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第八章

第262話 関わる

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 俺たちの存在をようやく視界に捕らえたお客様方。


「お、おま……じゃなかった、あなたは……」


 その時、黒スーツにサングラスにハットの変装をしている俺たちを見たウラが、ある一人に注目した。
 アルーシャだ。

「久しぶりね、ウラ姫。最後に会ったのはいつだったかしら?」
「て、帝国の姫、アルーシャ姫! なぜ、あなたがここに居るんだ! いや、というより、無事だったのか!」

 サングラスと帽子を外したアルーシャに驚くウラだが、「無事だったのか」?

「あなたは行方不明になったと聞いていた! 隊の任務中に地下の崩落と火災に巻き込まれたとか……新聞や人類大連合軍で大騒ぎだぞ!」
「あ、そ、そうよね。ええ、そうなのよね。私、そういう扱いになっていたのに、ほったらかしにしていたわね」
「い、いや、まあ、あなたがその程度で死んだとは誰も思ってはいなかったが……しかし、なんでここに居る! いや、それにその格好、一緒に居る連中は何者だ?」

 何者? おお、そーいや、俺たちってひとくくりにすると、何なんだ? 
 国? チーム? まあ、何でもいいか。

「友達よ」
「なに?」

 アルーシャの一言に、俺たちは笑みを浮かべながら頷いた。

「ほほう、そなたが真勇者ロアの妹にして、アークライン帝国・光の十勇者の一人、アルーシャ・アークライン。『奇跡の氷帝』と呼ばれたお方か」

 ダッサ! 関取サイクロプスが大物ぶって前へ出るけど、アルーシャ、お前、そんなダサい異名だったのか?

「ぷっ、キセキのヒョウテイ?」
「私が考えたわけではないわよ! それを言うなら、リモコンなんとかだって変でしょう!」
「それこそ俺も自分で考えたわけじゃねえっての!」

 思わず笑っちまった俺に、アルーシャはムカッときたようだ。
 だが、俺たちのやり取りを見ていたウラが少し不思議そうな顔をした。

「お、驚いたな。あなたもそんな顔をするのか?」
「えっ?」
「いや、あなたがフォルナや帝国の連中と話しているときは、もっとクールだと思っていたからな」

 まあ、こいつは「くーるびゅーてぃー(笑)」だからな。

「でも、お元気そうで何よりです、アルーシャ姫」
「エルジェラ皇女……」
「それで、あなたはなぜここに? そして、その方々はどなたですか?」

 エルジェラがやわらかい微笑を浮かべ、そして本題を尋ねた。
 ここで何をしているのか? と。
 その問いかけに、どう答えるか?

「別にあなたたちに用はないわ。ここにも、ある目的があって来ただけであって、ラガイア王子が居ることなんて、さっき知ったのよ」
「あら、そうでしたの?」
「ええ。だから、この場は黙って通らせていただきたいのだけれど」

 ああ、そうだ。別に俺たちに用はない。
 こいつらにも、そしてラガイアにもだ。
 だから、黙って通せ。ウラもエルジェラも、久しぶりに元気そうな姿を見れて良かったしな……

「ふむふむ、ほう。ウラ姫よ、この者たちは、魔族に亜人、人間までもが混ざっているようだが、ラブ・アンド・ピースの関係者か?」
「ん? い、いや、無関係とは言いがたいが、少なくともアルーシャ姫以外は知らないぞ」
「そうか? なかなか、強そうなのが何人か居るが……、まあよい。自己紹介は後でさせてもらうとして、問題はお前だ。ラガイア!」

 その時、俺たちの横を通り過ぎ、俯くラガイアの目の前に立った、ステロイという名の男は、まるでゴミ虫を見るような目でラガイアを見下ろし、そして次の瞬間、そのぶっとい足でラガイアの顔面を蹴りぬいた。

「このサイクロプスの恥曝しめ!」
「ッ!」

 体の小さなラガイアは勢いよく蹴り飛ばされて転がった。
 蹴られたラガイアの頭部から夥しい血が流れ、しかしそれでも容赦なくステロイは倒れたラガイアを踏みつけた。

「この、薄汚い混血が! 下賎な奴隷の血を引く貴様のような出来損ないをここまで生かしてやった恩を忘れ、貴様はよくも我らの手を煩わせてくれたな!」
「ッ、ぐ、つっ、うう!」

 ラガイアは一切手を出さない。ステロイが思いつく限りひたすら罵倒し、踏みつけ、痛めつけるだけだ。

「お、おい、やりすぎではないか! ラガイアは捕まえれば良いのだろう?」
「その方のことはよく存じ上げませんが、血の繋がった家族であるなら、慈悲を与えてもよろしいのではないですか?」

 ラガイアを捕まえるという目的は分かってはいたが、無抵抗のものをここまで一方的に痛めつけることは予想外だったのか、ウラとエルジェラが慌ててとめようとするが、ステロイは止まらない。

「ふん、口出し無用。それに、家族? こんな下賎な蛆虫を家族などと思ったことは一度もない。そればかりかこの男は、あのマッキーラビットなどという愚かなクズの口車に乗った挙句、わが国を危機に追いやった張本人。極刑でも生ぬるい。我らの誇りを汚し、国を陥れようとした蛆虫など、地獄の苦しみを味あわせる必要がある!」

 ああ、そうさ。
 このガキが帝国を襲撃して、ガウやシーも死んだ。
 もし、このガキにフォルナが殺されていたら、俺も絶対に同じことをしていたさ。
 このクソガキのせいで。

「ひはははは、ちなみに~、ヴェルト君、あの帝国襲撃に賛同したのは、マーカイ魔王国の魔王様で、ラガイア王子を任命したのも魔王様だから。まあ、失敗したときは責任全部押し付けるつもりだったみたいだけど」

 マッキーが俺の耳元で囁くが、なんとも胸糞悪い話だ。
 家族の中でトカゲの尻尾切か。まあ、家族だと思われてねーみたいだけどな。
 だが、誰の指示であろうと、こいつがやったことは事実だ。
 そうだ、間違ってねえ。


「このクズめ! お前など、誰も認めることなどないのだ! それを、独眼魔童部隊など、ゴッコ遊びで集まったバカ共を率いてその気になっていたお前には以前から憤りを感じていた!」

「っ、ぐっ…………ステロイ……にいさ……」

「ッ、兄などと呼ぶなこの蛆虫が! 大体、貴様がアークライン帝国でバカをやったおかげで、損害賠償と捕虜の返還にどれだけの金を払ったと思っている!」


 マッキーとは違う。こいつの事情なんて大して知らない俺は、こいつに同情はしない。

「それまでにせよ、ステロイ王子。これ以上は天空族の方々の前で見苦しい。身内の揉め事は後でやって欲しい。ラガイアも立て。仮にも王子であったのなら、最後は自分の足で立つのだ」

 見かねたウラがステロイを止めるが、ラガイアはピクリとも動かない。
 いや、生きているんだろうが、もう完全に体が動くことを拒否しているんだ。
 ああ………なんだかな………


「おい、そこの一つ目デブ」


 気づいたら、俺はステロイの肩を叩いていた。

「ヴェルト君!」
「わお! ひはははは、おもしろそうになってきた」

 俺の行動に仲間も含めて全員驚いていた。いや、俺も驚いている。

「混血混血うるせーな。ひょっとしたら、俺だっていつか魔族の女との間に子供ができるかもしれねーんだ。血液型ぐらいでガタガタ抜かすな」

 何でこんなことを? 分からない。
 だが、気づけば俺はサングラスを外し、ステロイに向かい合っていた。

「なんだ? 人間よ。何者か知らんが、馴れ馴れしく私の肩に触れないでもらいたいのだが」

 アルーシャたちの手前、力ずくで振り払おうとはしないが、その表情はかなりイラっときている。
 だが、俺も自分でよく分からないうちに動いていた。

「ここはゴミ捨て場だ。そのガキを先に見つけたのは俺だ」
「ん?」
「一度捨てられたゴミは、拾ったやつのものだ。テメエら勝手に不法投棄しておいて、何を今更好き勝手してやがる。ジョーシキ考えろよな?」

 あ~あ、言っちゃったよ。

「……おい、何だその態度は? 貴様、この私を誰だか理解できていないのか?」
「兄貴が家族を虐待してんじゃねえよ。DVもほどほどにしねーと見るに耐えねえ」

 ピシッと空間にひびが入ったような音がした。

「あ~もう、なんで彼って物怖じしないのよ!」
「ぷっ、ひははは、ジョーシキだって、ジョーシキ」
「OH~、ヴェルト、どの口が言うか」
「一番、ジョーシキねえじゃん、あいつ」
「おい、兄よ。あいつは私のお尻を叩くぞ?」
「そらお前、お仕置きはええんやろ?」
「いや、よくはないじゃろ」
「ヴェルトくんはたまに支離滅裂だゾウ」

 アルーシャが頭を抱えて下を向き、マッキーやキシンたちはニヤニヤ面白そうに見ている。
 一瞬で緊迫した空気が流れる中、誰かが呟いた。


「………この………男………」

「あの方………」


 ウラとエルジェラだ。
 二人は大きく目を見開いたまま微動だにせず、ただずっと俺を見ていた。

「アルーシャ姫。この無礼者は何者だ?」

 すると、そんな俺に対してイラついたステロイがアルーシャに尋ねる。

「ちょっと、ヴェルト君! えと、あの、その、彼は………私の……あれ? でも、私、この場でこの人たちの前で宣言してもいいのかしら? 多種族の王族の前で公言してしまえば、もうそれは世界に知れ渡り、一瞬で公認ということになるのではないかしら? でも、この二人の前で……いいえ、これは戦争なのだとしたら甘い同情は避けるべき。そう、これは恋の大戦争。五年も同棲した女性に、子供が居る女性が相手よ? そうよ、私が一番遅れを取っているんじゃない。独走独占状態などと思っていたけど、自惚れもいいところよ。ここは差を広げるんじゃない。差をつめるのよ。だとすれば、彼女たちの目の前だからといって生ぬるいことを言っている場合ではないわ。何よりも、ここに居ないフォルナ、そして未だに行方知れずの美奈次第では、この状況がいつ一変するとも限らないわ。記憶がないというアドバンテージ……ではなかった、そう、悲劇を利用するようなやり方、姑息と思われても仕方がないけれど、空気を読んでズルはしなかったなどと言って、彼を手放していいの? いいわけないわ。では、アルーシャ、いつやるか……今でしょ!」

 なんか、途中からものすっごいサイクロプスたちの一つ目が点になったり、天空族たちが意味不明に首を傾げたりしたが、アルーシャは結論にたどり着き、そして言う。

「彼は、私の……マイスイートハニーよ」
「ボケナスが」

 なんかダンスパーティーでエスコートされる女みたいに俺の腕にそっと寄り添ってきたアルーシャ。

「な、なんだと! アルーシャ姫の?」
「そうなのか? そんな話は聞いたことないぞ?」
「では、この男も王族関係者か?」

 なんだかもう、とうとう本格的に色ボケしだしたお姫様を軽く小突いてやろうとした。
 だが、次の瞬間……


「つうッ!」

「…………………つ……」


 ウラとエルジェラ。二人は何ともいえない、悲しく、切なく、そして自分でもなぜなのかよく分からない。
 そんな表情で顔を抑えていた。

「な、な、なんだ? 今………この胸を締め付ける何かは……」
「あら? ……私ったら……一体……?」

 二人とも、「こいつは、何者だ?」という思いがずっと頭の中で渦巻いているかもしれない。
 記憶ではなく、なんか感覚的にな。
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