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第七章

第233話 反則だゾウ

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「ッ、この化物め! 歴史に再び戻るがいい! 地の精霊たちよ、獰猛なる獣を捕らえるが良い、アースロック!」

 ソラシドがいち早く動いた。綾瀬がなんと言おうと、命令よりも本能を優先した。
 殺らなきゃ、殺られると。
 ソラシドが両手を地面にかざした瞬間、地面が意思を持ったかのように伸びて、カー君の両足を拘束するようにグルグル巻きにした。

「相変わらず絶妙なタイミングだぜ!」

 カー君を拘束したと同時に、ドレミファが飛んだ。
 
「あんたがあの伝説のカイザーってなら、様子見は不要! 今、ここで終わらせてやる!」

 両手で振りかぶるのは、その刀身の周りの空間が歪むほどのエネルギーを纏った、長剣。

「まっ……待ちなさい、ドレミファ!」

 本来なら大ぶり。エネルギーの溜にも時間かかりすぎ。だが、ソラシドの魔法で拘束した相手には充分有効。

「ったく」

 言ったそばからこれか? 手ェ貸してやろうかと俺が魔法を使おうとした瞬間、ゾッとする形相のカー君が叫んだ。

「ヴェルト君! 手出し無用だゾウ!」
「うッ!」
「さあ、来るがよい! 現代の勇者の力を小生に見せてみるがいいゾウ!」

 食らってやる気か? カー君のその挑発に、「ナメるな」と叫びながら、ドレミファの斬撃がカー君に振り下ろされる。


「空間断裂斬り!」


 その瞬間、空間に亀裂が走った。いや、空間が切れるとか意味不明かもしれねーが、事実だ。
 空間に裂け目ができた。

「空間すら切り裂く俺の斬撃は、この世に存在するあらゆるものを断斬する! 終わりだ、カイザー!」

 ちょっと待て。空間を切り裂くだと? 空間を切り裂くことにより、あらゆる存在をも斬る?
 おいおいおい、反則だろ。

「ちょっと待てよ………一体そりゃ、どういう原理だよ……反則だろ? なあ、カー君」

 そう、反則だ。カー君が。

「ふむ。人間とは随分と勘違いした物理法則を持っているようだゾウ。小生より空間を切ったことで自惚れおって」

 肩から腰に至るまでの斜めに一刀。カー君は間違いなく、両断されたはず。
 なのに、どういうことだ? 

「まあ、戦闘で血を流したのは七年ぶり。まずまず合格といったところだゾウ」

 肌に僅かな切れ目があるものの、カー君自身は両断されてねえ。

「えっ、ば、ばかな! なんで! なんで俺の剣が!」
「そ、そんな……そんなことがあるはずが……ドレミファの剣がまともに決まれば、この世の全ての敵をも切り裂くというのに!」
「どういうことかしら? 不発?」
「いえ、姫様。間違いなく、空間断裂は起こっていたはずです。ただ……」

 先に言っておくが、不発じゃねえ。間違いなく、ドレミファの技は発動して、カー君はモロにくらっていた。
 だから、この結果は見たまんまなんだ。

「笑わせてくれるゾウ。たかが空間に僅かな切れ目を入れた程度で、太古より続く戦国の世を未来へと切り開き続けた小生を切れると思ったか? 物言わぬ、反撃もせん空間を切ったぐらい、小生には痛くも痒くもないゾウ」

 ようするに、アレだ。ありえねーけど、そうとしか言い様がねえ。
 空間より、カー君の体が硬かった? んなアホな!

「見せてやるゾウ。世界を変えるとはどういうことかを」

 好戦的な笑みと共に、カー君が足に力を入れるだけで、拘束していた土魔法がアッサリ砕かれる。
 そして、カー君はその巨体で飛び上がった。
 何する気だ? いや、これも見たまんま。飛んで、そのままその超体重で地面を思いっきり踏みつけた!


「森羅万象!」


 人工的に作られた、ドーム状の格闘場と観客席は、整備された地中に大規模な範囲で作られていた。
 そんな、自然など一切入る余地のない舗装された空間が、突如地中から生い茂った緑、樹木、そして地の底から遥か天井をも突き破り、地上へと飛び出す樹木、いや巨木!
 高さ百メートル以上、直径十メートル以上。こんな地下世界では収まり切るはずのない巨木が世界へと飛び出した。

「あっ………がっ……」
「うそ……」
「バ、馬鹿な……」
「バケモノ……」

 巨大な樹木と同時に、地下世界が一瞬でジャングルになってしまった。
 いや、ただのジャングルじゃねえ。凶暴な獣の住む、サファリパーク。


「ストラトスフィアジャイアント!」


 しかも、ただ地下世界をジャングルに変えただけじゃねえ。天井を突き破った巨木が、まるで意思を持っているかのように、その巨大な枝や蔓が触手のように襲いかかる。

「ぐおっ、ちょっ、なんだこりゃ! き、斬っても斬ってもキリがねえ! しかも一本一本が強烈で、しかも頑丈すぎる!」
「ファイヤーボール! ……ッ、だめです、火力が足りません!」
「くっ……神聖魔法・神炎!」

 抵抗する、帝国に、いや、人類大陸に名を轟かせる三人の英雄。
 別にお世辞じゃなく、紛れもなくこいつらは人類を勝利に導くために、選ばれた勇者たちだ。
 それが、これか?

「ほれ、そんな枝に意識が向いていては、小生の攻撃を避けられぬゾウ? 象鼻鞭!」
「ぐああああ!」
「くっ、ううう、な、なんという」

 はは、まいったなこりゃ……

「ちっ、……ッ、違いすぎる……」

 ああ、ユズリハの言うとおりだ。
 
「だな。カー君……格が違ェ」

 つか、カー君が温和で良かった。そーいや、象って温和と強さと賢さの象徴とか聞いたことある。
 とりあえず、カー君は敵じゃなくて良かったよ……

「錆び付いていないようですね」
「ぬっ?」

 ギャンザ! ド派手なカー君の技を掻い潜り、懐まで飛び込んでやがった。
 あの近距離はギャンザの間合い。
 かつて、あの間合いから繰り出された剣撃で、一人の魔族が一瞬で細切れにされた光景を今でも覚えている。
 アレをやる気か?

「クロノス・クルセイド!」
「ぬっ!」

 どうなんだ? これは。
 カー君からわずかに流れる血。
 カスリ傷程度で済んだカー君が凄いのか、カー君にカスリ傷を負わせたギャンザが凄いのか。
 
「ほう、小生の肉体を傷つけるとは、そちらは腕を上げたようだゾウ」
「ロア王子ばかりに背負わせるわけにもいきませんから」
「ふむ、上等だゾウ!」

 どっちにしろ、カー君のテンションをさらに上げるには十分だった。

「まだだ、俺たちだって!」
「はああああッ! 負けてなるものですか!」

 ギャンザ、ドレミファ、ソラシド、三人がかりで意思はまだ折れていないようだ。
 その勇猛な気迫を受けたカー君は、真っ向から迎え撃つ。

「面白いゾウ。七年ぶりの運動には申し分なし!」

 もはや、俺はそっちのけ気味で、勇敢な人間に敬意を表するかの如く正々堂々と戦うカー君。
 その光景を俺はポカーンと見上げながら、同じくポカーンとしている綾瀬が声かけてきた。

「どういうことなのかしら? カー君って」
「だって、そう呼んでも普通に答えるし」
「そうではないわ。そうではなくて……なぜ、四獅天亜人のカイザーが生きていて! しかもあなたと親しそうで! さらにどうして一緒に行動しているの?」

 綾瀬がギロりと俺を睨んで一気にまくし立ててくる。
 まあ、そりゃ気になるよな。

「お前は参戦しないのか? 仲間ピンチだぞ」
「ええ、最終的にはそうなるわ。でも、それはここをハッキリさせないことにはどうしようもないわ」

 確かに、今なら俺たち二人だ。幸いユズリハは、カー君の戦いを食い入るように見ていて、こっちを気にしちゃいない。
 内緒話をするなら、今のうちだ。


「ただ、仲間がこんな時に、こんなことを言うのはおかしいかもしれない……でも、ずっと君に会いたかったわ……朝倉くん」

「まあ、そういうのはどうでもいいから、まずは前提から話を……」

「…………ふんっ!」


 ビンタ、されそうになった。

「おっと」
「ッ、君は、本当に君は~~~~! こんな時にこんなことを言う私もだけど、こんな時にそんな風にイジワルする君も君だわ!」
「いや、イジワルって……」
「だいたい、二年前、その……私の初めてを……あんな形で奪って……でも、相手が君だからこそ私も心から受け入れようと、そして、困難な道かもしれないけれど共に帝国と王国の友好を発展させようと、将来を誓い合った矢先に……子供の名前だって考えた矢先に姿を消した君に、私のことをとやかく言われる筋合いはないわ!」
「…………いや、お前さ、記憶失ってないのはいいけど、記憶が改変どころか、捏造まで勘弁しろよ? つか、意外とお前、ギャンザとそういうとこ似てんのな」

 とにかく、カー君とギャンザたちが盛り上がってる中、俺たちは再び語り合った。

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