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第七章

第234話 綾瀬覚悟完了

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 カー君の技により出現した巨木に天井が突き破られ、もはやこの場は地下というよりも空が見える巨大な穴ぼこになっている。
 上では伝説の亜人に立ち向かう現在の勇者たち。
 穴ぼこの底には、オーラのぶつかり合いが乱気流を生み出し、その中心で死闘を繰り広げる鬼と竜。
 そして、その中間の観客席には、俺と綾瀬が静かに向かい合っていた。

「つか、まず前提の確認なんだが……お前は、俺が朝倉リューマだって分かってるんだな?」
「………ええ、……でも、そういう質問をするということは、やはりこの世界は、何か意図的に君と村田くんに関する記憶が消去されたということなの?」
「まあ、そうなるな」

 互の言葉に頷き合い、綾瀬はこれまでのことを思い返すような表情で俯いた。 


「やはり……やはりそうなのね。魔王キシンという存在が消え、いつの間にか浮浪鬼魔族キシンという犯罪者が世に生まれ、そしてヴェルト・ジーハという一人の英雄の存在がこの世から完全に消えた。二年前、ジーゴク魔王国との戦争の後に」

「ああ。つか、俺はお前も忘れてるって思ってたんだがな」

「いえ。私と、そして備山さんだけは君と村田くんのことは覚えていたわ。でも……他の人は……ファルガ王子も、ウラ姫も、エルジェラ皇女も、ムサシさんも、クレランさんも……ましてや……あの、フォルナですら。いえ、表現が違うわね……フォルナに関しては」


 そう、一人だけ……フォルナが俺を忘れていたという表現は少し誤りがあるな。
 何故なら、フォルナが記憶を失った直後に、俺はそのフォルナと目の前で会っているからだ。
 その後、どうなったのかは、俺のこの二年が証明している。
 だが、そうなると気になることが出てきた。

「まさか備山まで俺を覚えてると思わなかったが……なあ、綾瀬」
「なに?」
「俺とミルコの存在を、誰かに聞き回ったりしなかったか?」
「えっ……」
「俺たちの存在が消えたことで、俺たちのことを誰かに聞き回ったりしたか?」

 少なくとも、この二年でタイラーとは何度か会ったが、綾瀬や備山について特段話はなかった。
 まあ、こうしてこいつが無事であることは、黒幕たちの耳には届いてないってことも考えられるけど。
 そう思ったとき、綾瀬が遠くを見るような目で答えた。
 
「聞いた……確かに……聞いたわ、さっき言ったあなたの仲間に一言だけ、でも大した反応もなくて、でも……フォルナには……そう、フォルナよ!」

 フォルナ? フォルナがどうした?

「フォルナが言っていたの。……あなたの名前を出したとき、少し驚いたような表情で……でも、すぐに表情を戻して私に警告したわ…………自分を信じて、待っていてくれって…………」
「信じろ? どういうことだ?」
「分からないわ。ただ、フォルナが言ったのよ。ヴェルト・ジーハという人物については知らないが、名前だけは知っている。でも、そのことを今後一切出さず、誰にも聞かないで欲しい。そうでなければ、全てが無に返ってしまうと。時が来れば全てを話すから、待って欲しい……そう、言っていたわ」

 自分を信じろ? どういうことだ? 綾瀬が俺についてをフォルナに聞くのは、確かに間違っちゃいねえ。
 だが、そのフォルナの回答は、俺にとっては予想外のものだ。
 フォルナは綾瀬と備山について、タイラーに話をしてないのか?
 正直なところ、フォルナが俺を忘れたことで、フォルナの心が分からなくなってきてる。
 あいつの目指すべきところは分かっているつもりなんだが……

「すぐに、ピンと来たわ。恐らく、何者かの陰謀により、大規模な魔法で君に関する記憶を消したのだと。だから、最初は魔族か亜人の仕業かと思ったのだけれど……それなら、村田くんの……魔王キシンに関する記憶まで消す理由が分からなかった」
「ほ~……じゃあ、テメェの考えは何だ?」
「……分からない。ただ、フォルナの口ぶりから、人間側にも犯人がいるかもしれないと気づき、そう思うと私も迂闊に動けなかったわ。フォルナが何かを知っているなら協力したいと申し出たけど、頑なに拒否されたわ。お願いだから、信じて欲しいと」

 綾瀬からすれば、犯人の目的も正体もまるで見当がつかない。
 そして、どういうわけか綾瀬と備山だけは俺とミルコに関する記憶が残っている。
 これが、犯人にとって誤算かどうかは分からないがな。

「だから、私は待つことにしたわ。フォルナがそこまで言うことだし、何よりも君と村田くんなら、きっと私たちに何か連絡が来ると思ったから。私や備山さんだけがあなたたちを忘れていないということは、恐らく記憶消去に関して問題になっているのは、私たち前世のクラスメートということが何か関係していると思ったの」

 ……………待つことにした。下手に動くより……そう言い終わったあと、綾瀬がギロりと怖い顔で睨んできやがった。

「二年も……何の連絡もなかったみたいだけどね……」

 いや、ミルコに関しては分からねえが、少なくとも俺は監禁されてたし! ニート暮らしだったけど……


「備山さんは備山さんで、『あいつら信じて待つしかねーじゃん』的な発想で亜人大陸に帰っちゃったし、私は私で戦争が収まってからは鬼のように忙しくなって……でも、いつか君が、君から何か伝えてくれると信じて……待っていたのに……」

「なるほどな。つか、ぶっちゃけこの記憶消去の問題に、クラスメート云々は関係ねえ。ただ、記憶が消えなかったことに……俺がヴェルト・ジーハというより、朝倉リューマとして認識していた奴には、ひょっとしたら対象外だったのかもしれねーな」


 そういうパターンはまるで考えてなかった。っていうか、

「あっ、そうじゃん。俺がミルコを、ミルコが俺を忘れてねー時点で、そもそもそういうことなんじゃねえのか? 張本人は対象外とかじゃなくて……」

 気付かなかった。というか、聖騎士たちもそこまでは分からなかったんじゃねえのか?

「それで、朝倉くん。何があったのか、説明してくれるわよね。それに、この状況。カイザーがどうして一緒に居るのかも。っていうか、……アレも! なんで、村田くんも、そして加賀美くんまでいるのよ!」

 怒った綾瀬が、ジャングルと化した地下カジノの中で、竜巻のようなものが発生している闘技場のリングがあった場所を指差した。

「それと村田くん、誰かと戦っているように見えるのだけれど……」
「ジャックポット王子。イーサムの息子」
「イーサム? ま、まさか、武神イーサム! なぜ!」
「多分、あいつの正体、十郎丸だから」
「…………」

 ん? なんか、綾瀬の質問が止まったぞ? と、思ったら、なんか綾瀬がこの世の絶望すべて背負ったような様子で項垂れてやがった。

「そうなの。分かったわ、これは夢ね。こんなありえないメチャクチャなことは夢に決まってるわ」

 あら? 目がグルグル回って、なんかスゴイテンパってるな、この「くーるびゅーてぃー(笑)」

「君とまた再会できたなんて………そうよ、これは夢! そうよ、ジーゴク魔王国との戦いが終わった直後に見た夢なのよ! そ、そうだわ。多分、あれよ、そう。私が君からキスをしてもらって、将来を誓い合ったあたりから…………では、目を覚ましたらあの続きになるわけね。ゆ、ゆめなのよ。きっと、目が覚めたら………だから今のうちに夢の中ならできることをなんでも……ああ、良かったわ、夢で……でも目が覚めたらあの時の続きということは、色々とシミュレーションしたほうが良いのよね、今後のことを。いくら私たちが既に将来を誓い合ったといっても、それでも同じ境遇の立場の子達は確かに存在している。少なくとも私の見立てでは、やはり朝倉君にとってフォルナは特別な存在。ウラ姫に関しても、鮫島くんの娘ということで、どこか子共や家族を見るような温かい目で見ている一方で、一途なあの子の接し方に、朝倉くんもどこか揺れている様子が目に見えるわ。でも、この二人に関しては互いに共に育ち過ごしたというアドバンテージからも仕方ないと思うわ。だから、私もどこか納得のいく部分があるのは事実。ただ、厄介なのは、エルジェラ皇女。彼女の存在に関しては全くの想定外だったわ。人間では決して出すことのできない存在感。天女が本当に目の前に現れたといっても過言ではないわ。ただ、彼女単体であれば、まだ私も正面から立ち向かうこともできたかもしれないわ。そう、問題なのは、コスモスちゃん。あの子に関し言えば、反則以外の何者でもないわ。少しエッチな天然天使と純粋無垢の集合体の天使。この二つのコンビネーションが生み出す力は、恐らくかつての木村田くんコンビに匹敵するとも言えるわ。何よりも、私がこれから本気で朝倉くんの最も近しい存在になるということは、エルジェラさんを引き離し、それはつまりコスモスちゃんを朝倉くんから引き離すことになるわ。でも、それはあまりにも酷な話。私も生まれたばかりのコスモスちゃんを父親から離すような真似はできない。ならばどうするの? 手として考えられるのはエルジェラさんを側室に? でもダメよ。朝倉くんがエルファーシア王国の王になった場合、王の子を最初に産んだエルジェラさんこそが皇后になるということ? フォルナを差し置いて? いえ、どちらにせよ今のままでは私は大きく出遅れているということ。そうよ、キスの一つくらいで何を浮かれているのかしら。冷静になりなさい、私。だいたい、キスぐらいならフォルナとウラ姫も、それこそ子供の頃から何度もしているはず……子供の時の朝倉くん、可愛かったのかしら? きっと、ちっちゃいのに生意気で、でも、照れ屋の頑張り屋さんで……はあ~、想像しただけで、抱きしめて抱き枕にして、一生手放したりなんて……ん? 子供の時の朝倉くん? その時の朝倉君に出会うことはできない。でも、朝倉くんの血を引く子供を私が産めば……、やはりそれしかないのかしら。でも、その場合、コスモスちゃんの弟という位置づけになるのかしら? いえ、その前にエルジェラ皇女が朝倉くんと正式に結婚するかどうかはまた別の話よ。そう、彼女に関して言えば、朝倉君に好意的な印象を持っていても、恋愛感情を持っているかといえば少し分からないわね。だいたい、恋人になる前に子供を産んだ関係なのだから。でも、互いにコスモスちゃんという存在が二人を切っても切れない関係にし、そしてゆくゆくは本物の愛を育む光景が目に浮かぶわ。朝倉くんも何だかんだで子供の面倒見は良さそうな気がするし。でも、仕方ないわ。わかるもの。だって、コスモスちゃんはあれだけ可愛いもの。半分は朝倉くんが混ざっていのだから、当たり前ね。それに、将来は絶対に美しい女性になることは確定しているのだから。ん? そうよ! 私としたことが! コスモスちゃんは女の子。普通、国が王を引き継ぐとしたら、当然それは王子に引き継ぐもの。ファルガ王子のようなのは例外として、私が男の子を産めば、その子が次代の王になる。それはつまり、私が朝倉くんと最も近しい正妻として生涯を共にできることを意味するのよ! 一姫二太郎なんて言葉がかつての世界ではあったわね。子供を育てる上で、最初は育てやすい女の子で、次が男の子が理想であるという意味だけれど、そんな格言は関係ないわ。覚悟はもうしているわ。妻になる覚悟。親になる覚悟。そして他国の后になる覚悟。帝国の民と同様に、エルファーシア王国に住む全ての民を等しく愛し、導く覚悟。そしてその想いを次代の子に引き継ぎ、未来永劫の繁栄を繋げる責任もあるわ」

……………結論……………

「朝倉くん………私………元気な男の子を産むわ! そして立派な王になる子を育てましょう」
「このすっとこどっこい」
「あっ、ご、ごめんなさい! うん、私って、なんて愚かなのかしら………大丈夫よ! 私、女の子が生まれたとしても、ちゃんとその子を愛し、育てるから! そうよね、自分が正妻になるために男の子を生むとか、子供ってそんな存在じゃないもの」

 まあ、こいつはこのままにしておくとして、少なくとも綾瀬と備山が俺を覚えていた。
 その事実を知った瞬間、俺はどうしても確かめなけりゃならないことができたな。

「綾瀬……ちょっと確かめたいことがあるんだが………」
「えっ、あっ、ちょっと待って。まだ心の準備が………そんな、愛を確かめるなんて嬉しいけど、いきなり………今日はどんな下着を履いてたかしら? それと初めてはちゃんとしたところで………」

 いや、確かめて、そうであって欲しいと願わずにはいられないことができた。
 
「………いいや……これは自分の目で確かめた方がいいか」
「う、うん……分かった……来て……君の目で……私を確かめて…………」

 正直聞いたほうが早いんだが、こればかりは色々と問題があるし、自分の目で確かめたほうがいいだろう。

「…………はっ? あ、あれ? わ、私、一体……ッ! わ、私ってば何を……」

 とりあえず、俺の次の行動が決まった以上、ここには長い無用だ。
 なんか、ようやく正気に戻って辺りをキョロキョロ見渡す綾瀬は放っておいて、問題は他のところ。

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