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第七章

第220話 選んだ道

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「この世は弱肉強食と呼ばれても、俺は食われるつもりはねえ。お前も俺に食われる勇気がねえのなら、狩られる前に子宮へ戻れ♪」
 
 前奏からのワンフレーズのみ。その言葉を放った瞬間、召喚されたばかりのモンスターたちが、消滅した。

「ッ……私の子供たちが……私の中に返ってくる?」
「ふっ、独り立ちもできてないキッズを放り出すのは、あまりラブがないマザーだな」
「そんな! 言葉だけで……私の召喚取り消しをしたというの?」
「さあ、ユーもマザーの所へ帰るなら、今のうちだ」
「この化物め!」

 そっちは初っ端からクライマックスだな。
 だが、俺にそれを気にしている余裕はねえ。

「さあ、かかってこいやー、ファルガァ!」

 当たってもいないのに、当たった瞬間どうなるかが容易に想像できる。
 ファルガの槍は、突くというよりも、砕く。
 突き刺すよりも、破壊する。

「ッ、おもッ!」

 威勢良く真っ向勝負したはいいが、この威力! このキレと速度!

「ちっ、いって~」
「クソぼんやりしてんじゃねえよ」

 王族というお上品な槍じゃねえ。
 群がる敵を数え切れないほど打ち砕いて身につけてきた、こいつの歴史。
 一瞬でも隙を作った瞬間に、頭を粉々に砕かれるというのが分かる。
 
「ッ、て、うお、ちょ、くっ!」

 ふわふわ技で槍の先端をなんとか微妙に角度をずらしてるから、決定打は避けてるが、俺が攻めることができねえ。
 つーか、更に速度が上がってやがる!

「ちっ、妙な技を使いやがる………変な魔力が俺の槍に絡みつく…………なら、振り払う」

 一方でファルガの方は荒々しい分、気が短い。数発槍を放てば始末できると思ってたんだろうが、意外に粘ってる俺に少しイラついてるのが分かる。

「エルファーシア流槍術・スクリュープレス!」

 ここで大技! これまで、突いて引いてまた突くという連続突きに対し、体を捻ってより一撃に力を込めた突き!
 頭が吹っ飛ぶどころじゃねえ、体がバラバラに砕け散るぞ!
 だが、大技ならそれはそれで、一隙もできるってもんだ!

「ふわふわどんでん返し!」
「ッ、なっ!」

 ファルガの踏み込んだ大地を、無理やり抉りとって浮かせる。
 突如、地面が浮き上がったことで、ファルガも一瞬固まった。
 固まった瞬間こそ無防備。離れた場所からでも俺は攻撃できる。

「ふわふわパニッ………」

 だが、次の瞬間、俺はファルガを見失っていた。
 消えた? いや、違う!

「ふわふわ緊急脱出!」
「ほう………」

 上空に回避した俺の左足から飛沫が上がる。左腿が僅かに抉られている。
 もし、感知が一瞬でも遅れていたら、心臓がえぐり取られていた。
 だが、俺が痛いと思う前に、ファルガは大地を蹴り、上空へと追撃の槍を放つために飛び上がってきた。

「ッ!」
「………体をとっさに捻ったか………目で追いきれず、頭も追いつかねえはずが、決定打を避けてやがる。どうやら、反射神経というよりも、クソ敏感な神経を持っているようだな……」

 喋ってる間に反撃の警棒を振り下ろすが、もう目の前にはファルガはまた居なくなっていた。
 だが、次の瞬間には閃光のような光とともに槍の集中砲火が俺の周囲から放たれる。

「ぐっ、ぬ、ッ!」

 乱気流でも完璧にそらすことができねえ。直撃避けるだけで精一杯だ。

「風? いや、渦巻く気流の防御か? だが、その程度のクソ密度じゃ、完全には威力を殺せねえぞ?」

 速度が完全に違う。防御に徹してるから捌けないわけじゃねえが、それで手一杯だ。
 このままシバかれてたら、俺のほうが手も足も出せないまま、いずれ力尽きる。
 だが、そんなやられ放題の俺に対し、ファルガはどこか俺を分析しているようにも見える。

「なるほどな。俺の動きが目に見えるというよりは、感知してるってところか」
「あ゛?」
「テメエは目で見る前に俺の攻撃がどうくるか分かってる。たとえ避けられなくても、決定打を避ける。わかっているから多少の傷も歯を食いしばって耐えるわけか」

 正解だ。二年前から身につけた、俺の感知する力。
 俺の間合いの範囲にある物質を操るには、俺自身が俺の間合いにある物質の状態や位置や流れを完璧に把握する必要がある。
 空気の流れで、ファルガの筋肉の挙動が分かる。その殺気が、俺の体のどこを居抜こうとしているのかも分かる。
 ある種の予知能力のようなもんだが、パワーとスピードの差は、これで多少の相殺できる。

「クソ野郎にしては上出来だ。名前も売れてねえガキが、どうやってそんな動きを身につけた?」

 全くアッサリ言ってくれるもんだぜ。お前が言ったんじゃねえかよ。

「昔、口が悪いけど世話焼きな義理の兄貴が教えてくれたんだよ!」

 二年前。あれは、フットサルやってる時だったっけ?


―――てめえならできるはずだ。体に伝わる空気の流れ、それが雄弁に全てを語っているはずだ

「そいつは、俺なら出来ると教えてくれた」

―――テメェの目も反応速度も、俺らからすればクソ常人に毛が生えた程度だ。それじゃ遅い。だが、空気を伝って相手の呼吸や筋肉の軋み、そして流れなどを感じ取ることができれば、この世界でテメエは誰よりも早く動き出すことができるはずだ。

「名前も知らねえなら、今から覚えて、もう一生忘れねえようにメモっとけ!」


 ファルガに教えてもらった技術を、ファルガから身を守るために使うことになるとはな。
 これもまた、皮肉な話だぜ。

「いや、もう、何が起こってるか全然見えないっつうか………朝倉くん、よく殺されないね」
「こうして離れた場所で見ていても時折見失うゾウ。ファルガ王子、すでに完成の域にあるゾウ。あれを撃ち落とすには、小生ですらもう少し目を慣らす必要があるゾウ」
「…………ふ~ん…………」

 だが、殺されないだけじゃ勝てねえ。そう、俺は勝たなくちゃならねーんだ。
 これから先、世界へ打って出るには。

「クソみてーにしぶといのは認めるが、そんなクソ亀みたいに丸まってるだけじゃ、俺には死んでも勝て―――」

 かつて、俺はこの力を、ただ世界へ旅に出るときに役立たせるために身につけた。
 惚れた女を探しに行くために。剣や魔法の才能はないからって切り捨てて、ただこれだけに費やした。
 それは、戦争に出るためでも、敵を倒すためのものでもない。
 ただ、自分の身を守って生き残るために身につけた力にすぎない。
 だが、その力で俺はこれから先、勝ち抜くために使わなくちゃいけねえ。

「ッ、ぐっ、ぬっ、ううっ!」

 切り刻まれる全身。だが、徐々にその回数が減ってきている。
 
「あっ、ぐうう、つうう!」

 耐える。
 無傷で勝利なんて考えちゃいねえ。
 
「おっ、おお! あれ、朝倉くんが出血する回数が減ってる!」
「むむ、これは驚きだゾウ!」
「ほ~う……ゴミのくせに……」

 速い動きには目で慣れる必要がある。
 だが俺は、速い動きは感覚で慣れる。

「ッ、クソ野郎……テメェ………」

 ファルガも少し表情が変わってる。徐々に俺の動きも一段とキレてきた。
 動きが早くなったんじゃねえ。俺の動き出しが早くなっていく。
 二年のブランクで最初は少し感覚にズレが生じていたが、ようやく微調整できてきた。

「槍………使いすぎだぜ?」
「俺の動きに………慣れてきたってことか?」

 別に驚くことでもねえ。

「ファルガ、テメエは確かに圧倒的に強いぜ。でもな………俺は、自分より格上の化物とそれなりに戦ってきたから、今更、強いぐらいじゃ驚かねえよ」

 初めてギャンザと戦ったとき、本当の恐怖を知った。
 初めてイーサムと戦ったとき、世界の広さを知った。
 初めてクレランと戦ったとき、自分の可能性を知った。
 初めて加賀美と戦ったとき、本物の悪意を知った。
 初めてチロタンと戦ったとき、守りたいもののため戦うことを知った。
 初めてゼツキと戦ったとき、生死を分けるギリギリの境界まで踏み込んだ世界を知った。

「エルファーシア流槍術……」
「三段突きからの、横へのなぎ払いか?」
「ッ!」

 数える程しかない戦歴でも、全て密度が濃かった。
 それを思いだし、その感覚を体全体に行き渡せば、何も恐れることも驚くこともねえ。
 何が起こり、何をしようとしているのか。俺とファルガ二人の世界で起こる出来事を、俺は手に取るように分かる。
 そして、俺の感知した予言に対し、後はほんの僅かな気合で踏み出せば。

「ちっ、なら、一撃で葬る! エルファーシア流槍術・シューティングスター!」

 流れ星のように一瞬。
 究極の踏み込み、『瞬地』。
 天賦の才能、鍛え抜かれた全身の筋肉と、自身の体の構造を理解した力の伝導方法、そしてタイミング。全てを身につけた者でないと会得できない。
 走るのではない。歩くのではない。踏み込んで飛ぶ。剣や槍で、突きに特化した戦士が身につける高等な技。
 ああ、知ってるよ。
 数秒前に、お前がそれを使って、俺の眉間を撃ち抜こうとしていることが分かっていた。
 なら、俺はただお前が飛び込んでいるところに、合わせりゃいい。

「ふわふわ乱キックロス!」

 俺のケリとファルガの槍が宙で交差した。
 一瞬前に首を傾け、顔面を狙っていると分かっていたファルガの攻撃が俺の頬を掠め、俺の後ろ回し蹴りとすれ違い、そのスカしたツラに叩き込んでやった。

「う、おおおおおお! 朝倉くん、足でクロスカウンターッ!!」
「なんと! こ、これは驚きだゾウ!」
「……………お、おお………」

 俺から攻撃しても避けられる。だが、相手の意識の外から繰り出すカウンターなら当てることができる。
 相手の動きを先読みし、タイミングまで把握してりゃ、難しいことじゃねえ。

「くっ、こ、のクソガキ」

 俺の乱気流を纏った打撃は、七大魔王のチロタンすらダメージを食らった。
 いくらファルガとて、無傷でいられるはずがねえ。
 鮮血に染まった顔面と、威力に押されて態勢が崩れたファルガの姿が、俺に勝機を教えていた。

「ファルガァァァァァ!」

 俺はその勝機を逃さねえ。
 俺はよろめいたファルガのドタマを目掛けて、幼い頃からずっと世話になっていたファルガの無防備な体目掛けて、いつも俺の力になってくれたファルガ目掛けて、警棒を振り下ろしていた。

「――――――――――」

 腕に伝わる痺れ。響く衝撃音。俺はファルガを殴った。
 ファルガが死ぬわけねえとは思いつつも、それでも本気で殴った。
 これが、俺の選んだ道だ。
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