんじゃ、私が駅前案内してやろうか? 結構、色々揃ってんぞ?」
「だから、俺らは入店拒否されるんだよ」
この光景は予想していなかった。
カイは紛れもなく怪我をしている。
普通の女ならトラウマや男性恐怖症に陥るほどの怪我を負わされている。
しかしそれでも、カイも、怪我を負わせた張本人のハルトも、何事も無かったかのように話している。
「そーだ、その入店拒否で思い出したよ。あんたら、昨日はカラオケ店断られたんだろ?」
「まーな。今思い出しても気分がワリい」
「だったらよ、私が連れてってやるよ。あそこらへんのアミューズメント会社は私のオヤジの出資してる会社だからよ」
「なにい? って、お前は勘当されたんだろ?」
「いいんじゃないの? 使えるもんは使う。ガキの特権でしょ?」
「ほほう。なかなか柔軟な思考だの。余は、そういうのは好きだぞ。まあ、ハルトのように訳のわからぬ意地っ張りも好みだがの」
「おけ、んじゃあ放課後な! あとで、鈴木たちも誘ってやっか。二人も私たちと一緒に来いよ」
急に話を振られた山田山コンビ。一瞬、自分に言われたとは思わず、気づいた瞬間パニクった。
「ええええ、無理無理無理無理! か、カラオケなんて行ったことないし曲も全然知らないし! 私はただのオタクだし!」
「いやいやいやいやいや!」
即効で拒否。普段カラオケにも行かないのに、それを不良と? 魔族と?
学校生活、家族、今後、全てががんじがらめになり、二人は慌てて拒否する。
というか、本音を言えば不良にも魔族にも関わり合いたくないのである。
今日だって、昨日助けてもらったカイにお礼を言うためでなければ、ずっと教室の隅に居たというのに。
しかし、そんな事情は知ったこっちゃねえというのが、ハルトたちであった。
「気にせずとも良い。ロックだなんだと言ってるわりには、ハルトは音痴だからの」
「おい、オルガ。誰が音痴だ!」
「オタク……貴様、アニソンを歌えるのか!」
「んじゃ、ケッテーつうことで、今日の放課後な」
「えええ! なんで? 会話が通じない!」
「ほ、ほんと私たち無理だから! あの、放課後用事がー!」
それは、どう見ても普通の高校生たちの青春の一ページだった。
「「「「「……………………………………」」」」」
この光景の一部始終を監視カメラで見ていた世界の重鎮たちは、ただ言葉を失って唖然としていた。
これをどう反応していいか分からず、誰もがポカンとしていた。
「怪我は負ったけど。モヤモヤは全て吐き出せたのかな?」
未だに世界の重鎮が言葉を失う中で、ハジャは苦笑した。
「結果的に、互いの全てをさらけ出してぶつかり合ったことが、百の言葉を交わすよりも互いを理解することができたのかな? 今のカイは、何だかスッキリした顔をしているよ」
笑っている。人間と魔族が種族の壁など感じさせずに笑い合っている。
それは、ハジャたちがずっと目指していたもの。
「ったく、ここに来るまで頭を悩ませていた私がバカみたいじゃない!」
「ハジャ殿の目に狂いはなかったということか?」
「やはり面白いわね、レオン・ハルトくん。そして不良。さて、放課後は私も混ざってこようかしら? だって、恋人なのだし♡」
「って、いーなー、レオンくんたち! 結局、友達できてカラオケにも行けるなんて!」
ハジャたちは自然と笑みが零れる反面、アッサリとこの光景を作り出したハルトに少しだけ嫉妬した。
だが、それで目を瞑ることができるほど、単純な話ではない。
「しかし……結果オーライとも言える。少なくとも、殴り合いで分かり合えるのは桐生カイまでだ」
当たり前だ。
「気」も「魔法」も使えない人間ならば、絶対にこの程度では済まない。死ぬことだって十分ありえる。
「そ、そうだ。大体、今は仲良くしていても、所詮は不良。下らぬ事で直ぐに暴力沙汰に発展し、回りの者にまで被害が及ぶ」
「更に、センフィア姫ならまだしも、凶暴な不良魔族。生徒たちの苦情が保護者の耳に入れば、騒ぎが大きくなるだろう」
「そうなると、今回のこの暴力事件も絶対に調べられて話題にあがりますな」
「校長はどうお考えでしょうか?」
「いやいや、私には彼をどうこうする権限はありませんから。むしろ文科省が入学許可を出したのでしょう?」
「私ではないよ。外務省からだよ」
「何を。それを言うなら、始まりは彼の密入界を感知できなかった法務省でしょう」
「魔界は防衛省の管轄のはずですが」
大人たちが議論をかわしていくなかで、ハジャたちは難しい表情を浮かべた。
(ああ、まただ……でも……)
そう感じさせられた。
責任ある立場として、彼らもまた物事を楽観的に考えられず、常に最悪の事態も想定しておかねばならない。
ハジャたちとて、当然それは理解している。
しかし、大人たちのネガティブキャンペーンが、事態の進捗を遅らせているのも事実。
「国連は?」
「静観していますよ。うまくいけば賞賛して魔界との友好によって得られるお零れをもらおうとし、ダメだった場合は批判して魔界との条約を自分たちの国で決めようとするでしょう」
「日本が魔界との友好の中心になっているのが気にくわないのじゃな」
「魔界は魔界で、人間界に送っているのが不良なだけに肝を冷やしている。今すぐにでも、魔界の進学校の優等生と交換できないかと言っているそうだ」
結論の見えない議論ばかりがだが、断じて大人たちも自分の保身ばかりを気にしているわけではない。
真剣に考えているからこそ、できるだけリスクを少なく、そのうえで他国や魔界側に気を使わなければならないのである。
ようやく終わった戦争を、再び起こらせたくないというのは、誰もが同じ思いだったからだ。
そこで、ハジャは提案することにした。
「ならば、カイだけではなく、もっと一般的な生徒と打ち解けることができれば、レオン・ハルトを認めて頂けますか? 例えば、山田さん、田山さん、いえ、それ以外の人たちとも」
ハジャの提案はストレートだった。だが、だからこそ難しいのだと誰もが思った。
現に、その単純なことができないのは、センフィの例で証明されているからだ。
「できるのか? それができないからこそ、彼は不良なのであろう?」
「はい。彼とセンフィは違います」
「ほう」
「センフィは学校では、人間と接しようとしていました。だからこそ、回りもセンフィを魔族として見ていました。でも、ハルトくんは違います。ハルトくんは、相手を人間や魔族などと、種族を気にして接しない。だから、相手もそのことを自然と忘れてしまうのです」
ハジャは断言した。
希望や可能性ではなく、できると。
その言葉には確かな確信があった。
きっと、これから「何か」が変わっていくと。
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