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第八章
第268話 現れたのは良い子の味方!
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それは、魔族などという広い枠組みで適当に分類していい存在じゃない。
まさに、怪物!
まるで爆発寸前の爆弾が激しく振動している感覚。
俺は、「こいつ」を知っている。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! 誰だあああああああああああああああああああああああ! 誰だああああああああああああああああ! こんな天使を泣かしたクソミソ野郎はどこのどいつだああああああああああああああああああああああああああ!」
肉体が激しく盛り上がり、ガリガリの不健康だった男の肉体が、ボディビルダーを遥かに超越する高密度で膨れ上がった筋肉を搭載。
伸び上がった巨大な角を始点とし、全身の黒い表皮にヒビが入っていく。
「ッ、な、こ、この魔力!」
「まさか! 見当たらないと思ったら、こんな所に!」
「行方不明と聞いていたが、こいつがそうだったのか!」
この場にいる魔族たちの表情に緊張が走る。
いや、魔族でなくてもこの状況がいかにまずい状況かぐらいは、俺にだって分かる。
「ウラ姫様!」
「分かっている! くそ、まさかここでこいつが……だが、ここで始末する!」
ウラたちが急に殺気立ち、全員が武装し始めた。
「ぱ、パッパ~……マッマ~……」
「コスモス! くっ、エルジェラァ! 来い! コスモスをつれてここから離れろッ!」
「ッ、は、はい!」
今は俺の正体がどうとか、そんなもん後回しだ。
今はこの爆発寸前のこの怪物からコスモスを遠ざけるのが先。
「ちょっ、なんかパナいんだけど!」
「は、マジ! ちょ、ヴェルト、あたしも連れてけっての!」
ヤバイ、もう間に合わねえか?
そう思ったとき、誰りも先に、アルーシャが動いた。
「クーリングザモーメント!」
誰もが遠ざかる中、あえて飛び込んだ。
その恵まれ、洗練され、そして高みへとたどり着いた氷系魔法。
海すら一瞬で凍らせたその魔力で、爆発寸前の魔族を一瞬で氷漬けに………
「さみーーーーーんだよ、ボケナスどもがァァァァァァァァ!」
「う、嘘でしょ! なんてパワー……凍結できない……ッ、マッキーくん、サポート!」
ならなかった。
「任せるっしょ! グラビディプレス!」
「ぐあああああああ、もう、なんだあああああ!」
「ヘドロの底までバイバイキーン!」
だが、そこはマッキーの機転。
一瞬でも動きを止めた怪物に超重力魔法で押しつぶし、船の甲板を突き抜けてヘドロの海へ落とした。
すると、その数秒後には巨大な海底爆発が発生。
ヘドロの水柱が激しく上がり、海が大きく荒ぶった。
「うお、ふ、船が転覆する!」
「態勢を整えろ!」
爆発の余波で大きく荒れ狂うヘドロの海。巨大な波がスモーキーアイランド全土に襲いかかり、天空族が島の連中を避難させてなければ全員が津波に………
「ああああああああああああ! ユズリハが島でまだ寝てるのにッ! キシンたちもまだ戦って……いや、あいつらなら大丈夫か……」
「つか、なんしょ、あれ! ヴェルトくん、あのナナシッつーのどうしたん? マジパナかったんだけど!」
「あ~~~~~びっくらこいたじゃん。も~、なんなんだっつーの!」
「思わず攻撃してしまったけど、あと一歩遅れたらこの船が完全に消滅していたわよ?」
ああ、ゾッとするような威力だ。
マッキーの能力で海の奥深くまで落としたというのに、この爆発の余波。
まともにくらったら、全員死んでた。
「くっ、アルーシャ姫……それに、マッキーラビットにまで助けてもらうとはな……」
「ウラ姫、今のは一体?」
ウラたちが唇を噛み締める。
そうか、それで俺もようやくわかった。
なんで、ラガイアひとりを捕まえるためだけに、これだけの大掛かりなメンツを揃えたのか。
「お前ら、ラガイア以外に、あいつを捕まえに来たんだな?」
俺の言葉に、ウラや天空族たちが小さく頷いた。
「えっ、ラガイア王子以外に? 何者なの? 今の魔族は………………」
アルーシャがそう尋ねるが、正直俺はもう、その正体を教えてもらわなくても分かっていた。
ただ、あいつは死んだと思っていたから、俺の予想の範囲外に居たから、まさかあいつだとは夢にも思っていなかったんだ。
「奴は二年前、天空世界を襲撃し、天空族たちが総力を挙げて撃退したものの行方不明となった……七大魔王の一人!」
次の瞬間、もう一度巨大なヘドロ柱と共に爆発が起こった。
視線を移すと、そこには赤いバリヤーのような丸い障壁に包まれた、一人の怪物。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! 俺はなにをやっていたあああああああああああああああ!」
咆哮だけで突風が吹き荒れたかと思うほど体がよろめく。
間違いない、あいつだ。だが、どういうことだ?
「姿が、若干変わってやがる」
どういうことだ? あいつが生きていたことがじゃねえ。
以前見たときのあいつは、全身が真っ黒い甲殻のようなものに覆われていた。
なのに、今は?
「白い表皮………だと………?」
全身が真っ白いカブトムシ? どういうことだ。
だが、そんな疑問を抱いている俺たちを見下ろしながら、怪物は突如頭を抑えた。
「ぐっ、くそ、お、俺は、ああ、くそ、今まで何をやってやがった! 頭が痛え……どーしてくれんだよ、ドカス共が!」
記憶を失っていた。恐らくは、二年前のアレが原因だろうな。
角を失い、力を失い、全てを失っていたはずの怪物。
しかし、こんな混沌と化した状況で、復活しちまったってことか。
「はあ、はあ、はあ、あ~、頭がイテー。どうも色々と混乱してやがる。こいつら全員ぶっとばせば、何か変わるのか?」
まだ完全には記憶が戻っていないようだが、それも時間の問題。
むしろ今は、混乱する頭の悩みをぶっ飛ばすかのように暴れる方が先決かのように、あの怪物はゆっくりと船へと降り立ち、俺たちに邪悪な笑みを浮かべた。
そして、怪物は俺と目が合い、更に口角を釣り上げた。
「テメェは……覚えているぞ……見たことあるぞ。そうだ……あの時のクソガキ!」
ちっ、覚えてやがったか!
「はあ? ちょ、待つっしょ、ヴェルト君! なんで、ヴェルトくんが、あの魔王と知り合いなん?」
「ヴェルト君、それは私も聞いてないわ!」
「おい、そこの人間! お前、あの魔王とも面識があったのか!」
アルーシャやウラが驚くのも無理はねえ。
ウラもエルジェラも忘れてるんだから仕方ねえかもしれねえが、なんてったって、俺が倒したんだからな。今でも自分でも信じられねえ。
「くくくくく、お~、あんときのクソガキ……てことは、テメェ! そこに居るメチャクチャ可愛い天使は、あんときの赤ん坊だな!」
「ひうっ! ……ふェ……パ、パッパ~」
「うおおおおお、怖がらなくていい! 俺は悪いおじさんじゃないぞ~! おじさんは、こう見えても良い子の味方だ! いないない~~~べろべろば~~!」
「お~っ!?」
「やめろ! コスモスを見るんじゃねえっ! コスモスがビックリして俺の影に隠れた……って、悪いおじさんじゃねえとかどの口が言う!」
いきなり大声でコスモスを指差した怪物は、泣きそうになったコスモスを精一杯落ち着かせようと、なんだかおどけたダンスを見せ始めた。
やめろ、返って不気味っていうか、コエーよ。
「コスモス、離れなさい!」
「変態魔王め、貴様を探していた! 生命の調和のため、お前をここで逃すわけにはいかん!」
コスモスを庇うように、ウラ、エルジェラが立つ。
しかし、その瞬間、魔王は叫ぶ。
「ババアはすっこんでろッ! 年寄りの吐いた息を、純真無垢な子供に吸わせるんじゃねえ!」
ダブルお姫様相手にババアと来たか……
「バ、ババア……こ、この私が……」
「なんという暴言でしょう。それはあまりにも……」
当然ショックを受ける二人。さすがに同じ女としてあまりにも気の毒だと感じたアルーシャだが……
「ちょっと……事情は分からないけれども、かつて魔王を名乗ったほどの人物が、そんな粗野な言葉は……」
「ドブスもすっこんでろお!」
「ド……ド……ブス……」
いや、あんまりショック受けんなよ。あいつのストライクゾーンが特殊すぎるんだよ。
「ねえ、パッパ、あの人だーれ? ツノさん、とってもかっこいいよね~」
え…………? おい、マイガールよ。お前は何を言ってんだ? 思わず目が点になっちまったが、怪物はなんか真っ白い全身が、急に照れたように赤く蒸気が漏れ出した。
「お、おおお! か、かっこいいか! お、おじさんがかっこいいのか? お嬢ちゃん!」
「うん! かっこいいよ~! そのツノさん、前、『公園で一緒に遊んでくれたオネーチャンが、お砂で作ってくれた、きどーせんじんだんがあむ』、みたい!」
「おおお、よくわかんねーけど、そうか! そうか! ツノさんかーっ!」
キモ……なんかクネクネテレテレ……なにこいつ?
やっぱ俺以外にも全員ドン引きしてる。あのエルジェラですら、「うっ」とか言ってるし。
だが、最初は怖いと思っていたのに、敵意がないと分かった途端に魔王に目をキラキラ輝かせるコスモスは、怖いもの知らずにも更に聞く。
「ツノさん、お名前は? コスモスはね~、コスモス!」
「お、おお~、なんてこった! そこらへんのいきなり人に喧嘩売ってくるババア共と違って何て礼儀正しいんだ……そうだな、俺様の名前は……え~っと、あれ? あ~、俺の名前は、……チ、チロ……チ、チロ、チ? あ~~~ここまで出かかってるのに出てこねえ!」
どうやら記憶の混乱からか、俺やコスモスは思い出せても、自分の名前が全部出てこない怪物。
しかし、あろうことかコスモスはそこでぶち込んだ。
「じゃー、チーちゃんだ!」
「そうだー! 俺様はチーちゃんだ! 良い子の味方、全ての笑顔のために戦い続ける、チーちゃん様だ!」
「わ~~~、チーちゃんカッコイイ!」
いいのか! いいのか? それで!
「何ふざけたやりとりしてやがんだよ! テメエは魔王チロタンだろうが!」
「チロタン? なんだそりゃ? 魔王? 俺様は、チーちゃんだ!」
なんか、コスモスに命名されたのが嬉しすぎたらしくて、何だかもうそれでいいらしい。
なんだこりゃ?
「さてと、良い子の味方のチーちゃんなわけだが、コスモス、お前は何で泣いてたんだ?」
なんか、話の流れがヘンテコになってきた。
ラブ・アンド・ピースの連中なんか、すぐにでも飛びかかって捕獲か始末をするつもりだったはずが、タイミングを逃してしまって、慌ててる。
しかし、その、なんだ? チーちゃんが優しくコスモスに尋ねると、コスモスは俯きながら話し始めた。
「あのね、マッマがね、泣いてるの。せっかくパッパに会えたのにね、マッマ泣いてるの」
「なにい?」
「こしゅもしゅ……ずっとパッパに会いたくて……マッマも喜んでくれると思ったのに……」
次の瞬間、暴風が吹き荒れ…………ッ!
「どういうことだ、このクソガキゃァ!」
「ぐぉ!」
俺は胸ぐらごとチーちゃんに持ち上げられた。
「ヴェルトくん!」
「は、はやっ!」
「く、ヴェルトくんを離しなさ――――――」
「取り込み中だ後にしろおおおおおおおおおおおおお!」
チーちゃんの怒号が響き渡り、誰もが一瞬で出鼻を挫かれた。
「パッパ! チーちゃん、パッパをいじめないで!」
「安心しろ、コスモス。俺様はコスモスの味方だ。コスモスを泣かせるパッパにお仕置きしなけりゃならねえ」
なんでだよ!
「つか、てめえ、離しやがれ、この死に損ないが!」
なんで俺がこいつに怒られなきゃならねえ?
だが、そう言おうとしたとき、怪物はやけにガッカリしたような目で、俺にため息ついた。
「……けっ……なんだ? 俺をぶっ倒したときは、もっと漢らしい……そして、父親らしい真っ直ぐな目ェしてやがったのに、その目は」
「…………あっ?」
「全てを投げ打ってでも、生まれたばかりの子供を守ろうとした……あんときのテメエは漢だった……そして言ったはずだ! テメエは世界もクソも関係なく、テメェの関わる世界だけ守れりゃいいってな」
「な、なんでんなこと覚えてんだよ……」
「それがこのザマはなんだ? テメェの世界の中心に居る子供泣かせて、ちょーしこいてんじゃねえ!」
「うっ、うるせーな。家族云々の問題は、サイクロプスの連中に言え。俺の事情も知らねえくせに、全部俺の責任みたいに言ってんじゃねえよ」
「ああ? この期に及んで、言い訳かよ。余計につまんねー男に成り下がったじゃねえかよ」
「んだコラァ!」
「覚えておきな。子供が笑えば世界の光。子供が泣けば親の所為だ! 知らねーのか?」
「なんだそのメチャクチャな格言は! つーか、ただのロリコン野郎がしたり顔してんじゃねえよ! なにが、良い子の味方のチーちゃんだ! そもそもテメェなんも関係ねーだろうが!」
「子供が絡むところに俺様ありだ! つか、関係なくねーだろうが、俺もコスモスが生まれた瞬間にその場にいたんじゃねえかよ! あああ、やっぱてめえムカつく、この世界ごと死にやがれッ!」
このイラつくことは次から次へとこの単細胞野郎が!
「ふわふわ乱気ック!」
「ごぶほっ!」
がら空きの顎におもくそ蹴りを入れて……ッ!
「軽いな……クソガキ! 子供を泣かせるような親、所詮その程度だよ」
「なっ、に?」
二年前、こいつを正面から蹴り抜いた、俺の蹴りを受けてビクともしねえだと?
こいつ、二年前より体が硬い!
まさか、さっきの脱皮みたいので、進化したとでもいうのか?
まさに、怪物!
まるで爆発寸前の爆弾が激しく振動している感覚。
俺は、「こいつ」を知っている。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! 誰だあああああああああああああああああああああああ! 誰だああああああああああああああああ! こんな天使を泣かしたクソミソ野郎はどこのどいつだああああああああああああああああああああああああああ!」
肉体が激しく盛り上がり、ガリガリの不健康だった男の肉体が、ボディビルダーを遥かに超越する高密度で膨れ上がった筋肉を搭載。
伸び上がった巨大な角を始点とし、全身の黒い表皮にヒビが入っていく。
「ッ、な、こ、この魔力!」
「まさか! 見当たらないと思ったら、こんな所に!」
「行方不明と聞いていたが、こいつがそうだったのか!」
この場にいる魔族たちの表情に緊張が走る。
いや、魔族でなくてもこの状況がいかにまずい状況かぐらいは、俺にだって分かる。
「ウラ姫様!」
「分かっている! くそ、まさかここでこいつが……だが、ここで始末する!」
ウラたちが急に殺気立ち、全員が武装し始めた。
「ぱ、パッパ~……マッマ~……」
「コスモス! くっ、エルジェラァ! 来い! コスモスをつれてここから離れろッ!」
「ッ、は、はい!」
今は俺の正体がどうとか、そんなもん後回しだ。
今はこの爆発寸前のこの怪物からコスモスを遠ざけるのが先。
「ちょっ、なんかパナいんだけど!」
「は、マジ! ちょ、ヴェルト、あたしも連れてけっての!」
ヤバイ、もう間に合わねえか?
そう思ったとき、誰りも先に、アルーシャが動いた。
「クーリングザモーメント!」
誰もが遠ざかる中、あえて飛び込んだ。
その恵まれ、洗練され、そして高みへとたどり着いた氷系魔法。
海すら一瞬で凍らせたその魔力で、爆発寸前の魔族を一瞬で氷漬けに………
「さみーーーーーんだよ、ボケナスどもがァァァァァァァァ!」
「う、嘘でしょ! なんてパワー……凍結できない……ッ、マッキーくん、サポート!」
ならなかった。
「任せるっしょ! グラビディプレス!」
「ぐあああああああ、もう、なんだあああああ!」
「ヘドロの底までバイバイキーン!」
だが、そこはマッキーの機転。
一瞬でも動きを止めた怪物に超重力魔法で押しつぶし、船の甲板を突き抜けてヘドロの海へ落とした。
すると、その数秒後には巨大な海底爆発が発生。
ヘドロの水柱が激しく上がり、海が大きく荒ぶった。
「うお、ふ、船が転覆する!」
「態勢を整えろ!」
爆発の余波で大きく荒れ狂うヘドロの海。巨大な波がスモーキーアイランド全土に襲いかかり、天空族が島の連中を避難させてなければ全員が津波に………
「ああああああああああああ! ユズリハが島でまだ寝てるのにッ! キシンたちもまだ戦って……いや、あいつらなら大丈夫か……」
「つか、なんしょ、あれ! ヴェルトくん、あのナナシッつーのどうしたん? マジパナかったんだけど!」
「あ~~~~~びっくらこいたじゃん。も~、なんなんだっつーの!」
「思わず攻撃してしまったけど、あと一歩遅れたらこの船が完全に消滅していたわよ?」
ああ、ゾッとするような威力だ。
マッキーの能力で海の奥深くまで落としたというのに、この爆発の余波。
まともにくらったら、全員死んでた。
「くっ、アルーシャ姫……それに、マッキーラビットにまで助けてもらうとはな……」
「ウラ姫、今のは一体?」
ウラたちが唇を噛み締める。
そうか、それで俺もようやくわかった。
なんで、ラガイアひとりを捕まえるためだけに、これだけの大掛かりなメンツを揃えたのか。
「お前ら、ラガイア以外に、あいつを捕まえに来たんだな?」
俺の言葉に、ウラや天空族たちが小さく頷いた。
「えっ、ラガイア王子以外に? 何者なの? 今の魔族は………………」
アルーシャがそう尋ねるが、正直俺はもう、その正体を教えてもらわなくても分かっていた。
ただ、あいつは死んだと思っていたから、俺の予想の範囲外に居たから、まさかあいつだとは夢にも思っていなかったんだ。
「奴は二年前、天空世界を襲撃し、天空族たちが総力を挙げて撃退したものの行方不明となった……七大魔王の一人!」
次の瞬間、もう一度巨大なヘドロ柱と共に爆発が起こった。
視線を移すと、そこには赤いバリヤーのような丸い障壁に包まれた、一人の怪物。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! 俺はなにをやっていたあああああああああああああああ!」
咆哮だけで突風が吹き荒れたかと思うほど体がよろめく。
間違いない、あいつだ。だが、どういうことだ?
「姿が、若干変わってやがる」
どういうことだ? あいつが生きていたことがじゃねえ。
以前見たときのあいつは、全身が真っ黒い甲殻のようなものに覆われていた。
なのに、今は?
「白い表皮………だと………?」
全身が真っ白いカブトムシ? どういうことだ。
だが、そんな疑問を抱いている俺たちを見下ろしながら、怪物は突如頭を抑えた。
「ぐっ、くそ、お、俺は、ああ、くそ、今まで何をやってやがった! 頭が痛え……どーしてくれんだよ、ドカス共が!」
記憶を失っていた。恐らくは、二年前のアレが原因だろうな。
角を失い、力を失い、全てを失っていたはずの怪物。
しかし、こんな混沌と化した状況で、復活しちまったってことか。
「はあ、はあ、はあ、あ~、頭がイテー。どうも色々と混乱してやがる。こいつら全員ぶっとばせば、何か変わるのか?」
まだ完全には記憶が戻っていないようだが、それも時間の問題。
むしろ今は、混乱する頭の悩みをぶっ飛ばすかのように暴れる方が先決かのように、あの怪物はゆっくりと船へと降り立ち、俺たちに邪悪な笑みを浮かべた。
そして、怪物は俺と目が合い、更に口角を釣り上げた。
「テメェは……覚えているぞ……見たことあるぞ。そうだ……あの時のクソガキ!」
ちっ、覚えてやがったか!
「はあ? ちょ、待つっしょ、ヴェルト君! なんで、ヴェルトくんが、あの魔王と知り合いなん?」
「ヴェルト君、それは私も聞いてないわ!」
「おい、そこの人間! お前、あの魔王とも面識があったのか!」
アルーシャやウラが驚くのも無理はねえ。
ウラもエルジェラも忘れてるんだから仕方ねえかもしれねえが、なんてったって、俺が倒したんだからな。今でも自分でも信じられねえ。
「くくくくく、お~、あんときのクソガキ……てことは、テメェ! そこに居るメチャクチャ可愛い天使は、あんときの赤ん坊だな!」
「ひうっ! ……ふェ……パ、パッパ~」
「うおおおおお、怖がらなくていい! 俺は悪いおじさんじゃないぞ~! おじさんは、こう見えても良い子の味方だ! いないない~~~べろべろば~~!」
「お~っ!?」
「やめろ! コスモスを見るんじゃねえっ! コスモスがビックリして俺の影に隠れた……って、悪いおじさんじゃねえとかどの口が言う!」
いきなり大声でコスモスを指差した怪物は、泣きそうになったコスモスを精一杯落ち着かせようと、なんだかおどけたダンスを見せ始めた。
やめろ、返って不気味っていうか、コエーよ。
「コスモス、離れなさい!」
「変態魔王め、貴様を探していた! 生命の調和のため、お前をここで逃すわけにはいかん!」
コスモスを庇うように、ウラ、エルジェラが立つ。
しかし、その瞬間、魔王は叫ぶ。
「ババアはすっこんでろッ! 年寄りの吐いた息を、純真無垢な子供に吸わせるんじゃねえ!」
ダブルお姫様相手にババアと来たか……
「バ、ババア……こ、この私が……」
「なんという暴言でしょう。それはあまりにも……」
当然ショックを受ける二人。さすがに同じ女としてあまりにも気の毒だと感じたアルーシャだが……
「ちょっと……事情は分からないけれども、かつて魔王を名乗ったほどの人物が、そんな粗野な言葉は……」
「ドブスもすっこんでろお!」
「ド……ド……ブス……」
いや、あんまりショック受けんなよ。あいつのストライクゾーンが特殊すぎるんだよ。
「ねえ、パッパ、あの人だーれ? ツノさん、とってもかっこいいよね~」
え…………? おい、マイガールよ。お前は何を言ってんだ? 思わず目が点になっちまったが、怪物はなんか真っ白い全身が、急に照れたように赤く蒸気が漏れ出した。
「お、おおお! か、かっこいいか! お、おじさんがかっこいいのか? お嬢ちゃん!」
「うん! かっこいいよ~! そのツノさん、前、『公園で一緒に遊んでくれたオネーチャンが、お砂で作ってくれた、きどーせんじんだんがあむ』、みたい!」
「おおお、よくわかんねーけど、そうか! そうか! ツノさんかーっ!」
キモ……なんかクネクネテレテレ……なにこいつ?
やっぱ俺以外にも全員ドン引きしてる。あのエルジェラですら、「うっ」とか言ってるし。
だが、最初は怖いと思っていたのに、敵意がないと分かった途端に魔王に目をキラキラ輝かせるコスモスは、怖いもの知らずにも更に聞く。
「ツノさん、お名前は? コスモスはね~、コスモス!」
「お、おお~、なんてこった! そこらへんのいきなり人に喧嘩売ってくるババア共と違って何て礼儀正しいんだ……そうだな、俺様の名前は……え~っと、あれ? あ~、俺の名前は、……チ、チロ……チ、チロ、チ? あ~~~ここまで出かかってるのに出てこねえ!」
どうやら記憶の混乱からか、俺やコスモスは思い出せても、自分の名前が全部出てこない怪物。
しかし、あろうことかコスモスはそこでぶち込んだ。
「じゃー、チーちゃんだ!」
「そうだー! 俺様はチーちゃんだ! 良い子の味方、全ての笑顔のために戦い続ける、チーちゃん様だ!」
「わ~~~、チーちゃんカッコイイ!」
いいのか! いいのか? それで!
「何ふざけたやりとりしてやがんだよ! テメエは魔王チロタンだろうが!」
「チロタン? なんだそりゃ? 魔王? 俺様は、チーちゃんだ!」
なんか、コスモスに命名されたのが嬉しすぎたらしくて、何だかもうそれでいいらしい。
なんだこりゃ?
「さてと、良い子の味方のチーちゃんなわけだが、コスモス、お前は何で泣いてたんだ?」
なんか、話の流れがヘンテコになってきた。
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しかし、その、なんだ? チーちゃんが優しくコスモスに尋ねると、コスモスは俯きながら話し始めた。
「あのね、マッマがね、泣いてるの。せっかくパッパに会えたのにね、マッマ泣いてるの」
「なにい?」
「こしゅもしゅ……ずっとパッパに会いたくて……マッマも喜んでくれると思ったのに……」
次の瞬間、暴風が吹き荒れ…………ッ!
「どういうことだ、このクソガキゃァ!」
「ぐぉ!」
俺は胸ぐらごとチーちゃんに持ち上げられた。
「ヴェルトくん!」
「は、はやっ!」
「く、ヴェルトくんを離しなさ――――――」
「取り込み中だ後にしろおおおおおおおおおおおおお!」
チーちゃんの怒号が響き渡り、誰もが一瞬で出鼻を挫かれた。
「パッパ! チーちゃん、パッパをいじめないで!」
「安心しろ、コスモス。俺様はコスモスの味方だ。コスモスを泣かせるパッパにお仕置きしなけりゃならねえ」
なんでだよ!
「つか、てめえ、離しやがれ、この死に損ないが!」
なんで俺がこいつに怒られなきゃならねえ?
だが、そう言おうとしたとき、怪物はやけにガッカリしたような目で、俺にため息ついた。
「……けっ……なんだ? 俺をぶっ倒したときは、もっと漢らしい……そして、父親らしい真っ直ぐな目ェしてやがったのに、その目は」
「…………あっ?」
「全てを投げ打ってでも、生まれたばかりの子供を守ろうとした……あんときのテメエは漢だった……そして言ったはずだ! テメエは世界もクソも関係なく、テメェの関わる世界だけ守れりゃいいってな」
「な、なんでんなこと覚えてんだよ……」
「それがこのザマはなんだ? テメェの世界の中心に居る子供泣かせて、ちょーしこいてんじゃねえ!」
「うっ、うるせーな。家族云々の問題は、サイクロプスの連中に言え。俺の事情も知らねえくせに、全部俺の責任みたいに言ってんじゃねえよ」
「ああ? この期に及んで、言い訳かよ。余計につまんねー男に成り下がったじゃねえかよ」
「んだコラァ!」
「覚えておきな。子供が笑えば世界の光。子供が泣けば親の所為だ! 知らねーのか?」
「なんだそのメチャクチャな格言は! つーか、ただのロリコン野郎がしたり顔してんじゃねえよ! なにが、良い子の味方のチーちゃんだ! そもそもテメェなんも関係ねーだろうが!」
「子供が絡むところに俺様ありだ! つか、関係なくねーだろうが、俺もコスモスが生まれた瞬間にその場にいたんじゃねえかよ! あああ、やっぱてめえムカつく、この世界ごと死にやがれッ!」
このイラつくことは次から次へとこの単細胞野郎が!
「ふわふわ乱気ック!」
「ごぶほっ!」
がら空きの顎におもくそ蹴りを入れて……ッ!
「軽いな……クソガキ! 子供を泣かせるような親、所詮その程度だよ」
「なっ、に?」
二年前、こいつを正面から蹴り抜いた、俺の蹴りを受けてビクともしねえだと?
こいつ、二年前より体が硬い!
まさか、さっきの脱皮みたいので、進化したとでもいうのか?
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まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。
転生したら男女逆転世界
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階段から落ちたら見知らぬ場所にいた僕。名前は覚えてるけど名字は分からない。年齢は多分15歳だと思うけど…。えっ…男性警護官!?って、何?男性が少ないって!?男性が襲われる危険がある!?そんな事言われても…。えっ…君が助けてくれるの?じゃあお願いします!って感じで始まっていく物語…。
※カクヨム様にも掲載しております
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
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アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
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男女貞操逆転世界で、自己肯定感低めのお人好し男が、自分も周りも幸せにするお話
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あらすじ
学生時代、冤罪によってセクハラの罪を着せられ、肩身の狭い人生を送ってきた30歳の男、大野真人(おおのまさと)。
ある日仕事を終え、1人暮らしのアパートに戻り眠りについた。
そこで不思議な夢を見たと思ったら、目を覚ますと全く知らない場所だった。
混乱していると部屋の扉が開き、そこには目を見張るほどの美女がいて…!?
これは自己肯定感が低いお人好し男が、転生した男女貞操逆転世界で幸せになるお話。
※本番はまぁまぁ先ですが、#6くらいから結構Hな描写が増えます。
割とガッツリ性描写は書いてますので、苦手な方は気をつけて!
♡つきの話は性描写ありです!
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