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第七章
第208話 そしてまた長いこと長いこと
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俺は、二回も死んだ。
一回目は肉体的に死んだ。
そして二回目は、社会的に死んだ。
二度目の人生、俺はリア充「だった」と胸を張って言える。
物語の主人公のように出来すぎな人生だった。
人類から愛されるお姫様を幼馴染に持って求婚され、俺と親しくしてくる友人や、俺を慕ってくれる奴らが傍に居たからだ。
それこそ、種族の壁なんて、俺の世界には存在しなかった。
波乱万丈の人生の中で最も輝いていたかも知れない、『ヴェルト・ジーハ』の十五年間だった。
だが、少しだけ調子に乗りすぎたのかもしれねえ。
人類が、魔族が、亜人が、全ての種族が魂を燃やしつくして自分たちの種族の生存権を勝ち取る戦いに身を投じていても、俺は知らん顔だった。
俺は、関わろうとしなかった。
俺には、そんな世界を変えることができるかもしれないと言われたが、俺は頑なに拒否した。
理由は単純だ。興味無かったからだ。
そして、そんな我を通した結果、俺は今ここに居る。
「ヴェルト・ジーハ。出ろ、面会だ」
紺色の制服に身を包んだ中年の男。良く見知った顔だ。
俺は簡単に相槌を打って、ソファーから立ちあがった。
「面会はいつもの奴?」
「ああ、粗相のないようにしろ」
「ったく、本が読みかけだって言うのによ」
「あのなあ、どんな事情かは知らないが、お前はナメてるのか? こんな豪勢な監獄に閉じ込められておいて、文句を言うな」
看守の男は相当俺にイラついている。
無理もない。俺ですら最初ここに閉じ込められた時は、持て余した。
「俺に言うなよ。あの、甘い甘い将軍様に言ってくれよ」
フカフカの白いキングサイズのベッド。
部屋には図書館並みの本棚の数。
豪華なアンティーク、高そうだと分かる貯蔵品。
風呂、トイレ、さらにはキッチンまで完備。
注文を出せば、新しい本や俺の要望する食材まで買ってきてもらえる。
俺が要望を出せば、料理も誰かが作ってくれるそうだ。
ハッキリ言って、高級ホテルか高級マンションと見まがうような豪華さと待遇だ。
しかし、そんな文句のつけようがないような環境は、実は、監獄なのである。
「ヴェルト・ジーハ。あまり調子に乗るな。なぜ、将軍様がお前を特別扱いするかは知らないが、お前の立場が囚人であることに変わりない。お前はこの窓一つない地の底の監獄から一歩も外へ出ることは許されない。部屋の外へ出るにも許可が必要。その『マジックジャミング』の腕輪を点けている限り、魔法も一切使えず、さらに超厳重な警備ゆえに脱獄も不可能だ」
「分かってるよ。だから、脱獄なんてしてねーだろ? この何百日も」
「約八百日だ。覚えておけ」
そう、八百日。
「あれから、二年か。なげーな」
つまり、俺は二年近くもこの高級監獄ともいうべき、人類大陸の地下奥深くの監獄に幽閉されている。
もう、太陽も外の空気もずっと吸ってねえな。
それは全て、神族大陸で人類大連合軍とジーゴク魔王国軍との戦争終結から始まった。
「ヴェルト、大人しくしているようだね?」
面会室に連れて行かれる俺の手には、魔法を封じ込める腕輪に加えて手錠に足かせ。
これこそ本当の囚人スタイルというものだ。
そんな俺に面会に現れたのは、相変わらずの若づくりで、威厳たっぷりのくせに気さくな微笑み。
俺をこんな状況に陥れた張本人の男。
「んだよ、タイラー。二ヶ月ぐらい前に会ったばっかじゃねえか」
「本当はもう少し頻繁に来たいのだが、なかなか時間が作れなくてな」
頭を下げる将軍に、看守のおっさんがビクってなってやがる。
そりゃそうだ。どこの世界に、人類の中でも知らぬもののいない大将軍に頭を下げられる十代の囚人が居るってんだよ。
「君、少し彼と二人で話したい。席をはずしてもらえないだろうか?」
「あ、は、はい、分かりました。何かありましたら、ベルを鳴らして下さい」
まあ、他人からすれば珍しい光景なんだろうが、俺にとってはそれほど珍しいことではない。
俺がこの監獄に幽閉されてからも何度もこういうことはあった。
いつもの慣れ親しんだ光景。
こうやってまずは笑顔で挨拶、そして俺への謝罪、そして誰も居なくなったのを見計らって真剣な顔つきをして、いつものように話を切り出す。
タイラーのお決まりパターンだ。
「ヴェルト。考えは変わらないだろうか? ラブ・アンド・ピースのリーダーになってもらう話だ。頷いてさえくれれば、お前をいつまでもこんなところに閉じ込めておくことはない。今すぐ解放し、そして世界全体にかかった魔法も解除しよう」
この会話も何度繰り返したか分からない。この問いかけに対して、俺の回答はいつも同じだった。
「ヴェルト、この二年で世界は更なる安定期に入った。二年前の戦以来、種族の生き死にを左右させるような戦いも起こっていない。光の十勇者、七大魔王、そして四獅天亜人も均衡なバランスを取っている。この状況下で、お前が居てさえいてくれれば、三種族と太いパイプを持ち、その名のもとに世界の平和は盤石なものになる」
ああ、そうだ。それが表向きの理由。
実に物語みたいな理想の世界が出来上がるわけだ。
ただ、それはあくまで建前に過ぎない。
俺はその裏にある、こいつの真実に二年前たどり着いてしまった。
その結果、ここまで堕とされた。
日の光すら届かない地の奥底の世界。
まあ、これを地獄と言うなら生温いものだ。
「種族のパワーバランスが崩壊して世界のパワーが弱まってから、神族は出現して全生命を絶滅させて世界を手に入れる……という脅しであんたたちが作り上げた平和……そこで、全種族を統一するためのラブ・アンド・ピースの設立。まあ、そこまでは予定通りに動いてるみたいだな。この世界は。いや……『聖王』が描いている台本はな」
もし、俺があの時、タイラーの口車に乗っていればどうなっていただろうか?
今頃は、組織を切り盛りして、気の合う奴らとたまにハシャイで、結婚でもして、ガキでも作って、大きな戦争のない世界を謳歌していたんだろうな。
どうしてだ? 俺がこんな意地になっちまったのは。
「台本などと呼ぶな。全ては、『聖王』の『予言』に基づくものだ」
「ちげーな。予言つうのは、これから起こることを予測することだ。テメェらの都合の良いように筋書きを弄くることを予言なんて言わねえよ」
そうだ。ずっとこのやり取りを俺たちは繰り返している。何日も何ヶ月も、そして何年も。
「二年前、俺たちにバレたあんたの本当の目的。そして神復活のタイミング。そっちは順調なのかい?」
「……ああ……エルジェラ皇女の協力のもと、天空世界も既に我らに協力的だ。キーは一つ手に入れた」
「エルジェラか……懐かしいな……コスモスは少しはデカくなったかな?」
「ッ、お前が! お前がひとつ頷くだけで皆にも会えるのだぞ?」
「それで? 世界の真実を隠しながら、女たちとイチャついて生きてろってか? 冗談じゃねえよ。耐え切れねえ。しかし、困ったことにだ、その真実を誰かに相談しても、背負いきれるもんじゃねえ。バレたらあんたもラブ・アンド・ピースも吊し上げをくらい、世界は再び激しい乱世を迎える。困ったもんだぜ」
俺がそう言うと、結局いつものようにガックリと肩を落としたタイラーが、悲しそうな目で俺を見る。
俺はただ、それを見て舌打ちするぐらいしか出来なかった。
「ヴェルト。お前がそう言う限り、物事が全て終わるまでお前をここから出すわけにはゆかんぞ?」
「二年も閉じ込めておいてよく言うぜ」
タイラーは立ち上がって俺に背を向ける。
面会の終了を知らせるようにベルを鳴らして、ドアに手をかける。
「あ、もうよろしいのですか?」
「うむ。引き続き、彼を頼んだ」
「はっ!」
その背中は悲しみで打ち震えているようにも見える。
いや、見えるんじゃない。実際にそうなんだ。
「ヴェルト……どうして割り切ってくれない。どうして、私に……親友の息子にこんな真似をさせる……」
背中越しでも、こいつのすすり泣く声のようなものが聞こえてきた。
だが、それでもタイラーは折れない。だから俺も折れなかった。
まあ、タイラーからすれば、協力もせず、真実も知ってしまった俺は邪魔者でしかない。
しかし、それでも俺を殺さずにこんなニートの極みのような生活をさせているのだから、多少の情けと妥協はしているんだろうけどな。
俺はそういう風に情けで生かされながら、今日もいつもと変わらない怠惰な日々を過ごすだけだった。
今日も……?
いや、今日までだ。
一回目は肉体的に死んだ。
そして二回目は、社会的に死んだ。
二度目の人生、俺はリア充「だった」と胸を張って言える。
物語の主人公のように出来すぎな人生だった。
人類から愛されるお姫様を幼馴染に持って求婚され、俺と親しくしてくる友人や、俺を慕ってくれる奴らが傍に居たからだ。
それこそ、種族の壁なんて、俺の世界には存在しなかった。
波乱万丈の人生の中で最も輝いていたかも知れない、『ヴェルト・ジーハ』の十五年間だった。
だが、少しだけ調子に乗りすぎたのかもしれねえ。
人類が、魔族が、亜人が、全ての種族が魂を燃やしつくして自分たちの種族の生存権を勝ち取る戦いに身を投じていても、俺は知らん顔だった。
俺は、関わろうとしなかった。
俺には、そんな世界を変えることができるかもしれないと言われたが、俺は頑なに拒否した。
理由は単純だ。興味無かったからだ。
そして、そんな我を通した結果、俺は今ここに居る。
「ヴェルト・ジーハ。出ろ、面会だ」
紺色の制服に身を包んだ中年の男。良く見知った顔だ。
俺は簡単に相槌を打って、ソファーから立ちあがった。
「面会はいつもの奴?」
「ああ、粗相のないようにしろ」
「ったく、本が読みかけだって言うのによ」
「あのなあ、どんな事情かは知らないが、お前はナメてるのか? こんな豪勢な監獄に閉じ込められておいて、文句を言うな」
看守の男は相当俺にイラついている。
無理もない。俺ですら最初ここに閉じ込められた時は、持て余した。
「俺に言うなよ。あの、甘い甘い将軍様に言ってくれよ」
フカフカの白いキングサイズのベッド。
部屋には図書館並みの本棚の数。
豪華なアンティーク、高そうだと分かる貯蔵品。
風呂、トイレ、さらにはキッチンまで完備。
注文を出せば、新しい本や俺の要望する食材まで買ってきてもらえる。
俺が要望を出せば、料理も誰かが作ってくれるそうだ。
ハッキリ言って、高級ホテルか高級マンションと見まがうような豪華さと待遇だ。
しかし、そんな文句のつけようがないような環境は、実は、監獄なのである。
「ヴェルト・ジーハ。あまり調子に乗るな。なぜ、将軍様がお前を特別扱いするかは知らないが、お前の立場が囚人であることに変わりない。お前はこの窓一つない地の底の監獄から一歩も外へ出ることは許されない。部屋の外へ出るにも許可が必要。その『マジックジャミング』の腕輪を点けている限り、魔法も一切使えず、さらに超厳重な警備ゆえに脱獄も不可能だ」
「分かってるよ。だから、脱獄なんてしてねーだろ? この何百日も」
「約八百日だ。覚えておけ」
そう、八百日。
「あれから、二年か。なげーな」
つまり、俺は二年近くもこの高級監獄ともいうべき、人類大陸の地下奥深くの監獄に幽閉されている。
もう、太陽も外の空気もずっと吸ってねえな。
それは全て、神族大陸で人類大連合軍とジーゴク魔王国軍との戦争終結から始まった。
「ヴェルト、大人しくしているようだね?」
面会室に連れて行かれる俺の手には、魔法を封じ込める腕輪に加えて手錠に足かせ。
これこそ本当の囚人スタイルというものだ。
そんな俺に面会に現れたのは、相変わらずの若づくりで、威厳たっぷりのくせに気さくな微笑み。
俺をこんな状況に陥れた張本人の男。
「んだよ、タイラー。二ヶ月ぐらい前に会ったばっかじゃねえか」
「本当はもう少し頻繁に来たいのだが、なかなか時間が作れなくてな」
頭を下げる将軍に、看守のおっさんがビクってなってやがる。
そりゃそうだ。どこの世界に、人類の中でも知らぬもののいない大将軍に頭を下げられる十代の囚人が居るってんだよ。
「君、少し彼と二人で話したい。席をはずしてもらえないだろうか?」
「あ、は、はい、分かりました。何かありましたら、ベルを鳴らして下さい」
まあ、他人からすれば珍しい光景なんだろうが、俺にとってはそれほど珍しいことではない。
俺がこの監獄に幽閉されてからも何度もこういうことはあった。
いつもの慣れ親しんだ光景。
こうやってまずは笑顔で挨拶、そして俺への謝罪、そして誰も居なくなったのを見計らって真剣な顔つきをして、いつものように話を切り出す。
タイラーのお決まりパターンだ。
「ヴェルト。考えは変わらないだろうか? ラブ・アンド・ピースのリーダーになってもらう話だ。頷いてさえくれれば、お前をいつまでもこんなところに閉じ込めておくことはない。今すぐ解放し、そして世界全体にかかった魔法も解除しよう」
この会話も何度繰り返したか分からない。この問いかけに対して、俺の回答はいつも同じだった。
「ヴェルト、この二年で世界は更なる安定期に入った。二年前の戦以来、種族の生き死にを左右させるような戦いも起こっていない。光の十勇者、七大魔王、そして四獅天亜人も均衡なバランスを取っている。この状況下で、お前が居てさえいてくれれば、三種族と太いパイプを持ち、その名のもとに世界の平和は盤石なものになる」
ああ、そうだ。それが表向きの理由。
実に物語みたいな理想の世界が出来上がるわけだ。
ただ、それはあくまで建前に過ぎない。
俺はその裏にある、こいつの真実に二年前たどり着いてしまった。
その結果、ここまで堕とされた。
日の光すら届かない地の奥底の世界。
まあ、これを地獄と言うなら生温いものだ。
「種族のパワーバランスが崩壊して世界のパワーが弱まってから、神族は出現して全生命を絶滅させて世界を手に入れる……という脅しであんたたちが作り上げた平和……そこで、全種族を統一するためのラブ・アンド・ピースの設立。まあ、そこまでは予定通りに動いてるみたいだな。この世界は。いや……『聖王』が描いている台本はな」
もし、俺があの時、タイラーの口車に乗っていればどうなっていただろうか?
今頃は、組織を切り盛りして、気の合う奴らとたまにハシャイで、結婚でもして、ガキでも作って、大きな戦争のない世界を謳歌していたんだろうな。
どうしてだ? 俺がこんな意地になっちまったのは。
「台本などと呼ぶな。全ては、『聖王』の『予言』に基づくものだ」
「ちげーな。予言つうのは、これから起こることを予測することだ。テメェらの都合の良いように筋書きを弄くることを予言なんて言わねえよ」
そうだ。ずっとこのやり取りを俺たちは繰り返している。何日も何ヶ月も、そして何年も。
「二年前、俺たちにバレたあんたの本当の目的。そして神復活のタイミング。そっちは順調なのかい?」
「……ああ……エルジェラ皇女の協力のもと、天空世界も既に我らに協力的だ。キーは一つ手に入れた」
「エルジェラか……懐かしいな……コスモスは少しはデカくなったかな?」
「ッ、お前が! お前がひとつ頷くだけで皆にも会えるのだぞ?」
「それで? 世界の真実を隠しながら、女たちとイチャついて生きてろってか? 冗談じゃねえよ。耐え切れねえ。しかし、困ったことにだ、その真実を誰かに相談しても、背負いきれるもんじゃねえ。バレたらあんたもラブ・アンド・ピースも吊し上げをくらい、世界は再び激しい乱世を迎える。困ったもんだぜ」
俺がそう言うと、結局いつものようにガックリと肩を落としたタイラーが、悲しそうな目で俺を見る。
俺はただ、それを見て舌打ちするぐらいしか出来なかった。
「ヴェルト。お前がそう言う限り、物事が全て終わるまでお前をここから出すわけにはゆかんぞ?」
「二年も閉じ込めておいてよく言うぜ」
タイラーは立ち上がって俺に背を向ける。
面会の終了を知らせるようにベルを鳴らして、ドアに手をかける。
「あ、もうよろしいのですか?」
「うむ。引き続き、彼を頼んだ」
「はっ!」
その背中は悲しみで打ち震えているようにも見える。
いや、見えるんじゃない。実際にそうなんだ。
「ヴェルト……どうして割り切ってくれない。どうして、私に……親友の息子にこんな真似をさせる……」
背中越しでも、こいつのすすり泣く声のようなものが聞こえてきた。
だが、それでもタイラーは折れない。だから俺も折れなかった。
まあ、タイラーからすれば、協力もせず、真実も知ってしまった俺は邪魔者でしかない。
しかし、それでも俺を殺さずにこんなニートの極みのような生活をさせているのだから、多少の情けと妥協はしているんだろうけどな。
俺はそういう風に情けで生かされながら、今日もいつもと変わらない怠惰な日々を過ごすだけだった。
今日も……?
いや、今日までだ。
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