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第七章
第221話 豚の介入
しおりを挟む「…ぐっ………………」
ファルガは崩れ落ちるかと思ったら、踏みとどまりやがった。
痛みに声を上げるわけでもなく、ただ割れた頭を摩り、その手にこびり付いた自身の血を見て、ただ無言で俺を睨みつけた。
「へ、へへ…………な? 雑種が噛み付くと、痛いだろ?」
間違いなくダメージはあるはずだ。痛みもかなりあるはずだ。
ポーカーフェイスでそれを隠しているが、俺には分かる。
だが、一方で…………
「ふう……………まだ、名前も上げてねえクソガキに、これだけ噛み付かれるとは思わなかったぜ」
「……へへ、油断大敵だな」
「………いや、油断はしてねえ。テメェの物体を操る能力を最大限警戒していた……だが、それでもこのザマだ……」
俺を敵として見ている、ファルガ。だが、それは言い換えちまえば………
「テメェもクソ強いな」
「ッ!」
「名前は……なんだったか……そう、ヴェルトだったな」
敵として見るということは、認めるということ。
それは、俺にとって生まれて初めてのことだったかもしれねえ。
「……………ん? おい、どうした、クソ野郎」
「えっ?」
なんで? なんで、俺のことを忘れた、今なんだ?
フォルナの婚約者としてでも、弟としてでもねえ。
俺は生まれて初めて、ファルガに一人の男として認められて褒められた?
「ちょっ、朝倉くん、なんで泣いてんの!」
ッ、くそ、そりゃねーだろうが!
「ふ、ふざけ、くそ! ッ、見てんじゃねえ、なんでもねえよ!」
敵のくせに、ずりーな、この元クソ兄貴は!
せっかく、覚悟決めたってのに、俺に未練を感じさせやがるから。
「ふん、よくわからねーが、だが、泣くのは死んでからにしろ」
「あっ?」
「とりあえず、テメエがクソ危険だってのはよく分かった。世界のクソ脅威になる前に……全員まとめて俺が始末してやることに変わりはねえ………」
それは、俺にほんの僅かな温かい言葉を放った直後だった。
ファルガが再び槍を構えた。
「ふう………………ッ!」
「……うおっ!」
息を殺し、ほんの僅かな俺の挙動すら見逃さんとする、狩人の瞳。
分かる。俺とファルガの間だけ、世界が止まったかのようにスローモーション。
雑音すら聞こえてこない。本来であれば、クレランとモンスターたちとミルコの争いが騒がしいはずなのに。
ユラリと構える槍は、完全に地面に平行。その先端は、一寸の狂いもなく、俺の眉間の直線上に置かれている。
恐ろしいほどの集中の世界。
「テメェ、これは………」
空気の流れが変わった。
「………パナイ静か…………どうしたっしょ?」
「……この魔力の空気……まさか……」
「精霊がやかましい。……不愉快だ……二人共、死ねばいいのに……」
ファルガはタイミングを伺っている。
一方で、俺は一歩も動けねえ。
俺達はただ、無言で神経を削る睨めっこに終始したままだった。
そして、次の瞬間、ファルガが声を荒げた。
「光の女神の微笑みは、天地を生み出す創造の光。時に闇を消し去る護符となり、時に闇を穿つ刃となる。エレメントランス・アウローラトライデント!」
禍々しかった槍が、三叉の矛へと変化し、オーロラのような神秘的な光を放ち炎を包み込む。
ああ、そういや、そんなのできたよな……
「はは……さっきまでは、全力じゃなかったって言いたいの? パナいね」
「上位魔法闘技、『精霊《エレメント》兵器《アームズ》』だゾウ」
「ふ~~~~~ん……不愉快な空気だ」
だが、これだけなら二年前も出来ていた。
よくよく考えたら、俺みたいになニート暮らししてたわけじゃないんだ。
ファルガなら、もっと……
「クソ野郎、見せてやるよ。この、一歩先を…………」
来る! いや、何かやるつもりだ!
ここから先は、俺が全く知らないファルガが、俺を本気で殺すために、その力を解放する!
「ち、くそが、来るなら来やがれ!」
受けてやろうじゃねえか。見てやろうじゃねえか、その力。
俺は逃げず、攻撃もせず、ただ、俺の知らないファルガが解放される瞬間を待った。
しかし………
「ぐふ、それまでですぞ、ファルガ王子」
予想外の者が現れた。
「ッ!」
「えっ!」
「おっ!」
「……あの、汚物は……」
ファルガの輝く手首を、一人の老けた豚……じゃなかった。
肥えて脂ぎったハゲオヤジ。
「オルバント大臣、なぜ………」
「いやいやいや、これは予想外でしたよ。ユズリハ姫とジャックポット王子と、ある程度の交戦は覚悟していましたが、まさかこの規格外の四人とは………せっかくの情事の最中でしたが、抜け出して来て正解でしたよ」
そうだ、こいつは、ファルガとクレランを連れてきた男。
「ひゅー、オルバンド大臣っしょ!」
「マッキー社長、まったく、困らせてくれる」
確か、帝国の大臣とかって呼ばれていた、ハゲ豚野郎!
加賀美とも顔見知りみたいだし、間違いねえな。
「なぜ止める?」
「まあ、そう睨まないでくだされ、ファルガ王子。もしその力を使っていたら………あそこの屋根の上で見下ろしている鬼が、一対一の戦いを無視して邪魔してきたでしょう」
言われて見上げる。するとそこには、屋根の上でスローテンポの曲を引いて見下ろしているミルコが居た。
その傍らには、ピクリとも動かず倒れているクレラン。
「ッ、テメェ!」
「お~、睨まないでくれ、プリンス。傷一つつけてない。レディはちょっとスリーピングしているだけだ」
えっ、つか、いつの間にお前らの戦い終わってたの?
そういや、気づかなかったけど、クレランが召喚した百匹のモンスターは?
「前奏の時点でエスケープさ。ミーの歌をワンフレーズでバニッシュさ」
おい………
「ミスター。アフターでレディに言っておけ。育てる気のないハートの弱いモンスターを無闇に生むなとね」
お、俺は……俺はクレラン倒すために、全身ミイラになるまでボロボロに……パナイな、お前……
「ふ~、家出した二人を返還し、武神に貸しを作る良い機会かと思ったのですが………これは、たまりませんな。まさか、脱獄し……この四人が合流していたとは」
それにしても、ただの肥えた豚だと思っていたのに、なんだ?
「おまけにカイザーまで解き放つとは………」
なんか、顔つきがただのエロオヤジから、キリッとした表情と空気を出している。
「なにもんだ? テメェ。ただの政治家……じゃねえのか?」
なんだ? この豚。
その様子は、加賀美も初めて見たのか、少し驚いてるようにも見える。
それどころか、あの並々ならぬファルガの気迫の中を、何の躊躇いもなく近づき、その手首を掴んでいた。
普通じゃねえ。
「……大臣と呼ばれていたが、ユーはそれだけか? ミーは一国の文官まではイチイチ覚えていないが、ユーは何か……妙な力を感じる」
「ふむ、小生もだ。戦争では見たことないが、不思議な感覚がするゾウ」
ミルコとカー君も感じたのか、口に出して訪ねていた。
すると……
「ほう、タイラーからは何も聞いていないのですか。まあ、二年前はこうして顔を合わせなかったですし、戦争に出ない私が持っている称号など、あまり世界では有名ではありませんからね」
タイラー? 何のことだ? なんで、今、タイラーの名前が……
それに、二年前?
「タイラーの言うとおり、味方でなければ危険な男だ……ヴェルト君?」
すると、その時、ファルガが口を挟んできた。
「おい、何の話をしてやがる。それより、こいつらが先じゃねえのか?」
だが、その言葉に、オルバントは落ち着いて首を横に振った。
「テメェもいりゃ、刺し違えることぐらいできんじゃねえのか? こいつらはクソ危険だ」
「ファルガ王子。この鬼は世界でも五指に入る怪物。私ごときでは、力になれません。ここはまだ命をかけるところではありません。引きましょう」
なんで? ファルガがこんな豚を戦力扱い……
「二十年以上実戦に出てないと、流石に錆び付いてんのか? それともビビってんのか? なあ? 六人の聖騎士の一人が、情けねえ」
え………………?
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