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第七章

第223話 愚か者

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「ッ、何があったの、朝倉君!」
「大臣が魔法を放とうとした瞬間、いきなり爆発しおって」
「オルバンド大臣!」

 それは、俺が最初にキモ豚大臣の首を掴んで僅か一秒後の世界だった。
 どうやら、俺たちのこれまでの会話を、本当に誰も分からないようだな。
 ま、話してる内容は知らなくても、加賀美もカー君も、真実は知ってるんだけどな。

「化け物め」
「Yes, I am」

 恨みがましく見てくるオルバンドのセリフに、ミルコは涼しい顔で流した。
 
「ぐふ、……流石はキシン……ダテではないということか……」  
「おい、クソ大臣、何がありやがった? あいつらと何を話した?」

 状況をまるで理解できないファルガの言葉に、どうも返答のしようがないキモ豚大臣は、ただ悔しそうに俺たちを睨みながら言う。

「俺はテメェと話すことはねえが、こっから先はてめえ次第だ。キモ豚大臣」
「ぬっ!」
「まだ、それでも俺が邪魔だっつうなら、体張ってかかってきやがれ! 俺が相手をしてやるからよ!」

 妙な茶々が入っちまったが、これはこれで決着をつけてやる。
 ファルガともまだ終わってねえしな。
 すると、そんな時だった。

「お~~~い、ヴェルト君、ひ、ひどいんだな。僕を置いてみんなして逃げるなんて!」

 何で豚がもう一匹? って、違った、キモーメンか。
 この場に似つかわしくないキモーメンが、慌てたように駆け寄ってきた。
 すっかり忘れていた。

「なんだ? あの………殺したいほど気持ち悪いのは」

 いや、そんなドン引きするなよ、ユズリハ。一応、あれは素の姿なんだから。
 
「ぶひ~、ぶひ~、ぶひ~、もうなんなんだな! せっかく今日は踊り子の可愛い子と店外デートできたっていうのに、いきなり連合軍が部屋に入ってきて、外へ避難しろとか、たまったもんじゃないんだな!」

 この豚野郎は、どうしてこうも、年がら年中サカってるんだ?
 まあ、元気なようで何よりだが、もはやユズリハがゴミとか家畜を越えて、汚物を見るような目で見てやがる。 
 だが、若干一人だけ違った。

「キモ………お、おまえ………なぜ、ここに?」

 それは、キモ豚大臣がキモ豚野郎を見て言った言葉。
 その言葉に対し、キモ豚野郎はキモ豚大臣に振り返り、驚きのあまりに腰抜かしてしまった。

「パ……………パパ………なんだな」

 どんな繋がりだよ! いや、いくら両方豚だからって、親子ってそりゃーねーだろ!

「テメエは、クソキモ野郎」
「ファ、ファルガ王子なんだな! いや、ですだな! えっ、な、なんで? 何でパパにファルガ王子まで、ヴェルトくんと居るんだな!」

 ファルガたちもお前と同じことを思ってるよ。
 つか、むしろお前の方が何でここに居るんだって言いたげだ。

「なんだよ、テメエの親父だったのか? いや、勘当されたんだっけ?」
「そ、そうなんだな! 僕がパパのお気に入りだった兎人族の奴隷をちょっとイタズラしただけで僕をぶったんだな! あんなに可愛かったんだから仕方ないんだな! 僕は全然悪くなかったのに、パパなんて本当にひどいんだな!」
「いや、もういいから、やっぱお前黙れ」

 そーいや、クリとリスも、このキモ豚大臣は、そういう奴だって言ってたっけ? 

「ったく、この息子にしてこの父ありだな、このド変態キモ豚大臣が」
「ぐふ、誤解をしないでもらいたい。私は息子のように亜人を性欲のはけ口にしているわけではない。亜人や魔族の生態を調査の一環のために、奴隷を飼っているに過ぎん」

 なんでどいつもこいつも、エロを自重できねえ? 中学生かよ。つか、こんな奴に俺は人生狂わされてんのか?

「あーーーー!」

 だが、ある意味無敵のキモーメンは止まらねえ。

「むっ」
「かか、か、可愛いんだな! ちっちゃくて可愛いんだな! 見たことない種族なんだな! ぼ、僕、欲しいんだな!」

 なんともチャレンジャーなキモーメンは、武神の娘を相手にとんでもねえことを言いやがった。

「お…………………汚物が話しかけてきた?」

 ユズリハは怒るというよりも、まさか汚物に話しかけられるとは思わずに、ショックを受けた顔をしてやがる。
 
「おい、この動く肥溜めはどうすればいい? 消滅させてもいいか?」
「いや、確かに肥えてて色々溜まってるけど!」
「ツ、ツンツンさんなんだな! あ、頭なでなでして、持って帰りたいんだな!」

 恐怖を感じないのか、情欲が凌駕したのか良く分からねえが、なんかここまで自分の欲望に忠実だと、ある意味で尊敬に値するかもな。
 俺も自由に生きるだ、好きなようにやるだとは言っても、ここまでにはなれねえからな。

「全く、この恥さらしめ。世界の流れすら知らずに、快楽に溺れる愚物が」
「うっ…………パパ………」
「ぐふっ、私はもうお前の父ではない。二度とその顔を見せるな」

 場面をいきなりぶち壊したキモーメンに舌打ちしながら、実の息子にボロクソ言うキモ豚大臣。

「けっ、自分の息子すらまともに育てられねえ奴が、世界なんか救えんのかよ?」

 おい、何かこの絵面、スゲー滑稽に見えるんだけどな。豚と豚のじゃれ合いとか……

「……………ぐふっ、…………自分を愛する者たちを切り捨てた君に言われたくない」
「あ゛?」
「所詮、君もキシンもキモも、世界をまるで分かっていない。我ら聖騎士こそが人類の守護者であるということを! この人類の命運を知りながら人類を見捨てた裏切り者め! 貴様こそこの世で最も愚かな人間よ! 人類の恥さらしめ!」

 急にどなり散らしたキモ豚大臣の暴言、唾が飛んでる。キタネエ。
 ツッコミどころが色々あるところだが、ここでは言わねえことにした。
 どうせ、お互いの意見が重なることはねーんだから。


「自分が愚か者なことぐらい自覚してるさ。だが、残念ながら、それを自覚してるのに治せない。それが不良だ」

「な、なんだとこの………開きなおりおって!」

「ああ………でもな、どうしてだろうな? やるべきことが見えた瞬間、体が勝手に動いて心が熱く湧き上がった。そうさ……いつまでも懲りない反抗期こそ、不良のアイデンティティなのさ」


 迷う必要もねえことなのは確かだ。
 そして、キモ豚大臣もこれ以上は言葉が出ねえみたいだ。
 今この場で、俺を従わせるだけの力も、屈服させられるだけの言葉がないからだ。
 ただ、忌々しいものを見るような目で、俺を軽蔑するだけだ。
 こんな奴に軽蔑されても痛くも痒くもねーけどな。


「ちっ、さっきからクソ分からねーことをベラベラ長々と。やる気もクソ萎えた」


 その時、俺たちのやり取りをただ黙って見ていたファルガが、ため息つきながらそう告げた。
 そして次の瞬間、ファルガから殺気が消えた。

「今の状態でクソメス竜とクソオス竜を捕獲する気力もねえし、状況でもねえ。一度出直すぞ、オルバンド大臣」
「むっ、う~む、……………」
「少なくとも、このクソガキを屈服させるのは、今のところ無理だ。目を見りゃ分かる。こいつは、歪んでるようで真っすぐだ。こういう奴は、無駄に意地張って折れないタイプだ。クレラン抱えて、引き上げるぞ」

 なんかスゲー気の毒なほど、やる気を失ってる。まあ、気持ちは分からんでもねーがな。
 
「おんや~、いいのかい? 朝倉君、こいつら逃がしちゃってさ。今、ここで始末した方が後々パナイ楽になるんじゃねえ? 特にこの、大臣様は」

 正直、キモ豚大臣の力は未知数だし、さっきまでの攻防では、まだファルガも本気じゃなかった。
 だが、それでも確かに、今のこのメンツで一斉にかかれば、ファルガにもこのキモ豚大臣だって勝てるだろう。

「構わねえよ。ケリなら、いずれ着けるさ。やる気のねえこいつに勝っても、それに意味はねえ」

 それじゃあ、俺には何の意味はねえ。
 こだわりでもあり、わがままだ。
 他の魔王や四獅天亜人も、ましてや、勇者が相手でも構わねえ。
 だが、少なくともファルガやフォルナは誰にも倒させたくねえ。
 
「おい、そこの」
「?」
「最後に答えろ。テメエは何のために世界を征服する?」
「バカだから………」
「おい」

 仮にもし戦うのであれば、せめて俺の手で………

「いや、事実さ。バカだから……バカなのに、色んな大事なもんができちまったから……どっちを選ぶとか、誰を選ぶとか、バカな頭で考えても分からねえから……いっそのこと、全部手に入れることにした。それだけだ」

 俺のバカな気持ちに、ファルガは一瞬呆れた顔をしたものの、すぐに俺に背を向けて呟いた。


「テメエらが人類にどれだけの害を与えるか分からねえし、今のところ判断もできねえ。正直、クソゾウやクソ鬼やクソゲス野郎まで引きつれて、どんな世界を支配するかも想像できねえし、今それを力づくで確かめることもできねえ。ここは大人しく引き下がってやる。だが……俺の国と国民と愚妹に手を出してみろ…………その時は、世界の支配者でも、狩り殺す!」


 このシスコン野郎が………昔は、そんなシスコンでブラコンが頼もしかったが、もう、随分昔のことになっちまったな。

「…………ああ………だから………フォルナは頼んだぜ、ファルガ」

 立ち去るファルガとキモ豚大臣、そして人類大連合軍の背を眺めながら、俺はその背を見送った。
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