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第七章
第241話 今は昔のように
しおりを挟む「しっかし、村田~、オメーは全っぜん、変わってねーなァ! つか、お前は何をやらかしたんだ?」
「YES! ティーチャーも相変わらず、パッションしてる! それと、ミーはノープロブレムだ」
「んで、お前が木村か~って言っても、記憶は戻ってねえみたいだがな」
「ん? なんやねん、そのキムラって」
かつて、俺も救われたんだよな、先生。
色々あったが、やっぱここに帰ってきてよかっと、心の底からそう思えた。
「ここには居ねーみたいだが、備山と宮本にも会ったんだろ? ヴェルト」
「あ、ああ……………………」
「んで? お前の旅の目的の本命は…………神乃には会えたのか?」
「会えてねーよ、畜生! つか、手がかりはあったはずなのに、全然会いにいけねえし!」
いや、つうか、もうそれこそすぐには語り尽くせねえほど、旅には色々と紆余曲折があったんだからさ。
すると、俺がうなだれていると、綾瀬がさっき質問しようとしていたことをここで聞いてきた。
「そうそう、先生。さっき思ったんですが、先生は朝倉くんのことを、ヴェルトって呼んでるんですか?」
「ん? いや、だってこいつ、ヴェルトじゃねーか」
「…………えっ、いや、そうなんですけど…………でも、やっぱり私たちには…………」
ああ、そういえば、こいつらにとってはそうなんだよな。
こいつらにとって、俺はヴェルト・ジーハじゃなくて、朝倉リューマ。
ただ、先生にとっての俺は、朝倉リューマというより、ヴェルト・ジーハ。
まあ、そこら辺も過去に色々あったわけだがな……
「まっ、俺もヴェルトとは色々あってな。まあ、あんま前世にこだわり過ぎんなって意味でな。……神乃を探しに旅に出たコイツもコイツだけどな」
すると、その説明を受けた綾瀬が、何か急に目がキラリと光って立ち上がった。
「ッ、そ、そうよ! 朝倉くん、あまり前世にこだわりすぎるのはよくないわ!」
「…………な、なに?」
「そう、そうなのよ! 君はもう今、この世界で生きているの。前世で好きだった人ばかりにこだわらないで、この世界で君を大切に思う人に目を向けることが大事だと思うのだけれど」
そんなこと、鼻息荒くして言われても…………
「なあ? 綾瀬もそう思うだろ?」
「ええ、先生からももっと強く仰ってください!」
「だよな。まあ、だから俺の理想の理想としては、ヴェルトとウラが結婚して……とんこつラーメン屋二号店を二人で切り盛りしてくれるのが理想だったんだけどよ…………」
「ええ、ええ! それがりそ……………………えっ?」
「まあ、しかし、それはそれでフォルナ姫が許さないだろうし、そこらへんはこの国の行く末にもかかわることだからな」
「…………せんせい…………あの、それはどういう…………」
綾瀬がなんかポケーっとして目の焦点が合ってねえが、それは置いておいて…………ウラか…………
「先生、ウラは今…………どうしてる?」
「二年前に一度帰ってきてな、まあ、その後は何度も人類大陸と魔族大陸を行ったり来たりで忙しいみたいだ。たまに帰ってくるけどな」
「ウラ? ああ、ミスターカラテマンの娘か」
「ふっ、朝倉くんの元カノ? いや~、お姫様ばかりにモテてやっぱパナイね~」
ウラか……会いたいな。
まあ、ラブ・アンド・ピースで、人類と魔族の橋渡しとなる重要な役割みたいだし、そうそう自由に動けないんだろうが。
「ウラ姫……鮫島くんの……うん、後でお墓に挨拶しないとね」
「オフコ~ス」
「まっ、それぐらいはするっしょ」
そこで一つ間を置いて、ようやく本題だと切り出してきた先生。
「でだ、ヴェルト。そろそろ教えてくれよな。なんで…………みんな、お前のことを覚えてないんだ?」
綾瀬は俺の顔を伺って、「どの程度まで話す?」と確認しようとしている顔だ。
だが、残念ながら「隠し事はしない」という先生との誓いは継続中。
だがから、俺は全てを包み隠さず話すことにした。
「おい、なんだ? このツケメンとかいうの。今食べたのと何が違うんだ?」
「あ、待ってね、姉ちゃん、あのね、ツケメンっていうのは、別の種類のラメーンで、麺とツユが別々なんだよ。自分で麺をツユに付けるんだよ?」
「…………それ、意味あるのか? どうせ付けるなら、最初から入れれば良くないか?」
「ふんいき! そういうの、ツウなひとはきにしないんだもん!」
「ツウ? ふん、その程度の無駄な行為で何か意味があるとも思えんが」
「……意味あるよ~! あので、えっとツユの味をこくできたり~、あの、麺をあつくしないようにしたりとか……」
「どのみち、そそられんな。ん? おい、この何とかソバとかいうのをよこせ」
おい、俺のハナビを半泣きにさせてるそこのガキ、待ってろ。すぐにその頭ぶん殴ってやるからな。お尻ペンペンの刑もつけくわえてやる。
「二年前。この家に強盗が入った。だが、金目のもんは何も盗まれちゃいない。盗まれたのは……お前の衣類や私物だけ……まあ、大したもんはなかったが……それ以来、女房もハナビもお前のことを忘れた。この国もな。まるで、お前の存在を初めからなかったかのようにした……どういうことだったんだ? まあ、お前からの手紙だけは肌身離さず持ってたから、盗まれなかったがな」
タイラーだな。まあ、俺の存在を完全に消すには、そういう工作もやってたんだろうな。
盗まれて困るもんはねーが、一応は徹底してんだな。
―――ドンッ!
その時、テーブルを勢いよく叩く音が聞こえた。
それは、肩をワナワナと震わせた、ユズリハだった。
「どういうことだ! このラメーンに、スープが入ってないぞ! 貴様ら、私に手抜き料理を食べさせる気か!」
お前、もうちょっと黙れ。
「そ、それはね、アブラソバだもん!」
「あぶら……ソバ? なんだ、そのヌルヌルしそうな名前は」
「あのね、アブラソバは父ちゃんの新作メニューなんだもん! あのね、あの、お豆から作った、しょ、しょーゆっていうタレと麺を絡ませて、スープがないのが特徴なんだもん!」
「ふん、ふざけおって。今日一日でラメーン通となったこの私に、スープのないこんな手抜き料理を…………むっ! う、……ウマッ!」
雷に打たれたような衝撃的な顔をするユズリハは、どっかの料理漫画の審査員みたいな過剰な反応だった。
「は~~~、なるほどな、は~~~~、お前が……あのお前が……世界ではそんな重要な奴になっちまってたとはな……」
で、隣でユズリハとハナビがラーメン討論している中で、一通りの説明を受けた先生は、マジで呆れたように頭抱えていた。
「いや、まあ、なんだ? 世界征服しますとか、それで俺にどう言ってほしーんだよ、お前ら。前世でこれまで受けてきた進路指導の中でも、もっともヘビーだぞ」
「はは、ワリ……相談する前に答え出ちまったからな…………」
「しかも、クラスメート巻き込んで……さらにどいつもこいつもそれが出来そうなメンツが集まってやがるからタチがワリイ」
先生も色々な話を聞いた末の俺の結論には、もはや「いい」とも「悪い」とも言えねえっていうか、それを先生に求めるのは気の毒な話。
「ひはははは、ラーメン屋で世界征服の話を聞かされるとか、多分前世の世界含めてココが初めてじゃね?」
「バット、どこの種族もバニッシュするしないではなく、オールプロテクトするには、それしかない」
「安心してください、先生。彼が暴走したり行き過ぎたりしないよう、そのために私もここに居ます」
「なはははは、なんかよーわからんが、あんさんに惚れて一番暴走しとるんは姉ちゃんの方やないか?」
「王子、今はそういう茶々を入れると……ほれ、姫がかなりギロりと睨んでいるゾウ」
「ぬううっ、く、アブラソバ! ラーユと酢を入れると、さらに味に衝撃が! こ、ここに黒胡椒まで……天才か!」
バカみたいぶっとんだ話ではあるが、全員一致(メスガキ除く)の決意に揺らぎはねえ。俺たちが本気であることが分かると、先生もそれ以上は言わなかった。
「ったく、まあ、もう何にでもなっちまえよ、ヴェルト。まだ、お前たちは……何にだってなれるし、何だって出来るんだ……だったら、この世界の一つぐらい救ってやんな」
「先生……ああ、そうだな…………」
「ただし、ヴェルト……それでもウラを不幸にしたらぶっ飛ばすからな!」
あ~、それが一番難しいな。
正直、今のあいつにとって何が幸せなのかは、正直分からねえ。当然、フォルナも含めてなんだが。
なかなか難しい話ではあるが、とりあえず俺は頷いて返した。
「まあ、それならいい。それに、ウラを不幸にしたら、墓下から鮫島がよみがえって、お前を殺しに来るからな」
「だな。ファンタジー世界ならありえそうで、それもコエー」
「ひはははは、つかさ、実際に朝倉くんの本命って、フォルナ姫? ウラ姫? どっちなん?」
「か、加賀美くん、二択というのはどうかと思うわよ。朝倉くん、そこで、遠慮なく第三の選択肢というのも存在するということを自覚するべきだと思うのだけれど……」
「第三の? OH~、ミス神乃のこと……ジョークだミス綾瀬。頼むから怖いフェイスで睨まないでくれたまえ」
懐かしい話もこれからの話もひっくるめて、何だか胸が満たされた。
俺たちはすっかり落ち着いて笑い合い、時を過ごした。
そして、そろそろ腹も膨れた頃だし、さっさと旧友に手でも合わせに行くか。
すると、その時だった。
店の扉が勢いよく開いた。
「店長~~~~ッ! 出前が終わったでござるーーっ! ささ、仕事も終わったことだし、ハナビ殿、拙者と一緒に遊ぶでござる!」
割烹着を来て、腰元に木刀を携えた元気いっぱいの女が現れた。
俺はそのあまりにも前触れない登場に、顔面からラーメンの器に頭を突っ込んでしまった。
「おう、ごくろうさん。んで、カラの器の回収は?」
「ささ、ハナビ殿~、今日は何して遊ぶでござるか~? コスモスお嬢様とエルジェラ殿が里帰りで退屈かもしれぬが、拙者が淋しい思いはさせぬでござる! ささ、鬼ごっこ、おままごと、なんでも…………へっ、カラの器?」
「言っただろうが! 出前を届けた後は、他の家に行ってカラの器や皿を回収してこいって! ったくお前は何度も何度もミスしやがって! コスモスがいねーからって、少しはシャンとしろ!」
「……………………ぬわああああああああああああああああ、拙者としたことがーーーー! ふ、不覚でござるううううう! うわああああん、お嬢様~、拙者はまだまだ未熟者でござる~!」
そして、突如現れたその女は、嵐のように去っていった。
「い、今の、せ、せんせい……」
「ああ、二年前にウラが連れてきた亜人の娘っこだ。今、ウチにホームステイして、バイトしてる」
「な、なんで…………」
「そーいや言ってなかったな。今ウチには三人の異種族がホームステイしてんだよ。ウラの紹介と、異種族との交流のためってことでな。本当は働かなくてもいいんだけど、他の二人が今、里帰りしてて暇だから働かせてくれってしつこいんだよ。まあ、ミスばっかのやつだけどな」
いやさ、そういうのいきなり言うのやめてくんない?
まあ、俺のことを忘れてるけど、とりあえず相変わらずだっから許そう。
「ん? なあ、ユズリハ。今のやけど……どっかで見たことあらへんか?」
「誰だ?」
「いや、小生も……あの娘……確か、バルナンド殿の孫娘だったような……」
亜人と魔族の問題。そんな複雑な事情なんか笑ってすっ飛ばせるぐらい、元気そうで安心したよ。
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