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第八章

第266話 いつか見た夢

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 子供が生まれて、初めて男も女も親になっていく。
 もう、いつまでも自由奔放な悪ガキじゃ居られなくなる。
 自分だけじゃない、この子のために生きなければならない。
 そう思わされるのが、子供の存在なんだと改めて理解させられた。

「パッパ、パッパ!」
「ん?」
「チュッチュッ! チュッチュッするの!」

 抱っこされた状態のまま、何度も何度も俺の頬にキスしてくるコスモス。
 子供の頃、フォルナやウラに死ぬほどされたことがあってウンザリしていた、子供の無邪気なキス。
 なのに、俺は、「お返し」とばかりに軽くコスモスの頬に口つけてやった。

「きゃう~、パッパも! チュッチュッ!」
「くははははは、ほれほれ!」
「うにゅ~、コスモスも!」

 全てを忘れられるほど頬が緩むなんて久しぶりだな。

「ったく、子供がこれじゃあ、日本のサラリーマンが社畜になっても頑張る理由がよくわかるってもんだ。な? コスモス?」
「ん? ん~~~? わかんないけど、うん! パッパ」

 ここんとこ、笑うと言ったら、とにかくバカやって笑うしかねえみたいな感じで笑ってた。
 だが、これは笑うというより、ニヤける。

「パッパ、やくそく!」
「ん? なんのだ?」

 すると、コスモスが急に小指を俺に見せてきた。
 何の疑いもなく俺を信じ、身をゆだねたコスモスが、俺に誓いを求めた。

「パッパ、コスモスと一緒! もーずっと一緒!」

 その瞬間、俺のニヤけたキモイ表情が、一瞬でこわばった事が自分でも分かった。
 一緒? これからもずっと?
 その言葉が急に俺の胸を締め付けた。

「むふ~、一緒! パッパ、マッマ、コスモス、一緒!」

 胸張って、そうだよね? と尋ねてくる愛娘に返す言葉は何がある?
 だが、とりあえずは……

「コスモス。マッマたちのところに行こう。みんなに謝らないとな」
「うん! パッパ、だっこっこ!」

 今はとりあえず、この状況をどうにかしないとな。
 こいつの末恐ろしすぎる能力で、魔族も天空族もひっくるめて大慌てだからな。
 俺はコスモスを抱きかかえながら、部屋の外へと出た。
 何だかダウンしているラブ・アンド・ピースのメンバーたちの中を歩きながら、改めてコスモスの力にゾッとした。

「パッパ、顎でグリグリして!」
「はっ? 顎で?」
「うん! あのね、おともだちがね、おともだちのパッパに、こ~やって、ぐりぐり~ってされてたの。コスモスにもやって!」

 顎でグリグリ? あ、あ~、なんか見たことあるような。
 なんか抱きかかえた子供の顔をヒゲでジョリジョリするやつか?
 つか、俺、ヒゲねーし。

「あ~………ぐ、ぐり……ぐり?」
「ひゃう、も~、パッパおひげない! くしゅぐったい~!」
「見りゃわかるだろが!」
「でも、すきー! もっとぐりぐりして!」

 なんつーか、なにやってんだ? 俺は。
 外ではキシンたちが危険を顧みずに、サイクロプスの連中と……危険? あいつらが?
 なんか、普通に敵を簡単に殲滅してそうで怖いな。
 だが、どっちにしろ、魔王国と戦争になるかと思ったら、俺がやっているのは子供とのスキンシップ。
 なのに俺は先のことを色々考えながらも、目の前のことにどうしても頬が緩んじまう。
 俺……丸くなったのか……? 
 色んなことが頭をよぎる中、甲板に出ると、そこには変わらずバリヤーの張られた空飛ぶ船のままで、船員たちは全員壁に張り付いたり地面に押さえつけられたまま。

「こ、コスモス様!」
「おのれええ、コスモス様から汚い手を離せ、この下郎!」
「やめろ! その方をどうするつもりだ!」

 一応こいつらも魔族なんだが、天空族であるコスモスに、えらい溺愛ぶりで、何だか平和な奴らだ。
 だが、血相を変えているのは当然こいつらだけではない。

「コスモスッ!」
「あっ……コス……モス……」

 バリヤーの外に居る、ウラとエルジェラ。

「マッマ!」

 満面の笑顔で手を振るコスモス。
 どうやら、この状況をまるで理解していないようだ。
 親の心、子知らずとは、まさにこのことだ。

「コスモス。船が空を飛んでるだろ? そして、あの壁のせいで、マッマは入ってこれないんだ。マッマたちもこっちに入ってきていいだろ?」

 コスモスがコントロールしてバリヤーを張ってるのか、無意識なのかは分からないが、それでもコスモスが作り出している現象ならばと思い、できるだけ穏やかに訪ねた。
 そしたらコスモスは、「むふ~」と笑った。

「あ~、パッパ、マッマがいないと、さみしーんだね」

 いや、そういうわけじゃないが……

「うん、コスモスもマッマいないと、や! これからは、マッマとパッパとコスモスは一緒だよ!」

 それが当たり前に訪れる未来なんだと完全に信じきったコスモスが、そうやって笑うと同時に、バリヤーが消えた。
 アップダウンを繰り返していた十隻の軍艦も停止しゆっくりと海へと下降していった。
 ところどころから安堵のため息がもれ、この船の甲板にいた乗員たちも、戒めが解除されてようやく立ち上がった。

「……やっぱ、コスモスの意思で出したり消したりできるわけか……ほんと恐ろしいな」

 確かに、こりゃー、癇癪一つで一歩間違えたらエライ事になってたな。
 ウラとエルジェラが血相変えたのも良くわかるってもんだ。

「コスモス!」

 そんな風に考えていると、ウラとエルジェラが慌てて甲板に降り立ち駆け寄ってきた。
 俺が中腰になってコスモスから手を離すと、コスモスは走ってエルジェラの胸にダイブした。

「マッマ!」
「コスモス! あ~もう、何をやっているの、あなたは! でも、無事でよかった……コスモス!」
「むふ~、えへへへへ、マッマ! マッマ! あのね、あのね、パッパはもう、ずっと一緒だって!」
「え………?」

 エルジェラは、当然ウラも頭に「?」マークが浮かんでいる。
 だが、コスモスは急かすようにエルジェラの手を引っ張り、俺のもとへ。

「えへへへ~」
「えっ、あの、えっ? コスモス、これは一体?」
「も~、パッパだよ!」

 その瞬間、ようやくヘドロの海に着水した全艦隊だが、乗員たちはその生還を誰一人喜ぶことなく、たった今、小さなお姫様の爆弾発言に、全員ぶっとんだ。


「「「「「うえええええええええええええええええええええええええ!」」」」」


 まあ、そりゃ驚くだろうな。

「ぱ、パッパ? ど、どういうことだ! なぜ、コスモス様が!」
「まさか、まさか、あの男がエルジェラ様の?」
「バカを言うな、あんなどこの馬の骨かもわからない男が何故!」
「でも、でもコスモス様があんなに懐いて……コスモス様が……あんな笑顔で……」

 ウラの配下の魔族たちがザワつきだし、ウラもまた呆然としている。
 エルジェラも、もはや状況が全然理解出来ていない様子だ。可哀想に。
 だが、そんなもん知ったこっちゃねえとばかりに、コスモスはハシャグ。

「パッパ、手!」
「ん?」
「手! おてて! 貸して!」

 俺が手を差し出す。するとコスモスは右手を伸ばして俺の手を掴み、左手はエルジェラとつないだまま。
 するとコスモスは俺たちの手を掴みながら、まるでブランコみたいにブラブラしだした。

「う~~~! やたー! パッパとマッマだー!」

 これはよくある、休日の家族の光景だな。両親が子供を間に挟んで手をつなぐ。
 まさに子供こそが家族を繋いでいると証明するかのように。

「えっ、あれ、えっ……あっ……」

 もちろん、俺の記憶がないエルジェラからすれば、理解不能が余計に重なったとも言える。
 当然更に混乱するはず……そう思っていたが……

「あれ? マッマ、どうしたの? うれしくないの?」
「えっ、あ、あれ? どうして、私……」
「マッマ、ないてるの?」
「どうして……私……私……」
「マッマ?」
「なぜ……あなたは……あなたは、何者なのですか? どうしてコスモスが……私が……まるで……私は、ずっとこの瞬間を待っていたかのように……ずっと見ていた夢が叶ったかのように……」

 エルジェラは、どうしてそうなったのか自分でも理解できていない。
 だが、それでも抑えきれなくなったのか、エルジェラは涙を流していた。

「コスモスが……いつも、いつも言ってました! 泣いていました! パッパはどこ? パッパに会いたいと。その度に私は、胸に抱える僅かな疑問を抱きながらも、ずっと……パッパはいないと言い聞かせて……でも、でも! まるで今この瞬間が、まるで本来ならこうあるべきだったかのように……誰なのですか、あなたは! 私は……ずっと……こうなりたかった………」

 涙を流しながらとうとう崩れ落ちたエルエジェラ。その涙と取り乱した姿に、誰もが何も言えなかった。

「マッマ、どうしての? マッマ……う、うえ、ええええええ~~~~~ん」

 エルジェラのその姿に、コスモスもわけがわからず、しかし泣いてエルジェラに抱きついた。エルジェラもまた、この世で最も愛おしい存在を確かめるように抱きしめた。
 ああ、まいったな…………


「私も………聞きたかった……」


 それは、ずっとこのやり取りを見ていた、ウラもだった。


「お前は敵なのだろう? なのに……なぜだ? お前と初めて会った気がしない……。お前を敵だと思おうとすると、胸が締め付けられる……涙腺が潤む……どうしてだ! 誰なんだ、お前は!」


 俺も、こんな形で胸が締め付けられるとは思わなかった。
 お前らと敵対し、お前らと敵として向かい合い、お前らが俺のことなど何もかも忘れて俺を容赦なく攻撃する。そんなことばかりを考えていた。
 でも、違った。
 たとえ、過ごした記憶や存在を忘れても、こいつらの中には俺のことが何かしら残っていた。
 いっそのこと、全部忘れていたら、割り切ることもできたかもしれない。
 でも、こうなると逆に心が揺れる。
 妙なことを期待しちまう。
 俺の正体も、世界の真実も、もう教えることもできないってのにな。


「ヴェルト君、無事だったの? …………はうっ!」


 その時、無事に着水した船にアルーシャが俺の身を案じて乗り込んできたが、それと同時にショックを受けたかのように倒れ込んだ。
 いや、おまえ、どーしたんだ?

「な、なに、その、し、しあわせ、アットホームな光景は……き、君たち、もう離婚したはずでしょ?」

 してねーよ、バカ。と言いたいところだが、今はこいつに構っている状況じゃないな。
 だが、現れたアルーシャに、ウラが声をかけた。

「おい、アルーシャ姫。あなたは、言ったな。この男はあなたの……その、あなたの、い、いい人なのだと」
「ウラ姫……え、……ええ、そ、そうよ。何か問題があるかしら?」
「………彼と……私やエルジェラは、以前、会ったことはないのか?」

 なんと、そこまでたどり着いたか。記憶を忘れるという感覚がどういうものか、どの程度のものかは分からないが、もはや二人がそこまで俺に対して何かを感じているとは思わなかったな。

「えっと、あの、それは……」

 アルーシャはどう答えたものかと俺に助けを求めるようにチラ見。
 まあ、答えられるわけがねーよな。
 正直、俺としてはもう、こいつらとは二度と会えないかもしれない覚悟もあったから。
 
「いいじゃねえか、そんなのどうだって」

 だから、俺も答えねえ。

「……ど、どうだっていいだと? ふ、ふざけるなァ!」

 俺の答えに納得いかなかったウラは、俺に歩み寄り、乱暴に胸ぐらを掴んだ。
 鼻息荒く、しかし唇は震え、瞳が潤んでいるのが分かる。

「……私たちにとって、どうだってよくない! なぜだ……なぜか分からないのに……心が言うことを聞かないんだ! まるで、何かが抜け落ちたように、この数年間……ただ……大好きなみんなと……私を受け入れてくれたみんなを……種族なんて関係なく、共に過ごせる日々を目指して………今日までやってきた……今だって、仲間は、同盟を結んだサイクロプスも戦っているのに……集中できない! 心がこんなに乱れてしまう! 答えろ! 答えなければ、答えなければ!」


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