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第八章

第254話 分からない

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 せっかく集合したはずの俺たちは、今バラバラに散らばっていた。
 まあ、こんな狭い島に居る以上、全員が大声で叫べば聞こえる程度の距離にしかいないんだが。

「は~~~~~~~」

 思わずため息が出る。ついさっきまでのことが今でも頭から離れず心の整理がつかないでいた。
 人類の英雄になれなかった、アウリーガ。
 ママはアウリーガが、世界を一つにしようとした流れの中で、その人物にしか分からない何かに心を壊され、そして消えたと言っていた。
 でも、違った。俺たちは、アウリーガが心を壊した理由がよく分かった。
 アウリーガが心を壊した。恐らくその時、全てを思い出したんだろう。
 前世で何があったのかを。

「俺たちを殺したか…………あいつが…………」

 俺たちは再会して、あの時の事故を振り返っても、あの事故の原因について振り返ることはなかった。
 振り返っても仕方ないことだったし、だから俺たちの乗っていたバスを運転していたやつのことなんて、誰も話題にすら出さなかった。
 それは俺たちが殺された、死なされたというよりも、事故で死んだという認識しかしていなかったからだ。
 だが、こうして目の前に、「自分が殺した」という奴が現れたらどうなるか分からなくなる。
 宮本が思い悩むのも当たり前だ。誰にも相談できないし、何よりも前世で自分を死なせた原因と直面したなんて、この世界の歴史上初めてだろうからな。

「クソ……何をいまさら……あれは……事故じゃねえか……別に殺したとかそんなんじゃ……クソ……」

 俺は、何に対してクソと言っているんだ? あの運転手に対してか? 気づいてすらいなかった復讐心がよみがえってきたのか?
 それも違う。ただ、どうしていいか分からないんだ。それは、ほかの連中にも言える。
 カー君、ユズリハ、ジャックポットには訳わからないだろうが、相談もできない話だ。
 この世界でも、自分の家族や大切な人を殺した仇と出会うことなど多々あるかもしれない。
 しかし、俺たちのかつていた世界は、そんなものとは本当にかけ離れた世界だった。
 だから今はみんな、多分前世の時の心に戻っている。
 帝国の姫として人類を率いて戦争していた綾瀬も。
 世界を悪意で混乱させようとした加賀美も。
 魔王と呼ばれて世界から恐れられたミルコも。
 若者たちのカリスマとして人気を集めた備山も。
 そして、たったひとりでずっと思い悩んでいた宮本もだ。
 誰にだって、たとえこの世界でどんな人生を送っていようと、答えなんてないし、それを誰も教えてくれない。
 だからこそ、余計に頭も心も整理できなかった。

「先生……」

 情けねえ。今日だぞ? 今日の今日に会った先生に、もう俺は会いたいと思っちまった。
 こんなの、先生だって分かるわけねえのに。
 いや、そんなことは分かっている。でも、だからこそ気になったのかもしれない。
 先生だったら、どういう答えを出したのかを…………


「くっそ~~~~ちっくッ――――――!」


 ただ、感情のままに思いっきり俺は言葉を空と海にぶちまけようとした。
 だが、それよりも早くに誰かの叫びが聞こえた。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ! くそ、ふっざけんなあああああああああああああああああああ! ああああああっ、くそっ!」


 姿は見えない。今まで、あいつのこんな叫びは聞いたことはない。
 いや、一度だけあったか。初めて、あいつと帝国で再会したとき。

「加賀美…………」

 誰よりも前世に強い未練があり、そして転生という運命を呪い、この世界に怒りを覚え、そして苦しんだのはあいつだ。
 見えないところで、あいつが怒りに任せて叫んでいるのが聞こえる。多分、ほかの奴らにも聞こえているだろう。
 正直、俺は加賀美はアウリーガの正体を知った瞬間、すぐにでも殺してしまうのではないかと思った。
 だが、あまりの真実に、やっぱりどうしていいか分からなかったんだろう。
 加賀美も、みんなも、そして俺も気づけばその場から逃げるように離れていた。
 みんな、今、何を考えて、そしてどう思うのだろうか…………


「……………………なぜ……………………」

「ん?」


 その時、誰かの声が聞こえた。
 振り返ると、そこにはさっき俺が気になった、白髪のガキが俯いたまま座っていた。
 こいつが話しかけてくるとは思わなかった。いや、どこかで聞いたことがあるような声…………

「どうして……マッキーラビットと……アルーシャ姫が……一緒にいるんだい?」
「えっ、マッキーと、アルーシャか?」
「帝国を襲撃したマッキーと、帝国の姫が、どうして行動を共に…………?」

 その瞬間、僅かに顔を上げた白髪のガキの前髪が揺れて、その顔がようやく見れた。
 眼帯!
 いや……っていうか……こいつは、確か……

「あの件で、僕は全てを失った……権力も、仲間も、……居場所も……」

 思い出した! 
 こいつは、加賀美が帝国を襲撃したとき、サイクロプスを率い、そしてフォルナと戦った魔族。

「た、確かテメエは、ラガイア!」

 間違いねえ。少しだけ手足が伸びてはいるが、それでもコイツはあの時のガキだ!
 すると、俺の言葉に少しだけ肩が動いた。

「……僕のことを知っているのか……君は?」

 そうか、つか、こいつとは会ったことはあるけど、もう俺のことは覚えてないんだな。
 つかよ、どうなってんだ? 確かこいつはサイクロプスの国の王子だったんじゃねえのか?
 何でこんなゴミ溜めにいるんだ?

「テメエはなんだ? あの事件で失脚でもして国外追放でもされたのか?」
「………………………………………」

 図星かよ……………

「君に教える筋合いはないだろう」

 つか、既にほとんど死んだガキが、また生意気な口ぶりで……………

「よっこいせっと」
「……なぜ、隣に座る?」

 ほんと、何でだろうな? なんか、気づいたら俺は隣に座ってた。

「俺は……フォルナ姫とは何度もチューした仲だ」
「……………えっ……………」
「あの帝国のサイクロプス襲撃で、死んだ兵の中には俺の幼馴染も居た」

 そう、こいつは紛れもなくフォルナを殺そうとし、そしてガウもシーも死んだ。

「そうだよ、テメエは仇の一つ目どもの親玉だ」
「……そう……で……復讐するのかい? 今の僕に……抵抗する気はないけど……」
「復讐するかどうかは、よくわかんねーよ。でも、無関係じゃねえ。だから、筋はあるんじゃねえのか?」

 なのに、どうしてだよ。仇なら、どいつもこいつも、もっと加賀美みたいにクズいやつでいろってんだよ。
 なんで、こんな弱々しい目をしてるんだよ………

「ま、だが今となっては、そうだな……ただの時間潰しかもな。なんか、今日はいろいろありすぎて、一人じゃ悶々としていたところだからよ」

 ほんとは、こんなやつと話しても仕方ない。
 こいつに復讐とか考えたことねえし、こんなガキの話なんか聞いても仕方ないんだけどな。
 でも、今は何かするか、誰かの話を聞くか、どっちにしろ一人で考えているのも限界だったから、気まぐれで俺はこうして隣に座ったんだろうな。

「僕はサイクロプス。一つ目族でありながら、二つの目を持つ。魔王の血と人間の血を引く奴隷から生まれた呪われし子……誰もが言った……『お前なんか生まれてこなければと』……」

 そういえば、ウラから少しだけこいつの話を聞いたことがあったな。
 サイクロプスの王子でありながらも、その出生と体質により忌み嫌われ、世界を恨んだ子だと。

「それでも、いつかは認めてくれると信じた……でも、もうそれも全て失った。こんな僕を慕った者も死んだ……全てから見放された……一度は認めた連中も手のひらを返して……そして二年前、ラブ・アンド・ピースとマーカイ魔王国が手を結び、僕のこれまでは全て変わった……」

 重たい話を聞いちまったな。まあ、ある程度は覚悟はしていたもんだけどな。

「もう、……僕は……疲れた……もういいんだ……消えてくれ……」

 その一言とともに、ラガイアはまた俯き、もう俺から意識を逸した。
 今、俺がここでこいつに、ガウとシーの仇だって言っても、多分こいつは抵抗もなく死ぬだろう。
 確か、年齢は俺より三つ下ってウラが言ってたから、今は十四歳か。中坊だな。前世で俺が死んだ時よりも歳下。
 あの時の俺は自分が死ぬなんて考えたこともなかった。それをこのガキは、「生まれてこなければ」とまでも考えたか。
 なんか、色々な人生があるもんだよ。本当に。
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