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第七章

第245話 メスガキのお尻ペンペン

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「なんだい? あんたは」

 俺を見る目に敵意が満ちている。
 どこの馬の骨かも分からない若造が、何を馴れ馴れしく話しかけてやがる? っていう目で睨んでくる。
 でも、それでも俺は言いたかった。


「カー君にも言ったよ。ボナパとアルナは、ただ亜人の強盗に殺されたわけじゃねえ。ボナパとアルナは、この世で最も大切なものを、命を懸けて守り抜いたんだ。簡単に死んだとか殺されたとかで、片付けるんじゃねえよ」

「なん、だい? あんた………何を言ってるんだい?」

「そうだよな? 国王様」


 俺がそう尋ねると、国王様は悲しそうな顔で俯いた。ただ、懺悔に溢れたその顔で涙を堪えていた。

「おい、どういうことだい? 愚王! あんた、何を泣いてんだい? このガキは一体……」
「………ヴェルト……」

 分かってるよ、国王様。その顔見てりゃ、痛いほど苦しんでんのは分かってる。
 でも、それでもこれは譲れねえ。

「俺に関する歴史や記憶を弄くるのは構わねえ。もう仕方がねえ。でもよ、二人の死に様……いや、生き様だけは弄くらないでくれ」

 それが、ヴェルト・ジーハの誇りだから。


「ああ、そうだ……その通りだよ、ヴェルト……お前の言うとおり、あの二人は守り抜いた」

「愚王!」

「ファンレッド、ここは私に話をさせて欲しい。アルーシャ姫やカイザー大将軍がここに居る理由も追求しなければならないのは分かる。だが、ここは私に話をさせて欲しい。今の事態の全ての中心に居る、その青年にな」


 愚王なんて呼ばれてるが、俺からすればお人好し過ぎて心配になるような王様。
 王族や他国からは、才もなく、武もなく、知もなく、勇もない、平凡な王と皮肉られていると、フォルナがぶつくさい言ってた記憶はある。
 正直、この国を武で支える、タイラー、ママ、ガルバなどが居なければ、エルファーシア王国はここまで人類大連合軍の中でも重いウェイトを占めていなかっただろうと。
 だが、それでもここだけは引けないという意思が見られた。その普段は見せない王の姿に、さすがのママも何かを感じ取っている様子だった。

「まず……ヴェルト……私が言えた義理ではないが、よくぞここに来てくれたと言うべきだろう」
「まあ、二年も怠惰な豚暮らししてたんだけどな」

 優しく俺の方に手を置き、俺の表情を覗き込んできた。

「体は壊していないようだな」
「おかげさまでな。国王様は、俺のことを覚えていたんだな」
「ああ。この私が忘れるわけにはいかないからな……お前を忘れず苦しみ続けることでしか……私に出来ることはない」
「無理しなくても良かったのに…………」
「もし、もし万が一! もし万が一私がお前を忘れ、そんな時にお前と偶然再会し、お前に心無い言葉を言ってしまったら……そんな、ことだけは……それだけは、考えることも恐ろしい! 自分を殺したくなるだろう」
「まあ、その苦しみをフォルナに味あわせてる時点でどうかと思うが……ただ、それでも国王様とタイラーが、二年前からずっと俺のことを気にかけて苦しみ続けているのは分かってるから……それに関して恨んだりする気はねーよ……」

 俺たちの会話の意味なんて、ママには理解できないことだろう。
 ママの訝しげな視線が痛かったりするが、国王は俺たちの間に誰も入れさせたりはしなかった。

「ヴェルト、実は私はお前のことは、既にオルバント大臣より緊急の報告を受けて知っていた。そして、お前が何を目指そうとしているのかもな」

 あのキモ豚大臣が? そんなに速い連絡網があるとは思わなかった。だが、これでかなり話が速くなるってもんだ。
 もっとも、話が通るかどうかは別だけどな。

「やはり……考えは変わらないのだな」
「ああ。変わらねえ。別に亜人と魔族と共存だ友好だなんて立派な聖人みたいなことを言う気はねえ。ただ、俺は勝手につるんで仲良くさせてもらう。どいつもこいつも、ここに居る奴らは種族なんて感じさせねえ奴らなんでな。この世界には種族の壁があるかもしれねーが、俺たちは既に壁の向こう側に居る。だったら、俺たちは俺たちで世界を勝手に弄らせてもらうよ」

 たった数日。それでも俺は既にこれだけと再会したり、出会ったりを繰り返した。
 そこに種族だなんだは関係ねえ。だって、前世だ現世だも関係ねーんだから、今更姿形が違うぐらい些細な問題……


「おい、ゴミ。お腹いっぱいで眠いんだがまだ終わらんのか? もう寝るから、終わったら起こしてくれ」


 俺はその時、笑顔で…………ブチッとなった……

「ZZZ~……ッ、むむ!」
「おい、ユズリハ…………」
「な、なん、おい、離せ! 殺すぞ、ゴミ!」

 俺は気づいたらユズリハを腰に抱えていた。
 一瞬寝ていて反応の遅れたユズリハが足をジタバタさせるが、しっかりと腰をロックして脇に抱えて取り押さえ、ユズリハが下に履いている黒パンツみたいなものの上から、小さなケツを思いっきり…………


「ッひぐ!」


 ……パシーンとぶっ叩いてやった。


「ほう、随分と思い切りの良い若造だね。あのケツの叩き方、手首のスナップ、間の取り方、完璧だね。自身で何度も味わってないと達することのできない領域だよ」

「ユユ、ユズリハ姫が~! ちょ、そこの者、何しているでござる! ッ、ハッ!」

「おい、こら、ヴェルト! ッて、ムサシ? おまえ、なんで正座してんだ?」

「へっ、店長? あ、あれ? 拙者、なぜ正座を? いや、しかし、なんか本能的にあの人物の前に畏まってしまったでござる……」


 調教方法はこの身に刻まれてるからな。
 あれ? なんか、デジャブ。

「き、きさま~、なにする! この私の可愛いお尻に!」
「ふんっ!」
「あぶっ!」
「ふんっ!」
「ひぎゅっ!」
「ふん!」
「ぐるうっ!」

 ユズリハは最強の遺伝子を継いでる。ジャックポット同様にスペックだけなら最強だろう。
 多分、実戦だったらツエーんだろうな。
 だが、この痛みにはなれてねーだろ?

「ナハハハハハハ! 最高や、あんさん! ユズリハにお尻ペンペンするやつ、初めて見たで!」
「お~、ジーザス。キュートなピーチが染まってしまう」
「ちょちょちょ! 朝倉くん、なにやってんのよ!」
「ひははははは、朝倉くんパナイっ!」
「ま、まあ、国王と重要な会話しているところにブチ込んだユズリハ姫様も悪いが……おいたわしいゾウ」

 十回。二十回。次第にユズリハの睨んだ目も抵抗力も弱くなってくる。

「ぐる、ひぐ、ひっぐ、お、おのれ~、ご、ゴミのくせに、このほこりたかくてかわいくてつよい、このわたしになんという……ごろじてやる! ひぐう!?」
「ふん!」
「ひぐ!」
「ふん!」
「ぐるっ! や、やだ、うう、いたい! やめ、やだ~!」

 最初は俺の肌に食い込むぐらい噛んで抵抗していたのに、それも次第にアマガミになって、すっかり縮こまってシュンとなった。
 時折、すすり泣くような声が聞こえたりしたが、まあ……


「国王様…………お、俺は……この世界を征服し、これからも亜人だろうと魔族だろうと、相手が誰でも仲良くなれば勝手につるむぜ」

「いや、おまえ、ほんと、不安しか感じないんだが、本気か?」


 多少アレなお見苦しい光景を見せてしまったことに、国王様はかなり引き気味な顔になってしまったが、それでも俺の意思は変わらないと改めて告げた。
 というより、今はユズリハは居ないものとして考えて欲しい。
 すると、どうだろうか? 

「……ヴェルト。もう、あまり……時間がない…………」

 国王様は少しため息気味に俺に近づき、俺に耳打ちした。
 時間がない? 何の時間だ?

「ヴェルト、現在世界における神族大陸の大きな戦争はなくなってきている。それは、一番危険である魔族側が沈黙を破らないことにある。それはウラ姫が大使として大きな力となっていることも要因の一つかもしれないが……もし、別の理由があるとすれば……それは恐ろしいことだとは思わぬか?」

 急に何なんだ? 他の奴らには聞こえないように、俺にコッソリとそんな話をして何を?

「二年前のジーゴク魔王国との一戦以来、人間の思惑通りに魔族が沈黙したのはどうしてだと思う? 二年前よりも以前から魔族側にも、世界のパワーバランスが崩れた時には神族が復活するという話はしていたのに、ほとんどが聞き入れなかった。だが、ラブ・アンド・ピースが仲介に入ったとはいえ、その反対意見がスッカリ収まった……なぜだと思う?」

 確かに……。亜人側なら話は分かる。それは、既に神族大陸侵略に乗り出していた、四獅天亜人が半壊しているのも要因だった。
 だが、魔族側は七大魔王の体制は崩れていても、その気になれば一国で人類大連合軍を半壊できるだけの力があった。
 それなのに、ラブ・アンド・ピース、人類大連合軍の思惑通り、すっかり大人しくなった。
 なぜ?

「なぜって……魔族側が……神族大陸を攻めるのをやめたから……」
「やめてどうする?」
「……ほ、他のことで忙しくなったから?」
「何に忙しくなっていると思う?」
「何にって…………」

 なんだ? ナゾナゾか? 神族大陸侵略を完全にストップさせた魔族が、今何をやっているか?
 そんなもん、外に意識できなくなるぐらい、何かが中で…………ッ!

「ま、……魔族大陸内で権力争いが起こっているから……」
「なぜ、権力争いをする?」

 俺はその時、少し考えれば分かったであろう事実に気づいた。
 自分でも言っていたことだ。
 本来であればジーゴク魔王国のように、一国で人類大連合軍を壊滅寸前まで追い込む力がありながら、これまでそれが出来ていなかったのは、他の魔王国の攻撃や侵略を警戒してのこと。
 人間が大陸内を統率して全人類の総力を持って戦っていたのに対し、亜人も魔族も、一国のみでバラバラで戦っていた。
 だからこそ勝てず、三種族の戦争は微妙なパワーバランスの下で均衡していた。

「神族大陸での戦いに力を入れる必要がなくなった分、魔族の中で統一運動でもしてんのか?」
「もし、バラバラだった魔族たちが……一人の魔王と国家の下で、統一されてしまったらどうなる?」

 もしそうなったら? もし、魔族が統一されたあとに、魔族が沈黙を破ったら?

「ま、待てよ、だから神族の存在を匂わせてるんだろ! たとえ人間が滅ぼされたとしても、魔族と亜人が全面戦争したら、そのダメージは計り知れず、そこで神族が復活して、全人類を殲滅する……その嘘のシナリオが既に世界に浸透している。だから……」

 だから、その最悪の事態が迎えることはないはずじゃないのか? 

「それに、綾瀬は………アルーシャ姫は、魔族大陸のそんな情報は入ってきてないって。ウラだって定期的に魔族大陸行って、情報を得てるんだろ?」

 そう、綾瀬はこう言っていた。

―――魔族大陸は、実質今は五人の魔王が存在しているのだけれど、人類から情報を収集できるのは、サイクロプスのマーカイ魔王国と鬼魔族のジーゴク魔王国の二つだけ。そのうち、魔王シャークリュウの死亡によりヴェスパーダ魔王国は滅び、魔王チロタンも行方不明。よって、残る国は三つ。だけど、その三つに関してはどうしても情報が得られないのよ

 いや、待てよ? もしその情報をどうしても得られない三国が秘密裏に手を組んで、情報を封鎖していたら?

「おいおい、まさか………」
「全部とは言わない。しかし、人類が情報を得られない三国………ここがどうしてもウラ姫でも情報が掴めない。完全に情報が遮断されているそうだ」

 俺がそう思ったとき、国王様が頷いた。

「お前とキシンは聖王の予言、いや、嘘にたどり着いた。そして、我々が最も恐れているのは、その嘘が発覚すること。そして、その嘘はどうなったら発覚すると思う?」

 確かに、そうだ。言われてみれば、こんな勇者でも何でもない俺がたどり着いた真実を、「他の奴はたどり着かない」保証なんてどこにもない。
 そして、その嘘はどうやったら発覚するのか? 

「おいおいおい、まさか真実を知るものたちの中に、裏切り者がいるとでも言うのか? それこそ、何の意味があるんだよ。聖王のシナリオは魔族のウラも、亜人のママンも知らねーんだろ? あと知ってんのは人間側の誰かなんだろうが、そんなことして何の意味がある?」

 誰かが聖王のシナリオを公表しない限りは発覚しないはず。
 そして、俺もミルコも公表していない。
 ならば、他の誰が?

「実は一人だけ………全ての真実を知りながら………行方不明になったものが居る………いや、脱走したと言うのが正しいか………」
「なに?」
「その者が行方不明になったのは人類最高機密。ウラ姫やユーバメンシュも知らない。だが………もし奴が絡んでいるとしたら………いや、魔族たちに囚われて、口を割らされていたら………」
「誰なんだよ。その行方不明になった………余計なことをチクったかもしれない奴は………」

 この時、俺は全く予想もしない名前を聞いた。


「タイラーたちがとある研究施設で厳重に捕らえていた……カラクリドラゴンだ」


 俺はしばらく、かつて俺を慕うように屈託なく、「兄さん」と呼んでたあいつの姿が脳裏に浮かんだ。

「ゴミっ! さっきからボソボソ二人で私を無視して何を話してる! よくも、ひっぐ、よくも私のお尻を!」
「ふん!」
「ひぐっ♥」

 とりあえず、ユズリハはふにゃふにゃになって泣いた……で、このときに目覚めたとかなんとかってことを、後々教えてもらうことになる。
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