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第六章
第195話 友の壁
しおりを挟む「……リューマ」
「おう」
勇者やママンの言葉を受けたミルコは……
「ミーは……オレは知った、ロックなどこの世に存在しないと。それは、絶望♪」
ただ、ギターを引いた。それは、さっきまでの爆音響かせるハードなものではない。
スローテンポなメロディだった。
「なら、クリエイトするさ。ここがファンタジーだというのなら、ロックンロールファンタジーがここにあるじゃないか♪」
誰に向けて送った歌かは分からない。
だが、誰もが言葉を失い、静まり返った空間に、ただ静かな歌が流れた。
また意味が微妙に分からない内容で……でも、俺は思わず……
「俺はいるぞ。ミルコ」
「…………」
「お前が作ることでしか、お前の望むロックがないとしても……俺はいるぞ……前世では当たり前のようにあったはずのものがこの世界になかったとしても、俺はいるぞ」
「……ふふ……そうだな、リューマ」
俺の言葉にミルコは少し寂しそうにしながらも頷いて、メロディを止めた。
「ふう…………」
俺はこの時、少し懐かしい気分に浸っていた。
こいつはいつもそうだった。
ミルコは隠し事をしない。思ったことや言いづらいことは、音楽にしてそれを伝える。
そして、こいつがスローテンポの音楽を演奏するとき、いつも気分がどうしようもなく落ち込んだ時。
「リューマ。十郎丸とは会えたか?」
「いや」
「そうか。ミーも会えていないよ」
「……そっか………残念だ。まあ、あいつが……ただで死んで、のほほんと生まれ変わっているとは思わねえけどな」
「アイシンクソー! リューマがツンデレヤンキー、ミーがロックデナシ、そして十郎丸は……」
「ギャンブルデビルってか?」
「あはははははははははははは! ふふ……ははははは……ふう……」
俺たちを繋ぐもう一つのもの。
その存在についての確認を終えて、しばらく沈黙が流れて、ついにミルコが言った。
「リューマ……来るのがToo lateだ。七十年のキシンの人生に対して、たった十七年のミルコの人生とでは比べ物にならない。ユーでもだ」
そんな気はしていた。
「なあ……ミルコ……ここに十郎丸が居れば、俺たちは昔に戻れたのか?」
「プロバブリイ。バット、木村田コンビはもう存在しない。そして、村田ミルコはもう死んだ。今のミーは、未来のロック魔王キシンなのだよ」
ああ、やっぱりそんなに甘くはねえよな。
俺にとっても十五年以上昔の悪友だ。
コイツにとって俺は、七十年以上昔の悪友だ。
懐かしくて、楽しかった思い出はあっても、それを今と天秤にかけられるかどうかと言えば……
「ゼツキッ!」
「ハッ!」
「予想以上のブラッドを流しすぎた。戦はここまでだと全軍に伝えろ」
迷いのない瞳。でもほんの僅かな悲しみが過ぎっていたことを、俺は見逃さなかった。
「な、キ、キシン様! そ、それは一体!」
「魔王キシン! それは、それはつまり、人類と和睦をすると捉えてよろしいのでしょうか?」
「村田くん……」
「どういうことですの?」
敵も味方も真意をつかめぬ中、ミルコは目を瞑って答えた。
「仮にこのまま戦えば、光の十勇者は始末できるかもしれない。バット、ミーも血を流し続ければ、アナザーの魔王国軍からも目をつけられ、さらにこの場に居るユーバメンシュとまでバトルになったら、ベリーハードだ」
マジメな顔をしているが、多分建前なんだろうな。
「し、しかし、全軍が、他の将軍も納得するかどうか……」
「手薄になった本国に、アナザーカントリーが侵攻しているとでも言え。掃討戦している場合でないと」
俺には分かる。その理由、今こいつは考えたんだ。
「勇者ロア、アンダースタンド? ユーたちを見逃し、ミーたちはゴーホームする。だから、そちらも追撃するなと伝えろ。特に、そこのギャンザの首はロックしておけ。いらぬ追撃があった場合、即刻全人類をバニッシュする」
「………えっ、あっ……」
そりゃーいきなりそんなこと言われても戸惑うよな。
だが、ロアもミルコの真意は測りかねても、退却するという言葉に嘘はないと判断したのか、慌てて背筋を伸ばして答えた。
「承知しました! この僕が、全身全霊を持って責任を持ちます」
大将同士の協定。それは、いかなる状況においても、戦争の終結を意味する。
「お、おわった……終わったのですの?」
「これは、これは何かの罠ですね。私には、分かります」
「やめなさい、ギャンザ! 今、これ以上の勝手は絶対に許さないわ」
「……し、しかし、信じられん。こんなことが……」
「私たち、助かったの? あのキシンが手を引いた……?」
「見逃して貰った感はあるがな。しかし……フォルナの旦那さん……マジでなにもんだ?」
状況が未だに信じられない勇者たちの前を通り過ぎ、ミルコはママンの前も通り過ぎる。
「彼を連れてきてくれて、Thank you。少しだけ、ハッピーだった」
「ふふ、もうちょっと踏み込んで貰えたら嬉しかったけどねん」
二人は一言だけ言葉を交わして、お互いを振り返らずに、すれ違った。
そして、ミルコは再び俺の前へ。
「リューマ。昔、ミーの初ライブで、十郎丸と一緒にチケットをいっぱい売ってくれたね。ユーたちのポケットマネーで余分に買い取ってまで」
「ああ、それって一年坊主の頃だったか?」
「ミーはね、嬉しかったよ。初ライブを出来たことではなく、ユーたちが居てくれたことが。ハーフで、言葉も滅茶苦茶だったミーに……ベストフレンドができたことが。これはあの時の感謝だ……そして、これが今のミーの限界だ」
ミルコはそう言ってウインクしてきた。
「プライベートな決定はこれが限界。ソーリー、リューマ」
魔族の世界を変えることはできない。
だからこそ、今、ミルコができる最低限のことを俺にしてくれた。
「バカ野郎……」
「リューマ?」
「アレは俺らが勝手にやったことだ! ダチなんだ……当たり前のことをしただけなんだから、貸しとか借りとかそういうもんみたいにするんじゃねえよ! 七十年だかなんだか知らねえが、お前と俺の間に壁なんか作るんじゃねえよ!」
クソ……こういう時に限って、普段は全然思い出さねえことを思い出しちまう。
「カッコつけやがって! いつもテメェらはそうだ! 俺にはねえもんを持っていて……ギラついて、ぶっとんでいて……」
「リューマ?」
「お前はロックンローラーとしてテッペン目指して、十郎丸のバカはギャンブルでラスベガスを手に入れるとか本気で言うし……夢、なんてもんを持って……なんか……羨ましかった……」
次から次へと懐かしかった、記憶の奥底に消えていたはずの記憶と思い。
俺は、ただ、ガキのようにガキらしく叫んでいた。
「鮫島も! 宮本も! 綾瀬も! テメェも! どうしてどいつもこいつも、ただの高校生だった奴らが、シンドいもんを背負って生きる! どうして、もっと自由に生きようとしねーんだよ! 俺と備山と加賀美ぐれえじゃねえかよ! これで十郎丸までそんなわけ分かんねーことになってんじゃねえだろうな? もう、我慢できねえよ、そんなもん!」
誰もが、こんなハズじゃなかった。
あのまま生きていたら、全く違う人生を生きていたはずだ。
何故だ? どうして俺たちはこの世界で、こんなシンドい想いを抱えて生きなきゃならねーんだよ。
唯一のダチだった奴にまで、壁を作られてまで!
「なら、リューマ……ユーが望む世界に変えてくれないか?」
「………なんだと?」
「ミーはこの今のやり方でワールドをチェンジするつもりだ。だが、ユーは違う形で……ユーたちとの再会が………心の底からハッピーだと、堂々と思える世界に。……たとえ、種族が違ったとしても」
それは、ほんの僅かな囁きだったが、俺の耳にはハッキリと聞こえた。
俺にだけハッキリと聞こえる……
「OK? マイフレンド」
前世で一度も聞いたこともないミルコの願いのようなものだった。
「さて、リューマ。あとでコッソリ会いに行くのでゆっくりトークしよう。そこではちょっとシリアスな話も……」
「なに?」
「ミーは何も……人間絶滅のためだけに戦争を始めたわけではない……聖王や聖騎士がどう動くかをチェックしたかったこともある」
そう言って、ミルコは踵を返してこの場から立ち去ろうとする。
だが、その去り際……
「リューマ。ユーは神族のことを知っているみたいだが……それは誰から?」
「え? 誰って……タイラーだけど……」
「……聖騎士の一人……タイラー……ふむ」
「な、なんだよ……」
「後で話をすり合わせ……バット、これだけは肝に」
「ん?」
質問に対して俺が答えると、ミルコは真面目なトーンで……
「聖王と聖騎士……タイラー・リベラルは信用するな。奴らの腹はベリーダークだ」
「な……に?」
「では、See you again!」
俺を騙すとか動揺させるとか、そんなことじゃない。
紛れもない友としての忠告。
だけど、ミルコのその言葉の意味がよく理解できず、俺はしばらく呆然としたままだった。
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