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第七章
第242話 墓
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あれから二年。二年経って世界は俺を忘れた。
しかし、既に居ない存在のこの二人のことを、この国は忘れていない。
「親父、おふくろ」
王都の外れに位置する墓地。
まだこの国に住んでいた時は定期的に来て、花を添えたり手を合わせたりしたが、それも二年ぶり。
だが二年ぶりのこの墓も、決して放置されていたわけでもなく、真新しい花や、綺麗に掃除された跡がある。
誰がやったかは知らないし、心当たりは多すぎる。
なぜなら、親父とおふくろはこの国の多くの人たちに慕われていたからだ。
それが変わっていないこと、そして俺が親父とおふくろの子であるという紛れもない事実は、俺の心を確かに安らがせてくれた。
「ヴェルト君」
「おう」
「……先ほど店長から、君の両親は亜人に殺されたと聞いたゾウ」
「……ああ……」
「七年前、当時人類大連合軍と戦い、そして敗退した亜人の軍の残党ではないかと聞いた」
「みたいだな。あの野郎は捕まってねえけど」
俺の傍らに立つカー君が聞いてきた。
俺はそのことに最低限のことだけ答えた。
「そうか…………」
「ん、そうだ」
本当は、カー君はそれ以上何かを聞きたい様子だったが、俺は質問してこさせないように、言葉をそこで切らせた。
――邪魔。早ク殺シテ金ト食料持ッテ帰ル。カイザー様死ンダ……負ケタ……デモ、オレハ生キテ国ヘ帰ル
あの日のことは今でも鮮明に覚えている。
そして、あの亜人の言葉も覚えている。
「ただ、一つ訂正があるかもな」
「ん?」
「俺の親父とおふくろは、亜人に殺されたんじゃねえ。この俺を守るために、命をかけたんだ。そこ、全然意味が違ってくるから、覚えててくれよ」
カー君もそれ以上は聞かなかった。
「そうか。勇敢なご両親だゾウ」
「ああ、ほんとにそうだよ」
多分、俺たちはすでに、互いに分かっていたと思う。
でも、そのことをここでぶちまけても何の意味もねえ。
俺はカー君に笑って返した。
カー君も静かに頷き、そしてほんの数秒間、祈るように目をつむった。
「おい、朝倉くん、こっちかい?」
そして、その隣にある墓こそ、俺たちの旧友の墓。
ウラや先生が定期的に手入れしてるんだろう。
そこは、王都の人たちにとっては誰の墓かも知らないもの。
この世界の誰もが読めない文字が墓標に刻まれている墓。
「ん~……シャークリュウ・ヴェスパーダ。鮫島遼一の魂と共にここに眠る……どういう意味やねん?」
「お、おい……兄、貴様はこの文字が読めるのか?」
「あっ、あれ? なんでやろ? いや、初めて見た文字なんやけど、頭の中にスっと入ってきたゆうか……」
ジャックポットが墓標に刻まれた日本語を読み上げたことには驚いた。だが、そこを深く追求しても仕方ない。
今はただ、こうして久しぶりに会ったこいつに、俺たちは各々花を添えていった。
「鮫島……今日はよ、お前の命日でもなければ、特別な日でもねえ。でも、俺たちからすればちょっとした特別なもんだ。どいつもこいつも色々あって、なかなか波乱万丈な人生だが、こうして集まって、まだ生きてるよ」
自然と皆が目を瞑り、手を合わせていく。
二度と再会することができなくなった、旧友に。
「鮫島君…………」
「さめっち……」
「……アーメン……」
一度死んだ俺たちはこうして再び第二の生を与えられた。
だが、それでもやはり死んだら終わりなんだ。
同じ時代に生きていたはずが、それでも死に別れてしまった友に複雑な想いを抱きながら、俺たちはしばらく祈りを捧げた。
「やはり、私としては複雑な気分ね……」
「綾瀬?」
「ヴェスパーダ王国の王妃を、そして彼を死なせたのは、帝国であり、ギャンザであり、そして兄さんなのだから」
綾瀬は謝ることはできないと言った。
俺もそれは間違ってねえと思う。
だが、それはそれとして、それでも複雑な思いがあるというのは、納得だった。
「確かにそうかもしれねえ。でも、それを言うなら、加賀美だって、ミルコだって、そしてカー君だって元々はそういう世界に居たんだ。フォルナだって、戦争に出ている以上はそういう血に汚れて、そして恨みつらみも買って来ただろうぜ」
「朝倉くん………………」
「一歩間違ってたら、お前だって鮫島に殺されてたかもしれねーんだしよ。なんつーか、今この場は帝国の姫としてじゃなくてよ、前世のクラスメートとして手を合わせりゃいいんじゃねの?」
鮫島は死んだ。魔王シャークリュウは死んだ。
死んだ奴が、死んでもなお恨みを抱えて成仏できねえとか、そんなもん確認のしようがねえ。
まあ、戦争やってた鮫島が、綾瀬に恨みごと言うとも思えねえが、それでももうどうしようもねえことなんだ。
「昔な。さっきのムサシとウラとまだ旅してた頃、温泉の村で仲良くなったハンター達が居た。だが、そいつらの素性は、ムサシの両親を殺した奴らと関わりがあり、そしてそいつらの故郷を滅ぼしたのはヴェスパーダ魔王国だったってことが後から分かったんだ」
そういえば、あの日もラーメンをみんなで食ったんだよな。
「でも、俺たちはモヤモヤを抱えたままも、その真実を突きつけなかった。せっかく仲良くなったんだ。無理やり仲悪くなる理由をほじくり返しても仕方ねえってな」
だからこそ、謝罪や償いをすることもできないことで、そんな顔してんじゃねえと綾瀬に伝えた。
「そうね……謝ることができないという考えは今も変わらないもの。ただ、そうね……それでも会いたかった……会えなくて残念と思わざるをえないわね……」
綾瀬の言葉は、鮫島だけに限ったことじゃない。
「ひはははは、でも、再会したところでそれぞれ今の人生がある。結局俺たちも、朝倉くんとこういうことにならなければ、一生すれ違ってぶつかったままだったよね」
「確かに、二年前のあのときから、私が加賀美君とこうしているなんて想像していなかったし、朝倉君がいなければ村田くんの手により、人類大連合軍は全滅していたかもしれないしね」
正直、俺たちのクラスメートが何人死んで、何人この世界に居るかも実際のところ分からない。
もうすでに死んでるかもしれねーし、ジャックポットのように記憶が戻ってないかもしれないし、そもそも産まれているかも分からない。
正直な話、一生の内に出会えない事の方が可能性としちゃ高い。
俺たちは、あまりにも運良く再会出来すぎただけの話だからだ。
「それなのに、そんな奇跡の星のもとに再会できた私たちは、なんと種族の壁を超越して、世界の征服をしようというのだから、傑作ね」
本当にそうだよな。だが、人類を守りつつ、それぞれの種族を存続させるには、誰かがやらなくちゃならねえ。
でも、なんで俺たちがやるのか? シラネーヨ、そんなもん。
ただ、そういう思いで集まっちまったんだから仕方ねえ。
「んじゃ、行くか。そろそろ、この世を征服しにな」
円陣も掛け声もねえ、勝手な集団ではあるが、まあ、どいつもこいつも頼もしそうな限りだ。
腹も膨れ、そして旧友に祈りと誓いを済ませ、俺たちは墓場に背を向けた。
「行くのか?」
振り返った先には、待っていたかのように先生が立っていた。
俺たちはそれぞれ頷きながら、その意思を見せた。
「ああ、また帰ってくるよ」
「当たり前だ。たとえ大魔神になったとしても、ちゃんと帰ってこい。俺は、いつでもここで待ってるからよ」
「先生、今日は会えてよかったです。また、私たち全員で必ず伺います」
「パナいうまかったんで、またラーメン食いにくるんで♪」
「See you again!」
こうしてまた俺たちは旅立つ……流れだったんだが、その時だった―――
しかし、既に居ない存在のこの二人のことを、この国は忘れていない。
「親父、おふくろ」
王都の外れに位置する墓地。
まだこの国に住んでいた時は定期的に来て、花を添えたり手を合わせたりしたが、それも二年ぶり。
だが二年ぶりのこの墓も、決して放置されていたわけでもなく、真新しい花や、綺麗に掃除された跡がある。
誰がやったかは知らないし、心当たりは多すぎる。
なぜなら、親父とおふくろはこの国の多くの人たちに慕われていたからだ。
それが変わっていないこと、そして俺が親父とおふくろの子であるという紛れもない事実は、俺の心を確かに安らがせてくれた。
「ヴェルト君」
「おう」
「……先ほど店長から、君の両親は亜人に殺されたと聞いたゾウ」
「……ああ……」
「七年前、当時人類大連合軍と戦い、そして敗退した亜人の軍の残党ではないかと聞いた」
「みたいだな。あの野郎は捕まってねえけど」
俺の傍らに立つカー君が聞いてきた。
俺はそのことに最低限のことだけ答えた。
「そうか…………」
「ん、そうだ」
本当は、カー君はそれ以上何かを聞きたい様子だったが、俺は質問してこさせないように、言葉をそこで切らせた。
――邪魔。早ク殺シテ金ト食料持ッテ帰ル。カイザー様死ンダ……負ケタ……デモ、オレハ生キテ国ヘ帰ル
あの日のことは今でも鮮明に覚えている。
そして、あの亜人の言葉も覚えている。
「ただ、一つ訂正があるかもな」
「ん?」
「俺の親父とおふくろは、亜人に殺されたんじゃねえ。この俺を守るために、命をかけたんだ。そこ、全然意味が違ってくるから、覚えててくれよ」
カー君もそれ以上は聞かなかった。
「そうか。勇敢なご両親だゾウ」
「ああ、ほんとにそうだよ」
多分、俺たちはすでに、互いに分かっていたと思う。
でも、そのことをここでぶちまけても何の意味もねえ。
俺はカー君に笑って返した。
カー君も静かに頷き、そしてほんの数秒間、祈るように目をつむった。
「おい、朝倉くん、こっちかい?」
そして、その隣にある墓こそ、俺たちの旧友の墓。
ウラや先生が定期的に手入れしてるんだろう。
そこは、王都の人たちにとっては誰の墓かも知らないもの。
この世界の誰もが読めない文字が墓標に刻まれている墓。
「ん~……シャークリュウ・ヴェスパーダ。鮫島遼一の魂と共にここに眠る……どういう意味やねん?」
「お、おい……兄、貴様はこの文字が読めるのか?」
「あっ、あれ? なんでやろ? いや、初めて見た文字なんやけど、頭の中にスっと入ってきたゆうか……」
ジャックポットが墓標に刻まれた日本語を読み上げたことには驚いた。だが、そこを深く追求しても仕方ない。
今はただ、こうして久しぶりに会ったこいつに、俺たちは各々花を添えていった。
「鮫島……今日はよ、お前の命日でもなければ、特別な日でもねえ。でも、俺たちからすればちょっとした特別なもんだ。どいつもこいつも色々あって、なかなか波乱万丈な人生だが、こうして集まって、まだ生きてるよ」
自然と皆が目を瞑り、手を合わせていく。
二度と再会することができなくなった、旧友に。
「鮫島君…………」
「さめっち……」
「……アーメン……」
一度死んだ俺たちはこうして再び第二の生を与えられた。
だが、それでもやはり死んだら終わりなんだ。
同じ時代に生きていたはずが、それでも死に別れてしまった友に複雑な想いを抱きながら、俺たちはしばらく祈りを捧げた。
「やはり、私としては複雑な気分ね……」
「綾瀬?」
「ヴェスパーダ王国の王妃を、そして彼を死なせたのは、帝国であり、ギャンザであり、そして兄さんなのだから」
綾瀬は謝ることはできないと言った。
俺もそれは間違ってねえと思う。
だが、それはそれとして、それでも複雑な思いがあるというのは、納得だった。
「確かにそうかもしれねえ。でも、それを言うなら、加賀美だって、ミルコだって、そしてカー君だって元々はそういう世界に居たんだ。フォルナだって、戦争に出ている以上はそういう血に汚れて、そして恨みつらみも買って来ただろうぜ」
「朝倉くん………………」
「一歩間違ってたら、お前だって鮫島に殺されてたかもしれねーんだしよ。なんつーか、今この場は帝国の姫としてじゃなくてよ、前世のクラスメートとして手を合わせりゃいいんじゃねの?」
鮫島は死んだ。魔王シャークリュウは死んだ。
死んだ奴が、死んでもなお恨みを抱えて成仏できねえとか、そんなもん確認のしようがねえ。
まあ、戦争やってた鮫島が、綾瀬に恨みごと言うとも思えねえが、それでももうどうしようもねえことなんだ。
「昔な。さっきのムサシとウラとまだ旅してた頃、温泉の村で仲良くなったハンター達が居た。だが、そいつらの素性は、ムサシの両親を殺した奴らと関わりがあり、そしてそいつらの故郷を滅ぼしたのはヴェスパーダ魔王国だったってことが後から分かったんだ」
そういえば、あの日もラーメンをみんなで食ったんだよな。
「でも、俺たちはモヤモヤを抱えたままも、その真実を突きつけなかった。せっかく仲良くなったんだ。無理やり仲悪くなる理由をほじくり返しても仕方ねえってな」
だからこそ、謝罪や償いをすることもできないことで、そんな顔してんじゃねえと綾瀬に伝えた。
「そうね……謝ることができないという考えは今も変わらないもの。ただ、そうね……それでも会いたかった……会えなくて残念と思わざるをえないわね……」
綾瀬の言葉は、鮫島だけに限ったことじゃない。
「ひはははは、でも、再会したところでそれぞれ今の人生がある。結局俺たちも、朝倉くんとこういうことにならなければ、一生すれ違ってぶつかったままだったよね」
「確かに、二年前のあのときから、私が加賀美君とこうしているなんて想像していなかったし、朝倉君がいなければ村田くんの手により、人類大連合軍は全滅していたかもしれないしね」
正直、俺たちのクラスメートが何人死んで、何人この世界に居るかも実際のところ分からない。
もうすでに死んでるかもしれねーし、ジャックポットのように記憶が戻ってないかもしれないし、そもそも産まれているかも分からない。
正直な話、一生の内に出会えない事の方が可能性としちゃ高い。
俺たちは、あまりにも運良く再会出来すぎただけの話だからだ。
「それなのに、そんな奇跡の星のもとに再会できた私たちは、なんと種族の壁を超越して、世界の征服をしようというのだから、傑作ね」
本当にそうだよな。だが、人類を守りつつ、それぞれの種族を存続させるには、誰かがやらなくちゃならねえ。
でも、なんで俺たちがやるのか? シラネーヨ、そんなもん。
ただ、そういう思いで集まっちまったんだから仕方ねえ。
「んじゃ、行くか。そろそろ、この世を征服しにな」
円陣も掛け声もねえ、勝手な集団ではあるが、まあ、どいつもこいつも頼もしそうな限りだ。
腹も膨れ、そして旧友に祈りと誓いを済ませ、俺たちは墓場に背を向けた。
「行くのか?」
振り返った先には、待っていたかのように先生が立っていた。
俺たちはそれぞれ頷きながら、その意思を見せた。
「ああ、また帰ってくるよ」
「当たり前だ。たとえ大魔神になったとしても、ちゃんと帰ってこい。俺は、いつでもここで待ってるからよ」
「先生、今日は会えてよかったです。また、私たち全員で必ず伺います」
「パナいうまかったんで、またラーメン食いにくるんで♪」
「See you again!」
こうしてまた俺たちは旅立つ……流れだったんだが、その時だった―――
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